暖かい手だった。

      マリアン以外の人間に、触れさせたことなどなかったのに。

      彼女の手とはまた違う優しい手だった。











      「さっさと現れてほしいもんだね全く。」


      は一人でぶつぶつ文句を言っていた。

      ここは盗賊からの予告状が来たという商人の屋敷。

      朝から待機しているのだが、盗賊が現れる気配はまだない。


      今日はマリアンの誕生日だというのに、どうしてこんなことを

      しなければならないのか。

      ああ、帰りにティーセットを買って行こう。

      自分まで手作りの物を贈っては、リオンの贈り物が

      目立たなくなってしまうかもしれないし。


      そういえば、リオンの髪飾りは完成したのだろうか。


      少し心配になる。

      あの日の翌日、普段と変わらない態度だったので

      手直しのことはバレていないと思う。

      さりげなくリオンの部屋の本棚に、仕上げの事が詳しく記されてある本を

      こっそり入れておいたりしたのだが、気付いてくれただろうか。


      「間抜けな顔をするんじゃない。真面目に仕事をしろ。」

      「この顔は元々だ。仕事はちゃんとしてるよ。」


      リオンはあからさまに呆れたような溜息をつく。

      寝顔は可愛かったのに、とあくまで表情には出さずにも溜息をついた。

      髪飾りのことを今聞いてもいいものか、少し悩む。

      どうせ無駄口を叩くなとか言われそうなので止めておこう。


      「・・・。」

      「え?」


      当の本人が話しかけてきたものだから、一瞬反応が遅れてしまう。


      「仕事が終わったら、少し・・・話がある。」

      「話?」

      「ああ。」


      ま、まさか手直しのことがバレたんじゃ・・・!

      リオンの顔をちらりと横目で見てみるが、いつもと変わらないように見える。

      お説教は2日前に聞いたばかりだし、一体なんだろう。


      (まぁいいか・・・怒ってるわけじゃなさそうだし。)


      とりあえず仕事が終わってから考えることにしよう。











      「・・・来た、かも。」



      はどんな小さな音も聞き逃さない。

      周りが静かであれば、よりはっきりと耳に入ってくる。


      「どこから来る?」

      「バラけている。中央の窓から2人。左右に1人ずつ。後ろに3人。」

      「フン、甘く見られたものだな。」

      「本当に。」


      リオンはシャルティエを鞘から抜いて構えた。

      同じくも刀を抜く。

      まず、中央の扉が突破された

      に前方を任せ、リオンの方は後方からの敵に集中する。

      盗賊達は、こちらが二人だけだということで油断しているようだ。

      しばらくすると、左右の窓から更に二人が侵入。


      兵士達には盗賊に気付かれないよう屋敷の周りを固めておくように言ってある。

      万が一、ここから逃がしたとしても一人や二人ぐらいは捕獲できるだろう。

      まぁ逃がす気は全くないが。


      殺してしまってはマズイので、は刀を返した。

      この程度の盗賊ならば、手加減すれば丁度ぐらいだ。


      「とりあえず人数を減らすか・・・。」


      敵が持っている剣を叩き落し、隙が生じたところへ鳩尾へ一撃を入れる。

      相手の武器を遠くへ蹴ることも忘れない。

      一人、二人と人数を減らしているうちに、後方の窓から仲間の三人が侵入。


      「ストーンブラスト!」


      リオンはあらかじめチャージしておいた晶術を、盗賊達へ放つ。

      彼らが怯んだところを華麗な剣撃をお見舞いすると

      驚くほどあっさりと盗賊たちは捕獲された。


      「これだけって事はないだろう・・・外に仲間がいるのかな。」


      リオンは捕獲した盗賊に歩み寄り、剣の切っ先を首に向ける。


      「お仲間はどうした?言えば命だけは助けてやる。」

      「・・・ぐぅっ・・・。」

      「自白剤でもあればいいんだけれど。」



      「あ・・・!て、てめぇは・!」



      手で顎をなでながら歩いてきた彼女の顔を見て一人の盗賊が叫んだ。

      名前を呼ばれたは、相手の顔をまじまじと見てみる。

      そういえば、どこかで見た顔のような気が。


      「あー・・・前にコテンパンにしてあげた盗賊団ね・・・。」

      「知っているのか?」

      「便利屋やってた時にやたらとちょっかい出してきてたお馬鹿さん達。」


      あまりにも鬱陶しいので壊滅状態にまで追いつめてやった。


      「てめぇがセインガルドの犬になってやがるとはな!」

      「はぁ。」



      「俺達とそう変わらないことをしていたてめぇが王国の剣士か!

       てめぇだって依頼されりゃホイホイなんでも引き受け



      辺りに鈍い音が響き渡る。

      言い終わる前に、彼は凄い勢いで吹っ飛ばされていた。


      「・・・リ、リオン?」


      この小さな身体のどこに、大男を蹴り飛ばす力があるのか。

      意外に力は強いのかもしれない。

      ・・・などと全く違うことを考えてしまった。


      は驚いた表情でリオンを見つめる。




      ――もしかして、怒ってくれたのだろうか。




      「か、勘違いするな。僕はただこういう人間が嫌いなだけだ。」


      ふいっとそっぽを向いているが、頬が少し赤い。


      「君がそのつもりでも私は十分だ。」

      「ふん、勝手にそう思っていろ。」

      「そうするよ。」


      そう言って笑っていると、シャルティエも一緒に笑っていた。

      勿論、後でリオンに怒られていたが。



      侵入してきた盗賊達から仲間の情報を聞き出し、リオン一人が

      屋敷の外を捜索する。

      盗賊の話によると、仲間は全部で8人。

      盗んできた金品を持って、ある場所で合流する予定だったらしい。

      だが、そのある場所という地点まで来てはみたのだが

      生憎と既に逃げた後だったようだ。


      「・・・もう少し探して見つからなければ戻るぞ。」


      残りはあと2人。

      逃げ道は既に封鎖されているので、まだ近くに潜んでいるはずだ。








      はというと、少数の兵士と共に屋敷に残っていた。

      外に探しに行かせておいて、その隙に金品を奪われるという恐れもあったからだ。

      先程と同じように、兵士を屋敷の外に配備し本人と兵士の二人は

      宝石等が飾られている部屋で待機している。


      窓のガラスは割られているが、床にも外にも破片が散らばっているため

      誰かが近づけばすぐに分かる。


      「さて、どこから来るか・・・早めに来てもらわないと困るのだけど。」


      ただいまの時刻は午後10時半過ぎ。

      早く帰らないと、マリアンの誕生日を祝うことが出来ない。

      ティーセットを売っているお店は0時までしか営業していないし。


      と、その時。

      の耳に誰かがこちらに走ってくる足音が聞こえてきた。


      「・・・君達、用心して。足音が聞こえる。」

      「は、はい。」

      「どうやら一人だけのようだね・・・。」


      が刀を抜いたと同時に、割られた窓から一人の男が浸入してくる。


      「お仲間ならもう皆捕まったよ。観念したら?」

      「うるさいっ!」


      男は力任せに剣を振るっている。

      女であるなら力で勝てると思っているのだろう。

      だが、彼女はそんなに甘くはない。

      今まで、自分を女だと思って甘くみている男と何度も戦った。

      戦いに慣れていない時は、命からがら逃げ出したこともあったが今は違う。


      男はやたらと乱暴に襲いかかってくるため、隙だらけだ。

      絶好の機会が訪れるのを彼女は待っている。


      だから気付くことが出来なかった。


      窓の外に人影があることを。







      今まで凄い勢いで襲ってきていた男がある一定の線までを追いつめると

      驚くほどアッサリと身を引く。

      キリリ、という音がの耳に届く頃にはもう遅かった。


      「しまった・・・!」


      肩に激痛が走る。

      窓の外に待機していたもう一人の男が、矢を放ったのだ。


      「勢子か!」


      獲物を狩人の方へ導く役目の人を勢子と呼ぶ。

      はその罠にまんまとかかってしまったわけだ。

      利き腕の肩をやられてしまったため、彼女は仕方なく刀を

      右手に持ち替えた。

      動くたびに肩が痛むのだが、今ここで倒れてしまうわけにはいかない。

      兵士達に外の男を任せ、彼女は今目の前にいる男に集中する。


      「・・・こんな事ぐらいで勝ったと思うな。」


      人は自らの勝利を確信したとき、一瞬の隙が生じる。

      はその油断を見逃さなかった。

      素早く相手の懐に入ると、刀の柄で思いっきり鳩尾を打ってから頭を殴打。

      男はドサリと倒れ、そのまま気を失った。

      窓の外では、丁度弓を持った男が兵士達に連行されていく。


      「やっと終わったか・・・。」


      一息つくと、急に肩の傷が痛み出した。


      「・・・痛っ・・・結構深いかも・・・。」


      は刺さった矢を引きぬく。

      別室で待機している医療班のところで、治療してもらうことにしよう。



      だがその前に。










      「君達、頼みがあるんだけど。」








      は参戦していた兵士達に声をかける。


      「私が負傷したこと、くれぐれも内密にな。」

      「えっ?し、しかし・・・!」

      「特にリオンには絶対に言うな。・・・頼む。」


      兵士達はしばらく唖然としていたが、やがて渋々ながら了承した。



















      「おい、終わったのか?」

      「うわぉっ!」


      突然後ろから声をかけられ、は文字通り飛び跳ねた。

      まずい、リオンだ。

      痛みのせいで、足音を聞き逃してしまったらしい。

      は近くにあったマントを肩に羽織り、出来るだけ平静を装って

      リオンの方へ身体を向ける。


      「・・・リオン・・・こっちは見てのとおり終了したよ。」

      「そうか。ならさっさと帰るぞ。」

      『・・・血!、怪我したのかい!?』

      「なに?」


      顔についている血を見て、シャルティエが心配そうな声を上げた。

      肩口の傷は隠せても、顔の方は隠せない。


      「ああいやこれは返り血だよ返り血。」

      『返り血・・・?』

      「そーだよ。私が傷を負うわけないでしょーが。」

      「ふん、怪我をした人間がこんなにヘラヘラ笑っていられるか。」

      『それは・・・そうですけど・・・。』

      「仕事が終わったのならさっさと帰るぞ。」


      どうも納得がいかないシャルティエだったが、リオンに言われてしまっては

      もう何も言うことが出来ない。

      は我ながらいい言い訳が出来たな、と胸を撫で下ろした。


      「あー先に帰っててくれる?私は寄るところがあるから。」

      「寄るところ?」

      「・・・買うものがあるんで。」


      その一言で、リオンは合点がいった。


      「急がないと間に合わないぞ。」

      「わかってるって。」


      はっきり言って、肩がすごく痛む。

      この痛みでここまで平静を装っていられる自分に拍手を送ってやりたい。

      はそろそろ限界だった。


      「なら僕は先に帰るからな。・・・今日中に渡さないと。」


      そう言うとリオンは屋敷を出ていった。

      どうやら彼はマリアンのことで頭が一杯だったらしく

      の様子に何も気付くことはなかったようだ。


      ただ、シャルティエは釈然としなかったようだが。


      リオンの足音が十分遠ざかったのを確認すると、彼女は

      早足で医療班のところへ急ぐ。



      一瞬、目の前がぐらついた。



      「・・・ちっ・・・。」



      壁に手をついて、は何とか目をこじ開ける。

      早く贈り物を買って帰らなければ。




      今、を支えているのは、ただそれだけだった。








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      何やらリオン夢というよりもシャル夢?
      なかなか口調が掴めんです。