● コンビニのトイレは
嫌いじゃないんです...。
一応
せんせいっす・・・(^▽^*)
●自動戸締り装置★「とし丸君」の勇姿...
職場のねえ、引き戸みんなちゃんと締めないからねえ、
虫入ってきてその度にみんな「わぁ〜むしだぁ〜(T_T)」って なんでやねん、
だからちゃんと締めなさいやってゆってんでしょ。
だが このせんせいに
途方もない時間と精神力と労力をかけてきた訳で...
大概負ける気はしないってよ。
してそう
やりたいこと
やらなきゃならんこと
“これだ”と浮かぶこと
“やる事”は常に過密状態で
マルチタスクが恒常化
そして気付けば 四十だとさ。
時間を惜しんでは
2倍だ3倍だとタスク詰め込んでは過ぎて行くが
そうやってりゃ慣れちゃうし
やりたいのだから大して苦もなし
誇ることも特段なし。
せいぜい時間に追い越されんように
気が済むようにやり尽くしゃ良い。
ただ..
生き急ぐのは自由だろうが
命削るのは、全く得じゃなし。
自分にゃ、これから取り返さんきゃならんものが
山ほどあるから...。
それまでは、とても終われないってよ。
私、masaは
札幌出身
札幌育ち
札幌在住
天秤座(10月14日生まれ)で
血液型がO型の
(これで性格判断されるのは勘弁。)
常に揺れ惑い
常に何かを夢見
そしていっつも何かを周囲に発信していたい
脆く希薄な個体。。。
オノレを幾度となく襲った
不安や絶望や悲哀
心に刻まれて消えん
数多の傷も
全部オノレの一部で
宝モンとするしかなし。
それら大切なものを
誰と共有するつもりもなし..。
・
・
・
□ 好きなもの □
”音楽” (とそこから享受するあらゆるもの)
黒・青 (自部屋はこれが基調)
テクノロジー・未来構想 (夢をも手に取れる諸刃の剣)
ナース (芸術&神秘desu)
脚 (モチロン女性ノdesu)
合理的 (行き過ぎは引きマス..)
巨人 (小学時代から不変)
秋 (或いはそれを想う事)
オリジナリティ (個性こそ存在意義)
自然 (我々を産む物、我々が還る所)
マルメンライト ('08年8月 離煙に成功!)
睡眠 (惰眠をむさぼる⇒ここ数年来無理... )
欠陥 (世に必要な構成要素)
不完全 (我が身と二人三脚)
たまご (ゆで以外 ⇒最近ゆでも良い★)
前向き (理想として上等)
孤独 (ひとり自部屋でライフワーク、或いは想い馳せTT)
R32 GTS−4 (黒のAT車がいい)
七転び八起き (視界広く 如何なる時も希望を)
力八分目 (いっぱいいっぱいになるんでない)
バカウケ (心ゆくまで & 周囲迷惑)
陶酔 (いつまでも、いつまでも...TT)
瞑想 (そうした時間的、精神的ゆとりを)
郷愁 (涙腺決壊情緒豊潤 TT)
有機的存在感に揺れる (田舎の個人商店、中小路の小さな居酒屋...)
して、オノレの有機的存在感 (つねに自分らしく、人間らしくあること)
□ 嫌いなもの □
常識 (既成概念の台頭)
当たり前 (決めつけ・思いこみ)
押しつけ (己は己)
似非正義 (それに名を借りた暴力)
黄色 (車とか家が..)
頑固 (マージンのない前頭葉)
小室哲也
税金 (役人の小遣いか?)
血液型性格判断 (根拠のない事に依存する己のなさ)
再度確認 (出来ないのではなく、それに捕らわれる自分)
団体行動 (やりたいようにしたい)
100点満点 (完璧主義)
客引き (無視したら逆ギレ)
没個性 (形に捕らわれる)
一流 (無駄なエリート意識)
"臨機応変"の誤用 (まず仕事をしてから言って頂きたい)
拘束 (長時間の無駄を強要)
早起き (辛いわー)
混雑 (交通機関・映画館等)
行列 (並んでまで食いたい意味?)
過去 (後ろ向きにさせる強い力)
2014年 春の日の手記から___。
■ 例えば.. 低い自己肯定感の克服 ■
相対評価が他人より明らかに高い要素があれば自信が持てるだろうが、
なかなか簡単に手に入らない。
けど、過去と比較して"高まっている自分"を発見することで大きな自信になる。
個人であっても組織であっても、目標を達成できない、結果が出ない理由はこの3つだけだそうだ。
・やるべきことをやっていない。
・やるべきことをやるのが遅い。
・やるべきことをやり続けていない。
そしてこの3番目の「やり続ける」ことこそが最も困難であり、
何かを「続ける」ことでその歴史が自分を支え、自信がつくという。
毎日腕立て.. 毎日散歩.. 毎日つける日記...
びっくりな事、強く感心を引く事など必要なく、
小さな事、誰もがやろうと思えばやれる事、
これをやり続けるのが、実はほとんどの人が出来ない困難なことなのだそうだ。
それを続ける歴史が自分を信頼できる礎となる。
まったく素晴らしいプロセスだ。特筆するような能力などなくても、
確固たる自分を作り、より自分を愛せる。それはデカイ幸せだ。
振り返って自分も元来、"継続"を好むが、つきまとうこの"低い自己肯定感"も
幾らか崩してきた事は正に"愛すべき歴史"。
具体的にここに書ける"継続"をあげるなら、
「ここ12年間、北海道新聞のコラム『卓上四季』を欠かさず2回ずつ音読してきたこと」
言われてみれば、その質というよりこの過程そのものがなかなかな様な気がしてくる..。
気づきゃ平均寿命の半分は過ぎたが、まだ半分使える訳だし。
己にたくさん"仕掛け"でもして、ワクワクしてニコニコしていきゃいいんだ。
同年 夏の日に加筆___。
『__より自分を愛せる。それはデカイ幸せだ。』
何故なら自分を愛し大切にできてこそ
人を大切にでき、人を愛おしむことができ、
それがおおよそ自分の人生に返って来るからだ
人を信じない者はおそらく自分も信じていない
周囲の状況によらず自己破壊的な考えによって動き、
そして自らの所業によって己の近い未来を破壊していく
その先に依然、愛する自分は見当たらない___。
自分に何が備わっていようとも、どんな原石を秘めていても
たとえ誰に何を高く評価されようとも
思うほど意味を持たない。
自分の中に本質的な根拠がなければ
そんな"幻の自信"はあまりに脆く消えるもの。
悲劇の連鎖__?
この非建設的な連鎖をどこかで終わりにしなければならない。
それは大切な営みだし、これからも続くだろう。
そんな面倒至極なこと考えなくとも生きていけるとしたら
なんと幸せだろうと他人を眺めても
実はどこかでやはり"自分でいること"が好きである
そういう役に立たない自尊心が多くの弊害なっていることも
どこかでしっかり感じている
こんな文言に共感できてしまう方が、必ず居られるはず。
そんな同じタイプであろう御人、自分と何かしら関係を持っても
おそらく長続きせず離れてゆくことになるだろうから
お互い何処か大切なステージで出会わないことを
祈りましょう。
相違が過ぎてもそり合わずして耐え難く、
似過ぎても鏡を見るようで苦しくもどかしい。
なんと七面倒なことよ...。