もうひとつの福神漬け



以前書いた「福神漬け」の評判が非常に悪い。駄作だというだけでなく、「不快だ」とまで言われた。読者を不快にさせたことには謝らざるを得ない。しかし、同じレストランでの別のエピソードを書いて多少の補足をしたい。

それは50才くらいの両親と高校生くらいの娘の家族連れだった。もう1人息子がいたような気がするが、あまり印象にない。全員同じオーダーではなかったが、みんなハンバーグステーキとライスとかのごく普通の注文だったと思う。何事もなくキッチンにオーダーを通し、しばらくしてできあがった料理を運んで一段落したので、各テーブルにお冷やでも注いで回ろうかと思ってると、「ちょっと!」と怒気を含んだ声がした。振り返ると、くだんの父親が恐い顔で手招きしている。急いでテーブルに向かった。「お呼びでしょうか?」精一杯、誠実そうな表情をつくって聞いた。「お呼びですかじゃないだろ!ここは、ライスをこういう風に出すのか!」腕組みをしてすごんできた。「は?」(何だろう。冷めてたのかなあ。)ライスをまじまじと見たが、何の変哲もない普通のライスだった。一瞬、無言でいると「漬け物はつけないのか!」ときた。「は、はい・・・」(普通ファミレスはそうだと思うが)

「漬け物なしで飯が食えるわけないだろ!」

「・・・・・・・・・」心の中で(食えますけど?)と思いながら黙っているしかなかった。俺はムッとするというより、どちらかといえば呆気にとられていた。「居酒屋かあさん」でも書いたが、基本的に俺はご飯にふりかけをかけない。漬け物にも特段のこだわりはない。もちろん別に嫌いなわけではないし、おいしい漬け物でご飯がすすむというのもわかる。しかし、俺にとってふりかけや漬け物はあくまでおかずのひとつなのだ。だから、れっきとしたおかず(ハンバーグとか)があるにもかかわらず、漬け物が別に必要だという感覚が俺にはわからない。ましてや「食えるわけないだろ!」などとすごまれても「はあそうですか」という感じなのだ(このときはこの客がかなりご立腹だったので「はあそうですか」は飲み込んだが)。
俺が黙ってるので、この父親はしびれを切らして「何かあるだろ!」と相変わらずの大声で続けた。すると、娘がたまりかねたように「お父さん、もうやめて!」と叫んだ。周りの客はみんな見ている。思春期の女の子には耐えられない恥ずかしさだろう。なんだかこの娘がかわいそうになってきた。急いでキッチンに行き、カレーの付け合わせで出す福神漬けとらっきょうを小皿に入れてもらってテーブルに戻った。「お待たせしました。こちらでよろしいでしょうか?」丁寧な口調でテーブルに置くと、父親は「うむ」と満足げにうなずいた。娘になにか文句を言われたのかもしれない。

俺には、福神漬けをおかわりしたおばさんやこの父親みたいに、漬け物に執着する気持ちが全くわからない。必要以上の反応をしたのはそのせいだと言い訳しておきたい。

(10th Oct,2000)


←お帰りはこちら