忘却
 
 

忘却の空

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冷えきった部屋にいる人々は、
石のように沈黙したままだった。

白ひげの命は刻々と失われていた。
死とともに、
その支配力もまた消える。

ニコ・ロビンは部屋を出たままだったドフラミンゴが帰ってくるのを冷たい目でながめた。
小用にしては長過ぎる。
この男は、何をしていた?

組の若頭である以前に、この男は私の夫のはずだ。
義父の危篤の時に、
何くわぬ顔をして、
不徳の限りを尽くす。

この男の偽りの顔に私はだまされた。
この男なら、父の後をつげると思った。
ともに、組を発展させることができると。
だが、ドフラミンゴは私やナミと力をあわせる気はない。

冷えきった夫婦生活。
新婚のはずの夫はいつの間にかどこかで拾って来た男を抱いていた。
それは堪え難い屈辱だ。

私が誰にも言えないのを知って、ドフラミンゴは安心して好き勝手にしている。
極道の妻が、下っ端のチンピラふぜい相手に、
夫の浮気でケンカをしかけられるわけはない。
面目まるつぶれだ。
なのに、何ごともないかのようにふるまう。
私が気づかないわけがないことくらい、
分かっているはずだ。

確かに力のある男だ。
本気になれば、世界を支配できることも可能だろう。
だが、我々の野望とドフラミンゴの野望は違う。
私たちは白ひげ組の繁栄を願うが、
ドフラミンゴは経済的な繁栄だけを求めている。
一見、組の拡大をおしすすめているようだが、
本当は経済力を手に入れたいのだ。
その手段として選んだのが、白ひげ組での闘争と他の組の支配。
その偽りの仮面は白ひげをもだますほどだ。
 
 

部屋の中では、
だれもが沈黙し、
重苦しい空気が漂っていた。

最新の医療機器の音だけが定期的に響いている。
「良くありません」
重苦しい雰囲気の中、医師は苦々しく宣言した。
どんな延命措置も上回る出血と内臓の損傷。
 
 
 

ニコ・ロビンはそれを聞くと、
すっと立ち上がって白ひげの側に近寄った。
「組長、跡目は誰に譲るのですか?」

すでに意識のないような白ひげに向かって問いかけた。

「ニコ・ロビンを選ぶか、ドフラミンゴを選ぶかを聞いています」

その質問はニコ・ロビンは力を合わせるつもりはないという宣言だった。
そして場合によっては組を継ぐということだ。
 
 
 

それまで無反応だった白ひげははっきりとした口調で言った。
「ニコ・ロビン、お前は人であることを捨てられるか?
自分より組を優先させるのが組長だ。
女であることを捨てるか?」

そばにいたものたちは息をのんだ。

「修羅の道を生きる覚悟があるか?
お前の名のもとにすべての権力が動き、
抗争が行われる。
お前が、どうしても跡目を継ぎたければ、
この場でこの命を奪え」

ニコ・ロビンは声を失った。
お前は甘いと、
そう言われているのだ。
 
 
 
 

白ひげは娘達を見た。
優秀だが、跡目を継ぐにはふさわしくない。
ニコ・ロビンは夫のドフラミンゴに嫉妬している。
ドフラミンゴの遊び相手の若いチンピラにも嫉妬し動揺している。
それはニコ・ロビンが女であるということを証明している。
そんなもろいプライドなど必要ない。
組長には、感情は必要ないのだ。

わが娘たちは確かに非凡だ。
だが、ニコ・ロビンは激情を秘めており、
それは組長にはふさわしくない。
ナミには権力欲がない。
金銭欲だけだ。
 
 
 
 

エースは凍ったような空気の中、
白ひげだけを見ていた。
跡目争いをするニコ・ロビンと不快な表情を隠そうともしないドフラミンゴ。
そりゃそうだ。
ニコ・ロビンは自分だけにあとを継がせろと言ったのだからな。
この場でドフラミンゴは面子を潰されたのだからな。

オレはこのオヤジだから、
これまでついてきた。
オヤジの偉大さは誰もが知っている。
このままにしちゃおけねえ。
オヤジの仇をとらねえといけねえ。
下手すれば、一気に内部分裂をしかねない。
ニコ・ロビンとドフラミンゴが殺しあいをして、
組がバラバラになってもなんの感情もわかねえが、
白ひげの名を汚すものは許せねえ。
 

二人の後継者のニコ・ロビンとドフラミンゴ。
こいつらはオレにとっては敵になるかもしれねえ。
オヤジの名を汚すものは敵。
もし、この場でオヤジの命を奪おうというものがいたら、
それが誰であろうとオレが生かしてはおかねえ。
火拳のエースの名にかけて。
 
 
 
 
 
 

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