忘却の空
5
ロロノア・ゾロは広い屋敷の中をうろうろしていた。
ゾロは剣士だ。
世界一の剣豪をめざして、
日々修業をしている。
ゾロにとって剣道の段とか、
大会での優勝とかはどうでもいいことだった。
人はゾロは生まれて来る時代を間違ったのだと言う。
刀を持って戦うのがあたり前の時代であったなら、
ゾロはもっと生きやすかったはずだ。
真剣で戦おうとする者を社会が受け入れるはずもない。
そんなゾロを受け入れたのは、
極道の世界だけだった。
ヤクザたちの抗争の助っ人として、
ゾロは金で雇われて働いていた。
数限りなく人を斬った。
だが、それはゾロにとっては、
最強の剣士になるための踏み台にしかすぎなかった。
ある日、ゾロは真っ白な刀を見つけた。
その刀がどうしても欲しくて、
ゾロは借金をした。
その外資系というふれこみの「オレンジバンク」はヤクザとつながっていた。
それは、めずらしいことではない。
ゾロは借金を返すために、
その組で仕事をした。
それで返したはずなのに、
いつの間にかちがう名目で借金が増えていた。
その金貸しのナミという女はゾロの刀の嗜好を熟知していて、
いい刀を持って来る。
もともと金になど興味がないゾロは、
言われるままに刀を手にし、借金をした。
気づくと莫大な金額になっていた。
しょうがないので、組の仕事を引き受けた。
だが、借金はいっこうに減る気配がない。
ナミに文句を言っても、
証書をつきつけられるだけだ。
ナミは白ひげ組組長の次女だった。
いくつかの仕事を請け負っていたが、ある日急に呼び出しをうけた。
そこは組長白ひげの館で、
その地では異変がおこっていた。
どうやら、かの高名な組長がヒットされたらしい。
・・・・銃か?
だれもが緊迫した雰囲気で、ものものしい警戒ぶりだった。
ナミを捜すが、ナミはどうやら病室にいるようで、
とても会える雰囲気ではない。
・・・腹、へった。
食い物はねえのかよ・・・。
こんだけ広い屋敷だ。
どっかに、食い物があるに違いねえ。
ゾロは懐にしまった借用書をじっと見た。
いつの間にか何枚にも借用書が増えていて、
まさにゆきだるま式に借金が増えていた。
金がねえ。
まいったな。
ゾロはぼりぼりと頭をかいた。
細かいことを考えるのは性にあわねえ。
腹へった・・・。
そういや、
前にメシ食ったのは、
昨日か、
おとといか?
なんかねえのか・・・、食い物・・・。
ゾロが歩いていても、
誰も声をかけようとしない。
スーツを着て、
傲慢な様子の男たちは、
ゾロを醜いものを見るようにちらりと見ると、
その存在を無視した。
下っ端の剣士か・・・・。
まあ、こいつも討ち入り用に連れてこられたってことだな。
日本刀での出入りは見栄えがするからな。
だが、この世はすでに銃だ。
刀など時代遅れだ。
きっとこの男もみせかけだけの張り子の虎だ。
ナミはどこだ?
あの女を見つけて・・・、
仕事して、
メシ食わねえと・・・。
ふらふらと歩いているゾロは、
ふらふらと人気のない壁のほうへ歩いていった。
腹へった・・・。
ゾロはどさりと倒れた。
クソ、腹がへって動けねえ。
その壁は荒いので、壁の向こうの景色までよく見えた。
だが、その壁はそびえるように高く、鉄条網で囲まれていた。
明らかに、外とは違う世界がそこにはあった。
そこから見た空はひたすら青かった。
まっさおな空をゾロは見た。
雲一つない、あざやかな空。
記憶の中に、その青を残し、
ゾロは意識を手放した。