(……ああ、ここはとても寒い)
暗い地下墓地の中、食物繊維の身体に入った平民服の少年は、ひざをかかえ丸まっていた。
周りには人の気配は全くない。たまに巨大ムカデや巨大クモが彼を食おうと襲ってくるが
いくら魔術師の身体とはいえ、この階層の魔物など今の彼の敵ではなかった。
(……昔はあれだけ人でにぎわっていたってのに)
彼がまだ駆け出しの冒険者だった頃、ここは駆け出し冒険者の憧れの場所だった。
そして同時に、駆け出し冒険者の墓場でもあった。
少し腕前が上がり、自信の付いた駆け出し冒険者たちは、真っ先にここを目指す。
そして、巨大ムカデや巨大クモの操る魔術によって粉砕されていくのだ。
彼は悪魔の集う城よりも、ここを自らの修行の場としていた。
巨大ムカデの隠し持つ防具はそれなりに貴重なものであったし
何より……ここの恐ろしさを知らない勇敢かつ無謀な駆け出し冒険者たちに
警告を与えることに一種の存在意義を見出していたからだった。
しかし、新たな街と新たなダンジョンが世界に生まれ、駆け出し冒険者は新たなダンジョンに集うようになった。
……そして、ここは忘れ去られた。
(……このまま自分も、忘れ去られてしまえばいい)
望まぬ契りを交わさせられ、邪神の生贄にされるくらいなら
このまま滅びを迎えた方がまだマシだと思った。
この魔術師の肉体を道連れにしてしまうことになるが、それはお互い様でもあるだろう。
(……最後に、アイツらに一言くらい別れが言いたかったなぁ)
彼がここに来るまでに、多くの人々に出会い、助け合った。
この世界が滅びた後、彼らの行く先はバラバラになる。
(……けれど、姿を見せるわけにはいかないもんなぁ)
自分が彼らの前に姿を見せたが最後、邪神の信者に捕捉されてしまう。
その結果邪神がこの世界に降臨してしまっては……何の意味もなくなってしまう。
(……何だか、眠くなってきた)
きっと今眠れば、世界が滅ぶまで目が醒めることはないだろう。
ひょっとしたら、眠っている間に巨大ムカデやクモのエサになってしまうかもしれない。
けれど、それでいい。
ひたすら夢を追い求め、他の全てを投げ打った男の末路としては上出来だ。
平民服の少年は、静かに瞳を閉じた。
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