忘却
 
 

忘却の空

2
 
 
 
 
 

サンジはふらふらとその辺をさまよった後、
事務所に帰った。
「事務所」とは名ばかりで、
実のところはヤクザのたまり場だ。

「ヤクザは必要悪だ」
若頭のドフラミンゴはいつもそう言う。
およそヤクザらしくない派手ないでたちで、
いろいろな商売も手広くやっている。
それがかえって悪めだちし、
組の中でも、
かなり評判は悪い。
だが、ドフラミンゴは白ひげの娘、ニコ・ロビンと結婚をしていた。
白ひげには男の子どもがいない。
長女の能面のように無表情で冷静なニコ・ロビンと、
次女で守銭奴といわれる金の管理をしているナミ。
女ではあるが、二人とも白ひげの娘だけあって、
ひとくせもふたくせもあった。
白ひげが死ねば、組を継ぐのはドフラミンゴ。
それは、みなが知る事実だった。
 
 
 

事務所には、同じく下っ端のヨサクとジョニーが残っていた。

「サンジ、どこに行ってたんだ!!!
えれえ事になったらしい!!!
組長が、撃たれた!!!」

泣く子もだまる白ひげと言われる偉大な組長。
その支配力は絶大で、
その名を聞いただけで黙々と従う男がたくさんいる。

「若頭がここに来いと・・・」
サンジは握らされたメモを見た。
白ひげの屋敷だ。

おそらくそこには組員が集結しつつあるのだろう。

サンジは何度か白ひげの屋敷には行ったことがある。
だが、組長と直接話をしたことはない。
ドフラミンゴが話す時に、
ただ控えているだけだ。
それでも、白ひげがただ者ではないことは分かった。
刺すような視線とただならぬ存在感。
わきでる威圧感。
組員を支配するにふさわしい男だった。
 
 
 

ジョニーとヨサクは下っ端用の国産車を乗り付けてきて、
サンジに乗るようにうながした。
黒塗りなだけで防弾装備もなにもない車だ。
車内でヨサクとジョニーは事件について興奮してしゃべっていた。
サンジは興味なく聞いていた。
組に忠誠心などないから、どうでもいい。
そのうち銃撃者の話になった。

「白ひげを撃ったのは、
ワイパーという男だ」

サンジはびくりとした。
その名には聞き覚えがある。
かつて、自分を拾ってくれた男、ゼフ。
その男もまた極道の世界に生きていた。

命より仁義や仁侠を大事にしていた男。
そのゼフはたった一発の凶弾に倒れた。
ゼフの暗殺とともに姿を消したのは、
当時ゼフの組の構成員だったワイパー。
行くえを捜しても見つからず、消されているという噂がたっていた。
杳として行方が知れなかった男は生きていたのだ。

サンジはその男を知っていた。
忘れることのできない苦い記憶。

ワイパーが・・・生きて?
ジジイを殺した男が・・・。
 
 

極道の世界は斬った張ったは当然だ。
命を落とすことも恐れちゃならねえ。
 
 
 

すでに灰色に褪せた記憶が蘇る。
それは、ただの記憶でしかない。

記憶なんて捨てる。
サンジはそう決めた。
あきらめちまえばいい。

あきらめるんだ。
なのに、時々、急に大声でさけびたくなる。
急に走りだしたくなる。
急に暴れたくなる。

さけんだって無駄だ。
走ったって無駄だ。
暴れたって無駄だ。

どうしていいか分からなくなる。
チクショウ。
なんだって、今頃、この名を聞くんだ。
 
 
 
 

「オイ、サンジ、ぼんやりするな!!!」
いつの間にか、
白ひげの屋敷に着いていた。
騒然とした気配と、
異様なほどの緊迫感。

張りつめた空気がその場を支配していた。
 
 

サンジとヨサクとジョニーは屋敷についたものの、
誰がどこにいるのかも分からない状況だった。
大部屋のような所に座らされ、
周りの様子を見たが、
誰もがどうしていいか分からず、
緊張した面持ちで、座っているだけだ。
時が時なので、
話がはずむわけもない。
 
 
 
 

「組長は危篤」
 
 
 
 

知らされた事実に組員たちは息をのんだ。
 
 
 
 
 
 

3
 
 

忘却の空
地下食料庫
URA-TOP
TOP