111

 
 
  

サンジはゆっくりと目を開けた。
すばらしく高くて美しい天井が見えた。
ゆうるりとした風がほほを撫で、
しずかな光が室内に差し込んでいた。

木の葉がさわさわと音をたて、
果物のあまずっぱい香りが流れてきた。

そこは、おだやかであたたかい空気に満ちていた。


ああ、オレは死んだんだな。

サンジはぼんやりと考えた。
最後にゾロに会えたと思ったのに、
ゾロは消えちまった。
あの無駄に固くて鍛えた筋肉が煙みてえになくなっちまった。
会えて、オレはうれしかったのに・・・。

サンジはゆっくりと目を閉じた。
目を閉じると、どこか遠くで鐘の音がしているのが聞こえた。

・・・鐘?
どうして・・・?
おれは、死んだはずなのに・・・。

身体を起こしたサンジは、
自分が見た事もないような、
豪華な金色の服を身にまとっていることに気づいた。

身体の奥には、もうすっかり慣れた痛みと疼きがおきた。

え・・・?
何・・・?


サンジはふらふらと立ち上がると、
楽園のように美しい園を歩いた。
建物は豪華で美しく、広大な庭は完璧な美と自然を作り出していた。

サンジは庭のすみに、見慣れた姿があることに気づいた。
白いヴェールをかぶったアルビダは、
悲しげな表情で立っていた。

「あの鐘は、サーの戴冠式の合図だよ。
ここは、クロコダイル国王の作られたばかりの城さ」
アルビダはわざと冷たく言った。

驚いているね。
信じられないって顔をしている。
そうさ、あんたは、クロコダイルを道連れに、あの世に行く気だったから。

ニコ・ロビンがこっそりあんたに渡した薬。
それが何だか知らないとでも思っているのかい。

死んで楽になろうと思ったのかい?
そんなことは許せない。
そんなことはだめだ。
だから、アタシはこっそりただの媚薬と取り替えてやった。

アタシはあんたの事なら、
もう何でも知っている。

あんたが、どんな思いで毒薬を使おうかと思ったことも分かる。

アタシがどれだけあんたが憎かったか、知らないくせに。
どれだけあんたを哀れに思ったことか、知らないくせに。

憎くて、憎くて。
でも、憎みきれない。

「アタシはあんたなんか、嫌いだから、もう面倒はみたくないんだよ。
サーが来る前に、ここから逃げることにしたよ」

サンジの顔は悲しげに歪んだ。

「だから、これは、捨てずに、あんたが渡すんだ。
いいね、必ず、あんたが直接渡すんだ。
そうしないと、許さないからね」

アルビダはそう言って、
紙袋に入ったものをサンジに手渡した。

それを受け取った瞬間、
サンジの目には涙があふれた。


「どうして・・・これを・・・?」


それは、誰にも知られないように、
こっそり作り続けていた編み物だった。
もう、渡す者もいないのに。
憎くて恥ずかしいものだったはずなのに。

アルビダはサンジを見ていられなくなって、
背を向けた。

その不格好で目の荒い、
目立つ緑色の腹巻。
あんたが、どれだけ苦心して作ったか、
アタシは知ってるよ。

本だけはサーに買ってもらったみたいだけれど、
白い毛糸だけ手に入れ、
それを自分が植えたミドリなもので染めて、
編み棒まで作って、
誰にも見つからないようにこっそり作った。

あんた、どんな顔をして作ってたか知ってるかい?
どれだけ、ゾロが好きなのか知ってるかい?
しあわせそうな顔をしていた。

あんなに文句を言っていた腹巻を、
あんたはせっせと作っていた。
作り終えたそれを、
あんたは捨てて、
毒薬を手にした。

勝てるわけない。
最初から、アタシがこのコに勝てるわけなんかない。
ゾロはこのコに夢中で、このコもゾロが大好き。
どんなに離れていたって、心は離れることはない。
このコは、ゾロを好きな心だけは、クロコダイルにひとかけらも与えなかった。

敵わない。
このコこそ、ゾロにふさわしい相手。

ゾロは生きているんだ。
アタシの事は分からなくても、
このコのことはきっと分かる。
いつかは、きっと分かる。

だから、このコは死んではだめだ。
絶対に、ゾロに会わなくては、だめだ。


ニコ・ロビンは、麦わらの一味がここに来ると言った。
もう、アタシには夢も希望もない。
でも、せめて何かしたいじゃないか。
哀れなこのコとゾロのために、
何かしてやりたいじゃないか。
このコがあんまりバカだから。



鐘の音が、少し大きくなった。
戴冠式の間じゅう、王の支配下にある何万という鐘はすべて鳴り続ける。

戴冠式とその後のパレードのための警備員は十万人を越えるという。
戴冠式の後、民衆の前で演説をし、それからパレードを終え、
二時間後には、クロコダイルはここにやってくる。

華美な式典や、晩餐会などはすべて排除して、
この場所で楽しむためにやってくる。

「王の部屋」であるここの警備は三重の城壁で囲まれており、
二百人近い精鋭がこの場を守っているという。
ただの私室のはずなのに。

麦わら盗賊団が、いかに有能であっても、
この難攻不落の城の中まで来れるわけがない。

でも、もしわずかでも可能性があるのだとしたら?
信じていいのだろうか?
アタシにもまだ未来があることを。




next

伝説の秘宝オールブルー

text  top