今日はマリアンの誕生日――――。
と言っても、もう既に0時前。
リオンが屋敷に戻ってくると、まだ起きていたメイド達が
口々に定番の挨拶を並べていった。
奥の方に静かに立っているマリアンの姿を見つけると
後で部屋に来るよう目配せをする。
リオンは部屋の前まで来ると、ふと後ろを振り返ってみる。
『坊ちゃん?』
「あ、いや・・・何でもない。」
のことが気になるのだろうとシャルティエは察したのだが
敢えて口には出さなかった。
自分のマスターであるこの少年は本当に素直ではないのだ。
リオンは扉を開けて手に取った髪飾りを眺めながら、マリアンが来るのを待った。
喜んでくれるだろうか。
全くの素人が作ったこのいびつな形をした髪飾りを。
『大丈夫ですよ坊ちゃん。きっと喜んでくれます。』
「そう・・・だろうか・・・。」
『こういうのは気持ちが大事なんですよ!あの人はそれを無視するような人で
ないことぐらい、坊ちゃんが一番知っているでしょう?』
「・・・そう、だな・・・。」
リオンが少しホッとしたような表情になると、シャルティエもどこかホッとする。
だがシャルティエは、それよりものことが気になっていた。
どう考えてもあの態度はおかしい。
普段よく話していたシャルティエだから、の変化がよくわかる。
言動もどこかおかしかったし、顔色も悪かった。
「リオン様?いらっしゃいますか?マリアンです。」
「あ、ああ。入ってくれ。」
咄嗟にリオンは髪飾りを後ろに隠してしまった。
マリアンが部屋に入ってくると、リオンの緊張はさらに高まる。
「どうしたのエミリオ?」
「あ・・・その、これを、マリアンに・・・渡したくて・・・。」
「え?」
リオンは恐る恐る隠していた髪飾りをマリアンに渡した。
「まぁ、とても素敵な髪飾りね・・・もしかしてエミリオが作ったの?」
「あ、ああ・・・でも、あんまり形が綺麗に出来なかったんだ・・・。」
「そんなことないわ。一生懸命作ってくれたんでしょう?私はそれだけで十分よ。」
「・・・良かった。・・・誕生日おめでとうマリアン。」
「ありがとうエミリオ。」
マリアンにそう言われて、嬉しいはずなのに。
その理由はわかっていた。
「その・・・に手伝ってもらったんだ。」
「まあ、そうなの?嬉しいわ。と仲良くなったのね。」
「べっ、別に仲が良くなんかないよ!あいつがたまたま本を持ってて・・・それで。」
「・・・そういえばは?まだ戻っていないの?」
「ああ。寄るところがあるそうだ。」
「でも・・・もう0時を過ぎているし・・・心配だわ。」
マリアンが玄関まで迎えに行こうと扉を開けようとしたとき
コンコンとノックする音が静かに聞こえた。
「・・・あ、やっぱりここにいた。」
マリアンが扉を開けると、何食わぬ顔でが立っていた。
右手に大きな袋を持って。
「遅いぞ。もう0時はとっくに過ぎて・・・。」
「いいのよ。私は誕生日を祝ってもらえるだけで嬉しいのだから・・・。」
誕生日プレゼントを渡せたことに、はホッとする。
急いで傷の手当てを済ませ、なんとかプレゼントを買うことが出来た。
だが思った以上に傷は深く今は立っているだけでもかなり辛い。
「・・・もう遅いし、私は部屋に戻るよ。んじゃ。」
「おやすみなさい。」
「おやすみー。」
「明日は非番だからと言っていつまでも寝ているなよ。」
「わかってますよー。」
『・・・坊ちゃん、お願いがあるんですけどいいですか?』
普段、マリアンがいる場では話すことのないシャルティエに
リオンは少し驚いた。
「なんだ?」
出来るだけ声を潜めてシャルティエに話しかける。
『と話がしたいんです。』
「・・・あいつと?」
『ええ・・・お願いします坊ちゃん。』
シャルティエがリオンにお願いをするのは珍しい。
普段なら他人に貸すことなど言語道断なのだが、今日は少し気分が良かったので
リオンはシャルティエをに手渡した。
「・・・・。」
シャルティエを渡すとき、リオンは何か違和感を感じた。
それが何なのかはわからないが、何かが違う。
だが特に気にすることでもないと思い、何も言わなかった。
はどこか渋々ながらシャルティエを受け取ると自分の部屋へ戻る。
パタン、と部屋の扉を閉めはシャルティエを抜いた。
「リオンが君を私に貸すだなんて珍しいね。」
『露骨に話を逸らさないでくれる?・・・僕が言いたいことわかってるよね。』
「な、何の事かね。」
『とぼけても無駄だよ。左肩、怪我してるんだろう?』
「けけっけ怪我なんでしてないよ。」
『じゃあ今ここで上着脱げるの?』
「うっ・・・。」
注意深くを見ていると、彼女が利き腕を一切使っていないことに気がついた。
手を振るときも、袋を持っている手も、そしてシャルティエを受け取る時の手も。
「・・・シャルティエには隠し事できないねぇ。」
『当たり前だよ。・・・けどどうして言わなかったのさ?』
「役立たずだと思われたくなかったし・・・それに・・・。」
『それに?』
「リオンが気にするでしょ。」
あいつ変なところで優しいし、と付け加えておく。
後々、嫌味を言われることも勿論嫌だったのだが
この怪我でリオンに気を遣われるのが嫌だというのが一番の理由だ。
他者から見れば、彼が誰かに気を遣うことなど皆無だと思われがちだが
本当はそうではない。
マリアンにはとても穏やかな表情で接しているし、にも時々優しいときもある。
本人は素直に認めたくはないようだが。
「私はね、ゆっくりと待ちたいんだ。リオンが私に心を開いてくれることを。」
『・・・。』
この人なら大丈夫だ。
シャルティエはそう確信した。
彼女ならきっと、我がマスターを受け入れてくれる。
『・・・ありがとう。』
「な、何?何が?」
まさか礼を言われるとは思っていなかったので、は素で驚いた。
そして翌日。
は朝早くから傷によく効く薬を探しに街へと出ていた。
医療班の者からは、くれぐれも安静にと言われたのだが
仕事柄そういうわけにもいかない。
今は鎮静剤を打ってあるため、さほど痛みはないが
急な仕事でも入ってしまえば大変だ。
しばらく歩きまわってみたのだが、いい薬は見つからなかった。
「・・・レモングミがあればいいんだけど・・・。」
とりあえずないよりはマシなのでアップルグミを買いこんでおこう。
は買い物を済ませると屋敷へと戻り、コッソリと医務室へと入る。
「様・・・あれほど安静にと・・・!」
「いや、じっとしてても痛いんで鎮静剤を貰おうと思いまして。」
医者はのお願いにあからさまに渋い顔をした。
だが彼女の仕事のことを考えると、医者は諦めたのか
鎮静剤をに手渡す。
ふぅ、と彼女が気を抜いたとき、廊下の方からドタドタという
うるさい足音が聞こえてくる。
「様!どちらに・・・!」
「はいはいここにいますよ。」
は医務室の扉を開けて、やけに慌てている使いに近寄った。
「何かあったの?」
「はい。ハーメンツの村に盗賊が潜伏しているとの情報が入りました。」
「リオンは?」
「先に出発されました。」
「ちょっとぐらい待っててくれてもいいのに・・・。ありがとう、すぐに向かう。」
遅れてしまったらまたどんな嫌味を言われるか。
は急いでハーメンツへ向かった。
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これでやっとスタート地点。
キャラが増えると書くの難しいですなー・・・。