「My Dear...」

何故、今になって昔のことばかり心をよぎるのだろう。
かつての世界。私が一人の人間として暮らしていた日々のことを。
年相応の少女らしく、友達と騒ぎ、将来の進路に悩み、淡い恋心に胸をときめかせた、そんな時間。
……もう、決して戻ることはない、かけがえのない幸せ。

カグツチ塔444Fで、白い陶磁器人形のような姿をした守護神は天井を仰ぐ。無言のまま、優雅に。

いつも、私は一人の少年と一緒だった。恐らく物心ついたときからから高校まで。
人間として過ごした時間のほとんど全てに、彼がいた。
……世界が死に、卵に還り、私ははじめて彼と別離した。
私は生き残った数少ない人間として、次なる世界を生み出す使命を持って。
そして、彼は。

……かつての面影を残すシブヤのディスコで、私は彼と再会した。いや、再会という言葉は相応しくないだろう。
何故なら、そこにいたのは……私の幼馴染の意識と姿を留めたままの、生まれて間もない一匹の悪魔だったのだから。

皮肉なものだ、と私は自嘲する。
今ここにいる私とあの時の彼、どちらがかつての「千晶」と「」の姿形を留めているかなど……答えは目に見えているというのに。
その身を人ならぬモノに変えながら、私のかつての幼馴染はどうしようもなく昔のままで。
人の身を保ちながら、私は少しずつその中身を変え、自らの意思で人の身を捨てて。

ああ、あなたは今、一体何のために、誰のために闘っているの?
前から自分の意志を持たず、周囲に流されるままだった愚かな幼馴染。
強大な力を宿しながらもそれに驕ることなく、他人にいいように使われ続け、傷つけられ続け、
それでも決して誰をも憎むことのなかったどうしようもないお人好し。
もうあなたに指図する者は誰もいないというのに、一体何があなたをそこまでして突き動かすの?
私だって……今ではもう、あなたの敵でしかないというのに!

ごめんなさい、君。私の愛しい幼馴染。
私は、あなたを殺さなければならない。
私の目指す、新しい世界のために。
この脈づく想いを抱えたまま、私はあなたの屍を越えて進んで行く。
あなたは強い。ただ、ヨスガの世界で生きるには優しすぎるだけ。
せめて、私の思い出の中で、永遠に変わらぬ姿で在り続けてほしい。

……ためらいなど、ない。
人としての色を残すその瞳に決意と悲愴を認め、私は己の力を解放した。

……ためらいなど、ないはずだった。
幾多の血を流し、幾多の命を奪い、私の前に立った悪魔の姿を見るまでは。


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――Case:GOOD

私の想いは、間違っていなかった。
は、やはり強かった。辛そうな、悲しそうな表情のまま、しかしひるむことなく私に挑みかかってきた。

(そう、あなたは……)

君。あなたはやっぱりどうしようもない愚か者。救いようのないお人好しだわ。
私のことも、勇君のことも、氷川のことも、あなたは全てを理解していたのね。
あなたが心に描く絵は……私もよく知っていたハズのもの。
ええ、確かにあそこは、優れたものが生き残り、しかし世界の歯車のひとつとして、それでいてお互いが関わりなく生きる世界だったわ。

……バカよ、
そこまでして流されなくてもいいのに。

「……あなたの方が、優れて……いたのね……」

そう……もしあなたがヨスガを、私だけを見て、私だけを選んでくれていたのなら。

「それだけの力があって……」

きっと、あなたは私なんかより美しい世界を築くことが出来ていたんでしょうね……。

「……どうして、ヨスガに………」

……いえ、愚問だわ。あなたは私一人に囚われるような人じゃない。
どうしようもなく空っぽで、それ故他人を受け入れ、理解することが出来る人だもの。
そんなあなただから……私は、あなたが。

何よ、どうしてそんな泣きそうな顔をするの?
涙なんて、とっくに失くしてるくせに。
私は負けたの。敗者は屍を虚しく晒すだけで充分。
あなたは勝ったの。勝者がこんなところにいつまでもいるわけにはいかないでしょ?

さあ、往きなさい。
これは最期の別れじゃないんだから。
あなたが最期の別れになんかさせてくれないって、よく分かってるんだから。


さようなら、私の愛しい人。
……次に逢うときは。
どうか私に、この胸の想いを伝えられるだけの力があらんことを……――

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――Case:AMARA

一体何があったというのか。
一体誰が、彼をこんなにしてしまったのか。

誰よりも「人」であったはずのその瞳は、禍々しい真紅に染まり。
ただ、私という「獲物」をいたぶり、傷つけることに邪悪な喜びを見出している。

――運命は、そんなに残酷じゃない。
胸の奥から、かつて自分が語った言葉が蘇る。

嘘だ。
運命はどうしようもなく残酷だったじゃないか。
……だって。

ゆっくりと、彼は私に歩み寄ってくる。
まるで、蛙を飲み込もうとする蛇のように。
かつての幼馴染の面影を残したままの顔に、残忍な笑みを湛えて。

――千晶。

私の名を呼びながら、優しく歩み寄る彼の姿が見える。
そうだ、いつも私は彼を待って、待ちぼうけを喰らっていたっけ。

――千晶。

ダメ。逃げてはいけない。
もう彼はいない。あの頃の私がここにはいないように、彼もまたどこかへ逝ってしまった。
ここにいるのは幻。かつて一人の幼馴染に淡い想いを抱いた少女と、少女に振り回され続けた少年の残骸。
過去と決別しようとして、それでも決別しきれなかった哀れな女と。
誰よりも優しくて、誰よりも愚かで……それ故、全てを捨て去らざるを得なかった一匹の悪魔。

――さようなら。

彼から放たれた魔弾が、私の身体を粉々に撃ち砕いた。
痛みも、苦しみも感じる間もなく、あっけなく。


薄れゆく意識の中、私はかつての幼馴染を見上げた。
全身を血で紅く染めたその姿は、とても美しく……同時に、とても忌まわしかった。

――美しいでしょう? 力有る者は美しいわ。

ああ、これもかつて私が彼に語った言葉。
私は間違っていなかった。今のあなたはとても綺麗。
ただ……私が望んでいたのは、そんなあなたじゃなかっただけの話。

「……あなたの方が、優れて……いたのね……」

最期の力を振り絞って、言葉を紡ぐ。

「それだけの力があって……」

今更、あなたを責めても何にもならない。
でも……どうして、私を置いて逝ってしまったの?
人には進めない所、コトワリに囚われた私には逝くことの出来ない所に。
一体何が……あなたをそこまで追い詰め、苦しめてしまっていたの?

「……どうして、ヨスガに………」

ねぇ……応えてよ、
もうあなたを馬鹿になんかしない。顎でこき使ったりなんかしない。
今まで私があなたにしてきたこと、全部謝るから……だから、教えて。


私のどこが……いけなかったの?


壊れた守護神を見つめる紅い眼差しは、どこか愁いの色を帯びて。
少女の想いは、誰にも伝えられることなく、白い残骸とともにうち捨てられる。

澄んだ音を立てて、宝珠が床に落ちる。
一滴の涙のように。

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