あの時から、もう既に決まっていたことだとしても

      それを受け入れることが出来ないでいた。




      今目の前にあるものを前に、フィリアは静かに祈る。




      少し乱暴なところはあったけど、優しいところもあった人。

      だけど、道を違えた人。

      こんな道しかなかったのだろうか、と思うと悲しくなる。


      (自分に・・・正直に。)


      彼もまた、正直に生きてこういう結果になったのだろうか。

      幸せだった?

      命を落としたとしても?

      フィリアの知る彼ならきっとこう言うかもしれない。



      ―――甘ちゃんだな、フィリア。―――










      「・・・ええ、そうね。でも私はこれでいいと思うの。」










      この甘さをなくしたら、きっと私ではなくなってしまうだろうから。

      スタン達のように、自分のままに生きる。


      フィリアは決意したかのように立ち上がり、階段を下りていく。



      「私は、私のままに。」



      一度も振り返ることもなく、彼女はその場を後にした。
































      「皆さん、助けていただいてありがとうございます。」


      牢に閉じ込められていたフェイトもその妻リアーナも無事だった。

      衰弱はしていたものの、少し休養すればすぐに回復するだろう。

      とりあえず、こんな牢の中ではさすがに気分が滅入ってしまうので

      詳しい話は夜まで待つことになった。



      時間が空いたところで、は一旦家に戻っていった。

      理由は、ノイシュタットで依頼した情報がそろそろ届く頃だからだ。

      さすがにこれは誰にも知られるわけにはいかない。

      休んでいるスタン達の目を盗んで、彼女は音も立てずに走る。


      (まぁ見つかったとしても身支度とか言えば大丈夫だろうけど。)


      ぶつぶつと言い訳を考えつつ、家の扉を開ける。

      勿論、大事な手紙なので郵便受けには入っていない。

      本棚の奥にある一冊の本を手に取り、パラパラとページをめくる。


      「・・・あ、あり?」


      本に挿んであるはずの黒いしおりがない。

      まだ調べている途中なのかとも思ったが、あの情報屋は必ず2週間以内には

      依頼を終了させる事で有名だ。


      (いや、でも意外に手こずっているかもしれないし・・・またしばらくしたら来てみるか。)


      周りを警戒しながら、は早々に家を出た。
























      「セインガルド侵攻だって!?」


      モリュウの城へ戻り一番に聞こえてきたのは、スタンの声だった。

      うるさい、とリオンに電撃を食らわされたのは言うまでもないとして。


      「ティベリウス大王がグレバムと契約を結んでセインガルドへの侵攻を目論んでいる。
       
       それに反対したために父は殺され、私は幽閉されていたのだ。」


      セインガルドとアクアヴェイルは冷戦状態にある。

      この膠着状態に業を煮やしたトウケイ領のティベリウス大王は

      神の眼を使い、一気に形勢を逆転させる気なのだろう。


      「どうするリオン?」


      返ってくる言葉はもう予想できるのだが、は一応聞いてみる。


      「愚問だな。グレバムと共に倒し神の眼を取り戻す。」

      「む、無茶です。かなうはずがないでしょう!」


      あまりにも過激な言葉に、思わずフェイトは大声を張り上げた。

      今までそんな事を言っていた人間が何人かいたが、全てがティベリウスに退けられ

      命を奪われてきたのだ。


      「フェイトさん、セインガルド侵攻なんてさせるわけにはいかないんです。

       セインガルドには俺の家族もいる。だから、止めないといけない。

       ティベリウス大王もグレバムも、俺たちが必ず倒してみせます。」

      「スタン君・・・。」

      「せいぜい死なないようにするんだな。」

      「ああもうっ!どうしてリオンはそういう事ばっかり言うんだよ!」


      今日はスタンかと何人かが溜息をつく中、ジョニーはフェイトの肩をポンと叩く。


      「ジョニー・・・。」

      「大丈夫だ。こいつらならやれるさ。それにこの俺もついていくんだからな。」

      「ええ!?」


      電撃ボタンを押そうとしていたリオンまでもが、その言葉に驚いていた。

      当の本人はといえば、相変わらずの笑みを浮かべている。


      「おーっと嫌とは言わせないぜ。ティベリウスの野郎とはいろいろあってね・・・。

       ・・・そろそろケリをつけなきゃならねえんだ。」


      笑ってはいるが、どこかその表情は暗い。

      その理由を知るフェイトは、ある人の姿を思い出し目を伏せる。


      「・・・謀反で戴冠したような奴を野放しにしておけるわけもないしね。」


      とりあえずその事には触れないで、は『謀反』という言葉を強調した。

      勿論、幼馴染みであるもそれを知っている。

      彼がどれだけの傷を負っているのか、考えただけでも哀しくなる。





      「わかりました。港の方に船を用意させます。しばらく時間をください。」





      根負けしたのか、フェイトが諦めたように溜息をついた。



























      深夜、フェイトが用意してくれた船でトウケイ領へと入る事となった。

      は一人、甲板で風にあたっている。

      今頃船室ではジョニーがエレノアの事について聞かれているのだろうか。


      ジョニーが愛していた女性、エレノア・リンドウ。


      いや、愛している、というのが正しい。

      彼はいまだに彼女の事を忘れることが出来ない。

      今でもティベリウスを憎んでいるということが、何よりの証拠だ。


      エレノアを殺したティベリウスを。






      あの頃のジョニーは、荒れているどころではなかった。

      日々ティベリウスを殺す事だけを考え、ろくに食事も睡眠も取らず

      彼に会う時にはいつもベッドに横たわっていた。


      勿論、とてティベリウスを憎んでいないわけではない。

      エレノアはにとって姉のように、そして母親のように接してくれた大事な存在だったのだ。



      「まさかこんな形で仇を討つ事になるなんて・・・。」



      けれど、きっとエレノア本人はそんな事を望んではいないだろう。

      ジョニーにもにも手を汚してほしくないと願っているだろうと思う。






      「でもエレノア。私はともかくジョニーは・・・そうしないと前には進めないんだ。」



























      モリュウ領と同じく、ここも静かなものだった。

      静か、というか誰もが家の中で怯え震えているような空気。

      よほどティベリウスを恐れているのか、店も閉じられ家の扉も窓も

      全て閉じられている。


      「バティスタが落ちたことであっちも警戒してると思ったんだけど・・・。

       案外簡単に入れたな。」

      「自信があるんだろう。僕たちが来ても難なく処理できるとな。」

      「ふふん、その自信、粉々にしてあげようじゃないの。」


      ルーティの目が異様に輝いているところを見ると、きっと城にある金目のものを

      失敬しようと考えているからなのだろう。

      ちなみにツッコむ人間はいない。










      「足音二十八、・・・十四か。入り口に総勢十四名。」


      出来るだけルーティやフィリアへの負担はかからないようにしたいので

      ここは早々に奥へ逃げ込んだ方が良いかもしれない。

      とりあえず動きを止めたら後は相手にしない。


      「よし!行くぞ!」


      スタンの声で、一気に城の中へと走っていく。

      が聞いた足音の数どおり、兵士の数はそこにいるだけで十四名。


      「あたしに任せなさい!・・・っ行くわよ!ダイダルウェーブ!」


      アトワイトの晶術で大きな波がどこからか出現し

      入り口にいた兵士たちは城の外へと流されていった。


      「ルーティ、ナイス!」

      「ま、ざっとこんなもんよ。・・・さーて・・・サーチガルド。」

      「け、結局それなのか・・・。」

      「たまには役に立つと思えば・・・さっさと行くぞ。」


      いつもどおりスタンとマリーがルーティを引っ張って、他のメンバーは急いで奥へと向かう。










      ジョニーとスタンが先頭を走り、最後尾にはがついている。

      モリュウ領で使った煙玉も使いながら何とか追手を振り払っていた。


      「チィッ!」


      あまりの多さには思わず舌打ちし、刀を抜いて走るのを止める。

      このまま走り続けていたら追いつかれるのも時間の問題だ。

      この大人数を相手に戦ってしまえばティベリウスを倒す前に体力が尽きてしまう。


      「しょーがないからスタン達は先に行け。」

      「でもっ!」

      「すぐに追いつくよ。」


      がそう言っても心配そうな顔をしていたスタンだったが、リオンとルーティに

      腕を引っ張られていった。

      ふぅ、と一つ小さく溜息をつくと兵士達が一人ずつ襲い掛かってくる。


      「ホント、狭い通路を選んで良かったよ。」


      一人、また一人と確実に自由を奪っていく。

      明らかに闇の住人である目をしている者は、仕留める。

      無理やり民間から連れてこられている者は、とりあえず気絶させておいた。


      やがて、天井まで人の屍が積み上がる頃には兵達の士気も下がっていた。

      通路にこれだけの屍があれば、誰でも逃げ出したくもなる。


      「ティベリウスは必ず倒す。民間人は速やかに街へ戻りなさい。」


      シャン、とは刀を収め屍の向こうにいる兵にそう告げると

      スタン達が向かった方向へと走った。










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      もうすぐ20話か・・・しみじみ。