忘却の空
7
「オイ、サンジ、どこ行ってたんだよ!!!
やっぱり良くないらしいぜ、白ひげ・・・」
どこかに姿を消していたサンジを見つけ、
ヨサクが声をかけた。
サンジは時々、こういうふうに姿を消す。
ドフラミンゴは「気にするな」としか言わないから、
それでいいのだろうが・・・。
いつの間にか、ドフラミンゴの事務所にあらわれ、
なんとなく居ついた猫のような男。
そりゃ、見かけによらず、
サンジのケリはなかなかのもんだ。
スカした風情とは裏腹に、
意外にひとなつこい。
オレたちは外回りの使いっぱしりばかりだ。
ろくな肩書きのない同じ下っ端でも、
サンジは内回りの使いっぱしりだろう。
サンジはよくドフラミンゴについてどこかに行く。
本人は「ボディガード」だなんていうけど、
とてもそんな風には見えねえ。
「え、ああ、でっけえイヌにメシやってた」
サンジの言葉にジョニーは呆れた。
「お前、こんなところでも野良犬にのこりメシくわせてやってたのかよ・・・」
「だってしょうがねえよ。
ハラすかせてたからさ」
サンジは笑って答えた。
そうだ、あいつはイヌみてえなやつだった。
だけど、イヌっていうよりオオカミとかに近いかもしれねえけど。
「そうそう、さっき、若頭が捜してたぞ」
サンジはかすかに表情をくもらせた。
だが、常にかけているサングラスのために、
わずかな瞳のゆらぎに気づかれることはない。
「へえ・・・なんだろ・・・。
けどよ、若頭は病室なんだろ」
会いたくねえ・・・、
っていうか、捜す用なんてねえはずだ。
この非常時に・・・。
サンジが考えていると、
誰かが声をかけてきた。
「ああ、アンタがサンジか?
悪いな、ちょっと来てくれねえかな?」
サンジはその男を見た。
特徴のある帽子をかぶり、
顔には愛嬌のある人なつこい笑みを浮かべている。
こいつは・・・、
ポートガス・D・エース。
白ひげの秘蔵の若者。
ドフラミンゴにつぐ実力者だ。
顔くらいは遠目に見たことはあるが、
直接話をしたことはない。
「ちょっとオヤジに見せとこうと思ってな。
アンタ、組の亀裂を作りかねない存在だからさ」
そう言ったエースの瞳は笑ってはいなかった。
このままでは確実に白ひげは死ぬ。
白ひげをヒットしたのは、
かつてバラティエ組にいたワイパーという男で、
今はクロコダイルの元にいる。
このサンジという男はワイパーと昵懇だったらしい。
その頃の様子は、
カルネという男が詳細に述べている。
そして、現在はドフラミンゴと。
ニコ・ロビンが一番ドフラミンゴに怒っている原因がこのサンジの存在らしい。
ドフラミンゴはニコ・ロビンが不快に思っているのを承知で、
知らんふりを続けている。
ロビンは怒っているが隠したがっている。
つまらねえプライドだ。
そんなくだらねえことで、
オヤジの組が崩壊するのは見たくねえ。
ドフラミンゴの野郎もいくら気に行ってるからって、
ここで犯ることはねえだろ。
それとも、ワイパーって野郎に嫉妬でもしたか。
エースはサンジのサングラスを素早くとった。
「なにしやがる!!!」
「あー、いいメガネだな、こりゃ。
ちょっとかけてもいいか?」
怒りをはぐらかされて、サンジはとまどったような顔になった。
エースはサンジの黄色いサングラスをかけてみた。
世界にうっすらと黄色い幕がかかる。
ふん、ちょっと離れた感じってやつか?
「似合うか?」
のん気に聞くエースにサンジは調子を狂わされた。
「似合わねえ」
つい正直に答えてしまう。
この男はドフラミンゴのライバルで地位も肩書きもある男なのだ。
失礼な応対は、ドフラミンゴの面子にもかかわる。
「まあな。
オレはサングラスなんかで隠すもんはねえからな」
エースの言葉にサンジはどきりとした。
見抜かれている?
何を?
この男は何を知っているのだ?
「ああ、アンタは部屋の中で立ってるだけでいいから。
なんせドフラミンゴの旦那はアンタ捜してたらしいから、
連れにきてやったのさ」
非難をふくんだエースの言葉を、
サンジは無表情に聞いていた。
「拒否することは?」
「できねえな。
あー、悪いね。
すぐ済むから」
エースは言いながらも、
この調子だとコイツ食うのもすぐ済みそうだ、と考えた。
サンジは言われるままに黙ってついてくる。
あきらめがいいのか、悪いのか。
度胸があるのか、何も考えていないのか。
いや、とことんバカならドフラミンゴが手をつけるわけはないか。
あの男を自分は認めているのだ。
だから、正当に組を継ぐ分には問題を感じてはいなかった。
だが状況は変わってきた。
重苦しい病室の扉が開かれ、
サンジはその中に足をふみ入れた。
室内にいた者の視線が一斉にサンジに注がれた。
光を失いかけていた白ひげの目に強い光が浮かぶ。
「誰だ、お前は?」
白ひげのさすような視線にサンジは身体を震わせた。
サンジはドフラミンゴの側で白ひげに会ったことは何度もあったが、
白ひげはサンジを「見て」はいなかった。
サンジは白ひげをじっと見て、
それからぽつりと名だけを言った。
「サンジ」
他には言うべきことはなかった。
白ひげに対抗する気なんてないし、
対抗できるとも思ったことはない。
けれど言う言葉はなかったから、
にらみかえすに近い状態で白ひげを見た。
エースは部屋の中の様子をざっと見回した。
ニコ・ロビンは明らかに不快な顔をしており、
ドフラミンゴはいたずらがみつかった子供のような顔をしていた。
ナミはあからさまに好奇心を顔にうかべ、
医師たちは意味が分からないという顔をしていた。
サンジに視線を戻すと、
白ひげの方を固い表情でじっと見つめていた。
白ひげもまた獲物を狙うような視線でサンジを見ていた。
オヤジはこいつを「認識」した。
オヤジにこの目で見られて、
見返せるヤツは少ない。
説明は必要ない。
オヤジが見て、感じたこと。
それが真実なのだ。
白ひげともあろうものが、知らないわけはない。
ドフラミンゴとニコ・ロビンとのことを。
そして、ワイパーという男のことを。
「・・・ふん、もういい。
エース、そいつを連れていけ」
しばらくサンジを見ていた白ひげは、
急に興味を失ったかのように視線をそらすとまぶたを閉じた。
それからしばらくして、
はっきりとした声で言った。
「サンジと言ったな。
あれはエースにあずける」
ドフラミンゴが椅子から立ち上がった。
何かを言いかけて、
思いとどまり、
深く椅子に腰を下ろした。
ニコ・ロビンが突然笑い出した。
「あははははは」
医師がおどろいて、ニコ・ロビンに近寄った。
ニコ・ロビンは医師の手を振り払うと、
にらむドフラミンゴをさめた目で見つめた。
「代償が必要だってことよ。お互いに」
権力とひきかえに捨てるのはプライド。
地位とひきかえに捨てるのは自由。
失うものは刻々と変わっていく。
手にはいるものも刻々と変わっていく。
白ひげの地位を継ぐのは、
やはりドフラミンゴとニコ・ロビン。
彼らは愛より野望をとる。
組の名誉と繁栄を選ぶ。
それが極道の定め。