久しぶりに踏んだアクアヴェイルの地。

    一行が流れ着いた海岸は、シデン領から少し離れたところだった。

    とりあえず、濡れた服を乾かして一番近いシデンへ向かう事になる。


    (あー、情けないところを見せてしまった。)


    は無言で前を歩くリオンの背中を眺めながら、小さく息を吐く。

    船に乗ることは別に何ともないが、泳ぐことだけは苦手だった。

    その事は、今まで誰にも話すことなどなかったのだけど。


    先ほどの事があってから、何となくリオンと目が合わせられない。


    あちらは気にしているのか気にしていないのか、サッパリわからないが。



    「ねぇ。今更だけど、家に帰んなくていいわけ?」

    「え?」

    「アンタは元々アクアヴェイルの人間なんでしょ?近くにあるんなら

     とりあえず寄っていけばいいじゃない。」

    「うーん、そうだなー・・・。」



    が住んでいた家は、モリュウ領にある。

    バティスタが向かった先によっては、もしかすると家に寄ることは出来るかもしれないが

    それをリオンが許してくれるかどうか。

    ただでさえ、少し話しにくい空気になっているというのに。


    「まぁいいわ。ただ、帰れる家があるんなら帰った方がいいと思っただけだし。」

    「・・・うん、ありがとうルーティ。」

    「べ、別にお礼なんて言わなくていいわよ。ほら、クソガキがうるさいから

     早く行きましょ!」


    ちょっと照れているルーティに、は口元を綻ばせた。






    シデン領で情報を集めたところ、今モリュウ領を治めているのが

    あのバティスタだと言う言葉にの顔色がサッと変わる。

    モリュウ領主、ジノ・モリュウはどうなったのだろう。

    バティスタが領主になったのなら、まさかもう―――――



    「?」

    「えっ、・・・な、なに、聞いてなかった。」

    「顔色悪くないか?・・・あ!まさかまたどこか怪我してるとか!?」



    心配そうにスタンがの顔を覗き込んでいる。

    それは大いに嬉しいのだけど、ノイシュタットでの事もあるし

    出来ればそういう話題は避けてほしいところだ。


    「怪我ですって!?」

    「し、してません、無傷ですルーティさん!」


    こんな風にルーティが鬼の形相で掴みかかってくるので止めてほしい。










    モリュウ領は、シデン領がある島とは陸が続いておらず

    物資も交信も途絶えてしまった今、船を使うことは出来ない。


    (・・・そういえば。)


    ふと、はある老人の話を思い出した。

    シデンから南に下がった海外に、モリュウへ続く海底洞窟があると。

    だがそこはお約束どおり、モンスターの巣窟になっているという事。

    少々危険だが、とリオンに話すと彼は迷いもせずにその提案を受け入れた。








    途中、大きなモンスターと遭遇するという事があったのだが

    この6人の戦力をもってすれば、苦戦することはない。


    難なくモンスターを倒し地上へ出ると、モリュウ領が遠くに見えていた。


    「モリュウにはの家があるんだっけ?」

    「ああ。・・・そうだ、あんまりウロウロしちゃ怪しまれるから

     私の家で作戦を練るってのはどうだろう。」

    「そうね。そろそろ歩き疲れてきたとこだし・・・それにタダだし。」


    これに関してはリオンも異存はなかった。

    はアクアヴェイル出身で土地勘もある。

    情報を集めるにしても、彼女の家を拠点にすれば問題ないだろう。


    「さて、久しぶりのモリュウか・・・ええと、まずは食料を・・・。」

    「・・・ねぇ。なんかすごく静かな街ね。」

    「え?」


    そう言われて、はハッと顔を見上げる。

    いつもなら、行き交う人々の声や、色んな店から聞こえる呼びかけの声が

    耳に届いてくるはずなのに。

    だが、彼女の聞きなれた声は全く聞こえてこない。

    それどころか、人っ子一人見当たらなかった。


    「・・・バティスタの影響だと考えるのが妥当だろうな。」


    辺りを一通り見回し、リオンがそう静かに呟いた。


    「ここでこうしていても仕方ありませんわ・・・移動しましょう。」

    「そうだね・・・。」


    にとって、ここは生まれた故郷だ。

    自然と表情が暗くなる。

    モリュウがこんなに寂しい街になっているという事が、とてもショックだった。


    「だーいじょうぶよ、バティスタを捕まえれば元に戻るわ。」


    ばしーんと背中を勢い良く叩かれ、前につんのめりそうになったが

    きっとこれが彼女なりの慰め方なのだと思うと、自然に笑みがこぼれる。


    「・・・あれ?」

    「どうした?」




    「・・・・・・・・・・・スタンは?」




    全員が固まった。

    周りを見回してみても、スタンの姿がどこにも見当たらない。

    はぐれたのか、と考えてみたが今まで進んできた道は一本だ。


    「あの馬鹿が・・・!」

    「一体どこに行ったのよ、あのスカタン!」


    今このモリュウでのトラブルは出来るだけ避けるようにしたい。

    急いでスタンを探さなければ、と足を動かしたその時

    その声は響き渡った。















    「いい加減にしろ!」














    一行は顔を見合わせ、声がした方へ走る。

    民家の並ぶ道を行くと、剣を構えたスタンの後ろに

    幼い子供を抱いて怯える女性が一人。

    前にモリュウの兵士が数人。

    もうそれだけで状況が把握できた。


    「スタンの馬鹿ー!」


    街の人たちを巻き込まないよう穏便にバティスタをどうにかするつもりだったのに。

    が密かに考えていた策が水の泡だ。


    「何をしているんだこの馬鹿が!」

    「アンタもうちょっと考えなさいよ!」


    リオンとルーティに詰め寄られ、一瞬怯んだスタンだったが

    すぐに気を取り直し、後ろにいる親子を見て逃げるように合図する。

    彼女らが逃げるのを見送ってから、スタンはルーティ達の方に向き直り


    「俺は、あの親子が殺されるところを黙って見過ごすことなんて出来ない。」


    迷いなくはっきりとそう言った。


    「まだ自分の立場が理解できていないようだな、お前らは・・・!」

    「リオーン、その前にあいつらどうにかした方がいいと思うけど。」


    このままだと、またリオンの説教が長くなりそうだったので

    とりあえず止めておく。


    「貴様ら!ただじゃおかんぞ!・・・誰かおらぬか!曲者じゃい!」

    「ま、まずいですわ。騒ぎを大きくしてしまうと・・・。」

    『もう充分すぎるぐらい大きくなってる気がするけど。』


    業を煮やした兵士たちが、仲間を呼び斬りかかってくる。

    応戦しても良いが、ひとまずここは――――。


    「逃げるが勝ちよ!」


    ルーティの声で、一斉に逃げ出した。





    「おい!どこかで見た事があると思えばあれはあの便利屋だぞ!」

    「俺はあいつにこっぴどくやられた覚えがあるんだ!」

    「便利屋だか何だか知らんが一緒にやってしまえ!」







    「んなアホな・・・。」






    後ろから兵士たちの会話がはっきりと聞こえてきて、厄介な事になった

    というのが半分、そしてよく引っかかってくれたというのが半分。


    「さーて、狙いも定まった事だし・・・二手に分かれ・・・。」


    途中までそう言いかけて、はある人影に気づく。


    「・・・しょーがない、私が奴らを撒くからスタン達はあの道を左へ。」

    「けどそれじゃあさんが・・・!」

    「だーいじょうぶだって。人を撒くのは慣れてる。」


    彼女は懐から何かを取り出して、後ろへ放り投げると

    ボン!という音が響き渡り、一気にその場が煙で包まれた。


    「行け!」


    二手に分かれると、兵士たちは少々迷ったようだったが、

    先頭を走る兵士がの方へ向かってきたので、後ろの者は

    それにつられ、こちらへと走っている。

    スタン達の方へも少数の兵士が追っているが、あの程度の数なら問題はないだろう。


    「さーて、どう撒いてやろうかね・・・。」

    「考えていなかったのか?」

    「まぁあいつらを撒くぐらい簡単だし・・・って何でリオン!?」


    ふと隣を見ると、スタン達と一緒にいるはずのリオンが横を走っていた。

    いつもの、あの不機嫌そうな顔で。


    「君がこっちに来ちゃったら誰があいつらの手綱を取るのさ!」

    「仕方ないだろう!身体が勝手に動いたんだ!」

    「っかーもう!しょーがないから手!」

    「手?」


    ビシっとが手を差し出してきたので、リオンは訳も分からぬまま

    素直に自分の手を差し出す。

    彼女はその手を取ると、一気に加速した。

    足はリオンの方が速いのだが、彼はこの地を知らない。

    この場合、土地勘の優れているの方が断然速いのだ。


    裏道に入り水路を飛び越え、そして煙玉で兵士たちを攪乱する。

    やがて兵士たちの数は減りに減り、ついには三人ほどにまで減った。


    「そろそろいいか・・・。」


    はそう呟くと、再度煙玉を爆発させる。










    「ちぃっ、どこ行きやがった!」

    「見失っちまったぞおい!」

    「くそっ!探せ!とにかく探せ!」





    兵士たちの足音が遠のいていくのを確認し、ようやく二人は一息つくことが出来た。


    「これは・・・隠し扉か?」

    「家に隠し扉ってのも面白いかなと。」


    リオンが後ろを振り返ってみても、そこにあるのはただの壁。

    そして、改めて周りを見回してみると、今いるところが部屋なのだという事がわかる。

    ごく普通の道にある壁から、家に入れるとは誰も思わないだろう。


    ここはの家の裏口だった。


    「とりあえず茶でも煎れましょうかね。」

    「いや、そんな暇はない。さっさと合流して・・・。」

    「だいじょーぶだいじょーぶ。すぐに来るよ。」

    「?」

    「ま、適当にそこらへん座って。一息つく時間ぐらいあるさ。」


    意味ありげな笑みを浮かべながら、彼女は棚からカップを数個取り出した。





    (しばらく留守にしていた割には片付いているな。)


    床、椅子、テーブル、本棚、どれもこれも、それほど埃は溜まっていない。

    一人で住むには、少々大きい家だ。

    かと言って、誰かと一緒に住んでいるというわけでもないらしい。


    「すぐに帰れると思ってたから、セインガルドへ行ってる間は

     人を雇って掃除してもらってたんだよ。はいお茶。」

    『横着だなぁ。』

    「しょーがないでしょーが。まさか王国付きの剣士になるとは思ってなかったし?」


    ははは、と軽く笑う。


    「・・・ヒューゴ様は時々気まぐれを起こされるからな。」

    「気まぐれ、か。」


    の目が一瞬、スッと細められる。

    その冷たい目に、リオンは少し驚いた。

    彼女がこんなに冷たい表情をしているところなど、一度も見たことがない。

    こういう顔もするのか、と、いつもと違う一面を垣間見たような気がした。


    だが、どうして彼女はヒューゴに対しこんな顔をするのだろう。


    リオンはそこまで考えて、ふと気がついた。




    自分はの事を、何一つ知らないのだ。




    彼が知っていることといえば、がセインガルドへ来てから

    今までの、たった数ヶ月。

    アクアヴェイル出身だという事を知ったのも、つい最近の事だ。

    そして便利屋という職業に就いていたという事。




    それ以外の事は何も知らない。




    親の事を聞いたといっても、断片的にだ。

    それ以上の事を話そうともしないし、リオン自身聞こうという意思もない。




    「お、来たね。」

    「何・・・?」




    は席を立ち、玄関の方へと歩いていく。



    「随分とゆっくりじゃないか。」

    「まぁそう言うなって。」


    扉の向こうから、男の声が届く。

    には、それが一体誰なのかもうわかっているようだ。

    ガチャリと扉を開けると、やけにヒラヒラした服を着た男の姿と

    彼の後ろには先ほど別の道へと逃げていったスタン達の姿があった。













    「お久しぶり、幼馴染みのジョニーさん。」








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    改めて読んでみると主人公が忍者みたいだ。(笑)