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- メタセコイアと珪化木 -




画像: メタセコイアが産出した露頭

採集地:愛知県犬山市善師野
採集日:1975年〜1976年
採集化石:メタセコイア・広葉樹の葉・珪化木
時代:中新世前期

 当時、私が持っていた唯一の図鑑であった「原色化石図鑑」は、私の化石の知識の全てであった。国内外の素晴らしい標本が見られるだけではなく、その化石に関する解説は、とても分かりやすいのだ。入門書としては、今まで出版さてきたどの本よりも優れていると私は思っている。惜しむらくは、学名などが変更になっていても、それが増刷時に改訂されていないため図鑑としての価値が低くなってしまったことだ。それでも、読み物としては大変楽しく、今でもお世話になっている一冊だ。

 さて、その「原色化石図鑑」の巻頭を飾るのは、生きている化石だ。現世の標本と化石が対比できるようにまとめられており、私は「本当に地質時代から、変わらずに生き延びているんだ。」と関心したものだ。その中に、愛知県犬山市産のメタセコイアが掲載されている。私はこの化石がどうしても欲しくなった。さわやかな秋晴れのある日、父と犬山へ向かった。

 産地は、善師野という犬山市の郊外にある、のどかな田園風景が広がる所だった。はっきりとした産地も分からないまま車を走らせていると、やがて谷間にある村落にたどり着いた。なんとなくこの近辺が怪しいと私たちは感じた。このころになると、私たちも化石が出そうな場所というのが、カンで分かるようになってきていた。さっそく、近くの神社に車を止め、農道を歩いて探索することにした。

 すぐに、レキ岩と砂岩の露頭を見つけた。堆積岩があれば化石が出る可能性が高い。私たちは自信をつけて歩を進めると、砂岩層の中に一抱えもあるような、巨大な珪化木があるのを見つけた。それは立ち木の状態で埋まっており、誰かが掘り出したのだろう、表面に露出していたと思われる部分のほとんどは失われていた。それでも立派な珪化木だった。私たちには、とても掘り出すことが出来ないこの珪化木をため息をついて、しばらく眺めていた。

 しばらく進むと、丘の上に露頭があるのが確認できた。どうやら、ここが産地らしい。丘の下に来ると上に登る小道があった。それを登っていくと難なく露頭にたどり着けることが出来た。露頭は、オーバーハングのように状態になっていた。その天井になっている部分を覗きこむと、なんと、そこにはメタセコイアが折り重なるように密集して露出していたのだ。私たちは感嘆の声を上げた。見事な産状だ。しかし、これを取り出すのは危険だし、私たちには難しいように思われた。仮に取り出せたとしても、こんな良い状態で折角露出しているものを、破壊してしまうことは問題だと感じた。そこで落ちていた転石を割ることにしたが、それでも沢山のメタセコイアや、広葉樹の葉などを採集することができた。私たちはこの結果に十分満足して帰路についた。

 後日、再度この地を訪れた時は、私と同い年くらいの小学生の一行が、この露頭に野外学習に来ていた。この場所は私たちが知らなかっただけで、結構有名な場所だったらしい。小学生たちが天井に露出したメタセコイアを見て、しきりに歓声を上げていた。前回の私たちの判断は間違っていなかったようだ。この時も沢山の植物化石が採集できたが、前回採集できなかったものも手に入れることができた。それは、近くの畑を歩いていた時だった。木片のようなものが落ちていたので何気なく拾うと、思ったより重い。それは珪化木だったのだ。探すと結構見つかって10個ほど集まった。きっと風化して分離した珪化木が、畑の土の中に埋もれていたのだろう。それが、畑を耕したときに出てきて邪魔な石として捨てられたに違いない。

 無理して露頭を掘らなくても、化石を見つけることは出来るものなのだ。


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