忘却の空

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ロロノア・ゾロはナミから借りたパソコンの画面を食い入るように見つめていた。

ゾロのターゲットは「ワイパー」。
クロコダイルの組にふらりとあらわれ、
その腕を買われて一気に高い地位にのしあがった男。

銃の達人で、
さまざまなタイプの銃を使いこなす。
クロコダイルの組での実績は輝かしいものだった。
狙ったターゲットは百発百中。
誰もワイパーから逃れることはできない。
孤高な雰囲気を保ち、
誰かと親しくすることもない。
組の中でも恐れられる特異な存在。

ワイパーの行動の全てを追跡した記録。
懇意にしているのは水商売のラキという女のみ。
他に接触している男も女もない。

天涯孤独ってやつか。

過去を遡っていくと、出て来た意外な人物。
「バラティエ」
「ゼフ」
「サンジ」

サンジ?
間違いない、アイツだ。

ゼフが育てた子ども。
ワイパーの執着した相手?
今は・・・、ドフラミンゴの?

あいつは、ただの下っ端では?
オレは何を動揺している?
あいつが誰のものであろうと、
どんな過去があろうと、
仕事にはなんの関係もねえ。

ターゲットはサンジを抱いた男。
それが何だっていうんだ。
なんだこのイライラした感情は。
気をしずめて、
ワイパーを斬ることだけを考える。

おそいくる銃弾をかわし、
その体躯に太刀を浴びせる。

その男はサンジを抱いた男。
その身体はサンジを抱いた身体。
ワイパーはサンジに執着し、
片時も離すまいとしたという。

愛欲の闇に取り込まれたのは、
ワイパーか、
それともサンジか。

ゼフの殺しはただの権力闘争などではない。
鍵はサンジ。
そして、今も?
 
 

部外者のゾロでさえが知る、
ドフラミンゴとロビンの不仲。
それはドフラミンゴの浮気によるものらしい。
そのうえ、相手は女ではなく、男。
 
 
 
 

「それ以上は知らなくていいことよ」
背後にいたナミがゾロを制した。

「ゾロ、あなたの使命はワイパーを仕留めること」
ナミはそれ以上のデータを遮った。

この男がドフラミンゴとロビンの確執を知る必要はない。
私たちにとってのサンジの存在の意味も知る必要はない。
サンジにとってゾロという男がどういう存在なのかも知る必要はない。

貴男はただ、命じられるままにワイパーを斬ればいい。
この男は、ただの殺し屋にしかすぎない。
人を斬る以上、
血にまみれた人生を進み続けるしかない。
大剣豪を目ざした時から、
人としての道を捨てている。

頂点を目ざすものは、
何かを犠牲にしなくてはならない。
野望はそんなに簡単に手に入るものではない。
人としての何かと引きかえに、
名声と地位を手に入れる。

この男は何を手に入れるつもり?

大剣豪という伝説か?
世界一という名声か?
他を制覇するという地位か?

それはすでに業だ。
大剣豪という野望にとりつかれたものの、
決して逃れることのできない運命。

燃え盛る太陽の中に突っ込んでいく鳥のようなものだ。
失敗すれば、
燃えて、焼かれて、骨まで粉々にくだけ散る。

なのに、どうして戦うことを止めない。
どうして今のままで満足できない?

満ちたりない自我と、
飢えた肉体。

戦わずにいられないなんて。
じっとしてはいられないなんて。

それは選ばれた幸運な人間なのか、
落ちこぼれた不幸な人間なのか。

おそらく、答えなどない。

この男と、私たちは同類なのだ。

より高みを目ざして、
走り続けるしかない。
結末がどうなろうと、
戦い続けるしかない。
 
 
 
 

ゾロは腰に刀をさすと、
無言で立ちあがった。

今まで何度も仕事をしてきた。
だが、今回のように心がざわざわするようなことはなかった。

アイツのせいだ。
ゾロの日常に突然入りこみ、
その存在を覚え込ませた男。

温かく、うまい料理。
確かに存在していた、あの笑顔。
タバコをふかす、独特の仕草。
風にゆれる金の髪。
表情の一つ一つがゾロの心に焼き付いている。

あいつはワイパーに抱かれていた。

そう思うと、目の前が真っ赤に染まる。
鼓動が速くなり、
刀を持つ手に力が入った。
今まで感じたことのないような、不安感。

情報の奥にある真実。

それが何であるのか、知りてえのは何故だ?
この迷いは何だ?
オレはワイパーに向けて剣を降りおろせばいいだけなのだ。

オレにとってワイパーが誰とヤろうとどうでもいいことだ。
その相手がアイツであっても、どうでもいいことだ。
どうでもいいはずだ。
 
 

なぜ、アイツのことばかり心に浮かぶ?
あの金髪のチンピラの過去なんて、
どうでもいいはずなのに。
 

生き急いでいるわけではない。
だが、走り続けるしかない。
その地につけば、
迷いも苦しみもない。
いつか、
そこにたどりつく。
そのために、戦い続けるしかない。

いつかたどりつく忘却の空まで。
 
 
 
 
 

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