忘却の空

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白ひげ死す。
巨星落ちる。

そのニュースはあらゆる権力者に知らされた。
白ひげの強大な権力に庇護されていた男たちは、
望みを断たれ、
嘆き、悲しんだ。

その権力はあまりにも強大でありすぎた。
彼らは、信じるものを失った。
自分でなく、
他人を信じていたのものの結束は弱い。
組織には亀裂が入り、
しずむ船から逃げ出す動物のように、
われ先にと人々は逃げ出そうとしていた。

だが、最後まで船と運命をともにしようとする者も、
どんな時でも少数はいる。
人は無駄死にだといいながら、
その行為をたたえる。
それは義務か責任感か、
本当のことは残った当人にしか分からない。
 
 
 
 
 

館じゅうが、
黒で覆われ、
白ひげの亡骸を乗せた巨大な棺が、
庭のまん中をゆっくりと進んでいく。

参加したものたちは、
神妙な顔をして、
一つの時代の終わりを見ていた。

空はどこまでも青く澄み、
やわらかな風が吹く日。
 
 
 
 
 

エースは、着慣れない黒い服に身をつつんで空を見上げた。
まったく、わがままなオヤジだから、
自分の好きな天気にしやがった。
あんたなら、
本当にこの空の上にいっちまうかもしれねえ。
なんたって、白ひげだからな。

戦いのはじまりにしては、
のどかな日だ。
まあ、そのうち、そんなことなんて言ってられなくもなるがな。
 
 
 
 

葬儀が終わると、
関係者は小さな部屋に詰めた。

ニコ・ロビンが口を開いた。
「今日は、父の葬儀をありがとう。
私たちがしなければいけないのは、
まず仇を討つことだわ」
その思いは誰もが持っていた。
このままではすまされない。

「ワイパーとクロコダイルを討ったものが、
跡目を継ぐ。
どうだ?
いい話じゃねえか?」
ドフラミンゴの言葉に皆は一様に緊張した。

最大の敵の組長を殺せば、
敵もまた渾沌におちいる。
そんな中で、
我々が負けるはずはない。
一番恐れるのは権力の分散と、内部分裂だ。
それは、誰もが知っていた。

ニコ・ロビンはちらりとナミを見た。
それからエースを見た。
誰もが、それしか答えのないことを知っていた。
そうするしか、
この混乱を抜け切る手段はない。

誰をもが可能性を持ち、
誰もが出し抜かれる危険性を持つ。
これは、賭けだ。
だが、他に方法がない。

とにかく、
白ひげ組の威信にかけて、
クロコダイルとワイパーを消す。
権力争いはそれからでいい。
組としての誇り。
それを捨て去ることはできない。
今ならやれる。
みなの気持ちが同じ今しかない。
クロコダイルとワイパーを消すのだ。
 
 

「復讐を」
ニコ・ロビンが言う。

分裂する前にすることがあるはずだわ。
私たちは、白ひげの後継者。
憎き、クロコダイル。
かつてはあなたを知っていた。
私は、あの男の元にいたことがある。
今となっては、白ひげがそれを知っていたかどうかを知ることはできない。
私はあの男に失望し、
その地を離れた。
そして、選んだのがドフラミンゴ。
皮肉なものね。
あなたにとっては、ただの助手だったかもしれないけれど、
私は白ひげの娘。
それを忘れないことね。

「復讐を」
ナミもまた誓う。
父としての白ひげは頼りがいのある男だった。
誰もがおそれひれふす男。
幼いころからの権威の象徴。
けれど、私にはやさしかった。
クールな姉さんはしようとしなかったけれど、
私をよく膝にのせてくれて、
くだらない遊びもしてくれた。
偉大で、尊敬すべき父。
偉大すぎて、
父を理想と考えることすらできない。
白ひげはこの世にただ一人しか存在しないことを、
幼いころから感じ続けていた。
父は巨大すぎた。
肥大し、膨張する名声と権威をすべて呑み込んで成長しつづけた「白ひげ」という存在。
それにふさわしい弔いが必要だわ。
それは、クロコダイルとワイパーの血しかない。

ドフラミンゴも歪んだ笑みを浮かべて言った。
「復讐を」
クロコダイルを討ち、
ワイパーを討ち、
それから、
ニコ・ロビンやナミやエースの事を考えたらいい。
なめられたままにしておくものか。
カタはきっちりつけてやる。

最後にエースがゆっくりと言った。
「復讐を」

バラバラのピースはしっかりと結びつき、
強い絆が生まれる。
彼らは、
団結なくしては、
勝利が難しいことに気づいていた。
ここでもめている場合ではない。
 
 
 

復讐を。
やつらに、
名誉ある死をあたえよ。
白ひげの組の名のもとに、
永久に残る死を。
 
 
 
 
 

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