R20
悪の華
XS

遠い明日の誓い
Xanxus34-Squalo32
X×S ほか S受


誓い



3




スクアーロは緊張のあまり、手と足を同時に動かしていた。
ザンザスに言われた言葉は、
ボディブローのようにじわじわ効いてきて、
考えただけで身動きがとれなくなってしまう。
地に足がつかないぐらいふわふわした感じで、
何を見てもうわのそらになってしまう。
さんざんいびられてきたので、
もしかして騙されているのではないかとすら思う。
ボスの趣味はスクアーロに意地悪して喜ぶことなのだ。
それでもいい。
これはきっと夢なのだ。

ベルはぼんやりとして虚空を見つめ、
時おり赤い顔をして、
あわてて首をぶんぶんするスクアーロをすぐ側のソファに座って見ていた。
何これ?
ちょー不審者じゃん。
面白すぎ。
からかおうとしたが、
百面相をしているスクアーロをボスが遠巻きに見ていることに気づいた。
ししし。
ボスともあろうものが、
バカザメをそんなにこっそり見るなんて。
それなのに、バカザメはさっぱり気づかない。
王子には関係ないから、好きにやればいいけど、何かうぜー。
超うぜー。

スクアーロは周囲の生暖かい応援の視線にはさっぱり気づかなかった。
それどころか、ザンザスの視線にもほぼ気づかない。
ドカスが!!
なぜ気づかねえ!!
ザンザスもいらつくのだが、それを口にすることはできなかった。
それでも、夜になると二人の距離は近づいた。
褥をともにするのはあたり前のことになった。
怒りのために寝るのではなく、
単なる性欲処理のために寝るのでもなかった。

その行為が何なのかを考えると、どきどきして息苦しくなる。
スクアーロはそのたびに緊張し、居心地が悪い思いをした。
任務から解放され、ボスの寝室に向かう時は、
嬉しいのだが猛烈に恥ずかしくもあった。
ザンザスが近づいてくるだけで、とろけるような気持ちになり、呪縛ざれたように見つめてしまう。
ボスさんは、猛烈にかっこいいのだ。
どんな男でも女でもよりどりみどりなのに、スクアーロだけを見てくれる。
剣士としてのスクアーロを認めるのなら誇りを感じるが、
剣士としての扱いはひどい。
部下としての扱いもひどい。
クソミソカスに言われる。
それなのに、いやらしいことをする時だけは、たまにやさしくなる。
ボスがやさしいなんて槍でも降るぜぇ!!
そう思いつつも、色気を含んだ目で見られると、それだけで昇天しそうになる。
生温い感情に流されてはいけないと思いつつも、すべてがどうでもよくなってしまう。
ザンザスのためなら、剣士としての誇りを捨ててもよい。
つらくて長い夜はもう来ない。
過去の痛みは消えることはない。
それでも傷は徐々に薄れていく。
ザンザスの炎が苦しい過去すらも焼きつくす。
オレはザンザスに着いてきたことを後悔したことなどない。
これからも、後悔などしない。

夜になると、いつも特別な時間が始まる。
ザンザスは、慣れた体温を感じながら、スクアーロの身体に手を這わした。
さんざん楽しんだ後なので、いつもより体温が高い。
触られ慣れていないのか、いつも妙に顔を赤らめ、過剰に反応する。
それもなかなか面白い。
自分だけのものにしてしまうと、
そんなに殴りたいとは思わなくなった。
いびったり、いじめたりするのもいいが、
少し甘い言葉をかけてやると、
それはもう面白いぐらいに真っ赤になり、ぎくしゃくする。
かと思うと、貪欲に快楽を求める妖艶な娼婦のような顔も見せる。
どんな姿を見ても、退屈しない。
ザンザスの手はスクアーロの長い髪を梳いた。
スクアーロは、閉じていた瞼をゆっくり開き、情事の色濃く残る顔をザンザスに向けた。
「どおしたぁ? ボスぅ、眠れないのかぁ?」
ザンザスにはまだ心の傷がある。
けれども、それを絶対に認めようとはしない。
誰も近づけず、誰も信じず生きてきた。
それが、スクアーロを側に置いてくれるようになった。
まだ凍った心が解けたわけではない。
でも、傷ついたスクアーロの心がザンザスの手で癒されるように、
いつかきっとザンザスの心も癒える。
オレではあんまり役に立たねえかもしれねえけど、
ザンザスが苦しい時に側にいてやりてえ。
もうこれが、忠誠なのか憧れなのか目標なのか、分からない。
ルッスーリアはこれが愛だと言う。
ザンザスはそんなものは役に立たないと言った。
でも、こんなものでも何かが変わるかもしれない。
側にいるだけで、いい。
側にいさせてくれるだけで、いい。
それだけで、オレの世界は歓喜で満ちあふれる。
スクアーロはザンザスの唇が少しとがっていることに気づいた。
ボスさんは、何か気に入らないことがあるみたいだぁ。
言いたいことがあるのに言えない時、ほんの少し唇をとがらす。
スクアーロはザンザスの頬に手を伸ばした。
以前なら、そんなことができるわけもなかった。
スクアーロから触れただけで半殺しだった。
でも、今は、何もされない。
触れさせてくれる。
「ボス、ありがとなぁ」
胸がいっぱいになって、そんな事しか言えなくなる。
「ありがとなぁ」
ずっとついて来させてくれて。
ずっと生きていてくれて。
こんなに側にいさせてくれて。

ザンザスは、寝ているかと思ったスクアーロに、
とろけるような表情で繰り返し礼を言われ、胸を突かれる想いがした。
過去の自分の失敗を思い起こさせるこいつに、いつもひどい仕打ちをしてきた。
気にかかりはじめても、それは同じだった。
気になりすぎたから、余計酷くした。
殴らずに抱くようになったのはつい最近だ。
それまでは悪口雑言を浴びせ、いたぶり続けた。
でも、細かい神経がないと思ったスクアーロにも心があった。
このドカスは何も悪くなかった。
けれど、罪を一身に背負い、罰を受けた。
氷漬けにされていた方がマシかもしれないぐらいの罰を。
愚かな信念を利用された。
無駄な誇りがあだをなした。
器用には立ち回れず、ひたすら前だけを見て進もうとした。
ずっと耐え続けた。
ドアホだから、己の状況などさっぱり分かっちゃいねえ。
ドカスが!!
礼を言うべきなのは、てめえじゃねえ。
ど畜生!!
いまいましいことだ。
認めたくないが、礼を言わねばならねえのは、オレだ。
てめえに代わりがない。
こんな間抜けで頭の悪いやつは他にはいねえ。
こんな一途で思い込みの激しいやつはどこにもいねえ。
なぜ、オレを選んだ。
他の誰でもなく、オレを。
こいつを見ると、わけのわからない感情があふれる。
憎くてたまらないのに、いとしさを感じる。
ドカスが嬉しそうにしてると、オレの気持ちが動く。
腹が立ったり、いい気分になったりする。
ずっとオレの側にいたらいいとすら思う。
この銀の目がオレだけしか見なければいい。
ルッスーリアはそれが愛だと言う。
くだらねえ。
そんなものは意味がねえ。
百害あって一利なしだ。
バカバカしい。
こんなカスザメがいないと気になってたまらず、いるといい気持ちになるなどと。
スクアーロの手がそっとザンザスの頬を包み込む。
片手は義手なので、冷たい。
ザンザスの心はいつも少し痛む。
以前ならその痛みは怒りに変わったが、今は怒りを押さえることができる。
もう一つの暖かい右手は、やわらかくもなんともない。
剣だこがあり、血にまみれた手だ。
その手に触れられても、嫌悪感はない。
スクアーロは、「仲間にしたことを感謝する日が来る」と言った。
仲間などいらねえ。
そんなくだらねえことを考えるだけ無駄だ。
こいつのする事も言う事もおかしなことが多い。
押しつけがましくて、意味も分からねえ。
真に受けていると、こっちまでおかしくなる。
「誓え。お前はオレが死ぬまで死ぬな」
ザンザスの言葉に、半分寝ているスクアーロは微笑みを浮かべた。
「誓うぜぇ。お前の死を見届ける。その後は、オレもすぐに死んでいいなぁ」
ザンザスは、スクアーロの髪をゆっくり梳いた。
この髪を失いたくはない。
この肌を失いたくもない。
この目を、口を失いたくない。
アホな奴だが、永遠にオレの視界から消えるのだけは許せない。
だから、先には逝かせない。
先にくたばるのはオレだ。
その時、オレはどうするだろうか?
悪態をつくか?
礼を言うか?
陳腐な愛の言葉でも言うか?
その時になれば分かることだ。
最後の瞬間まで、こいつがいればいい。
オレの側にいればいい。
遠い明日に誓え。
てめえはずっとオレのものであることを。








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