にとってショッキングな出来事から一ヶ月。

      彼女はヒューゴ邸にある図書室で読書にふけっていた。

      セインガルドのこと、オベロン社のこと、そしてソーディアンのこと。

      天地戦争時代のことは、本を読んで知ることも多いが

      何よりシャルティエの方が本に載っていないことをたくさん

      教えてくれたりするので、最近の話し相手はシャルティエだ。

      ただ一つ問題なのは、リオンがシャルティエを絶対に貸してくれないこと。


      そういうわけで、リオンの留守中にこっそりシャルティエと話したこともある。

      彼の留守中というのは、メイドのマリアンとお茶の時間を過ごしているときだ。

      時々、シャルティエを部屋に置いていく。

      だがある日、二人で話していたら突然リオンが部屋に戻ってきたことがあり

      はいけないと思いつつベッドの下に隠れ

      そのまま次の日までそこで過ごしたことがあったりする。


      そんなことがあっては、さすがに身体が持たないとは観念し

      リオンがマリアンと話している間だけ、シャルティエと話す時間を貰った。

      勿論、同じ部屋で。






      「でもよかったわ。あなたにお友達が出来て。」

      「・・・マリアン、まさかあいつの事を言ってるんじゃないだろうね?」

      「あら、他にいないでしょう?」

      「まさか!僕はあんな奴のこと友達だなんて思ってないよ。」

      「そうかしら?さんと話しているときは意外に楽しそうだけれど。」


      紅茶を注ぎながら、マリアンは楽しそうに微笑んだ。

      ちなみに部屋の端っこの方でがシャルティエと話している。

      マリアンは彼女が何をしているのかよくわからなかったが

      剣の手入れをしているのだろう思って、とりあえず気にしないことにした。



      「べ、別に楽しくなんか・・・あいつが一人で騒いでいるだけで・・・。」



      まぁはたから見れば、シャルティエと話している様は

      独り言のように見えるのだが。


      「・・・なぁシャルティエ。いつも思うんだけど、マリアンさんの前では

       あいつ別人だね。」

      『え、ああ・・・そうだね。』

      「本当にマリアンさんのことが好きなんだなぁ。」

      『・・・坊ちゃんが一番大切にしている人だから・・・。』


      ふーん、とはさほど気にする様子もない。

      だがほんの少しだけ羨ましい。

      自分には大切だと思う人間がいないから。

      両親は小さい頃に他界したし、便利屋であったときも仕事仲間と

      つるむようなこともなかった。

      だから、あれほど誰かを想うことが出来るリオンが羨ましい。


      『あ、。マリアンがこっちに来るから黙るよ。』



      「お茶にしませんか?」

      「え、あ、あぁ・・・いいのかな私も加わって。」


      なんとなくリオンの視線が痛いのは気のせいだろうか。

      別に手を出したりしないのに、というかは女だ。


      「えーお邪魔します。」

      「・・・本当に邪魔だな。」


      (うわぁ可愛くねー。)


      が席につくと、リオンの表情は一変していた。

      そんなに目の敵にしなくても・・・と思ったのだが

      生憎とそんな心の叫びはリオンには到底届かない。


      ここはさっさと紅茶を飲んで退室した方が良さそうだ。


      「・・・これマリアンさんが煎れたの?すごく美味しいな。」

      「そうですか?ありがとうございます。」


      あまりの美味しさに居心地の悪さを忘れ、はすっかりリラックスしてしまう。

      ビシビシと鋭くなっていくリオンの視線。


      『に、逃げ出したい・・・。』


      鞘に収められたシャルティエは声にならない悲鳴を上げた。


      「本当に美味しい。どこの銘柄?また飲みたいなー。」

      「では朝にでも持っていきましょうか?」

      「え、でも悪いよ。」

      「いいえ。起こすついでですから。」

      「起こすついで!?」


      リオンは思わぬ言葉に持っていたカップを落としてしまった。


      「わっ、な、なんだよリオン。行儀悪いよー。」




      『い、今すぐこの部屋から出たい・・・!』



      シャルティエの声はもう誰にも届かない・・・。



      「マリアン、明日からこいつを起こさなくていい。」

      「ちょ、ちょっと待て。それじゃ私が寝坊する。」

      「さんはとても寝起きが悪いから・・・。」

      「いつも悪いねマリアンさん・・・。」

      「どうかお気になさらないでください。」


      シャルティエから見れば、普通の会話なのだがリオンにとっては

      全く違うように見えるらしい。

      ふと、リオンはある事を思いついた。

      何やら口元に冷たい笑みを浮かべ


      「なら毎朝この僕が起こしてやろう。それなら文句はないはずだ!」

      「あ、ある!大いにあります!」

      「じゃあ明日からそうしましょうか。」

      「マリアンさーん!?」


      は泣きそうになった。

      そんなにマリアンがこっそり耳打ちする。


      「これはもう実際見ないと理解してくれませんよ。」

      「いや、だからってね・・・。」

      「とにかく!これから毎朝起こしに行くからな。」

      「リオンくーん、人の話を聞きなさーい。」


      「問答無用だ!」






      ・・・こうして、は毎朝この性格の悪い少年に起こされるハメになった。


      部屋に戻る途中、シャルティエに何か言ってもらうよう頼んでみたのだが

      彼はひどく怯えて何も言ってはくれない。

      どうやら諦めるしかないらしい。


      こんなことなら、誤解とわかった時点で話しておくべきだった。

      というか、気付かないリオンもリオンなのだけど。


      「・・・ピアス、つけて寝ようかなぁ・・・。」


      が耳につけているピアスは、特別な力を備えている。

      天地戦争時代の代物らしく、レンズの力である程度外見を変えられるというものだ。

      ある商人から、報酬として受け取ったものだった。

      極めて希少な代物らしい。

      彼女はこの装置で、背を少し高く見せている。

      あと、顔立ちもより中性的に。

      便利屋という職業は、女だとなかなか仕事が成立しない。

      女に仕事を依頼するのなら、少々値が上がっても屈強な男に

      依頼するだろうという人間が多いためだ。

      だが、こうして外見を少し変えただけでも随分と違う。

      男性からの依頼も少し増えたが、それ以上に女性からの依頼も増えたのだった。


      寝るときにはピアスを外しているため、朝起こしにくるマリアンは

      すぐにが女だということを確信した。

      シャルティエは天地戦争時代に、戦う女性の姿を何度も見ていたため。


      前にうっかりピアスをつけたまま寝たことがあったが

      朝起きたらピアスがシーツにひっかかって、血で汚れていた。

      大層驚いたので、それからは必ずピアスを外すようにしている。


      「しょーがない・・・外して寝るか・・・。」


      は覚悟を決めた。





      変な覚悟だが。












      翌朝、リオンは憮然とした表情での部屋の前にいた。

      マリアンがどうしても一人ではいけないと言われたため

      彼はおとなしく彼女を待っていた。

      それがまた、気に入らない。


      (大体、どうしてマリアンはあいつのことばかり気にかけるんだ・・・。)


      大切なマリアンが、自分から離れていってしまうかもしれない。

      そう考えると、リオンはとてつもなく怖かった。


      (・・・まあいい。マリアンはああ言ったけど・・・!)


      リオンはの部屋の扉を勢いよく開けた。

      奥のベッドに寝ているのところへ足早に歩く。

      ピクリとも動かないところを見ると、リオンが入ってきたことに

      全く気がついていないようだ。


      「おい!起きろ!いつまで寝ているんだ!」

      「・・・・んーまだ眠い・・・。」

      「この・・・!」


      あまりにも間抜けな声に苛ついたリオンはシーツを一気に剥ぎ取った。


      「起きろと言って・・・・!」


      ぐいっとの肩を引っ張ってみて、そこで初めてリオンは

      何か違和感を感じた。

      なんだろう、この違和感は。

      まず、肌が滑らかで柔らかい。

      なんだこれは?

      リオンは段々とわけがわからなくなっていった。

      これではまるで―――。



      女の身体じゃないか。



      「・・・うーん・・・まだ眠いってのに・・・。」

      「っ!」


      思わず自分の手を引っ込めるリオン。

      ずずずと後ずさり。


      「なんだリオンか・・・そういえば起こしに来るとか何とか・・・。」



      そういえば昨日は3人でお茶を飲んだっけ。

      それから何故かリオンが怒り出した。

      マリアンと困惑した。

      リオンが起こすとか言い出した。



      →ピアスを外した寝起き姿を見られる。



      「・・・・・・リオン?」

      「・・・・。」


      あまりの事態に口が聞けないようだ。

      は溜息をついて、近くに置いてあったピアスをつけた。

      すると、ブゥンと音がしての姿がぼやけ姿が少し変わる。

      背が少し高くなり、顔もさっきよりも中性的に。

      二人が何を言おうかと考えあぐねていると、急いだ足音が聞こえてくる。


      「マリアン・・・これは・・・一体・・・。」

      「まぁエミリオ・・・私との約束を守ってくれなかったのね・・・。」

      「だ、だってまさかこんな事になるなんて・・・。」


      リオンは相当混乱しているらしく、歳相応の顔になっている。


      「あのー、もしかして私は外へ出た方がいいですか。」

      「ご、ごめんなさい。」


      上着を羽織ると、は自分の部屋から追い出された。

      あの混乱ぶりにちょっとショックを受ける。


      (いや、胸とかさ・・・雰囲気でわかるようなもんなのに・・・。)


      がっくりと肩を落とし、はひたすら待った。










      しばらくして、ようやく部屋から出てきたマリアンが

      に入ってくるよう促す。


      「それでは、私は仕事がありますから・・・お願いしますね。」

      「お願いされても。」

      「大丈夫です。よく・・・話してあげてください。」

      「え?」

      「あの子は・・・あまり人と接することが得意ではないから・・・。

       けれど、優しい子なんです。」

      「・・・そりゃ知ってるけど。」


      そう言ってが微笑むと、マリアンも優しく微笑んだ。

      彼女は一礼すると、仕事に戻っていった。

      部屋の中に入ると、落ちついた様子でリオンはソファに座っている。

      はソファには座らずに、表情が見えないよう彼に背中を向けた。


      「・・・ま、隠していたわけじゃないんだが・・・混乱させて悪かった。」

      「・・・・・。」

      『ほら、坊ちゃん。』

      「あ、ああ・・・。・・・その、・・・誤解していたのは僕だ。」

      「うん?」

      「・・・わ、悪かったな。」


      初めて聞く謝罪の言葉に、思わず目を見開く。

      顔を見てやりたいが、そこはぐっと我慢する。


      「か、勘違いするなよ、これからの任務に支障をきたすから謝ったのであって・・・。

       仕方なく謝ったんだ。」


      あまりにも子供っぽい言い訳であったため、吹き出しそうになったが

      これもまたぐっと我慢。

      なんだ、歳相応の少年じゃないか、と微笑ましい気分になった。

      はピアスを外し、リオンの隣に腰掛けた。


      「つけてみる?」

      「な・・・。」

      「結構面白いかもだよ。」

      「・・・つけるだけでいいのか?」

      「そうそう。」


      こんなに柔らかい会話をしたのは初めてだ。

      普段話すことといえば、任務に関することとシャルティエのことだけ。


      リオンは少し緊張しながら、ピアスをつけてみた。


      「・・・?・・・何も変わらない。」

      「鏡見てみなって。」

      『僕にはよくわからないけど・・・。』

      「剣だからな。」


      リオンは近くに置いてある鏡の前に立つと、何だかいつもの自分ではないようで驚いた。

      不思議なぐらい、背が高くなっている。


      「でも外見は変わっても、・・・ホラ、頭の上の方とか触ってみて。」

      「・・・すり抜ける。」

      「だから敵の目測を誤らせることも出来る。結構便利なんだよね。」

      「しかし、こんなもの何処で手に入れたんだ?」


      ピアスを外し、リオンは興味津々な表情で聞いてくる。


      「便利屋だったとき、報酬として受け取ったんだ。聞いた話によると

       かのハロルド・ベルセリオス博士が開発したらしい。」

      「あのマッドサイエンティストと名高いハロルド博士か・・・。」

      「・・・ま、一人で生きてくには丁度いい便利なアイテムさ。」

      「一人?」

      「ああ、孤児だから。」


      世間話をするかのように、はあっさりと答えた。

      別に隠していても意味がないし。

      かと言って、ペラペラと話すことでもないけれど。

      まぁ成り行き上というやつだ。


      だがリオンは、どうして自分の身の上をこんな簡単に話せるのか

      不思議でたまらない。

      彼はマリアンただ一人にしか自分のことは話していない。

      本当の名前も、両親のことも。

      彼女が一体何を意図して話しているのか、全く理解出来なかった。


      「母は私を命と引き換えに産んでくれた。そして父親は後を追うように

       病で他界した。親戚に引き取られたけど金のことしか話さなかったから

       一切合財持ってそこも出た。だから一人。ただそれだけ。」


      そこまで話しても、の表情は全く変わらない。

      リオンは何と言っていいか、わからなかった。

      慰めることなんて器用なことは出来ないし、こんな状況に陥ったことがない為

      どんな言葉を紡げばいいのか、皆目見当もつかない。


      「おーい、何ボーっとしてんのー。」

      「・・・何でもない。」

      「ふーん・・・まぁいいか。あ、そうだ。一つ言っとくけど私が女だって

       知ったからって鍛錬とか手加減したりするなよ。」

      「何故僕が手加減なんかしなければならないんだ。」

      「そうそう。やっぱりいつもの君が一番だ。」

      「なっ・・・・!」

      「んじゃーまぁとりあえず着替えたいので一旦出てくれますかー。それとも見る?」

      「誰がお前のような男か女かもわからない身体を見なければならない!」


      そんな真っ赤になって怒られても全く恐くないです。

      喉まで出かかったが、これ以上煽ると後々面倒なことになりそうなのでやめておく。


      「ヘラヘラ笑っていられるのも今のうちだ。後で思いっきりしごいてやるからな!」

      「朝稽古に付き合ってくれるんだ。」

      「仕方なく、だ!着替えたらさっさと来い!」

      「はいはいっと・・・。・・・・・・・・・へ?」


      驚いて振りかえってみてもリオンの足音は既に遠くへ行ってしまった。

      頬とちょいちょいと掻いて、うーんと首を傾げる。


      「・・・ちょっとは仲良く出来るのかねぇ・・・。」


      は着替えを終えると、苦笑しながら部屋を出た。




      BACK TOP NEXT


      ―――――――――――――――――


      思えばまだスタート地点にもいないんですよね。
      早く進めたいなー。