カルビオラに到着しても、空気はどこか凍っている。

      こんな空気で戦えるのだろうか、とはこの先を心配していた。

      リオンとルーティはまだどこか機嫌が悪そうだし。

      フィリアはその二人にちょっと怯えているようだし。

      マリーはチェリクを出てから考え事が増えてしまったようだし。

      スタンはと言えばルーティに話しかけるたびに怒られているし。



      クレメンテに聞いてはみたものの、



      『若気の至りじゃ。』



      とか言って意味がわからないし。

      は頭を抱えたくなったが、そうもしていられない。

      早く神の眼を取り戻して、こんな空気とはおさらばしてやる、と

      静かに心に誓う。


      「・・・ん?」

      「どうかした?」


      一人何のオーラも纏っていないスタンが反応した。


      「いや、なんか声が・・・ね。」

      「声?」

      「街の外だと思うんだけど・・・。」

      「あ、ちょっと待てよ、どこ行くんだよ!」


      声のする方へ歩いていくをスタンが追いかけていく。

      そしてその後ろからルーティ達と、相変わらず不機嫌な顔のリオンも続いた。


      壁の外側を歩いていくと、遠くから何やら気合の入った声が聞こえてくる。

      それと、モンスターらしき鳴き声も。


      「・・・こ、子供?」

      「モンスターに襲われてる!助けないと!」

      「わ、ちょっとスタン!」


      スタンは凄いスピードで子供のところまで駆けていった。


      「全く・・・あの馬鹿が。」

      「スタンのいいところでもあるんだけどねぇ。」

      「・・・お前、ああいうのが

      「ほら、さっさと片付けて神殿へ行かないと。」


      リオンの言葉を遮りは刀を抜いてモンスターを一掃しにかかった。

      二人が戦っているのを眺めながら、リオンは自分が

      嫌な気分になっていくのを感じる。

      どうしてこんな気分になるのか、彼は全く理解出来ない。

      スタン達が自分の立場を考えていないから、こんなに腹が立つんだ

      ただ、それだけだ・・・と、彼はそう言い聞かせる。




      「あんなの俺一人でも倒せたんだからな!余計なことするなばかー!」


      そうこう考えているうちに、スタン達に助けてもらった少年は

      どこかへ走り去っていってしまった。


      「まぁ・・・どうされたのでしょう・・・。」

      「プライド傷つけられたんじゃないの?」

      「そうなのですか?」

      「あ、あたしに聞かないでよそんなこと。」




      「ああっ!」




      突然、が泣きそうな声を上げた。


      「どう

      『どうしたの!?』


      またもやリオンの言葉はシャルティエに遮られてしまう。

      完全にタイミングの神に見放されてしまったリオンはもう

      黙っていようと思った。


      「さっきのモンスター斬ったら刃がぬめぬめして・・・。」

      「あれ、ディムロスは何ともないけど。」

      『晶術の炎をまとっていたからな。』

      「あ、そうか。」


      刃に触れてみると、ねばーっとした液がの指に絡みつく。


      「馬鹿!無闇に触るんじゃない!」

      「ぅわっ。」


      リオンが怒ったようにの手にパナシーアボトルをぶっかけた。


      「モンスターの体液は強い酸で出来ているものもあるんだ!気をつけろ!」

      「ご、ごめん・・・。」


      は驚いた顔で、リオンの顔を凝視する。

      いつもの偉そうな表情ではなくて、心配げな、悲しそうな色。

      どうしてそんな目をしているのだろう、とは疑問に思った。

      自分を心配するだけなら、こんな悲しげな表情になることはないだろうに。

      というか、リオンに心配されたこともないのだが。

      だがどちらにしろ、彼のこういう顔は珍しいことだが見るのは少々辛い。

      この様子では肩の傷のことは絶対に悟られてはいけないようだ。


      「ごめん、心配かけて。」

      「・・・・・。」

      「リオン?」

      「あ、ああ・・・気をつけるんだな。」


      ずっとの手を掴んでいたことに気付き、リオンは慌てたように

      パッと手を離した。

      何もなかったかのように神殿の方へ歩いていくリオンを見て

      おかしい、絶対におかしいとは訝しげな顔で彼の方へ近寄る。


      「なに苛ついてんの。」

      「・・・ガキのお守はうんざりだと思ってな。」

      「それは半分だな。もう半分は何だ?」

      「知らん。」

      「知らんて君・・・。」

      「知らないと言っているだろう。」


      リオンの言葉に嘘はなかった。

      本人でさえ、どうしてこんなに苛々するのかわからないのだから

      こう答えるしかない。








      ストレイライズ神殿へ浸入するため夜を待つ。

      昼間に神殿で出迎えてくれた神官たちがどうも怪しいということで

      十中八九ここに神の眼とグレバムがいると考えていいだろう。

      司祭であるフィリアが神殿に泊めてもらえることになったので

      こっそりと裏口の鍵を開けてくれるそうだ。


      そういうわけで夜までの間は自由行動ということになった。



      スタン達は宿で夜までゆっくり身体を休めている。

      例のごとくルーティはガルドを数え、マリーは待合室にある本を読んで

      そしてリオンはシャルティエの手入れをしていた。


      『どうしたんですか坊ちゃん?さっきから同じとこ磨いてますよ。』

      「・・・別に。」


      そう言いつつも彼はまだ同じところを磨いている。

      どうやら耳に入っていないようだ。


      『あ・・・そういえばさっきが武器屋に行くって言ってましたね。』

      「それがどうしたんだ。」

      『刀を研いでもらうとかどうとか・・・。でもこの街で相手にしてもら


      シャルティエが言い終わる前にリオンは席を立つ。

      怒らせてしまったか?とシャルティエは少し心配になったが

      リオンが何も言わないところを見ると、どうやらそうではないらしい。


      宿を出ると、彼は真っ直ぐに武器屋のある方向へと足を向ける。

      素直じゃないんだから、とシャルティエは人知れず溜息をついた。












      武器屋に入ると、リオンはの姿を探す。

      だが、店主以外には誰も人が見当たらなかった。


      「おい、ここに他国の女が来なかったか?」

      「他国・・・ああ、もしかしてあの子の知り合いか?」

      「多分そいつだ。どこにいる?」

      「あの子なら裏で息子の遊び相手をしてもらってる。

       ・・・アンタも、息子を助けてくれてありがとよ。」


      「・・・・?」




















      裏へまわると片手で少年の相手をしているの姿があった。

      リオンは少年の姿を見て、先ほどの店主の言葉にようやく納得する。

      昼間、モンスターに囲まれていた少年だ。


      「息が上がってるけど、そろそろ止めとく?」

      「まだやる!」

      「ハイハイ。」

      「必殺トッシュー斬り!」

      「必殺トッシュー斬りかわし!」


      馬鹿馬鹿しいとは思ったのだが、リオンは何故かそこから動くことが

      出来なかった。

      子供と遊んでいる彼女の姿が何故か眩しくて。

      だけど目を背けようにもそれも出来なくて。



      しばらくそうしていると、ふとと目が合った。



      「・・・どうしたのリオン。そんなとこでボーっと突っ立って。」



      ヘトヘトになって座りこんだトッシューの横をが

      少し息をきらせながらリオンの方へ近づいてくる。


      「た、ただ姿が見えなかったから呼びに来ただけだ。」

      「ああそうなの。最初はここに来ても門前払いだったんだけど

       そこのトッシューが親父さんを説得してくれてさ。今研いでもらってるんだ。」


      店主は息子のトッシューを助けてくれたお礼にお代はいらないと

      言っていたのだが、さすがにそれでは悪いと思い

      こうやってトッシューの相手をしていたというわけだ。


      「それと・・・気になることがあるんだけど。」


      はスッと視線をストレイライズ神殿の方へ向ける。


      「裏口に見張りが出現した。あれじゃあ浸入出来ないよ。」


      神殿の裏口には2人の神官が立っている。

      あの様子ではフィリアも動くことは出来ないだろう。


      「あちらも相当警戒しているようだな・・・戻って対策を練るぞ。」

      「そうだね。」







      「見張りがいなくなる時間なら知ってるけど。」






      いつのまにやらの隣に立っていたトッシューから

      意外な言葉が飛び出した。

      彼の顔はちょっと得意げだ。


      「あの裏口ここから見えるしさー、ここから確認して浸入すればいいじゃん。」

      「でも・・・それじゃあ君達に・・・。」

      「大丈夫だって!余所者が勝手にやったことだって言えばいいんだしさ。」


      いやそれはそれでどうかと思うが。


      「お言葉に甘えるとしよう。僕達には時間がないんだ。」

      「・・・わかった。」


      このまま手をこまねいていても仕方がないので、は渋々承諾した。








      宿で休んでいるスタン達を呼んで、見張りがいなくなる時間を待つ。

      の刀もすっかり直り、斬れ味も鋭くなっているようだった。


      「じゃあ、ありがとうございます店主さん。俺達行きますね。」

      「おう、なんだか知らんが頑張れよ。」


      見張りが交代のため、一旦中へ入っていくのを確認すると

      スタンを先頭に神殿へと侵入していく。

      そして最後に残されたリオンとが行こうとすると

      トッシューがぎゅっとにしがみついた。


      「・・・トッシュー?」


      が優しく問いかけても、トッシューはただ手に力を込めるばかりだ。

      ふわりと彼女がトッシューの頭を撫でると、ほんの小さな声で







      「・・・また、来いよ。」








      その言葉に、がにっこり微笑むとトッシューは嬉しそうに頷いた。



















      まだ神殿内へ入っていないのは、リオンとのみ。

      思わぬ事態に、リオンの機嫌は当然のごとく悪くなっていた。


      「・・・ガキのお守はうんざりだ。」

      「全く君はガキガキって・・・。」


      周りに響かない程度の声で言い合うのも大変だ。


      「僕は子供が嫌いなんだ。ただ気楽に我侭に過ごしていればいいだけだからな。」


      自分が今まで子供らしい扱いを受けてこなかったためだろうか。

      自分はあんな風に甘えることが出来ないから子供が嫌いなんだろうか。


      リオンの頭の中に、色んな考えが浮かんできたのだが

      どれも青臭い言い訳のようで滑稽に思えたので途中で考えるのを止めた。






      「馬鹿だなー。子供は子供なりに考える。」






      そんなリオンの言葉に苦笑しながらも、ははっきりと言った。


      「こうすれば好きになってもらえる、ああすれば嫌われる・・・だとかね。」

      「単純だな。」


      リオンは鼻で笑う。

      だがはまだ続けた。


      「単純だけど、子供はこれまた単純明快な答えを出すよ。でもそれでいいと思う。」

      「・・・・・。」



      「答えに余計なものをつけたがるのは・・・大人だけだ。」



      好きになってもらったらあれをああしよう、そうすればもれなく

      こんな事がついてくる、嫌われたらあの人との繋がりは切れる・・・。

      大人の答えは純粋なものではなく、何か別の余計なものが付加されるものだ。

      だが、子供にはそれがない。

      ただ純粋にこうしたいああしたい、だがそれが必ずしも良いこととは限らないが。


      「リオンだって、誰かに好きになってもらえたら悪い気はしないでしょ。」

      「・・・・・。」


      リオンは肯定も否定もしなかった。

      確かに悪い気はしないが、自分が良く思っていない人間に好かれても

      嬉しくはない。

      想われると嬉しい、と素直に言えるのはマリアンただ一人。


      ―――のはずだ。





      『って意外に大人だよね。』

      「ちょっとシャルティエ。それどういう意味?」

      『別に悪い意味で言ったわけじゃなくてさ。良い意味でとってよ。』

      「褒められてんのか、貶されてんのか・・・。」


      何とも複雑な笑みを浮かべるしか出来ないだった。










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      ・・・ラブコメ・・・?