TOPへ

―― 東京魔人学園剣風帖 第拾八話 ――

赤い……紅い月
犬の鳴き声……

そして
弾き飛ばされる――刀?


今見た夢で、断片的に覚えているもの。
わかる。これは最近は見ていなかった『予知』だ。

当然の事ながら、夢見は、それぞれ『視える』程度が異なる。
現在の事を視る遠見が一番映像が明瞭。過去見は、溯れば溯るほど、映像が乱れる。
そして、予知―未来見は、断片的にしか見る事ができない。

それにしても、ここまで断片的だと、予想もつかない。
今までで、一番わかりにくいな。それだけ不確かな未来なんだろうが。
とりあえず、何かがあるから用心しておく、それくらいしかできないな。




放課後、葵がこちらを振り向いて、皆で一緒に帰らないか聞いてきた。

「別に構わないけど、ふたりじゃなくて良いのか?」
「うふふ、このところみんないっしょだから、その方が落ち着くようになっちゃったわね」

葵……ちょっと怒ってないか?
確かに最近ふたりきりになってないからな。なんか約束しておこうかとおもったら、小蒔に話を奪われた。

「ほんとだよッ」
不毛なくらい仲がいいよね、ボクたち――そう続けた彼女は、悪戯っぽく笑っていた。

これは、嫌がらせじゃなくて、偶然だよな。
そう判断して、もう一度葵にフォローをと思ったら、京一と醍醐が続けて話に入ってきた。
もういいナリ。

「最近めっきり冷えてきたコトだし、ラーメンってのも悪くはねェな」
「今更いうなよ」

それは醍醐に同感だ。

「どうせ俺たちは、間食といえば一年中ラーメンだ」

だが、そこまで断言されると少し哀しいな。喫茶店でケーキセットでも食いに行くか?
などと考えていると、背後から呆れた声を掛けられた。

「ほんとアンタたちって悠長なんだから――、そんなんじゃこの激動の時代を生き抜けないわよ」

おや、アン子ちゃん。
なんだか張り切ってるな。

「ふふッ、おもしろいネタを手に入れたから商売しにきたのよ。さ、百円、千円、五千円、どのコースにする?」
「千円」
「ふーん、まッそんなもんかしらね。それじゃさっそく――」

ネタとやらを話しかけたアン子ちゃんを、京一がにやにやしながら遮る。

「おい、ひーちゃん。金なんて払うコトないぜ。こいつは俺たちのおかげで、たんまり儲けたはずだからな」
「何それ? どういうこと、アン子!!」

別に良かったのに。君ら厳しいよ。

「さやかちゃんの記事だろ?」
「う……知ってたのね、龍麻。わ……わかったわよッ!! 今日はタダにしてあげる」


彼女のお話は、昨日の墨田区の発砲事件についてだった。
暴力団同士の抗争で、運悪く流れ玉に当たって亡くなった人が居るらしい。前の建設大臣だそうだ。

そんなもん面白くない気がするんだが。関係の無い話だし。
小蒔なんて、結構真剣に怒ってる。
人が死んだことのどこが面白いんだって――まじめだ。

「それが特ダネか? よくある話じゃねェか。なァ、ひーちゃん?」

いや、よくはないだろ。
だが、関係はなさそうだ。

「でも、あたしの話はここからなのよ」
「どういうことなの? アン子ちゃん」

偶然じゃないかも――葵の問いに、彼女はほくそえんだ。
彼女によれば、これは一種の暗殺かもしれないとのことだ。その元大臣とやらは、現役時代から汚職の疑惑があったから、その口封じ、もしくは粛正かもしれない――か。
嫌な予感がバリバリするな。

「日本に暗殺の組織があるってコト!? それじゃあTVか漫画だよッ!!」
「何言ってんの、暗殺の無い時代なんて、人類の歴史上存在しないのよ。この贈賄と暴力が横行する世紀末の東京に、謎の暗殺集団が存在するとしてもそれほど不思議じゃあない。龍麻、どう? あたしの推理は」

どうだろう――と、肩を竦めておく。

「何よ、信じられないっていうの?」

ううん、ちがう。信じるのなにも――存在しているから。
それゆえに危険だから、わざと気の無い返事を返したら、気分を害したのかムッとした表情になる。だが、あくまでやる気は十分のようだ。困ったな、どうしたもんか……。
彼女の調査力では、下手したら良いとこまで行き着くかもしれない。

悩んでいたら、彼女は調査したことを話し続けていた。

学生服の切れ端が残っていた、銃ではなく刀傷であったのに、警察発表が捻じ曲げられていた、制服についても、警察が発表する素振りもない――彼女が次々に明かす情報に、頭が痛くなってきた。この辺りが、安全でいられる限界だろう。つーか、なんでこんなに情報収集能力があるんだよ。

「もしかしたら、警察の上の方は、その暗殺組織と繋がってるのかも」

……繋がってるどころじゃないんだよ。


「まさか……、その暗殺集団を取材しようっていうんじゃないだろうね!?」
「やめろ! 遠野!! いくらなんでも危険すぎるぞ!!」

「あーら平気よォ、彼らは社会悪に対抗する善の組織だから」

あたしの読み通りなら――と楽観的に笑うアン子ちゃんに、鳥肌が立った。もしもそうすれば、彼女がどうなるかはよくわかっている。

「アン子ちゃん」
「なッなによ。止められても」

結構真剣な顔で見たので、彼女がたじろいだ。でも本当にシャレにならないんだから。

「本当にやめなさい。命の保証ができないとかじゃない。確実に死ぬ事が保証できる」
「た……龍麻!?」

あの人たちは、そう甘くない。無関係だから、たかが高校生だから――そんな理屈は通じない。
あの人たちは自分を過大評価しない、敵を過小評価しない。


「どうして、そんな事に興味を持ったのか知らない。
もし好奇心からなら、俺が知ってる限りの事を教えてあげる。そして、記事にしたいなら、無駄だ。ある程度以上のジャーナリストは、皆その存在を知っている。だが、誰も書かない――どこも載せてくれないから」
「どういうこと?」

アン子ちゃんの瞳の奥が、キラリと光った。マジで。
本当に、ジャーナリストになりたいんだな。ならば、なお覚えていた方がいい。

「そこは、始末人のタチ悪い版と考えれば、比較的分かり易い。国も警察も抱き込んだ、大局のために動く、確かに独自の正義を持った暗殺集団だ。法で裁けぬ悪を裁く――その辺りは、始末人と同じなんだけどな」
「大局のためって、どんなコト?」

小蒔が、首を傾げた。
んー、コレは説明が分かりにくいんだよな。どう言えば、理解しやすいんだろうか。

「まず、個人の感情によるものより、国の制度、秩序などに関わるものが優先。
個人のも一応受けているようだが、依頼されたら、即実行じゃないんだ。
たとえばさ、死にそうな女性が指輪を差し出して、これでアイツを殺して下さいとだけ告げて死んだら、始末人だったら即、例のテーマが流れて全員が終結するよね。だけどそこなら、そんな個人的な依頼は、思いっきり後回しだ。その上、本当に依頼者には落ち度が無かったのか、対象者に事情やらはなかったのか――入念な調査をして、依頼の正当性が認められてからはじめて動き出す。おまけに、人数も適正しか派遣されない。そんな違いがある」

でも悪人だからって、命を奪われて良い訳が無い――そう絞り出すように、葵は言った。
顔色が悪くなっている。それから、ある事に気付いたらしい。躊躇いながらも、口を開いた。


「龍麻、そのアン子ちゃんの話……、高校生が、その暗殺者なの?」
「そう。当然だけど、そこの全員がそうなのではないよ。特待生クラスの中でも極一部――俗に暗殺組って呼ばれている連中だけだ。それ以外の人たちは、自分の学校が暗殺の組織だなんて知らないはずだ」

シーンと皆が黙り込む。
当然、ある疑問が浮かんでいるんだろう。醍醐が代表して、口を開く。

「龍麻、なぜそんなに詳しいんだ」
「俺の知人に、そこのお偉いさんがいるから。そこに転入するって話もあったようだし」

それ以上は言う気はないけど。

醍醐は、事情に思い当たったのか、口を噤んだ。
そう、正解。佐久間のことをもみ消してくれたのは、そこだ。

すっかり空気が冷えたので、それにのってもう少し脅しておく。

「で、あと一つ。アン子ちゃん、それを今まで俺たち以外にあたった? もしも誰かに調べている事を知られたなら、残らず教えてくれ。場合によっては、その人たちを俺が黙らす」
「天野さん。でも、笑って取り合ってくれなかったけど」

エリさんが知らない訳が無い。気を使ったんだろう。なにしろ危険過ぎるから。
だけど、それが余計にアン子ちゃんに火を点けたってところだったのか。

「だろうね。それが一番正しい反応だ。君もジャーナリストになるまで、忘れておいてくれ」


いきなり拳武の話が出てきた時は、どうしようかと思った。
だけど、これだけだと思っていた。アン子ちゃんに言い聞かせればすむだけの話だと。



「お腹が減った……」
「本当に色気より食い気だな、17にもなって」

その台詞、おっさんぽくないか?
小蒔は京一を軽く睨んだ後、急にこっちを向いて真顔で聞いてきた。

「色気ねェ、それってやっぱり、あったほうがいいの?」

なぜ、俺? 醍醐に聞くべきだと思ってみたり。

「俺はあるほうが好みだけど、基本的には好き好きだと思う」

一応真面目に答えてみた。
そっか、やっぱ、よくわかんないや――真面目な顔で、そう首を傾げる彼女に、醍醐が豪快に笑いかける。
お前は、今のままが一番いい――と。

はいはい、ご馳走様。つーか、なんで彼ら付き合ってないんだろう。

「えへへッ、ありがと醍醐クン。それじゃあ、さっそく……あれ、誰か来るよ」


なんか、前もこのパターン無かったか?
今回は霧島くんじゃなくて、亜里沙だったけれど。……様子がおかしい?

「龍麻……、よかった」
「藤咲さん……? 大丈夫? 目が真っ赤だわ」
「ホントだ……何かあったの!?」

口を開きかけては躊躇う彼女を、促した。
それでも少し悩んでから、彼女は口を開いた。

「エルが――エルが、いなくなっちゃったんだ」

エル――あの夢魔の事件の時の、ボクサー犬か。

「亜里沙。落着いて、状況を順に話して」
「うん……今日、いつも通りエルに餌をあげようと思って、小屋に行ってみたら、辺り一面、血の痕が……。一日中捜し回ったんだけど、全然見つからなくて、もうどうしたらいいか、わからなくなって……気付いたらここに」

犬に……、最近多い猟奇事件か?
でも、あれは普通ボクサー犬なんていう、大きくて強い犬種は狙わないはずだが。

「俺たちを頼って来たんだろ、じゃあ答えは一つだぜ」
「うんッ!! みんなで一緒にエルを探そッ!!」

俺が考えている隙に、京一と小蒔が漢(おとこ)らしい宣言をする。
そうだな、とりあえず捜してみないと。



いつもの散歩コースということで、墨田区の白髭公園を中心に捜す事になった。

「ねェ、藤咲サン、エルはいつごろいなくなったの?」
「多分夜中か朝方。まさか――」

小蒔の問いに、亜里沙は何か思い付いたようだ。
青い顔になって、昨日の事件に巻き込まれたんじゃ――と呟いた。

昨日の墨田区の事件? あの、アン子ちゃんが言ってた、拳武の仕事っぽいってやつか? まさか――いくら目撃されても、犬までは消さない……よな。

どんどん沈んでいく亜里沙を、京一がとにかく捜してみるしかないと励ましていた。
割と仲がいいよな、でも、男の友情という感じだが。

「そうだよね、あたしがしっかりしなくちゃ……そうだ!! あたし、一旦家に戻って救急箱とってくる。エルは怪我をしてるんだから」

なんとか元気を絞り出して、亜里沙はそう言った。
偉い。

「それじゃあ、ボクたちは先に手分けして捜し始めるよ。8時にもう一度この場所に集まろう」
「そうだね、それじゃ」

小蒔の提案に頷いて、踵を返そうとした亜里沙に京一が声を掛ける。

「待てよ――、お前ひとりじゃ心配だ。俺もついていってやるよ」

確かに、今の亜里沙をひとりにするのは危険だな。ここらも物騒なようだし。
だけど……、なにか引っ掛かる。

「わりィが先に行っててくれ。じゃ、ひーちゃん、お前も気を付けろよ」
「京一……」

なんだ? 妙に胸騒ぎがする。

「どうした? そんな今生の別れみてェな」

根拠なんて無い。だが、どうしても気になる。本当なら、余計な事を教えたくない……が仕方が無い。
京一だけ引っ張っていって、隅で話す。

「聞いてくれ。もしエルのことに拳武が――その暗殺組織が関わっているなら、用心し過ぎる事はないんだ。本当に気を付けてくれよ」
「わかったって」

そう軽く答えてから、少し間を置いて京一は笑った。

「俺を……信じろよ、ひーちゃん」


信じられるはずなんだが、気になるんだよな。
なんだか切ない目で、ふたりが亜里沙の家に向かう姿を追ってしまった。

「俺たちもそろそろ行くとしよう。夜道は何かと危険だし、男女ふたりの組で二手に分かれるのがベストだろうな」

醍醐が遠慮がちに、そう言った。

ああ、すまん、気を使わせたな。
だから、とりあえず軽口を叩いておく。

「はいはい、じゃ、小蒔をよろしく。襲うなよ」
「た、龍麻!!」

さっさと葵と歩き出す。
お前等、とっととくっつきたまえ。




公園中を捜しても見つからず、あっさりと約束の時間になる。
いくら夜の公園とはいえ、この状況で手を出すほど鬼畜ではないので、素直に集合場所へと向かった。

「おーい、葵ッ!! ひーちゃん!!」

少し遅れて醍醐と小蒔が走って来たが、あの表情では駄目だったんだろう。

それに、京一と亜里沙がまだ来ない。遅すぎないか?
なんとなく静かになってしまう。

ふと上を見上げた醍醐が、表情をくもらさせた。
暗い声で独り言のように呟く。

「今夜は満月か……まるで血の色だな」



それから――
京一と亜里沙は、いつまでたっても現われなかった。



京一と亜里沙を同時にどうにかできる者など、滅多に存在しない。
それにアン子ちゃんが話していた――よりによって、亜里沙の家の近くで起きたという、奇妙な殺人事件の事もある。そこは、警察に顔が利くという事だ

その両方を兼ねるものが存在しても、おかしくない機関――日本ではやはり、拳武ぐらいだろう。


なんであのオッサン、こんな時に日本にいないんだよ


病院、警察ともに、条件の当てはまる怪我人・死体は報告されていない。
あとは、裏だけか。
だが今回は裏といっても、まさか拳武に頼るわけにもいかない。

あいつ……裏のネットワーク持ってるよな?



「やあ、いらっしゃい。どうしたんだ? 龍麻。酷い顔だよ」

それじゃ、俺が不細工みたいだろう。

「……顔色って言えよ。聞きたい事があるんだ」
「とりあえず、座ったらどうだい」

奥に通される。
事情を察したのか、翡翠は店の看板を仕舞いにいった。

戻ってきた彼に、即、用件を伝える。

「この三日間で、身長175cm前後、十代後半から二十代前半の赤毛の男性、それと、身長170弱の同年代の茶髪の女性の死体処理の依頼が、裏に流れていないか、調べて欲しい」
「龍麻……何を」

自分が何を言っているか、考えたくもない。
だが、仕方がない。警察にも、病院にも該当する届はなかったんだ。怪我人も――死体も。

「拳武が動いた――らしい。三日前から京一と亜里沙が、行方不明なんだ。表は既に調べた。裏は、今はお前位しか心当たりが無いんだ。頼む」

翡翠も、東京を裏から支える飛水の者だ。当然拳武のことくらい知っているんだろう。
顔色を変えた――それだけ、事態はまずいということだな。

「承知した。調査したら即教えるから、泊まっていくといい。……ずっと寝ていないんだろう?」


「龍麻」

肩を揺すられて、意識が戻る。
ああ、寝てたのか。

「どうだった」

訊ねる声が、震えるのがわかる。みっともないほど、頭が働かない。

「結論から言えば、無い。個別でも、ふたり一緒でもね」

本気で涙が出るかと思った。
裏に流れていないなら……とりあえず、無事なんだろう。

余程、ほっとした顔になったのだろう。
翡翠は、辛そうに俺を見てから、言いにくそうに追加した。

「だが流石に、拳武直属の機関は調べられないんだ」
「ああ、すまない。言ってなかったな。そこは調べたんだ。該当するモノは無かった」

翡翠が目を丸くする。確かに、拳武の情報を調べられるなんておかしいかもな。
だが、大変だったんだぞ、この三日間で、ハッキング関係を勉強して、実行するのは。

「調べたって、どうやって拳武なんかを?」
「パスワードに、ちょっと心当たりがあってね」

忘れられねーよ。genmaが通った瞬間の寒さを。しかも管理者権限。
あのオッサン、母さんだの仲間の女だの、女っけもあるのに。

……ともかく、ということは死んではいない確率が高い。捕らえられている可能性も、否定できないが。あとは、向こうの出方待ちしかないのか。待ちは好きじゃないんだが、仕方ないな。





「あれから――もう5日だね」

昼休みの教室で、小蒔が沈んだ声を出す。
ここのところ、毎日繰り返されている会話だ。

一昨日、とうとう翡翠にも情報収集を頼んだが、一向に引っ掛からなかった。
それに……今日は醍醐まで来ていない。

「何か事件に巻き込まれたのかしら?」
「でも……京一と藤咲サンだよ!?」

その辺の奴等に簡単にやられる訳がない――信じ込もうとしてるかのように、小蒔は強い調子で言った。

けれど、その辺の奴じゃなかったら?
拳武になら、可能かもしれない。




俺のせいだ。
あの日が満月であったこと、予知に出てきた刀らしきシェルエット――あれがよく考えれば木刀のようであったこと、そしてアン子ちゃんの拳武の話、それらに気付かなかった俺の責任だ。


「龍麻」

声に気付いて顔を上げると、醍醐がすぐ側にいた。
こんな時間に珍しいとの言葉に、頷くだけで話題をきっていた。……なにか、あったな。

「お前に話があるんだ」



屋上へやってきた醍醐は、わずかに顔をしかめて言った。

「風が強いな――もう冬か」

様子がおかしい。それにこんな所まで来て、季節の挨拶じゃないだろう。

「醍醐……何があった?」

これを見てくれ――と差し出してきたものは、一通の封筒。
手紙の文面は、呼出し。ここ数日、心から待っていた『相手からの出方』。

『今夜25:00 帝釈天の御膝元刑場を設けて待つ
醍醐雄矢、緋勇龍麻、美里葵、桜井小蒔――以上四名で必ず来られたし。そうすれば女の無事は保証する』

そして、更に同封されていたのは一枚の写真。
朱で大きく×に塗られた、京一の写真。


考えたくはない、だが

そう言った醍醐の声は、限りなく暗かった。

「敗れた京一は、何もかも捨ててどこかに身を隠したか、あるいは――」

あるいは?
俺の知る拳武なら、ターゲットを逃すようなことはない。

だが――、これは本当に拳武なのか?
あまりに稚拙で、自己顕示欲が強すぎる……こんな手紙を送ってくる事といい、それに、この京一の写真――依頼に使われたものじゃないのか?
だとしたら、何かの手がかりになるかもしれない。

俺の持っている情報と併せて、醍醐だけでも安心させようかと口を開こうとした瞬間だった。


「ウソ……」

呆然とした呟きが聞こえた。

「桜井!? 美里も」
「ごめんなさい、立ち聞きするつもりじゃ」

葵は、まだ比較的だが冷静だ。が、小蒔――完璧に、錯乱している。

「そんなの、そんなの、ボク信じないッ!!」
「あッ、小蒔――!!」

小蒔は全速力で、走っていった。

だぁーー、さっさと追わないと

「待て、頼む、ここは俺に行かせてくれないか」

走り出そうとしたところ醍醐に肩を掴まれた。
痛、相当力がこもってる。

そうだな……確かに、京一は無事な可能性が高いんだが、それでも確実じゃあない。
だったら、下手な安心は与えない方がいいかもしれない。
俺が宥めるよりも、醍醐に任せて、ついでに彼らの進展を謀った方がいいな。


残された葵と、しばらくふたりで、黙っていた。
だが、葵が先に、震える声で呟いた。

「いつも考えないようにしていた。私たちの闘いには、死が潜んでいることを。でも――京一くんは、大丈夫よね」
「平気だよ、きっと」

平気なはずだ。状況は全て、無事であることを示唆している。
だから……きっと、無事なはず……なんだ。

「龍麻、今だけ……ちょっとだけ、ここで泣かせて」

顔を伏せた葵を抱きしめながら思った。
京一は、きっと無事だと思う。だけど……もし、何かあったら……拳武に関する者を、殺してやる。



「あ……、午後の授業が終わってしまったわね。行きましょう」

チャイムの音に顔を上げた葵に、先に教室に戻ってもらい、もう一度手紙を眺める。

お前たち四人だけで来い――か。
ふん、ふざけるな。

さっさと翡翠に電話をする。


「翡翠、お願いがある」
『なんだい』
「今夜1時に拳武に呼び出された。仲間を連れて、潜んでいて欲しいんだが」
『お安いご用だ』

いいや、大変だよ。

「そうでもない。子供がいるからな」
『おい、ちょっと待ってくれ!』

文句は聞いてあげません。

「待たん。当然お前と、アラン・紫暮・劉・マリィで頼む」
『マリィをその時間に連れ出せというのかい?』
「本当なら、ミサちゃんか舞子も頼みたいのを我慢しているんだぞ。どうして、男の術士がいないんだ。全く」

本当に、どっかでスカウトしてきたいくらいだ。

『術士が必要なのかい』
「武に武であわせる趣味など持っていない。拳武館といえど、所詮殆どの連中は、格闘術に優れただけの常人。本当はミサちゃんが最適なんだがな」
『しかし、その編成だと、中距離が足りなくないか?』
「お前がいるだろう。あと劉もオールラウンドOKだ」
『なるほどね』
「いざとなったら、四神かましていいぞ。死人が出ても、揉み消しをさせるから」



教室に戻ると、落ち着いたらしい小蒔が醍醐の隣に座っていた。

「目的がわかったのはいいけど、まだ時間があるね」

信じることにしたから――そう宣言してから、小蒔はしっかりした声で呟いた。
俺も、気になっていたことを、皆に訊ねる。

「帝釈天膝元の刑場――葛飾……だったけ? そこの帝釈天の辺りの、地下鉄のホームとかってことでいいのかな」
「うむ……だが、刑場というのは……」

途中で口篭もった醍醐を見ながら、今度は葵が思いつめた顔で口を開く。

「私たちを、何らかの刑に処するということじゃないのかしら。だとしたら、もしかして、龍麻……」

流石だ。だけど、ここで話すことじゃないな。
帰りながら話すことにする。
校門の辺りで、小蒔が我慢しきれないようで訊いてきた。

「まさか、ボクたちを狙ってるのって、アン子の言っていた暗殺集団……」

視線が痛い。まあ、口を滑らせた俺がいけないな。

「確かに、俺の知り合いがそこに居るんだけど、肝心なこの時期に、その人は日本に居ないんだよ」
「そうか。やはり遠野に聞くべきか……だが、危険だな。お前はどう思う」

「なにも、アン子ちゃんじゃなくても――更に情報をもっていて、そして節度ある行動を取れる人がいるだろ」
「それって? あ、天野サン」

小蒔が、ポンと手を叩いた。
そう、彼女の方が、まだ安全に行動してくれるだろう。けれど、まさかここまでは、想像していなかった。

「あら――、私がどうかしたの?」

素晴らしい、ビバ運命。


「ひとり……足りないみたいね?」
「いェ、あの……京一は、今日休みなんで――龍麻?」

言い訳をしようとした醍醐を、手で制する。元から、訊こうとしていたんだから、誤魔化す必要なんて無い。

「京一と仲間一名が、行方不明です。状況から、拳武の手によるものだと思われます。
エリさん、お願いします。
迷惑は掛けません、あそこの内情をご存知でしたら、教えて頂けませんか?」

「龍麻! 拳武って、拳武館高校のことか?」
「え!? あのスポーツ高の?」

エリさんの、表情が変わった。
十分すぎるほど沈黙してから、かすれた声で囁く。

「龍麻……どうしてそれを?」

後一押しだな。

「私の古武道の師は、鳴瀧冬吾といいます。ちなみに、亡き父の親友でもあります」

鳴瀧の名――それだけで、大体分かるようだ。
さすが、敏腕ジャーナリスト。

「そう……わかったわ。
最近、記者仲間で有名な話があるの。拳武館内部で、不穏な動きがあるって」
「不穏な動き?」

葵の問いに、エリさんはいろいろ教えてくれた。

要は、内部分裂。
少ない報酬と、厳しい戒律によって運営されてきた拳武に、反発する不穏分子が決起しつつある。その中心は、副館長で、既に報酬額を優先に、勝手に依頼をうけだしている。

「あのヒゲ、てめェの足元くらい、しっかり固めろよ」

思わずこぼした愚痴に、エリさんが真剣な表情になって訊いてきた。

「龍麻、私にも教えて。鳴瀧館長は、今、一体どうしているの?」
「え!? 館長なの? ひーちゃんの、お師匠さん」

エリさん……皆にわからないように、わざわざ名前で言ったのに。

「今頃は、海外出張の予定だと、半年ほど前に聞きました」
「そう。だから、副館長派が活発になっているのね」

今の言葉に、何かが引っかかった。
具体的に浮かぶ前に、葵の疑問に押し流されてしまったけれど。

「誰か法外なお金を払ってまで、私たちを消したい人がいるということ?」
「そうね……私のほうでも調べてみるわ」

やめてくれ、危ない。

「止めて下さい。ヒゲが帰ってきたら、調べさせればいい話です」
「龍麻……、わかったわ。でも、決して早まっちゃ駄目よ」

それについては、約束しておいた。もちろん、守れないんだけれどね。

で、小蒔の素朴な疑問――そういえば、天野さんどうしたの? ――に、彼女は、少し焦った顔になった。
ちょっと可愛かったので、教えてあげることにした。

「ウルフガイなら、この時間は校庭の方だと思います」
「え……、ありがと。貴方って、本当に底知れないわね」

据わった目で睨まれた。可愛い。
少しだけ心が和んだよ。

これからすぐに、荒むけどな。


続きへ
戻る