食物繊維は、夢と希望を持ってこの世界へやってきたはずだった。
そして彼は一人の少女に恋をした。
それはもぎたてのリンゴのように甘く、酸っぱく、そして危険なものだった。
しかし、食物繊維の恋はたった一つのアイテムに狂った人々によって破滅へと追いやられた。
邪神の瘴気に侵された少女の兄によって、少女は政略結婚を強制させられてしまう。
食物繊維がどんなにあがいても、邪神の力から少女を目覚めさせることは出来なかった。
食物繊維は抜け殻のように、町の片隅の噴水の前に立っていた。
目を閉じれば、少女と過ごした輝ける日々が涙と共にあふれ出す。
どうして、どうして運命はこんなに残酷なのか。
どうして、僕はこんなに彼女のことが好きでたまらないのに。
どうして、彼女は僕ではなく、いつも貧乏臭い服装の彼と結ばれなければならないのか。
あの平民服の少年は、決してあの少女のことを愛しているわけでもないのに。
この僕と違って!
「……彼が羨ましい?」
突然背後から、耳慣れぬ声が響いた。
振り返ると、そこには戦士風の男性が笑みを浮かべて立っていた。
己の心を見透かされているような感じがして、食物繊維はごくりと唾を飲み込んだ。
「知ってるよ。君があの邪神の司教の妹に想いを寄せていることも。
それなのに、彼女や彼女の兄があの義賊を婿に迎えようとしていることも」
「……」
「悔しいとは思わないの? 彼女を愛してすらいない男に大切な人を取られちゃうんだよ?」
「悔しくないワケないじゃないか!!」
思わず食物繊維は叫び返していた。普段温厚な彼とは思えない反応だった。
「僕だって……僕だって! 最後くらい好きなあのコと一緒にいたいよ!
でも、僕じゃダメなんだ! 僕には……何も出来ないんだ!
僕じゃあの邪教の司教にも、あの平民服の人にも勝てないんだよ!」
「どうして、勝って奪い取るなんて発想になるのさ」
男の口調はあくまで優しく、あくまで彼を肯定するように。
「好きなコをモノにさえ出来れば、手段を選ぶ必要なんてないんじゃないの?」
「……他に手段があるって言うの?」
「もちろん」
その一言を待っていたといわんばかりの笑みで、男は応える。
「……彼女が平民服の少年が好きだというのなら、君が彼に成り代わればいいんだ」
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