忘却の空
12
ドフラミンゴは酒瓶を手にして驚いたような顔をするサンジをしばし見つめた。
白ひげの命令で、
サンジはエースのもとへと去った。
密偵に探らせたところによると、
エースのところで自由にやっているらしい。
エースがサンジにつけた監視役は「鬼人」と恐れられるギンだ。
ギンがいる以上サンジに手を出せるやつはいない。
自分が見つけて拾って可愛がっていたサンジ。
それを他の男が横取りするのは許せない。
聞けば、エースは手を出しているようでもなく、
サンジは毎日、風来坊の剣士にせっせとメシを作っているという。
料理だと?
一度もこのオレに出したことはない。
もっとも、要求もしなかった。
ただその身体を味わうだけで良かったからな。
極上の酒に似た酩酊間と限りない欲望をかきたてる肢体は、このサンジだけがもつものだ。
お前はこのドフラミンゴのものだ。
躾の悪い猫には、オシオキが必要だ。
サンジはゆっくりと近づいてくるドフラミンゴをにらみつけたまま、
じりじりと後ずさった。
ここで暴れるわけにはいかない。
自分が不法侵入をしているくらいの自覚はある。
けれど、きっとドフラミンゴの目的は一つだ。
甘い言葉などない。
荒々しく猛々しい抱擁と、
快楽と屈辱と陶酔。
身体をひきさかれる痛みと、
どうじにひきさいて滅茶苦茶にしてほしいという願望。
ドフラミンゴの姿を目の前にしても、何の感情も湧いてこない。
愛情も、憎しみも、後悔も、希望も、すべての感情は捨ててしまった。
ああ、またヤられるんだな。
サンジは無感情に思った。
ドフラミンゴの機嫌が悪いときは、ひどく抱かれる。
機嫌がいいときは、執拗に抱かれる。
どれだって同じだ。
ドフラミンゴは抵抗もしないサンジに怒りを覚えた。
なんだ、こいつの態度は。
これでは、まるで生きた人形。
こうして、エースにも抱かせているのか?
目障りな二番隊長。
あの男がお前を放っておくはずがねえ。
確かめてやる。
そしてお前は誰のものなのかを覚えこませてやる。
サンジは壁際においつめられ、かすかにもがいた。
酒瓶を割るわけにはいかねえ。
これは、ゾロには関係ねえことだから。
乱暴な口づけに目を閉じて耐えたが、
身体を這う手にかすかに震えた。
慣らされた身体はあっという間に堕ちていく。
久しぶりの刺激に身体中が男を欲しがっていた。
どうしてこんなところで男に組み敷かれているのか。
こんなことを望んだわけじゃねえのに。
どうして、いつもこうなる。
目を閉じると、過去の記憶がよみがえり、身体が震えた。
ワイパーにも、こうして抱かれた。
狂気のような欲望のすべてをぶつけられて、
サンジはなすすべもなく翻弄された。
あの時も、まるで憎しみの標的だった。
サンジの身体の中に答えがあるかのように、
ワイパーは憑かれたように、
サンジを抱いた。
憎い相手のように抱かれ、
サンジの身体は悲鳴をあげた。
苦しくて、
辛くて、
涙が出たのに、
なぜかワイパーが荒い息の奥で悲鳴を上げ続けているように思えた。
ワイパーの傷は深く、重い。
どうしてだか分からないが、
抱かれることでその苦しみが理解できた。
快楽と狂気のはざまで、
苦痛と懊悩を共有する瞬間。
「・・・ん・・・」
今、ここにいるのがドフラミンゴなのか、
ワイパーなのか、
サンジにはあやふやになっていた。
身体が軋むような抱擁。
欲望のはけ口として自分を抱く姿。
重なる苦しみ。
そう、彼らは苦しんでいる。
答えなんてでないのに、
サンジを抱く。
一時の快楽を求めて、
サンジの身体を蹂躙する。
わきおこる業火のような欲望。
いくらサンジに精をうちこんでも、
その飢餓感は満たされることはない。
ドフラミンゴやワイパーの持つ、
炎のような征服欲を、
いつもサンジは刺激した。
わけのわからないイライラだとか、
けして満たされない充実感だとか、
なんのために存在しているかという不安感だとか。
わきおこる嵐のような欲望。
どうしてサンジでないといけないのか?
なぜかはドフラミンゴにも分からなかった。
ドフラミンゴは権力も金も実力も兼ね備えている。
望む男も女も苦もなく手に入った。
なのに、どうしても手に入らないのが、サンジだ。
いくら抱いても、
自分のものになったという気がしない。
拒絶するでもなく、
誘うでもない。
無防備にドフラミンゴの前にさらされる肢体。
それを見ると、
胸の奥にいつもくすぶっている、
何か分からない焦燥感に突き動かされ、
サンジに手を出す。
どうしてだ?
すさまじい快楽。
なのに、決して満たされない。
抱けば抱くほど、
飢えていく。
消えることのない欲望という名の業火。
組長だったサンジの育ての親のようなゼフを裏切り、
すべてを壊したというワイパー。
サンジを通して、
ドフラミンゴはその男を理解した。
共鳴するのは「闇」?
それとも「燃え盛る炎」?
ワイパーを狂わせたのはサンジか?
サンジをこんなにしたのはワイパーか?
サンジはドフラミンゴに貫かれ、
激しい律動に懸命に耐えた。
身体がばらばらになってしまいそうな苦痛と快楽。
それらは入れ代わり立ち代わりサンジに訪れ、
思考力を奪う。
閉じたまぶたの奥には真紅の空が広がった。
決して消えることのない、罪と罰。
何も考えなかった、
愚かな自分。
ワイパーを狂わせたのは、自分だ。
それは、遠い過去だ。
だけど、
どうしても逃れられない。
業火の炎は燃え続けている。
逃れることなんて、できない。。
叫ぶ声は誰にも聞こえない。
誰も助けてなんてくれない。
サンジは激しくゆさぶられながら、
自分の罪を思った。
きっと、これが罰なのだ。
そして、また罪を犯す。
この世界から、決して逃れることなんかできない。
悲鳴は誰にも聞こえない。
誰もが、助けの声を見てみぬふりをする。
サンジの声はドフラミンゴの手によって塞がれ、
身体は好きなように扱われていた。
届かねえ。
オレの声は誰にも届かねえ。
だから、もう声を出すのも止めてしまいたい。
誰にも届かねえ声なんて、必要ねえんだから。