「何故黙っていたんだ、この馬鹿者め。」
部屋に入ってくるなり、リオンは今までにないくらいの不機嫌な顔でそう言った。
はっきり言って怖い。
は今すぐ逃げ出したいという衝動に駆られたが、ルーティとフィリアに
しっかりと囲まれていたので、それも不可能だった。
「傷が悪化しない保障なんてどこにもないのよ。もしあのまま放っておいたら
膿んでたわよ。女の子の身体にそんな傷、良くないに決まってるでしょう!?」
「いやまぁそれは・・・そうだけども。」
「傷が痛んで動けなくなって迷惑するのはこっちなんだ。もう少し自重しろ!」
「・・・な、なんでこういう時だけ仲が良いの君達・・・。」
「「いいから言う事聞け!」」
これまた見事に二人の言葉がハモる。
あまりの迫力に、はただ頷くことしか出来なかった。
はー、と一同が溜息をつくと、ふいにノックの音が鳴る。
扉を閉めたまま、外からマリーの声が聞こえた。
「リオン、バティスタが目を覚ました。」
「すぐ行く。見張っていろ。」
「わかった。」
「バティスタ・・・。」
彼の名を聞いたフィリアが、顔を俯かせる。
「・・・行きましょうフィリア。」
「は、はい・・・。」
これから、バティスタの尋問を行わなければならない。
かつての同僚であった彼が、苦しむ姿など見たくはないのだけど
これも覚悟していたことだ。
手を胸にあてて、フィリアはすぅっと深呼吸する。
彼からグレバムの居所を聞き出さなければ。
どこか決心をした瞳で、彼女は部屋を出た。
「・・・ああホラ、行かないと。」
「・・・・・・・。」
(な、なんですかその沈黙は。)
リオンと二人きりで部屋に取り残されてしまった。
何となく、いや確実に怒っているぞオーラがこれでもかというぐらい伝わって
空気もピリピリして非常に居心地が悪い。
「・・・何故あの時言わなかったんだ。」
「何故って・・・この怪我は私の不注意だったんだし、君を待たせちゃ悪いかなーと。」
「お前、それだけの事で・・・!」
―――――どうして。
どうしてこんなにまで自分の事を案ずるのだろう。
リオンはそれがどうしても理解することが出来なかった。
苛々する。
今目の前にいる人物が一体何を考えているのか、理解出来なくて苛々する。
「あんまり待たせちゃ悪い。ほら、行った方がいいんじゃないの?」
「・・・その前に、答えろ。」
「ん?」
「何故、お前はそこまで僕を大事なように扱うんだ?」
「馬鹿だなー。そのまんまだよ。君を大事に想っているからに決まってるでしょうが。」
リオンの言葉に、は少し驚いて目を見開いたが
すぐに困ったような笑みを浮かべそう即答した。
だが、リオンの方はすべてを拒絶するかのように自嘲気味に笑う。
「僕が大事だと?・・・何を馬鹿な!僕はお前の事なんて大事に思ってなどいない!
それに、人間なんていつかは裏切られるんだ。お前だっていつ僕に裏切られるか・・・!」
冷たいというよりも、どこか悲しそうな表情でそう吐き捨てた。
彼は今まで、一体どんな環境で育ってきたのだろう。
信じれば裏切られる。
幾度もその目で見て体験してきたのだろうか。
(けど、裏切りという言葉が出てくるって事は、一応仲間だと思ってくれてるわけだ。)
何とも思っていない相手に裏切られても、そこに出てくるのは怒りの感情だけ。
「・・・別に私は裏切られることなんて慣れているしぃ。今更君一人に
裏切られるぐらい、どうって事ないんだよねコレが。」
「慣れ・・・?」
「ま、いいんじゃない?私が勝手に大事に想っているだけであって
それを君に強制するわけじゃないんだし。」
「・・・・・・。」
「異存はないようだから、私は行くよ。」
はそう言って小さく息を吐くと、部屋を出ていった。
一人部屋に取り残されたリオンは、まだそこに立ち尽くしている。
彼女が言った言葉がどうしても理解出来なくて、その場から動くことが出来ない。
何故、どうして、という言葉が頭の中でぐるぐる回る。
「シャル、何故あいつは何とも思わないんだ?僕はあいつに優しくした覚えはないし
大事に扱った事も一度もない。なのにどうして・・・。」
どうして無条件に僕を想うことが出来るんだ。
『・・・言っていたじゃないですか。坊ちゃんに裏切られることなんてどうって事ないって。
は裏切りだとか、そういう色んな感情を遥かに超えて・・・坊ちゃんの事を
大事に想っているんですよ、・・・きっと。』
「だからそれがわからないんだ!だけじゃない、スタン達もだ!
どうして僕を仲間だと呼ぶことが出来るんだ・・・!」
マリアン以外の人間を大事だなんて思ってはいけないのに。
マリアン以外の人間なんて要らないのに。
『坊ちゃん・・・。』
これから先、起こるであろう出来事にシャルティエはただ心配気な声を
上げることしか出来なかった。
翌日。
結局、バティスタを尋問してみたもののグレバムの居所を吐くことはなかった。
マリーに着けていたティアラも使用して、何度も電撃を食らうことになっても
グレバムのグの字も出てこない。
とりあえず、このまま夜通し尋問しても無駄だと悟ったリオンは
彼を泳がせることにした。
バティスタに着けたティアラは発信機にもなっており、一度逃がせておけば
その行き先を突き止めることが出来る。
彼が向かった先は――――――。
「まさかこんな形でアクアヴェイルに戻って来るなんてね・・・。」
「あら、さんはアクアヴェイル出身なのですか?」
イレーヌの用意してくれた船の上で、とフィリアは海を眺めていた。
「まぁね。セインガルドとは冷戦状態だから、もう戻れないと思っていたけど。」
アクアヴェイルというのは、複数の領国からなる島国だ。
その昔、セインガルドから分離独立した国で、独自の歴史と文化を築きあげた国。
戻る方法ぐらい実はいくらでもあったりするのだが、さすがにフィリアの前では
そんな事を言えるはずもない。
「フィリア!!降りるぞ!」
甲板の方から、スタンの声が聞こえてくる。
二人が急いで甲板に出ると、皆が船を降りようとしているところだった。
だが、ここはまだ海の上。
上陸するための小船も用意されていない。
「・・・ま、まさか・・・。」
「送れるのはここまでよ。いくらなんでもこんな大きな船を着岸させるわけにはいかないわ。」
イレーヌの言葉に、の顔がサーッと青くなっていく。
「何をぐずぐずしている!さっさと行くぞ!」
「わーかってるわよ。ほら、行くわよ。」
「ええっ、ちょ、ちょっと待ってってば!わぁァっ!」
ルーティに引っ張られ、は海の中へと落ちるように飛び込んだ。
実は、は泳げない。
彼女は咄嗟に、一番近くにある何かを掴む。
「わっ、どうしたんだよ!?」
「ス、スタンか・・・ごめん、ちょっと掴まらせて!」
「まさか泳げないのか?」
「そのまさかです・・・。」
最初こそ驚いたものの、スタンは快く承諾してくれた。
「えーと、じゃあ俺に掴まって。あ、ちょっと荷物が邪魔だけど。」
がスタンに掴まろうとすると、なかなか来ない二人に業を煮やしたリオンとルーティが
こちらへ近づいて来る。
「一体どうしたってのよ?」
「あのさ、が泳げないみたいなんだ。だから俺に掴まってって・・・。」
「なら僕に掴まれ。」
「・・・アンタそんな力あるの?」
「何かの拍子でそのティアラに触れてしまえば、こいつは一発でお陀仏だぞ。」
さらりとルーティの言葉を無視するリオン。
きぃいと何かうなるような声がしたが、もう放っておいた。
スタンはティアラだけでなく、全員分の荷物も持っている。
これにが加わってしまえば、いくら彼といえど支えることは難しい。
「そうしなさいよ。あたしに掴まられても困るしね。」
「・・・わかった。じゃあリオン、お願
「いいからさっさと来い。」
「わっ!」
ぐいっとの腕を引っ張って、リオンは片腕で彼女の身体を支える。
ちょうど抱きすくめられているような形になっていて、少し気恥ずかしい。
「お、泳ぐのだけは苦手で。」
このまま沈黙が続いても余計に気まずいだけなので、は何とか会話を
広げようと必死だ。
「海竜は怖くなかったのか?」
「海の中なんて見たことなかったから、新鮮だっただけ・・・。」
「・・・そうか。」
「物心がついた頃にさ、乗ってた船が転覆したんだ。だーれも助けに来てくれなくて
それから泳ぐのが怖くなった。」
その時の事を思い出したのか、ぎゅっとリオンの服を握る。
そしてリオンも、それに応えるかのように腕に力を込めた。
こんなに小さな肩だったのか、と彼は今更ながら気付く。
このままお互いの体温を感じていたい、何故かそう思った。
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ちょっと接近。