忘却の空

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白ひげの容態が悪化した。
意識こそ正確だが、
すべての医学的データが絶望を示していた。

白ひげの望みで、
関係者は一人ずつ病室に入り、
最後の言葉を交わした。
誰もが、信じたくない思いともに、
これが最後になるだろうということが分かっていた。

まず、ニコ・ロビンが入り、
それからナミが入った。
無言で出て来るニコ・ロビンとナミ。
そこで何が語られたかは、永遠の謎だ。

次にドフラミンゴが入った。
エースは壁にもたれ、
自分の番を待った。

白ひげが死ぬ。

それは人として当然のことだ。
だが、白ひげの権威は死んではいけねえ。
権威が生きるかぎり、
オヤジは生き続ける。

その度量、
その行動力、
その統率力。
どれをとっても類い稀なる才覚を持つ男。
 
 
 

エースはドフラミンゴと交代に部屋に入った。

静かに目を閉じている白ひげには何の感情も読み取れない。

何が言える?
未来も、
過去も、
現在も、
すべてがもう白ひげにとっては意味がないというのに。

「ワイパーを撃て」
不意に白ひげが言った。

「あの男は戦鬼だ。
災いをなす」

エースは思わず白ひげに近寄った。

「クロコダイル組はあの男さえ消せば、潰せる」

それほどにワイパーの存在は大きいのか?
白ひげを撃った男。
エースは知りうるかぎりの、
狙撃人を思い浮かべた。
だめだ。
どれも、小粒すぎる。
なら、自ら手をおろすか?

「あの男は、ニコ・ロビンやナミの手には負えん。
エース、お前にもだ。
もちろん、ドフラミンゴにもな・・・・」
白ひげの言葉に、
エースはこぶしをにぎりしめた。

何だと?
屈辱とともに、
ワイパーという男にはかりしれない不安を感じた。
そうだ、
この白ひげが撃たれたのだ。
ただの相手であるはずはない。

「やつに撃たせろ」

やつ?
誰だ?
エースの脳裏には誰も思いつかない。

「あの、金髪のガキだ。
あいつなら、あるいは・・・」

金髪?
・・・サンジか?
ワイパーの寵愛の相手。
だが、あいつはただの下っ端で・・・。

「・・・あいつは・・・下っ端だ・・・」

「エース、お前の目はドフラミンゴなみのふし穴か?
あのワイパーが、射撃場で、ただの淫行だけしかしてねえと思うのか?」

エースの入手した情報によると、
ワイパーとサンジは、
いつも射撃場で裸で抱き合っていたと・・・。

射的は全てが、百発百中。
弾は一点から、
何十何百と、とりだされたと。

撃ったのは、
ワイパー。
側にいたのは、
サンジ。
もし、サンジが一発でも、撃っていたとしたら?

撃っていたら?
そんなはずはない。
弾は、標的から微塵もそれていないのだから。

ばかな。
あいつは、
ただのドフラミンゴの抱き人形で、
ワイパーにとっても同じだ。
役立たずで、
抱かれるしか能のない、チンピラ。

自分で自分すら守れない、
どうしようもない存在。

ドフラミンゴの性欲は旺盛で、
気まぐれだ。
その気になると、
どこででもヤる。
ほとんど性的暴力に近いようなものを、
甘んじてうけているようなやつだ。
気概が感じられねえ。
それとも、
男にヤられるのが単に好きなのか。

だが・・・、
白ひげは何と言った?
ニコ・ロビンでも、
ナミでも、
ドフラミンゴでも、
オレでもなく、
サンジだと?

まさか。
鍵はサンジか?
サンジが鍵?

そして、
鍵を託されたのは、オレ?

オレに?

オレに託されたのか。
 
 
 
 

「エース、お前がやれ」
 
 
 
 
 

それは、
白ひげの最後の言葉だった。

選ばれたものの、
恍惚と不安と、
嵐のような怒りと悲しみ。

エースの進む空もまた、真紅に燃えていた。
炎にうめつくされた、空。

行く手には、
業火が広がっていた。

だが、もう止まることなどできない。

バラバラだったパズルは一つになり、
すべてが、鮮明で、
はっきりと進み行く道が見えた。

あざやかで悲しい空の下を進んでいくしかない。
いつかたどりつく忘却の空まで。
 
 
 
 
 

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