用意された部屋は、とても広いものだった。
得体の知れない自分が、どうしてここまで優遇されるのだろう。
は荷物も下ろさず、ただボーっと立っている。
「あの、メイドさん・・・ホントにここ使っていいんですか?」
は周りにあるものを手に取り、つい眺めてみる。
どれもこれも高級品らしく、宝石が埋めこまれていた。
「はい。ご自由にお使いください。」
「え、あ、窓ぐらい自分で開けるから。ありがとう・・・えっと。」
「マリアンと申します、様。」
マリアンはにっこりと笑って窓を開け、ベッドのシーツを直す。
今まで自分でしていたことを、こうやってされてしまうと
どうも落ちつきがなくなってしまう。
「う―――――ん・・・様はいらない。ただの便利屋なんだから。」
「いいえ、これは私達のけじめですから・・・。」
「じゃあ周りに誰もいないときはでいい。どーも背中がかゆいんだ。」
「しかし・・・。」
「た、頼む。様なんて呼ばれたことがないんだよ。」
は手を合わせて頼みこんだ。
その様子にマリアンは少し驚く。
まさか頭を下げられるとは思っていなかったから。
ヒューゴが連れてきたときは、僭越ながら得体の知れない人間、
そして、必死で彼に取り入ろうとする人間だと思っていた。
「マリアンさん?」
「あ、いえ・・・何でもありません。」
「とりあえず、様だけは勘弁してほしい。さん付けでもいいから!」
「・・・それでは・・・、さん。」
「ん―――、やっぱりさんの方がいいな・・・ありがとう。」
がにっこり笑うと、マリアンも優しく微笑んだ。
それは慈愛に満ちた笑顔。
しばし見惚れる。
「では、何かありましたら呼んでくださいね。」
「ありがとー。」
マリアンは一礼すると、部屋から出ていった。
ふぅ、と一息ついて改めて周りを観察してみることにした。
やわらかそうなソファにベッド。
大きな本棚まである。
なんと至れり尽せりな部屋なのだろうか。
は自分がそこまでヒューゴに気に入られる理由がわからない。
ただモンスターに襲われていたようだったから助けただけだ。
それだけのことで、こんな扱いを受けるものだろうか。
まさか後で全部嘘でしたーとか言われるのでは・・・。
いくら考えてもおかしいのだけど。
「・・・考えても仕方ない、か・・・。」
何か不自由なことがあればとっととトンズラしよう。
それでいい。
思考を切り替え、は刀の手入れをすることにした。
リオンの話によると、さっそく明日から任務らしい。
初っ端から失敗していてはさすがに気が引けるので
少し気合を入れよう。
そのうちこの生活に慣れることを祈って。
――翌日――
昨夜はなかなか寝つけなかった。
やはり突然の環境変化は落ちつかないらしい。
ゆさゆさゆさ
うーん、なんだこの揺れは。
ゆさゆさゆさ
まだ眠いんだー。
ゆさゆさゆさ
「起きてください。さん起きて。」
この声の主は一体誰だったか・・・。
は自分の記憶をフルに回転させた。
そういえば先日、オベロン社の総帥を助けたんだっけ。。
そしてダリルシェイドまで送ってきた。
なんだか知らんが剣の腕を買われ突然客員剣士とかいうのに任命された。
セインガルド王に謁見。
→至れり尽せりの生活。
そこまで思い出すと、はがばっと身体を起こす。
「も、もしかして寝すぎた!?」
「ええ少し・・・。」
「ごめんマリアンさん!そ、そうだリオンは!?」
「部屋でお待ちですよ。」
初日から寝坊とはシャレにならない。
しかもあの性格が悪そうなリオンのことだ。
きっとねちねちと嫌味を言われるに違いない。
は盛大に溜息をついて、部屋を出た。
「遅い!」
「すまん。」
「謝ればいいという問題じゃない。・・・全く、どうして僕が
こんな奴と組まなければならないんだ・・・。」
「まぁこれだけ環境が変わればねぇ・・・。」
「言い訳はいい。お前と話していても時間の無駄だ。行くぞ。」
「行くってどこへ。」
「お前は記憶力もないのか?昨日言っておいただろう。」
「自慢じゃないが暗記は苦手だ。」
「・・・・本当に自慢にならんな・・・。今日はただのモンスター狩りだ。」
ああそういえばそんなことを聞いたような。
まだ完全に活動していない頭のまま、はリオンや兵士達についていく。
やはり歓迎はされていないようで、兵士達もどことなく冷たい。
誰もかれもヒューゴに取り入ろうとしている人物ばかりらしい。
(なるほど、妬みの標的ってわけね・・・。)
うんざりといったような表情で、は用意された馬に乗った。
目的地は、ダリルシェイドからそう遠くはない森の中。
最近モンスターが近くの村にまで出没しているらしい。
村につくと、一番先に目に飛び込んできたのは
モンスターに荒らされたであろう畑。
リオンは村の代表者と何か話している。
も隣で聞いてはいたが、こういうことで話すのは
とても苦手なので、何も口をはさむことはない。
「どーすんの。」
「夜になるのを待つ。それからだ。」
リオンは必要以上のことは話さない。
話し相手がいないので、は仕方なく村の中を巡回し始めた。
家の者も、モンスターが怖いのか一歩の外には出て来ない。
はなんだかなーと思った。
自分の村を守ろうという気はないのだろうか。
荒らされた畑もそのまま。
女子供はともかく、若い男達まで家で震えている。
「何をうろうろしているんだ。」
「リオン。ほら、夜に来るとは限らないし巡回。」
「そこまでしてやる義理はない。・・・休んでいろ。」
「・・・・・。」
「何だ。」
「いや、そう言ってもらえると助かる。」
実は寝不足でフラフラだったりする。
だがそんなことで仕事を放棄することは許されることではないし
何より周りに迷惑がかかる。
便利屋であったときも、よく無理をして仕事が終わった後は
死んだように眠っていた。
とっつきにくいように思ったが、彼なりに気を遣ってくれたのだろう。
彼のような性格の人間は、自分の弱さを隠すために
ああいった言動になるのだということを、今までの経験上は知っている。
・・・こんなことを本人に言ったらざっくり斬られそうだが。
「・・・ん?」
森の中から、カサリという音が聞こえたような気がした。
はじっと一点を凝視している。
「どうした?」
「何か音がした・・・。」
「・・・人か?」
「いや、恐らく・・・。」
しばらくリオンは考える。
「兵士達に警備を固めるように伝える。お前は僕が戻ってくるまで動くなよ。」
「わかった。・・・けど向かってくる気配があれば単独で突っ込むから。」
「死なない程度にな。」
一言多いんだよ、とは肩をすくめた。
思考を切り替え、森の中を眺める。
こちらの様子を窺っているようだ。
は聞こえてくる息遣いと足音であちらの数を調べる。
便利屋という仕事をしていた時、子守りから要人の護衛
命にかかわる仕事だってたくさんあった。
そんな中で生きていくうちに、彼女は自分の五感を最大限まで高めるしかなかった。
一人で生きていくために。
「数は、・・・うわ、結構いるなぁ・・・。」
その時、耳に入ってくる音が突然大きくなった。
どうやらモンスター達が動き出したらしい。
「リオンは・・・まだ戻ってこないな・・・。しょうがない。」
は刀を抜き、村を囲んでいる塀を飛び越えた。
たった一人森の中へ入ると、モンスターはこぞって彼女に襲いかかる。
「うわっ、多っ!」
地を蹴り、軽く攻撃をかわすと改めて敵の姿を見た。
スッと刀をかかげると、無駄だとは思うが一応警告を出す。
「おとなしく帰ればそれで良し。だが向かってくるなら命はないと思え。」
だがやはりの言葉は受け入れられることはない。
仕方がない、と彼女は一言呟くと目つきを変えた。
人との共存を望めないのならば、排除するのみ。
人も、モンスターも、越えてはならない一線がある。
彼らはその一線を超えてしまったのだ。
「ハッ!」
次から次へと容赦なく刀を振るう。
ある程度倒せば、諦めてくれるだろうとは思ったがそうもいかないようだった。
「魔神剣!」
風が通り過ぎる。
だがそれは風というよりも剣圧。
何事かとが振りかえると、なんとなく不機嫌そうな顔をした
リオンが剣を構えていた。
「全く・・・動くなと言っただろう。」
「しょーがないだろ。動きがあったんだから。」
「フン。」
彼一人だけということは、兵士達は村を守っているのだろう。
それと、自信の表れ。
リオンにとって、兵士というのは足手まといという存在なのかもしれない。
「片付けるぞ。」
「オーケィ。」
普段のリオンならば、ここは一人で片付けようとしただろう。
だが、今日は生憎と二人。
足手まといになるならば、無理矢理にでもを帰そうかと
思っていたのだが、意外に戦いやすい事に気がついた。
はリオンの邪魔をしないし、とやかく言ってくることもない。
剣の腕はリオンに劣らずとも勝らない。
トン、と二人は背中合わせになり呼吸を整える。
「チィッ、キリがないな・・・。」
「リオン。」
「なんだ。」
「視線をそのままで聞いて。・・・君から四時の方向に人がいる。」
「・・・それが一体・・・。」
「いいから最後まで聞けって。多分、こいつらを操っているのはそいつ。」
「操る?そんなことが出来るのか?」
「レンズを使って操るって話を聞いた。・・・で。」
「そこまで聞けばわかる。時間を稼げと言うんだろう。」
「いいや、君が奴を捕獲してくれる?・・・それともこっちの方がいい?」
「・・・・わかった。せいぜいやられないように頑張るんだな。」
だからいちいち一言多いっつーの。
は例の如く肩をすくめたが、生憎と呆れている暇はない。
随分と長い間戦っているというのに、モンスターは疲れる気配がなく
寧ろどんどんと数が増えていっているような気がする。
モンスターをに任せ、リオンは言われた方向へ進んでいった。
耳をすましてみると、何やら人の声が聞こえる。
気付かれないように細心の注意を払いそっと近づく。
「くそっ、今回はなかなかしぶとい奴だな・・・もう少し数を・・・。」
黒いローブを纏った男は、ぶつぶつと何かを呟いている。
『あれですね・・・。』
「そのようだな。」
『逃げられては困るので晶術で逃げ道を防ぎましょう。』
リオンが剣を掲げると、コアクリスタルが輝いた。
「・・・・ストーンウォール!」
ドドドっと大きな唸り声のような音が響き渡る。
男は何事かとその場から逃げようとしたが、もう遅い。
大きな石の壁が現れ、一瞬で男は身動きが取れなくなった。
「その手に持っているものを渡してもらおう。」
リオンは冷たく言い放つと、シャルティエを男に向けた。
捕獲したとはいえ、モンスターの動きが止まったわけではない。
まだ後ろでが戦っているのだ。
「それとも・・・その装置ごと貫いてほしいか?」
「ヒィぃッ、ま、待て、今すぐ止めっ・・・!」
「早くしろ!」
「わわわかってい・・・・・!」
パキッ
何やら不吉な音がしたような気が。
案の定、リオンの後ろからはモンスターの咆哮が聞こえてきた。
どうやら制御が狂って暴走しているようだ。
『ぼ、坊ちゃん!が・・・!』
「いや、まずはこいつを兵士達に渡す。でなければ意味がない。」
シャルティエは出来ればの方を優先してほしかったのだが
マスターであるリオンがこう判断したのなら何も言えない。
一方、は突然狂暴になったモンスターに四苦八苦していた。
倒しても倒してもキリがない。
「本当に・・・レンズってのは厄介だな・・・。」
これほどのモンスターを操れる力を持ち合わせている人間は
そういないはずだが、レンズが多ければ多いほどそれは可能になる。
「・・・くっ・・・。」
言い様のない疲労が、を襲う。
だがここで気を失うわけにはいかない。
失ったら最後、モンスターの餌になってしまう。
かと言ってこのまま戦うのもそろそろ限界だ。
周りを見回してみるが、逃げられそうな場所はどこにもない。
「打つ手ナシ、ってか・・・どうしようホント。」
が片膝をつくと、モンスター達の様子が少し変わる。
これから一気に仕留めということなのか。
じりじりと距離を狭めてくる。
「・・・・・。」
ぎゅっと柄を握り、次の瞬間をただひたすら待った。
『!』
遠くから聞こえたシャルティエの声が合図になった。
一斉にモンスター達がに襲いかかる。
「グレイブ!」
が反撃に出る前に、晶術が彼らを襲う。
彼女を襲いかかろうとしていたモンスターは、地面から
突き出た石の槍に貫かれ、そのまま動かなくなった。
それからは本当にあっという間だった。
疲労困憊のと違い、リオンはあまり疲れていなかったため
いともあっさりとモンスターを一掃してしまったのだった。
制御を失ったモンスターはこれ以上増えることもなく
そのまま土に還っていった。
『、大丈夫?』
「大丈夫・・・ありがとうシャルティエ。」
「・・・シャル、やけにこいつを気に入ってるじゃないか。」
『坊ちゃん以外で僕の声が聞こえた初めての人間ですからね。』
「リオン・・・私にはという名前があるんだけど・・・。」
「どうして僕がお前のような男の名を呼ばなければならないんだ。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
とシャルティエはついつい言葉を失ってしまった。
もしかしてもしかするとリオンは・・・。
『坊ちゃん・・・本気で言ってるんですか・・・?』
「い、いやいいよシャルティエ・・・まぁ・・・いい・・・。」
「なんなんだ一体?」
ある意味、自信を失いかけただった。
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まぁなんといいますか・・・