「Y」

1P目 2P目

 

「さぁ、行きなさい。そして無事に帰って………」
母の言葉が、私の胸に刻み込まれていた。
ドラゴンズホールでの数々の死闘の後、
私たちは無事理の女王…私の母を保護し、宮殿まで送り届けることが出来た。
途中、決して忘れることの出来ない悲しい出来事がたくさんあった。
何度諦めかけ、死にかけたかは覚えてない。
しかし、今までやってきたことが無駄ではなかったのは明らかだった。
 残る敵は、全ての元凶、竜帝のみ………。

「天使の聖杯、今何個ある?」「えっと…手持ち9個、倉庫に12個」
私の傍らでデュランとホークアイが所持品の確認をしている。
明日、いよいよマナの聖域に乗り込むのだ。
何としてもマナの女神を守らなければ、世界は竜帝に支配されるか、滅ぼされてしまう。
「アンジェラ、オマエの装備教えてくれないか?」
「武器はガンバンテイン、防具はミエインのドレス、ミエインクラウン、氷風の髪飾りかな?」
「よし、全部武器防具の種からなった装備だな」
普段は何考えてるのかよく分からないホークアイも、
今回ばかりは真剣な眼差しでダガーの手入れをしているのが見てとれる。
もっとも、今彼が使っているダガーは何故か刃が黒く塗られており、金属光沢は見受けられないが。
「よし、必要なものは全部そろってる」
「あとはオレたちの実力ってワケか………」
どうやら確認が終わったらしい。
「じゃあ、今日はもう寝ましょうよ」私は二人に呼びかけた。
緊張して眠れなくなるよりは、まだ実感のわかない今のうちに眠っておいたほうがいい。
「そのほうがいいな。ちょっと早すぎる気もするけど」
ホークアイは私に賛同してくれた。もしかしたら、私と同じ気分なのかもしれない。
「ちょっと待ってくれ。俺全然眠くねぇんだ」
「ベッドに入ればすぐに眠たくなるわよ。ほら、おやすみ!!」
私はデュランを強引にベッドに押し込めたあと、すぐにベッドに潜り込んだ。
(何も心配することなんか無いわ…大丈夫よ)
わきでる不安をかき消すように自分に言い聞かせたあと、瞳を閉じた。
そして、そのまま意識を深い闇に沈めようとする。
(……眠れない)
再び意識を閉じようと集中する。
(………眠れない)
普段なら、すぐに夢の中に入ってしまうのに。何度も何度も繰り返す、あの瞬間に………。
 私はベッドから上半身を起こした。寝ようと言ってからあまり時間は経ってないように思う。
右のベッドから規則正しい呼吸の音が聞こえてくる。ホークアイはとっくに夢の中らしい。
(…どうしよっかな……)
そっとベッドから抜け出し、窓へと向かった。
外は綺麗なオレンジ色だった。夕日が屋根や街路樹に積もった雪に反射し、きらきら輝いている。
(…この景色も、もう見納めかもしれない)
そう思うと、少し悲しくなった。思ってはいけないことだったのに。
「え〜い、そんなコトないっ!!」
感傷を振り切ろうと、私は声を上げた。「絶対に勝つんだもん!!!」
「うるさいっ!!!!!!」
あまりの恐怖に一瞬体が硬直した。
恐る恐る後ろを振り向くと、ホークアイが寝返りを打ったところだった。
「…人が気持ち良く寝てるってのに………」
そう呟くと、また静かな寝息を立て始めた。
「………」
どうも近ごろのホークアイは苦手だ。さわやかな笑顔でとんでもないことを平然とやらかすからだ。
クラスチェンジのせいかもしれないが、やっぱり怖いのであまり追及していない。
 しばらくどうしようか考えてみたが、眠る以外に何も思いつかなかった。
「ちょっとアンジェラ、どうしたのよ」
私は自分に言い聞かせた。もちろん、ホークアイを刺激しないように注意してだ。
「言い出しっぺは私なのよ」
すぐにベッドに戻った。とりあえず目を閉じる。
 ………目の前に、あの光景が現れた。
「い…いや……いやぁー!!」
自分の叫び声が聞こえてきたような気がした。
この声を自分が上げてから、一体どれだけ経ったのか。
大昔の話のような気もするし、つい昨日の出来事だった気もする。
 エルランドで見た自分の手配書。占い師の言葉。ジャドへの船出………
あの時はこんなことになるなんて夢にも思わなかったのに。
「冗談じゃねぇぜ、武器屋が武器売ってないなんてシャレにもなんねぇや!!」
獣人に占領されたジャドの武器屋で、バカみたいに大声張り上げてる青年がいた。
 何よこの男。親の顔を見てみたいわ。………確か、そんなことを思った。
今こうして自分の傍にいるなんて…ずっと一緒に旅をしてきたなんて、
あの時の私が知ったら、一体何と言うのだろうか。
(…デュラン)
私は心の中でそっと呟いた。
(ジャドの地下牢で助けてもらってから、私、ずっとアンタに助けられっぱなしね)
私一人だったら……いや、ホークアイと二人でも、きっと自分はここまで頑張れなかっただろう。
母の真意を知ることもなく、さっきの景色も見ることなく、こうして物思いにふけることもなく…
「……ありがとう……」
思わず声に出してしまった。小さかったのが救いだった。
「オレは王制とか、そういうのって大キライだが、
 自分を頼ってくれてる人たちがいるんだったら、そいつらを裏切るようなマネはしちゃいけないよ!」
 風の王国で、誰かがローラント王女を諭していた。
リースさんが羨ましかった。彼女は周りから愛され、周りにそれ以上の愛を注いでいた。
同じ王女なのに、私とは違って………。
(私も、自分を愛してくれる人にこんなこと言ってもらいたい……みんなに愛してもらいたい)
そうだ。確かにそう思ったのだ。心の奥深くで、誰にも…自分にも…知られることなく。
「オマエの場合、空を見るようなこと自体無かったんじゃねぇのか?」
 いつものケンカの光景が現れた。私を挑発し、バカにするような言葉。
デュランからはこういう言葉しか出てこなかった。
 私のことキライなんだ。紅蓮の魔導師に勝てる力を得るために私に同行してるだけで………
 ……私も、アンタなんか大っキライよ!!
いざこざの度にこう心の中で叫んだ。誰も自分を愛してくれない。自分は嫌われているんだ。
 …何か、とても昔の自分を見ているようだ。
「アンジェラ!!!!」
彼が叫んだ。
死の魔法から私をかばい、ゆっくりと倒れていった。
…つい、最近の出来事だ。
 彼が倒れていくのを目の当たりにし、私は彼の無事だけを願っていた。
………あのとき、やっと気付いた。私は…彼を愛している。
何度彼に想いを伝えようとしたか分からない。でも、素直になれなかった。
嫌われるのが、怖かったのだ。
そして、今も怖い。
 …彼がすぐ傍にいる。それだけでいい。
でも、明日やられてしまったら? いや、勝ってももう………
…そんなのイヤだ。
ずっとこうしていたい。このまま、今日が終わらなければいい。しかし、それは決して叶わぬ願い…
「……眠れない………」
「………………言い出しっぺが何言ってんだよ」
「!?」
私はベッドから跳びはねていた。左右をキョロキョロと見回す。
「ったく…だから俺は眠たくねぇっつったのに……」
左のベッドからデュランがゆっくりと上半身を起こしたのは、その刹那だった。
「………」何と言えばいいのか。
「幸せなヤツだ。羨ましいぜ」
彼はホークアイの寝顔を覗き込んでいた。ホークアイはすーすーと静かに寝息を立てている。
「…で、どうしてオマエはこうしないんだ?」
「出来るならこうしたいわよ!!」
…かなりヒステリックな返答だった。思わず口を塞ぎ、「ごめん」とデュランに頭を下げる。
そのあとちらりとホークアイの方を見たのは言うまでもないだろう。
「…明日のことが気になるの。負けてしまったらどうしようって………」
「気にすんことねぇじゃんか。明日勝てばいいんだ」
「よくもまぁ、そうカンタンに言えるものね。ホント、アンタが羨ましいわ」
「ああ。口で言うのはカンタンだからな」
そう言うと、デュランは私の方に近寄ってきた。
「でも、実行するのは難しい。だからオマエも寝れないんだろ?」
「…うん」
珍しく素直に答えた。………………え?
「実は俺もそうだ」デュランが私の顔を見つめながらニッっと笑った。
「明日全てが決まる。世界の運命は俺たちにかかっている。
 一度そう考えちまったら、普通は寝れないだろ。コイツが異常なんだ」
デュランの言葉に反応するように、私はホークアイを見た。………聞こえていないようだ。
もし聞いていたとしたら、一体何をしでかすのか。…ある意味明日のことよりも怖い。
「………でも、寝なきゃ」
考えた末、私はまたベッドに潜り込むことを選んだ。
「…眠らないと…」
「………」
少しの間、辺りに静寂が広がった。それを破ったのは、デュランの一言だった。
「オマエらしくねぇな」
「?」
掛け布団の下から私は疑問を投げかけた。
「どういう…こと?」
「俺の知ってるアンジェラじゃないみたいだ」
「だから…どういうことなの?」
意味がさっぱり分からない。
「俺の知ってるアンジェラは、
 いつもワガママで、大胆で、いばってばっかで、何事にも強がる最悪な女だ」
「なっ……!」
いくら憂鬱な気分とはいえ、今の言葉は聞き捨てならない。
「何ですって、この単純力バカ!!」
布団を跳ねとばし、私はデュランに殴りかかった。…また、いつものパターンだ。
私はいつも彼の挑発に軽く乗せられ、カンタンにあしらわれてきた。
 単純力バカ。
本当は、私のことだ。
しかし、殴りかかった体が止まってくれるはずもない。
私の右手は、既にデュランの胴に向かって振りおろされていた。
  ドッ………
熱い衝撃が右手から体全体に伝わった。
「えっ………!?」
デュランは、私の一撃を胸で受け止めていた。
「な、なんで………?」今のデュランなら、あんなパンチ軽くかわせたはずなのに。
「まともに受けると、けっこう痛ぇな……」
「どうして避けないの!?」
「………元に戻ったな」
「え?」私はキョトンとした。
「どんなに悲しくても、苦しくても、つらくても、逃げたくても、泣きたくても、
 結局強がっちまうワガママ王女様に」
「…」
そう言って笑うデュランを初めて見たように思う。
「それでいいんだよ、オマエは。最後までそれで行きゃあ、絶対うまくいく。
 オマエのワガママにゃ、竜帝だって勝てねぇさ」
ホめられてるのか、けなされてるのか。
「…どういう意味よ?」
「バカみてぇだけどよ、俺…オマエが強がってるの見るとホッとするんだ。
 あぁ、コイツはいつもと変わらねぇって………例え、何があっても」
デュランが何を言ってるのか私には理解できなかった。
「そう思うと、俺もなんだか力が湧いてくる気がしてよ…
 何があっても、絶対変わらないものがある。そう思うと…何かな」
「ちょ、ちょっと、さっきから意味不明なこと言わないでよ。何が言いたいのかハッキリさせてよ」
口ではそう言いながらも、私はデュランの声が普段とは違っているのに気付いていた。
…ガラスの砂漠で聞いた、あの声だと。
「俺にも分からねぇ」
…元に戻っていた。
「あ〜、さっきから俺何言ってんだろ。イカレちまったかな?」
そう言いながら、デュランはベッドに戻ろうとした。
その姿を見たとたん、不意に胸の中から何かが突き上がってきた。
 このままデュランがいなくなってしまう。
そんな不安に襲われたのだ。
「待って!!」
思わずデュランに抱きついていた。
「アンジェラ!?」
「行かないで!!」
腕の力をギュッと強めた。
「何言ってんだよ、どこにも行かねぇよ!」
「…アンタの言ってた通りよ…私、いつも強がってた。
 どんなに悲しくても、苦しくても、泣きたくても、いつも強がってた……
 ホントは、分かってほしかったのに…誰かに、助けてもらいたかったのに………」
…いつの間にか、私は泣きだしていた。
「アンジェラ…」
「お願い」
私はデュランの顔を見上げた。
「今夜は…せめて今夜は、素直にさせて…強がらずにいさせて………」
しゃくりあげながら言うと、私の目からぶわっと涙が溢れ出した。
それでも、私はデュランに抱きついたまま離れようとしなかった。
「…変わってねぇ」
彼の声が聞こえた。ガラスの砂漠で聞いた、あの声。
「どんなに強がってても、中身はそのままだ」
「デュラン………?」
彼の顔を再び見上げると、彼は優しく、少し恥ずかしそうに微笑んで、私を力強く抱きしめた。
「俺……そんなオマエが………」

 淡い日の光がカーテンのすき間から差し込んでくる。
見慣れたはずの…しかし、どこか懐かしいアルテナの朝。
私はベッドから起き上がり、う〜んと両手を伸ばし、背筋を伸ばした。
いつにもなくすっきりした気分だ。あの夢を見なかったせいもあるだろうが、おそらく……
「起きたか、アンジェラ」デュランが鎧を身に付けながら声をかけてきた。
「珍しいな、こんなに早く起きるなんて」
「まぁね」私はデュランに笑いかけた。
「……で、今度はこっちが寝坊か?」
デュランの視線が私の右後ろに移る。私もそこを見ると、ホークアイがベッドの中に潜り込んでいた。
「あれ、おかしくない?」私はデュランに訊ねた。
「ホークアイ、昨日すぐに寝ちゃったよね……ちょっと寝過ぎじゃないかな?」
「そういえば…」
「あらぁ、二人とも気付いてなかったの?」突然フェアリーの登場だ。
「ホークアイ、夕べずっと起きてたんだよ?」
「えぇ!?」同時に声を上げてしまった。
「タヌキ寝入りだって気付いてなかったんだ…結局、二人が寝た後も寝れなかったみたい」
「…」
無意識のうちに、私とデュランは顔を見合わせていた。
「ぜ〜んぶ知られちゃったよ、昨日の二人の………」
「わ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!! 言わないでぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」
とっさにフェアリーの口を塞いだが、同時に出てしまった慌て声が目覚ましになってしまったらしい。
「うるさいっ!!!!」
ビクッとした。恐々と声の主を伺うと、頭を掻きながら上半身を起こしたところだった。
「…ったく…人がやっと寝れそうだってときに……何度ツッコもうと思ったか………」
機嫌悪そうに言うと、ホークアイはじぃっと鋭い目でデュランを見つめた。
「な…何だよ」
「お前もこんなワガママ女のどこがいいんだか……ま、オレが口出しできる事じゃないけどな」
「………」デュランは何も返せないでいる。そんなデュランを横目に見ながら、
ホークアイは枕の側に置いてあった布で、自分の髪を結い始めていた。
「似てるんだよな、お前ら二人」きゅっと布を縛ると同時にそんなことを言った。
「え?」
「強がりなところがだよ。…あ、そういえば!」
お楽しみを思い出したといった顔でデュランに目をやるホークアイ。
「夕べ、オレのこと『異常』だとか言ってたヤツがいたよな」
「え……」デュランが冷や汗をたらして後ずさった。
「たしか、人が寝つけなくて苦労してるってときに、
 恋人とイチャイチャしてる聖騎士様だったと思うけど……違うかな?」
「ひっ、ご、ごめんなさいぃ〜〜〜〜〜!!!!!!!」
デュランが部屋から逃げ出した。
「逃げるんじゃねぇ!!!」
次の瞬間、ホークアイもデュランを追って部屋を飛び出していた。
「………」
私とフェアリーはしばらく沈黙した。
「………あんなデュラン初めて見たかも」
「デュランにも、こんな一面があったのね」
「アンジェラだったら、ホークアイにあんな風に詰め寄られたらどうする?」
「デュランと同じことします!!」
フェアリーと笑い合った。やっぱり女の子同士の会話は楽しくないと。
  うぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー………………
 街の方からこんな叫び声が聞こえてきた。
「さぁて、二人を止めないと」
支度を終えたあと、私は宿を出た。
朝の柔らかな光が雪にきらきら輝いていて、とてもさわやかだった。
「何があっても、絶対変わらないものがある」小さく呟いた。そして笑った。
「こらー! ふたりともやめろーー!! 置いてくぞーーー!!!」

                              FIN.

1P目 2P目

ホームに戻る 小説コーナーに戻る