忘却の空

8
 
 
 
 
 

白ひげが銃撃されてから、一夜が明けた。
それから昼が過ぎ、
また夜が近づいていた。

白ひげは奇跡的な生命力でまだ生きていた。
だが、だんだんとその力は失われてきている。

病室に詰めた者たちは、
身動きがとれず、
いらいらした気持ちでその場にとどまり続けていた。

場を離れるということは、
忠誠さに欠ける。
だれもが互いの足元を救おうとしているのだ。
組長の死に目に会えないものなど、組にいる資格はない。
それは暗黙の了解だった。

幹部たちは病室にとどまっていたが、
部下たちは武器を集め、
情報を集め、
緊迫したまま動いていた。

抗争の相手は、
クロコダイル組。
組長はサー・クロコダイルとよばれる男だ。
表向きはバロックワークスという会社の社長だ。

地位のある男たちはあらゆる襲撃の可能性と、
敵の戦力、身内の戦力を検討しつづけていたが、
下っ端には何もすることがなかった。
大部屋のようなところで、
ひたすら大人しくじっとしているだけだ。
 
 
 

サンジはしばらくはヨサクやジョニーと大部屋にいたが、
ざわざわした空気が嫌になり、
誰もいない場所に行きたくなった。

あそこ・・・、
そういや、
あのミドリ頭がいたとこには人いなかったよな。

なんとなく、
昨日の場所に向かうと、
昨日の男がそこにいた。

今日は剣を天空にかざし、
それを鋭くふりおろしていた。
鋭い気がその場に磁力のように満ちており、
ゾロの剣がなかなかのものであるということは剣に疎いサンジにも感じられた。

ゾロが白く輝く剣で空を斬る姿をサンジはじっとながめていた。
しずかなゾロひとりの時間は、
そこに誰かが入り込むすきがなく、
完成された美しい空間だった。

サンジはそれをずっと見た。
かつて、ワイパーが銃を撃つのを見たように。
 
 
 

ゾロは鍛練をくり返し、
ふと後ろを振り返ると、
きのうの金髪がじっとゾロの方を見ていた。

・・・バカな。
気配を感じなかった。
ゾロは自分の動物的な嗅覚に自信があった。
どんなに修業をしていても、
誰かが近づいてきたら、
その気を感じ気づくことができる。
なのに、今は全然気づかなかった。
よほどの剣の達人か、使い手か・・・。
とてもコイツはそんなふうに見えねえ。
ゾロは値踏みするようにサンジを見た。
強ええのか、コイツ?
 
 

サンジはゾロが張りつめた雰囲気で自分の方を見ていることに気づいたが、
なぜそんな顔をしているのかは分からなかった。
なんだ?
すげえ機嫌悪そうじゃん、こいつ。

そう思った時だ。
グーーーー。
ゾロの腹の虫がなった。
 
 

あァ?
そういや、メシ食ってなかった・・・。
ゾロは顔をしかめた。
見ると目の前のサンジはおかしくてたまらないという顔をしている。

「プッ・・・ククク、
てめ・・・またハラ減ってんのかよ!!!」
笑い始めたサンジに苦い顔をしながらもゾロは答えた。

「しょうがねえ。
夕べから食ってねえ。
どこにもメシがねえんだからよ」
ゾロはいうなれば、ナミによばれて来ただけのただの討ち入り用の戦力だ。
ナミを捜してときどき歩くのだが、
さっぱり見つからない。
メシがありそうなところを捜してうろつくのだが、
やっぱり見つからない。
見つからないので、あきらめて修業をしていたのだ。

サンジはあきれはてたような顔をした。
はァ?
何言ってんだ、コイツ。
でも、どうみても腹すかしてるしよ・・・。
バカじゃねえの。
でも、しょうがねえよな。
腹すかしてるし・・・。

「待ってろ。
今、何か持って来てやるから」
サンジは厨房に向かった。
そこは今日も人でごったがえし、
食材が大量に積まれている。
サンジはまた適当に食材を選ぶと、手早く料理を作った。

ゾロはサンジを待っていたようで、
サンジがメシを渡すと、
ガツガツと食った。

サンジはゾロの様子をじっとみながらタバコをふかせていたが、
思いついたようにゾロに聞いた。
「なあ、朝メシも食うか?」

ゾロは驚いた顔をしたが、
「おう」
と短く答えた。
 
 
 

翌朝、サンジはちゃんとその場に来ていて、
つくりたてのほかほかのメシが準備されていた。
炊きたての白米に味噌汁。
きれいに焼いた魚もついている。
うめえ。
ゾロはちゃんとした朝食など食ったことがない。

「へへ・・・クソうめえか?
てめえ、こういうの好きそうだと思ったんだよな」
サンジが嬉しそうに笑った。
ゾロはその笑顔をまぶしいと感じた。

こんなヤツは初めてだ。
敵でもなく、
ゾロを恐れもしない。
 
 
 

「なあ、昼メシも食う?」
サンジの言葉にゾロは黙ってうなずいた。
サンジのメシはうまい。
どうせ今はヒマだし。
 
 
 

「ならクソうめえもの食わせてやるよ」
サンジはそういって笑った。
厨房は渾沌としていて、
誰が入り込んでも分からないし、
食材も取りほうだいだ。

ゾロにメシ食わすのは楽しい。
 
 
 

「んでよお、
この野菜ってのはなあ・・・」
ゾロは黙々とメシを食っていた。
サンジはどうやら料理の話をべらべらとしゃべるのだが、
ゾロには何を言っているのか、
何を言いたいのかがさっぱり分からなかった。

でも、サンジが楽しそうだから、いいのだろう。
でも、コックじゃねえんだよな、コイツ。

ゾロはサンジをちらりと見た。

料理のことをひっきりなしにしゃべっているが、
自分がどうしてここにいるか、
とか、
どんなことをしている、
とかには触れようとしない。
 
 

まあ、どうだっていい。
 
 

サンジはひとしきりしゃべると、
ゾロがじっとそこに座っているのを確かめると、
「また来るからよ」
と言ってその場を離れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

白ひげの生命力は驚異的で、
銃撃後3日がたったが、
危篤といわれながらも、
まだ生きていた。

ドフラミンゴは腹心の部下から情報を集めていた。
その中にサンジに関するものもあった。
白ひげの宣言で、
サンジはエースあずけになっているが、
自分たちはこの部屋を離れることができないので、
エースも自分もそれをサンジに伝えてはいない。
サンジは大部屋で同じく下っ端のジョニーやヨサクと適当に寝起きをしているはずだった。

「・・・何だと?
行き倒れの男にメシを作ってやってる?」
ドフラミンゴはいらついた声で
「ええ、ロロノア・ゾロって雇いの剣士らしいんですが。
剣の腕は大したもんだって評判です。
誰が雇ったかもよく分からないんですけどこの屋敷にいるんです。
サンジはヨサクやジョニーには『でけえ野良犬にエサやってる』って言ってるらしいです」

ドフラミンゴは男を下がらせて、
何くわぬ顔で白ひげを見た。
だが、腹の中ではムカムカした気分になっていた。
倒れていることを知っていたが放置していた緑頭の男にせっせとメシを作っているだと?
気に入らねえ。
 
 
 
 

ドフラミンゴの表情をニコ・ロビンは冷静に見ていた。
不満そうね。
あのコはもう、エースのものになった。
白ひげがそう決めたというのに、
未練たっぷりだわ。
あんなコ、ただの下っ端じゃない。
切り捨ててしまえばいい。
それとも切り捨ててしまえないほど、気に入っている?
ドフラミンゴは、
そんな色恋に溺れるタイプには見えなかったけれど、
現にこの様子はどう?
この執着は?

私一人で組を仕切っていくのはむずかしい。
たとえ、ナミが側にいるとしても。
ドフラミンゴかエースか、
どちらかが必要だ。
エースも内面の読めない男だ。
あの男は、私の味方ではない。
だが、エースは白ひげを尊敬している。
白ひげの権威を守ろうとしている。

私たちの行く道はどっちなのか?
権威の座か、
それとも破滅の死か?

答えが出る日は近い。
 
 
 
 
 
 

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