寺内案内〜中澤山 常楽寺

常楽寺 外観 写真

当山は、天平六年(734年)の開山。 本尊は阿弥陀如来。真言宗の古刹である。往時は七堂伽藍が建ち並び一世を風靡したという。
惜しむらくは度々の兵火に遭い、建物、記録が消失し、詳細は不明。享保年間に漸く再興した由。
江戸中期の地誌、杉浦国頭が著した「曳馬捨遣」によると「元亀三とせのたたかひの時、
此溝行来の、わづらいなりとて、常楽寺に、いくさ人みだれ入りて、かの弥陀を取って橋にして、
かよひけりとなり…」とみえており、史上有名な三方原合戦のとき、徳川勢か武田勢かさだかではないが、
兵達が常楽寺に乱入し、本尊として奉られていた阿弥陀如来像を持ち出し、小川に渡して橋の一部として使ったというのである。
仏像を橋の一部として使ったというが、これがどこまで信憑性のあるものかは判らないが、常楽寺が三方原合戦の戦略上のポイントとなったことがうかがわれる。
この橋については後日談があり、阿弥陀如来様の背中には家康の馬の蹄の跡が残っている。と伝えられている。
現存の本尊は、その後元禄三年(1690年)の作で、もちろん蹄の跡はない。
現在の常楽寺は浜松市役所前から浜北方面に通ずる152号線に沿っている。
又、縁あって奈良の信貴山毘沙門天を勧請し、日夜檀信徒のために護摩祈祷にて七難即滅、七福即生を祈念し、
又、浜名湖七福神の一天として尊祟され、皆さん御参拝されています。
(浜松市仏教会会報/1999年 第2号より)

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