― 終焉の果てに ―


「……あと一歩ってところか。惜しかったね」

闇の中、静かに声が響いた。

辺りには何もなかった。かつて世界であったものは、全て始源の混沌へと帰してしまった。
……ここにはもはや彼らしか、形を持ったモノは存在していなかった。

「…………はぁ、はぁ……はぁっ……」

身体を屈ませ粗く息をつく少年の後ろに、禍々しさをそのまま形にしたような鎧と剣を持った男が立っていた。

「さすが歴戦の冒険者。俺を倒す時間がないと判断するや否や
食物繊維君の救出と、ここからの脱出を中心に据えた戦術に瞬時に切り替えるなんてね」

「はぁっ……はぁ…………」

一歩、男が少年に距離を詰める。
彼の足元に渦巻く混沌が、ザッ……と音を立てて揺らいだ。

「見事だったよ。君も良く頑張った。
ただ、走るペースを落とさずに煙幕弾を投げられるほどの技術を持っていなかっただけで」

男の動きを止めるために、邪神教団の司教と平民服の少年はありったけの煙幕弾を投げ込んだ。
しかし、司教が逃走と同時にそれを行えたのに対し、少年は煙幕弾の扱いに少し手間取ってしまった。

結果、少年が魔王の宮殿へ続く魂の流れに身を投じる一瞬前に、世界の崩壊が終わった。
世界の完全なる死と同時に、魔王の元へと続く道も閉ざされた。

……そして、少年は取り残された。
死んだ世界と、果てなく続く闇と混沌と、一人の悪魔と共に。

「くっ……!」

知り合いのハムスターから託された手裏剣を悪魔に向け投げ付ける少年。
しかし、悪魔のまとう闇色の鎧を貫通するには至らなかった。

「いいかげん諦めなよ。君じゃ俺には敵わない。
君は麻痺にも、呪いにも、誘眠魔術にも対抗するすべを持たないんだ」

「……それでも、まだオレは立っている」

「立つのがやっと、ってところじゃないか。
ここから俺が衝撃波を飛ばしただけで、吹っ飛んで潰れちゃいそうだ」

「……それでも、オレは負けない。立ち向かうって、決めたんだ」

手元に戻ってきた手裏剣を構え、悪魔に向き直る少年。

「……それに、万一君が俺に勝てたとして、その後どうするんだい?
君にこの次元から脱出することが出来るって思ってるのか?
もう冥界の魔王が君の魂を導くことはないんだよ」

「……絶対に負けない。絶対に諦めない。
道がないなら、切り開いてでも先に進んでやる。
今すぐに勝てなくても、この魂がある限り、何度も何度も挑み続けてやる……!」

「どうして、そんなにあがくんだ!
ここで君の魂が死ねば、もう二度と転生出来ない。
君という存在自体が完全に消滅してしまうんだよ!!」

「……消えるのはゴメンだ。でも、諦めるのはもっとゴメンだ!」

叫ぶなり、少年の姿が悪魔の目の前から消える。

「姿隠しの魔法か! けれど、君では効果を維持するだけの魔力を保てないよ!
姿を隠したまま逃げようだなんて、バカな考えは……」

「誰が、逃げるって?」

悪魔の背後に突然姿を現す少年。
右手に握り締めた手裏剣の切っ先に、まばゆい光が集まる。

「そ、それは――――」

「全てと引き換えに覚えた技……今、オレの全てを込めて」

「や……やめっ」

「いけぇ――――――っっ!!!!!」


咆哮と共に、闇の中に一閃の光が煌いた。



 

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