君と、君の大切なものを守ることが生きがいになっていた。

    何か見返りを期待しているわけではない。

    ただ君とあの人を守りたかった。












    「貴様、何故奴らに止めを刺さなかった!チャンスはあったはずだ!」

    「・・・・・。」

    「止せダンタリオン。エルレイン様の御前であるぞ。」


    飛行竜の動力室、エルレインの側近とも言えるダンタリオンが

    に不満をぶつけていた。

    だが、彼女は何も言わずただ黙ってそれを聞いている。

    聞いているというよりも、全く興味がないようだ。


    「レンズは手に入ったのです。・・・それくらいにしておきなさい。」

    「・・・は、はっ。」


    エルレインにそう言われてしまっては、ダンタリオンは

    何も言うことは出来ない。

    彼は仕方なく口を閉ざした。


    は何も考えることはない。

    ただ忠実にエルレインを守るだけだ。


    死の淵から魂を掬い上げてくれたエルレインを守るだけ。








    「・・・・来る。」







    「なんだと?一体何が・・・。」







    ダンタリオンが言い終わる前に、大きな揺れが彼らを襲う。


    「、ここは任せますよ。」

    「・・・・・。」


    エルレインの言葉には黙って頷いた。


    「私も残りましょう。」

    「いいでしょう。彼らを止めなさい。」

    「は。」


    とガープを残し、エルレインとダンタリオンは光に包まれた。














    イクシフォスラーから飛行竜にアンカーを繋げ、カイル達は動力室に走る。

    だが動力室への扉は固く閉ざされており、そう簡単には入れそうにない。


    「くそっ、どうにかして破れないかな・・・。」

    「制御装置を壊すしかないだろうな。」

    「よし・・・!」


    急がなければ、飛行竜がカルビオラに到着してしまう。

    エルレインの望みは神の降臨。

    痛みも苦しみも何もない、絶対なる幸福の世界。


    だが、カイル達はそんなものを望んではいない。

    辛い時、悲しい時、そんな中で掴みとった幸せだからこそ価値があるのだと。

    エルレインが創造しようとしている世界は、ただ生きているだけの

    ただ与えられた生を何の疑問もなく過ごすだけ。



    人形のように。



    かつてジューダスも人形のような存在だった。

    小さい頃から剣の英才教育を受け、誰とも心を通わすこともない。

    父ヒューゴ、いや天地戦争の悪の皇帝ミクトランに利用されるだけの存在。

    だが、そんな自分に優しく手を差し延べてくれる人がいた。

    マリアンさえいれば、他に何もいらない。

    どんな仕打ちを受けても、彼女がいればそれで良かった。

    だが、それさえもミクトランに利用されることとなってしまった。



    もうどうでもいい。



    そんな諦めが頭に浮かんだ時だ。

    自分達を助けようとしてくれた人間が現れたのは。

    仲間を裏切ってでも、大切な人を守るという自分を絶対に見放すことはなかった。
















    初めて出会ったのは18年前のあの日―――。









    ――――――――――――――











    突然のことだった。



    報酬無しでは人助けをしない主義である彼女が

    モンスターに襲われている人間を助けたりはしない。



    だが、あまりにも突然なことであったので

    彼女はついつい反応してしまっていた。


    まぁ、ここで金持ちに恩を売っておけば後々便利かもしれない。


    不敵な笑みを浮かべ、彼女は短剣を投げる。

    短剣は見事にモンスターの喉を貫き、しばらくすると動かなくなった。


    「・・・逃げたか。」


    自分の危険を察知したのか、周りにいたモンスターが

    蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

    それは知能の低いモンスターにしては、賢明な判断だと言える。


    とりあえず、彼女は自分の短剣を回収し襲われていた人物に

    近寄った。


    「君は・・・?」

    「通りすがりの者です。お怪我は?」

    「ああ、大丈夫だ。危ないところをありがとう。」


    チッ、それだけかよ。

    彼女は内心で舌打ちした。

    報酬の匂いがしないのなら、こんな場所に用はない。

    早々に立ち去ろうとした。

    が。


    「君、これから何かあてはあるのかね?」

    「・・・いえ、特に何も・・・。」

    「ならば私をダリルシェイドまで送っていってはもらえないだろうか?

     ああ、勿論礼はするよ。」


    彼女は一瞬考えた。

    相手は男一人だ。

    モンスターに襲われていたといえど、怪しいことには変わりない。

    もっとも、それは相手にとっても同じことなのだろうが。


    「私は構いませんが・・・。」

    「そうか。ならよろしく頼むよ。私はヒューゴ=ジルクリストだ。」

    「・です。」





    しかしこの出会いがにとって、数奇な運命を辿ることに

    なろうとは、思いもしなかった。

























    「・・・オベロン社・・・。」


    ヒューゴの屋敷に着いて早々、は驚愕した。

    ほんのちょっと金持ちを相手にしているつもりであったのに

    まさかあの巨大企業の総帥を助けていたとは・・・。


    (そんなに凄い人物だったのか・・・運が良かったのか悪かったのか・・・。)


    大物を助けたおかげで、それからは散々だった。

    セインガルド王に謁見し、それだけならまだしも専属の護衛にと

    言われたのだが、さすがにそれは辞退させてもらった。

    の処遇については、まだ決定はしていない。


    「さて、・・・是非、君に頼みたいことがあるのだよ。」

    「何でしょう?」

    「客員剣士として、ここに配属したい。」

    「は、配属!?」


    が驚愕するのは、これで本日2度目だ。

    王国の階級には詳しくはないが、客員剣士というのは

    一流剣士でなければ与えられない称号だったと思う。

    ちょっと待てちょっと待てちょっと待て。

    今まで何気なく便利屋をしてきた自分が客員剣士?

    の頭は混乱しまくっていた。


    「ご不満かな?」

    「いいいいいえ、不満というわけでは・・・。」

    「ではどうかね?」


    彼女は覚悟を決めた。


    「・・・謹んで拝命致します。」



    「そうか、それならば良かった。」



    ほんの一瞬。

    ヒューゴがとてつもなく冷たい笑みを浮かべたように見えたのは。


    (・・・気のせい、か・・・?)


    改めてヒューゴの顔を見ても、いつも通りどこかお人好しのような

    表情をしているだけだ。

    どうにも腑に落ちないだったが、いくら考えても無駄なことだと

    気付き、もう考えないことにした。



    (しかし・・・いきなり客員剣士か・・・生活が安定するのはいいが

     その分、自由はほとんどなくなると思っていいだろうな・・・。)



    つい先日までただの便利屋だったというのに。

    一体何がどうしてこんなことになったのか。

    かるーく眩暈がした。




    「どうかしたかね。」

    「い、いえ・・・あまりにも事態が急すぎて何とも・・・。」

    「ハハハ、そうだろうな。だが私はこれでも君の腕を買っているんだ。

     君ほどの腕なら彼も受け入れてくれるだろう。」

    「彼?」


    誰のことだ?と疑問に思ったが、彼女はすぐに他の剣士のことだと

    気付いた。



    「マリアン、マリアンはいるか。」


    ちりりん、とヒューゴが鈴を鳴らすとどこからか

    足音が聞こえてくる。

    この広い屋敷の中、よくこんな小さな音が聞こえるな、と思った。

    管理が行き届いているといえばそうなのだが、どうもしっくりこない気がする。


    「ヒューゴ様、お呼びでしょうか。」

    「リオンはいるか?」

    「はい、こちらです。」



    「君に紹介しておかなければならない人物がいるんだ。」



    ヒューゴはそう言うと、奥の方へと歩いていく。

    もそれに続いた。

    紹介しなければならない、というとやはり同じ客員剣士の

    先輩か何かなのだろうか。

    しばらくここで世話になるだろうから、仲良くした方がいいな

    とはこれからのことを考えてみる。


    「どういう方なのですか。」

    「私が言うのも何だが、彼は弱冠16歳にして客員剣士に任命された天才剣士だ。」


    天才剣士、と聞いた途端仲良くする自信がなくなってしまった。

    若いうちに天才などと言われると、捻くれ者か頑固者だと

    相場は決まっている。


    「こちらに。」

    「ああ、訓練場か。・・・丁度いいかもしれんな。」


    がふと顔を上げると、大きな扉があった。

    扉の中からは、剣がぶつかる音などが聞こえてくる。

    ぎぃ、と音を立てて開いた扉の先には人が一人。

    おそらくあれがもうヒューゴが紹介したいという人物なのだろう。

    その人はこちらに気付いたのか、剣を収めた。


    「何かご用ですか。」

    「明日の任務にもう一人つけることにした。」

    「お言葉ですがヒューゴ様。必要ありません。」

    「ほう、何故だ?」

    「僕一人で十分です。」


    うーん予想通り。

    は気付かれないような小さな溜息をつく。


    「えーと、まぁ無理に一緒になることは・・・。」


    が曖昧に笑って事を終わらせようとしたが。


    「そうだな。ではリオン、お前自身で確かめてみるといい。」

    (話聞けっつーの!)


    聞いてもらえなかった。


    「それからでも遅くはあるまい?」

    「・・・わかりました。」


    (おーい、私の意思はー?)


    シカトです。


    二人は渋々ながら、手合わせすることを了承し

    訓練場の中央に立つ。

    はどうしてこうなるんだ、と何度も

    呟きながら刀を抜いた。


    「はー・・・しょーがないなーもー。」


    はくるっと刀を返した。


    「怪我させちゃ大変だもんな。」

    「貴様、僕をなめているのか。」

    「いや別にそういうわけでもないけど・・・っととっ!」


    が言い終わる前に、リオンは間合いをつめて剣を振るう。

    少し驚きはしたものの、かわせないスピードでもない。


    (結構速いな。)


    さすが天才剣士と言われるだけの実力はある。

    リオンの剣をかわしながら、は冷静に相手の

    力量を測る。


    「かわすだけでは僕は倒せない。」

    「それはご尤も。」


    の技は一撃必殺。

    だがそれを人間相手に使ったことがないため、どうやって

    自分の実力をリオンにわからせるか悩んでいた。


    と、その時。


    『坊ちゃん、あの剣まさか・・・脆いのでは?』


    どこからともなく聞こえてきた声に、は目を見開いた。

    それと同時に、リオンはここぞとばかりに刀を狙ってくる。


    (あの子の声?いや、ちょっと違うような・・・。)


    どうも刀が弱いと思われてしまったようなので、は

    とりあえずリオンの剣を受けとめることにした。

    ぎぃん、という金属音が辺りに響き渡る。


    「そう脆くはないんだよね。」


    今度はリオンの方が目を見開く番だった。


    「まさか、今の声が聞こえたのか?」

    「え、じゃあやっぱり君の声じゃないんだ。」


    お互いの動きが止まる。


    「そこまで。双方剣を収めろ。」


    ヒューゴの声に、二人は剣を鞘に収めた。


    「リオン、どうだった?」

    「・・・明日の任務にこいつも連れて行きます。」

    「まぁそんな顔をするな。よろしく頼む。」

    「・・・はい。」


    それだけ言うと、ヒューゴは訓練場から出ていった。

    彼が出たのを確認すると、リオンはの方へ向き直り

    剣を抜いた。


    「シャル。」

    『はじめまして。僕はシャルティエ。』

    「え、えっと・・・はじめまして・・・、です。」

    『なんだか嬉しいな。坊ちゃん以外に僕の声が聞こえる人間がいるなんて。』


    シャルティエの声はとても嬉しそうだ。

    ちらりとリオンの方を見ると、先程の表情とは違い

    どこか嬉しそうなそうでないような。


    「ソーディアンマスターの素質があるのかもしれんな。」

    「ソーディアンマスター?」

    「この世に6本あるというソーディアンを操る者の事だ。」


    ソーディアンのことは何かの文献で読んだのを覚えている。

    しかしはそんな話を信じているわけではなかった。

    が、今こうして目の前にそのうちの1本、シャルティエがある。

    信じざるを得ないだろう。


    「・・・詳しいことを知りたければ屋敷内にある文献でも読むんだな。」

    「そうしよう。あまりシャルティエさんに聞くのも悪いし。」

    『さんは付けなくていいよ。』

    「わかった。・・・ところで、明日の任務ってのは何?」

    「ただのモンスター狩りだ。新米の仕事にはこれ以上ないというぐらい適しているだろう。」

    「あ、そう・・・。」


    ・・・便利屋をしていた頃とあまり変わりないかもしれないな、と

    ふと、行く末が少しだけ明るくなった。







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