「チィッ、一足遅かったか・・・。」



      大聖堂へ辿りついたものの、神の眼は既に持ち去られた後だった。

      勿論、持ち去ったのはグレバム。

      彼は神の眼を使い、世界を手中に収めるつもりらしい。


      「何ともまぁ、捻りのない頭だねぇ。」


      グレバムは輸送船をモンスターに襲わせ、命の源であるレンズを奪い取っている。

      となれば、次に向かう場所は輸送船が襲われてほとほと困り果てている

      イレーヌがいるノイシュタットだ。


      スタン達は、チェリクの港からノイシュタット行きの船に乗った。













      ノイシュタットに到着すると、は何か違和感を感じた。

      表向きは、とても発展した住みやすい街に見えるが

      ふと入り組んだ道を入っていくと、そこは貧しい暮らしを強いられている

      人々で溢れかえっていた。

      だが表通りに出てみれば、豊かな暮らしをしている人々の姿。


      「ちょっとスタン!あんまりキョロキョロするんじゃないわよ!あたし達まで

       田舎者だと思われちゃうじゃない!」

      「田舎田舎って言うなよ!俺はただ珍しいものがたくさんあるなってだけで・・・。」

      「それを田舎者って言うのよ!」

      「うるさいぞお前達!さっさと歩け!」


      「ああまた始まった・・・。」


      こうなってしまったら、電撃を食らうまで止まらないのだ。

      フィリアも既に無駄だと悟ったらしく、スタン達を止めようとはしない。


      「・・・ちょっと、何よあれ。」

      「え?」


      イレーヌ邸へと向かう途中、ルーティは何やら道の真ん中で

      騒いでいる子供たちに気がついた。







      「違うよぉお姉さま、こいつはお坊ちゃまじゃなくてみなしごなんだよ。

       お母様が言ってたけど、こいつら親がいなくてお金持ちの奥様に引き取られたんだ。」

      「あ、そういえばそうだっけ?どうりで私達と違うわけだわ。

       あんたの姉さん毎日泥だらけで働いてるんですってね。きったなーい!」





      プチ





      隣からものすごい音がしたので、スタンは思わず後退り。


      「あんのガキ・・・っ!」


      ルーティは物凄いスピードで子供達のところへ走っていくと

      こまっしゃくれた子供達にビンタを食らわせた。


      「・・・あのヒス女。」

      「まぁそう言うな。」


      ハッとして、リオンはの顔を見遣った。

      いつもと違う声に、いつもと違う顔。

      どうしたんだと訪ねる前に、シャルティエがリオンを制止する。


      『ほら、も親がいないから・・・。』

      「・・・・・・。」


      ルーティが一喝すると、子供達は走って逃げていった。

      残った男の子も、小さく頭を下げると急ぎ足で帰っていく。


      もしかしたら、ルーティも孤児なんだろうか、と

      ふとの頭に浮かんだ。


      誰もが動けないこの空気の中、スタンだけはごく自然にルーティへと歩み寄る。


      「行こう、ルーティ。」

      「わかってるわよ。」


      やはり不機嫌そうなルーティに、スタンは苦笑する。

      だがいつもと違うのは、どこか照れくさそうな表情だったことだ。















      「あら、リオン君じゃない。どうしたの?」


      イレーヌ邸へ向かおうとすると、上の方から女性の声が届く。

      上を見上げてみると、柔らかな笑みを浮かべた女性が階段を下りてくるところだった。


      「イレーヌか。久しぶりだな。」

      「ええ・・・、あら、もしかするとそちらの女の子がさん?」

      「初めまして、・です。」

      「こちらこそ初めまして、イレーヌ・レンブラントよ。それで、後ろの方々は?」





      一通り自己紹介が終わると、リオンは本題に入った。





      「輸送船が襲われて大変らしいな。」

      「そうなのよ。もう困っちゃってね・・・色々手を尽くしてはいるのだけど。」


      あちらの方が一枚上手らしく、捕獲しようにも出来ないらしい。


      「僕達が囮になって海賊どもを誘い出す。そこを一網打尽だ。」

      「言うのは簡単だけど・・・相手もかなりの手練れよ。」

      「親玉だけ捕らえればいい。後はどうにでもなる。」


      リオンは自分の意見を変える気は全くないらしい。

      先に折れたのは、勿論イレーヌだった。


      「わかったわ、でもくれぐれも無理しないでちょうだい。ヒューゴ様に

       怒られるのは私なんだから・・・。」

      「大丈夫だ。こいつらも少しは役に立つからな。」

      「それじゃあ、船を用意するから屋敷で準備しておいて。」

      「ああ。」


      そう言うと、イレーヌはそのまま港の方へ向かう。

      それを見送ると、は少し真剣な表情でリオンに向き直る。


      「・・・リオン、悪いけど・・・今回はちょっと抜けさせてもらえないか。」

      「何だと?」

      「なに?どうしたのよ。」

      「ちょっと、ね・・・調べたいことがあって。君達が帰ってくるまでには終わらせるから。」


      リオンはしばらく考えたが、やがて渋々ながら了承した。


      「・・・じゃあ。」


      船を見送ることもなく、は街の中へと消えていく。


      何故かリオンはその背中から目を離すことが出来ない。



      『心配なんですか?』

      「いや、そういうわけじゃない・・・が。」


      『こんな風に離れるのは初めてですからねー。』

      「・・・何が言いたい。」

      『はいはいもう黙りますよ。』



      「・・・寂しくなんかないぞ、僕は。」




























      リオン達と別れて数時間、は俗にスラム街と呼ばれる地域に来ていた。

      今回彼らと離れたのは、どうしても調べたいことがあったから。



      それは、ヒューゴという男の実態。



      (ただの杞憂であればいいんだけど・・・。)



      何故見ず知らずの自分が客員剣士などという役職に着けたのか。

      ヒューゴについては、何故という気持ちしか浮かんでこない。


      だが、どうしてもあの男は信用出来ないということだけが

      警告音のように響き渡る。




      はどんどんとスラムの奥へと入り込んでいく。

      大抵こういう場所には情報に詳しい人物が一人はいるはずだ。


      だが、それと同時に危険度は増していくもの。


      奥へ進むにつれて、数人の男達が彼女を囲む。



      「丁度いい、この辺で一番の情報屋はどこにいる?」



      さほど慌てもせずに、彼女は男達を見据える。


      「情報屋?あんたみたいなお嬢さんが一体何の用だい?恋人の浮気調査だとか?」


      男達の中にいるリーダーらしき男がそう言うと、取り巻きたちは一斉に笑い始めた。

      ふぅ、とは軽くため息を吐く。

      どうやらただのゴロツキらしい。

      何も知らない人間を相手にしても時間の無駄だ。

      興味を失ったは、男達に背を向け奥へと歩いていく。


      「おっと、ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ。おとなしく帰んな。」

      「・・・どうすれば入れるんだい。」

      「そうだな、俺達にちょっとサービスでもしてくれれば考えてやってもいいが。」


      の顔に男の手が伸びたかと思うと、彼の視界は一瞬で反転した。


      「サービスね・・・悪いけど、頭の悪い男は嫌いでね。」


      男の身体は、大きな音を立てて地面に叩きつけられる。

      それを合図に取り巻きたちの怒声が響き渡り、場は騒然となった。


      「事を荒立てるつもりはなかったのだけど・・・仕方ない、か。」


      は鞘に収めたままの刀を振るう。

      セインガルドの剣士になってからは、命令がある時以外の殺生を控えている。


      出来ることなら、奪わない事が望ましいが――――。


      一通り彼らを動けなくすると、奥から一人の老人が姿を現した。

      表向きは、浮浪者のような格好をしているが、彼の目は裏の世界で生きるに

      ふさわしい鋭い光を放っている。


      「姿が見えないと思ったら、こんなところにいたのか爺さん。」

      「お前さんこそ・・・いつアクアヴェイルからこちらへ?」


      彼はが便利屋をしていた頃からよく利用する情報屋の一人だ。

      突然、姿が見えなくなったと思ったら、こんな場所にまで

      足を広げていたらしい。



      「半年ほど前。こっちにはちょっとした出張のつもりだったんだけど・・・。」











      彼女は簡単に今までの経緯を話した。











      「ほぅ・・・お前さんがセインガルドの剣士だとはな・・・。」

      「まぁ成り行きというやつだよ。それより、情報は掴めそうかな?」


      「オベロン社総帥、ヒューゴ・ジルクリストか・・・、調べてみよう。」


      「助かるよ。」





      彼に前金としていくらか渡すと、はスラム街を後にした。


































      イレーヌ邸へ戻ってみると、丁度イレーヌが港から帰ってくるところだったようだ。

      彼女はこちらに気付くと、にっこり笑って手を振ってきた。


      「改めまして・・・よろしくお願いします。」


      「こちらこそ。あなた、えらくリオン君に気に入られたみたいね。」

      「え?」


      思わぬ言葉に、は目を丸くする。


      「だって彼、どこか落ち着きがなかったわよ?自分の隣とか、後ろを気にしていたり。」


      確かに、彼女はいつもリオンの隣にいたり後ろにいたりはしたけれど。

      うーんと悩んでいると、イレーヌは楽しそうに笑った。


      「あなたの事、もっと知りたくなったわ。ちょっとお話しましょう?」

      「え、ええ・・・。」


      いまだ困惑するの手を取って、イレーヌはくすくすと笑いながら歩いていった。











      ――――――それからしばらくして。










      玄関の方で、何か大きな音と人が騒ぐ声が聞こえてくる。

      イレーヌが何事かと思い階下へ降りていくと、首尾よく武装集団の頭を

      捕獲したスタン達がいた。


      「その様子だと、うまくいったみたいね。」

      「おかげさまでな。」

      「ねぇリオン君?ちょっと見せたいものがあるのだけど・・・。」

      「見せたいもの?」


      一体なんだ、とリオンが聞き返す前に、廊下の奥の方からこちらへ

      走ってくる足音が聞こえてくる。



      「イレーヌさん!何なんですかこれは!」



      「まぁ、さんの声ですわ。」

      「なんか慌ててるみたいだけど・・・どうしたんだろう?」


      どたどたどた、という大きな足音に、フィリアとスタンは首を傾げた。


      「いきなりこんなもの着せて何させる気ぅぎゃー!」


      一人の女性がイレーヌの前で立ち止まり、文句を言おうとしたところ

      こちらに気付いたようで、顔面が一瞬で蒼白になる。



      沈黙。



      イレーヌは相変わらずにっこりと笑っていた。


      「あらあら、そんな言葉遣いでは駄目よ。」



      「!?」



      一同が目を丸くして女性の方を見ると、はヒイィと叫んで壁の陰に隠れた。


      「か、かか、帰ってんなら帰ってると言え!」

      「隠れながら言ったって全っ然迫力ないわよ。」


      あまりにも姿を見せようとしないので、痺れを切らしたルーティが

      ずるずるとを引きずり出した。

      彼女はいつもの服と違い、イレーヌが用意した上品な衣服を身にまとっている。

      化粧もしているのか少し白い。

      口さえ開かなければ、どこかの令嬢にも見える・・・かもしれない。


      おー、とスタン達が驚きの声あげる。

      はいろんな意味でちょっと死にたくなった。



      「とても良く似合っていますわさん。」


      (こ、これだから天然は・・・!)


      「似合う似合う。」


      (適当に言ってるだろスタン・・・。)


      「似合う似合う。・・・クッ。」


      (笑った!ルーティ!今笑ったろ!)


      「可愛い女の子みたいに見えるぞ。」


      (みたい!?)



      一通り褒め言葉(?)を有難く頂くと、は恐る恐るリオンの方を見る。



      「・・・・・。」

      「・・・・・。」


      「・・・似合わんな。」



      ポツリと零れたリオンの言葉が沈黙の場に響き渡った。


      「ああホラ、リオンもこう言ってることだし・・・。」


      特に表情を変えることもなく、はうんざりといった顔で

      イレーヌの方へ向き直る。

      ふぅ、と少し残念そうな溜息を吐いたが、イレーヌは黙って頷いた。


      「なら、一緒にお風呂でも入りましょ。ほら、フィリアも来るの!」


      この空気に耐えられなかったのか、ルーティがとフィリアを引っ張って

      浴室へ入っていった。








      「気にするこたないわよ。よく似合ってるから。」


      扉を閉め、開口一番にルーティが笑った。


      「その割には笑ってたように見えたのは気のせいか?」

      「だって突然だったんだからしょーがないでしょ。」


      ほーら脱いだ脱いだー、とてきぱきの服を脱がそうとすると

      ルーティの表情が一変する。


      「・・・ちょっと・・・これ、包帯?」

      「えっ、うわっ、こ、これはその・・・!」


      鎮痛剤を飲んでいたため、肩口の傷のことをすっかり忘れていたらしい。


      「大変!酷い傷ですわ!」

      「フィリア!脱衣所にアトワイトが置いてあるから持ってきて!」

      「は、はい!」


      油断した・・・とは自分の愚かさを呪う。

      これでは今まで傷を隠していたことが水の泡だ。


      「もうアンタって子は・・・!どうして言わなかったのよ!」

      「えーと、一応私の方が年上

      「あたしが言ってんのはそんな事じゃないの!」


      こんな時の冗談は、火に油を注ぐだけだ。

      もっとも、の方は冗談のつもりはなかったのだけど。

      フィリアからアトワイトを受け取り、ルーティが回復晶術の詠唱を始めると

      肩口の傷はスーッと心地よい光に包まれ癒えていった。


      『ここまで放っておくなんて・・・無頓着すぎるわ。』

      「もっと早くに言ってくれればちゃんと治してあげるのに!」


      お風呂に入った後も、ルーティとアトワイトの説教はずっと続いた。


























      「リオン君、さっきのは良くないと思うわ。」



      イレーヌはどこか呆れたような声音だ。


      「・・・何の話だ。」

      「勿論、の服のこと。」


      バティスタを運んでいるスタンとマリーも、それに同意した。

      廊下を歩きながら、リオンは小さく舌打ちする。


      「明らかにショックを受けた顔してたよな。」

      「あいつは表情一つ変えていなかったと思うが。」

      「そうか?俺にはそうは見えなかったけど・・・。」
       


      「女性というのは、女らしくないだとか、可愛い服が似合わないだとか

       そういう言葉はとても傷つくものなのよ?」


      いくら剣術に優れているとはいえ、中身はただの女の子なのだから。


      リオンが何か反論しようとした時、浴室から彼女らの声が聞こえてくる。

      一体何の騒ぎだと言葉にする前に中から、ルーティがを引っ張って

      こちらまでずんずんと歩いてきた。


      「ど、どうしたんだよルーティ?」

      「うるさいわね!あたしはこれからにお説教しなきゃなんないのよ!」


      「まだするの!?」

      「肩の傷を隠してた罰よ!」




      「傷?」




      リオンは目の前を通り過ぎていった彼女らを訝しげな表情で見送る。

      傷を負ったとしても、アトワイトの晶術で治せるのだし

      隠す理由はどこにもないというのに。


      「そういえばよく左肩を押さえていたような・・・。」

      「ああ。だが怪我をした事などなかったし、古傷かと思ったのだが・・・。」


      スタンとマリーが困ったような表情で、バティスタを小部屋の床に下ろす。


      この旅の中で、かすり傷程度なら、たくさんあったようだが

      ルーティがあれ程騒ぐような大きな傷を負ったということはない。




      なら一体何処で――――――?




      『あっ・・・!』




      つい、シャルティエが声を出してしまう。

      しまった、と思う頃にはもう遅い。

      リオンの突き刺すような視線がシャルティエに注がれていた。


      「僕に隠し事とはいい度胸だな。」

      『別に隠していたわけじゃありませんよ。ただ坊ちゃんの耳に入れる必要は

       ないんじゃないかと思っただけなんです。』

      「必要か不必要かは僕が決めることだ。いいから話せ、シャル。」

      『・・・わかりました。』








      ご愁傷様、とシャルティエは心の中で静かに呟いた。





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      ―――――――――――――――――


      オリジナルの話が多いってのはどうなんでしょうか?
      あんまり増やしても鬱陶しいかなぁと思うのですが
      ゲーム通り進んでも面白くないかなーなんて・・・。(笑)