忘却の空

9
 
 
 
 
 

白ひげが植物人間状態になって一週間が過ぎた。

組長危篤の知らせを聞いて集まって来た男たちは徐々にその場から去りつつあった。

吹き上げるような怒りを出す場所はここにはない。
白ひげの屋敷にいるものは、
組長の無事を祈り、
ただ待ち、
様子を静観するしかできないのだ。

抜いた刀をおさめる場を見つけられないままに、
男たちはそれぞれのもともとのなわばりを守るため、
一般市民のいる社会へかえっていく。
 
 
 

ヨサクとジョニーは退屈をもてあましていた。
ドフラミンゴは相変わらず組長の病室に詰めたきりで、
何の指令も出ない。
たいしてもともと役がなく、運転手や使い走りくらいしかしてないのだ。
ここでは、そんな役すらいいつけられない。
一緒に来たサンジは、メシ時になったら「犬のエサ」といって長時間消える。
人なつこいが、
決してなついてこない生き物。
「あれ、サンジはまたエサやりかよ」
「サンジって、ネコみてえじゃん。
だから、野良犬とか放っとけねえんじゃねえの?」
「ちげえねえ」
ヨサクとジョニーが談笑していた時だ。

「で、その野良犬はどこに?」
ヨサクとジョニーが振り返ると、
そこにはエースが立っていた。

「その問題のサンジってのは、オレの手下になったから。
ドフラミンゴの旦那には悪いけど、
連れにきた。
まあ、あんたらとも、もうあまり接する機会ねえかもなあ」
ドフラミンゴに次ぐNO.2のエースが直々にサンジを連れに来たのだ。
ヨサクとジョニーは茫然とした。
意味の分からない二人をそこに置いて、
エースはサンジを捜しはじめた。
 
 
 
 

あちこち捜して、
だれも近寄らない裏地の隅にいるサンジを見つけた。

「・・・へへ、これもうめえだろ?」
サンジは子どものような笑顔を浮かべ、
しゃがみこんで目の前にいる男を見ていた。

三刀流の緑頭の剣士。
エースも名は知っていた。
・・・ロロノア・ゾロか。
この男、この屋敷にいたのか?
そういえば、ナミが借金とひきかえに仕事させてるってことは聞いたか。

「なァ、こっちのこれ食ってみろよ」
ゾロはサンジの差し出した煮物を口に放りこんだ。
「・・・いけるな・・・」
「だろ!!! クソうめえだろ!!!」

エースはしばらく二人の様子を見ていた。
これが地面に皿が直おきなんかではなくて、
ゾロが刀を持ってなんかなくて、
この屋敷なんかではなかったら、
仲のよい幸せなオトモダチの光景ってやつかもしれねえ。

だが、ここは白ひげの館で、
ゾロは剣士で、
サンジはドフラミンゴの元愛人だ。
いや、今もそうか・・・。
 
 
 
 

近づくエースに、まずゾロが気づいた。
「誰だ?」
ゾロの声にサンジがエースに気づいた。
それまでの楽しそうな表情が一瞬にして消え、
無表情に変わる。
 
 
 
 

「そういうこわい顔は健康に良くないぜ。
情勢が変わってな。
あんた、オレがあずかることになったから」
エースの言葉に、
サンジは驚いた。
「え・・・。
どういうことだよ」

エースはちらりとゾロの方を見た。
ゾロはもう我関せずといった表情でメシを黙々と食っている。

「ああ、あんたは捨てられたんじゃないから。
まあ、これ以上は・・・な?」
エースは言葉を濁した。
ここにはゾロがいる。
サンジはゾロの方を見た。
「・・・そいつが食い終わるまで、待っとく」

ゾロは無言でメシを次々に平らげた。
サンジも無言で皿を片付けている。

エースは二人を見た。
これはまるで、一時しのぎのままごとだ。
ヤクザや殺し屋や剣士がすべきことではない。
止めさせるべきか、それとも放っておくべきか。
 
 
 
 
 

ゾロは皿を片付けて、
無言でその場を去るサンジを見ていた。

いつもなら、
「また明日な」
と言って去るのに、
何も言わなかった。

「明日」はもうねえってことか。
まあ、しょうがねえよな。
三度三度うめえメシが食えるなんて、
そんな都合のいいことはもうねえってことだよな。
けど、あいつのメシはうまかった。

なんだか人形みてえな顔になって、
エースとかいう男についていきやがった。
あんなに笑ってたのに、
あんな顔になって。
あいつは戦うのを止めたのか?
あきらめて、全てをうけいれたような顔。

らしくねえ。
そんなのらしくねえ。
あいつはここであんなに笑ってたじゃねえか。
笑えるのに・・・。

ちっ、考えてどうなる。
オレは戦いに生きる剣士で、戦って死ぬのも本望だ。
しばらくメシをくれたぐらいで、
心動かされてどうする。

オレの心につきささる、サンジの笑顔。
なんでだ?
なぜ、笑顔が胸にくるんだ?
これは邪念か?
ならば、一刀のもとに斬り捨てる。
そしてオレは大剣豪への道を進みつづける。
それでいい。
それでいいはずだ。

ゾロは刀を手にとった。
刀さえふっていると、
いつもならすぐ神経を集中できるはずなのに、
その日はどうしてだか無の境地になれなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 

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