忘却の空

6
 
 
 
 
 

やがて日が西に傾き、
空が茜色にそまる時間がやってきた。

サンジは屋敷の外に出て、
ぼんやりとタバコをくゆらしていた。

空を赤く染めながら、
日がしずむようすを
じっとしゃがんで見ていた。

無表情なその顔に、
赤くまぶしい光がさすこむけれど、
サンジはまばたきもせず、
じっと光に顔を向けていた。
 

気をぬくと、
ドフラミンゴに抱かれた感覚が、
蘇ってくる。
あの時ドフラミンゴが言っていた男の名。

ワイパー。

まさか、あの男が生きていた?
そのうえ、どうやらクロコダイル組にやとわれているらしい。

全てはどうだっていいはずだ。
過去なんて、捨てた。
誰かを大切に思う事も、止めた。
 
 
 
 

何本目ものタバコを捨てた時、
すこし離れたところに誰かが倒れているのに気づいた。
 

・・・何だ?

見たことのない男だ。
めずらしい緑色の髪をしていて、
日本刀を三本も腰にさしていた。

ああ、鉄砲玉の一人だろうな。
復讐のために、
人員を集めているらしいからな。

でも、なんでコイツ倒れているんだ?
 

・・・?
 
 

記憶の中のシーンが蘇る。
こんなふうにして倒れていたゼフの姿。

まさか・・・死んでねえよな!!!
 
 

おそるおそる触ると、
そいつは暖かくて、
確かな生が伝わってくる。
 
 

「・・・・メシ・・・」
 

サンジはそいつがしゃべった言葉を聞いて、あぜんとした。
今どき、行き倒れ?
しかも、腹をすかせて?
しかも、こんな時に。
白ひげが死んだら、お前、討ち入りに行くんだろ?

・・・ははは。
アホじゃねえの?
こんな剣士どこにいるっての?
 
 
 

そう思いながらも、
サンジは厨房に行き、
料理を準備した。
厨房は人でごったがえしており、
だれがだれの子分かも分からないままに、
様々な交渉がされているようだった。

ああ、上も下も同じだな。
ここでも混乱してやがる。
サンジはそう思ったが、
開いているコンロをみつけ、
食材をみつくろって、
すばやく簡単な料理を作ると緑頭のところに戻った。

「食え」
転がっているそいつの横にゴトリと食器を置くと、
少し離れたところに腰を下ろして様子を見た。
 
 
 
 

ゾロはうまそうなにおいに意識をとりもどした。
目の前にある食い物を見つけると、
ガツガツと食った。

うめえ。
うめえ。

一口食うたびにメシのあたたかさやうまみが、
五臓六腑に広がっていく。

山盛りにされていた食い物を全て平らげてから、
すこし離れたところに金髪の男がいることに気づいた。
ゾロのようすをじっとみていたようだ。

「クソうめえだろ」
そいつはニッと笑って言った。

「・・・てめえが、くれたのか。
礼を言う」

ゾロの律儀な礼にサンジはおかしくなった。
「てめえ、剣士だろ。
それが・・・こんなところで行き倒れって・・・、
ギャハハハ!!!」

明らかにむっとするゾロを無視してサンジは続けた。
「この天才料理人サンジ様の料理を食えたとは、
てめえ、運のいいヤロウだぜ!!!」

べらべらしゃべりはじめたサンジに、ゾロはあぜんとした。
ハデなアロハシャツに黄色いサングラス。
どうみてもチンピラだ・・・。

「ちょっと待て・・・、
てめえの料理って?」
コックにはみえねえけど・・・。
ゾロはそう思いながら、とりあえず尋ねた。

「う・・・、あ・・、えーと、
オレは完全無欠のボディガードなんだが、
料理の腕もカンペキだ!!」
 サンジはあわててとりつくろった。
サンジは料理がうまい。
見かけによらず、料理が趣味兼特技なのだ。

だが、ドフラミンゴには作ったことはない。
かつてバラティエ組にいた時は、
いつもワイパーのために作っていた。

飢えた男。
身体が飢え、
何よりも心が飢えていた。
いつか、
自分はワイパーに食い尽くされてしまう。
サンジは常にそれを感じていた。

サンジの記憶の中でどくどくと波打つ感情。
おさえてもおさえても溢れてくる何か。
追憶の瞬間はいつでも急に訪れた。
 
 
 
 
 

ゾロは急にしずかになったサンジの様子をじっと見た。

騒々しいやつだが、
こうして黙っていると、
人形みてえだ。

ヘンなやつだ。
だが、オレはこいつに命を助けられたらしい。

「オレの名はロロノア・ゾロ。
世界一の大剣豪をめざしている」
 
 
 
 
 

サンジはゾロの本気の瞳を感じた。

この男は本気だ。
目を見ればわかる。
本物だけが持つ、強い目の輝き。

この目を持つ男に、オレは弱い。
 
 

ドフラミンゴも時々、こういう強い目をする。
強い目の男のそばにいると、
強くなれるにちげえねえ。
ずっとそう思っていたが、
もう分からなくなってきた。
 
 
 
 

オレには語る夢なんてねえ。
信じるものなんてねえ。
譲れねえものも、
守るべきものも、
何にもねえ。
 

遠いな。
こいつと、オレとの距離は遠い。
きっと生き方が違う。
どれだけ焦がれても、
決して手に入ることのねえ生き方。
 
 

オレはこいつらとは違う。
耐えがたい焦燥と、
意味の分からない情動。
変えたいのに、
変えられない日常。
いつだって、そうだった。

信念なんて、
持とうとして持てるものではない。
だけど、
心の底から湧きでる、このもやもやした思いは何だ?

見つからねえ。
何を見つけたいかが、
見つからねえ。

真紅に染まる空のように焼けつく思い。
 
 
 
 
 
 
 

ゾロは落ちゆく西日を見た。
新たなる戦いの決意がふつふつと湧いてくる。
剣に死すのが本望。
野望を殺してまでの生には意味はない。
 

サンジもまた落ちゆく西日を見た。
あの向こうには死の国があるのだろうか?
ジジイはそこにいるのだろうか?
だが、オレはまだそこには行かねえ。
たいした生じゃねえけど、
まだ、ここで、あがいてることにする。
 
 
 
 
 

二人は横顔を赤く染め、
闇がせまる大地を見つめつづた。
 
 
 
 
 
 

7
 
 

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