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- ハチノスサンゴと腕足類 -




画像: 上伊勢の産地にて
撮影:1975年10月19日

採集地:福井県大野郡和泉村上伊勢
採集日:1975年10月5日〜19日
採集化石:ハチノスサンゴ・腕足類
時代:デボン紀前期

 九頭竜ダムを中心とした和泉村一帯は、古生代から中生代にかけての地層が分布しており、様々な化石が産出することで有名だ。ここの上伊勢という地域から、デボン紀のサンゴなどの化石が産出することを知り、1975年10月に出かけてみた。

 上伊勢は九頭竜ダムに注ぐ伊勢川の上流域にあり、現在は廃村になっている。正確な産地は分からなかったが、何とかなるだろうと、地図を頼りに現地へ向かった。

 上伊勢付近に着いて車を降りて辺りを見ると、下草を刈り取った山に石灰岩らしい露頭が見えた。秋吉台に見られるカルスト地形に良く似ている。どうもこの辺りらしいと、早速付近の沢に降りて見た。しばらくすると、化石を探しに来たらしい1グループがやってきた。その人たち探し方を見ていると石灰岩を沢の水に浸けている。すると濡れた石灰岩に見事なハチノスサンゴが浮き出てくるのだった。「そうか、こうして捜すのか」とすぐまねをして捜したが、なかなか見つからない。そこで、ここでの採集を切り上げ、先ほどのカルスト地形のある山に行ってみることにした。車で近くまで行き山をよじ登っていったが、石灰岩はかなり変成を受けているようで、白っぽく結晶化して何も化石は含まれていないようだ。仕方なく、山を下りふもとの杉林の中に入ってみた。

 しばらく行くと、父が化石らしいものが含まれている黒っぽい石灰岩が、土の中に埋まっているのを見つけた。父はこの石灰岩を掘り返すというので、私はもう少し奥に行ってみることにした。すると、枯れ沢があり、そこには黒っぽい石灰岩がゴロゴロ転がっているではないか。そこで、たくさんのハチノスサンゴ(ファボシテス)や層孔虫腕足類などが沢山採集できた。この沢は山の上の方まで続いており、沢の行き止まりは石灰岩の露頭になっていた。ここで、ハチノスサンゴの美しい風化面を見つけた。

 このことを報告しに戻ると、父は石灰岩を土の中からちょうど掘り出したところだった。かなり、大きな石灰岩で、差し渡し1M以上あったように思う。土が付いて良く分からなかったが、ハチノスサンゴのようなものが入っているように思えた。とりあえず、このままでは持ち帰れないので、それらしい所を割って持って帰ることにした。しかし、その場で割ったことが後で後悔することになるのだった。

 翌日、土の付いた石灰岩を洗っていると、見事なハチノスサンゴの風化面が出てきた。割った石をつなぎ合わせてみると、なんと直径30Cm、厚さ10Cmの見事なものになった。また、それとは別に直径7Cm位の丸々とした膨らみのある完全なハチノスサンゴも含まれていた。しかし、残念ながら大きい方は一部が欠けており、それがあれば完全な標本になるはずだった。翌々週にその欠けている部分を探しに再度上伊勢に出かけたが、とうとう欠けた部分を見つけることが出来なかった。

 こんな話は化石をやっている人間なら、一度は経験したことがあるのではないだろうか。この経験は、僕に「化石は出来るだけ母岩を大きくつけて持って帰る」という教訓を与えてくれた。

 余談だが、石灰岩から腕足類などを個体で分離するには方法がある。それは、有名な方法なのだが、石灰岩をガスコンロなどであぶり、適当な所で火を止め冷水で急速冷却するのだ。そうすると石灰岩は脆くなり、化石が個体で取り出しやすくなる。石灰岩の状態により必ずしも、うまく行くとは限らないが、上伊勢ではこの方法で腕足類の個体標本を取り出すことに成功した。だから、石灰岩に含まれる化石で良い標本を得たい場合は、現地でむやみに割ることをせず、化石が入っていそうな石を持って帰り、上記の処理をするのが有効だと思う。 


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