奥へと向かう途中、ゴゴゴという轟音が響き渡った。
あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
計っていたわけではないので正確にはわからないが、せいぜい数十分といったところだろう。
苦戦していなければ、もう事は終わっているのかもしれない。
(だけど、この音は一体・・・?)
城が崩壊するような音でもない。
訳がわからないまま、はとにかくスタン達のところへ急いだ。
城の一番奥にある広間へ出ると、もう轟音は聞こえなくなっていた。
中央に集まっている皆のところへ駆け寄ると、かつて人間だった屍が
床に横たわっている。
スタン達に聞かなくても、それがティベリウスだったという事がわかる。
見事なまでに斬られているところを見ると、止めを刺したのは恐らくリオンだろう。
「グレバムには逃げられたの。」
「逃げられた?・・・じゃあさっきのあの音は・・・。」
「飛行竜に乗って逃げたのよ。行き先はファンダリアらしいわ。」
ティベリウスに止めを刺す前に聞きだしたという。
利用するつもりが利用されていたと知ったティベリウスは、あっさりと
グレバムの居所を吐いたらしい。
「こんな男が・・・アクアヴェイルの大王だったとはな・・・。」
こんな男にエレノアは殺されたのか。
ジョニーが言外にそう言っているのが聞こえたような気がして、は目を伏せた。
だがこれでやっと、彼は前へ進めるのだと思うと少しホッする。
「これでやっと、エレノアもうかばれるさ。」
「ああ・・・。」
フェイトがティベリウスの屍を眺めながら、そう頷いた。
(いや、違うよジョニー。)
エレノアは誰かを殺して喜ぶような女性じゃない。
彼女自身は復讐を望んでいたわけじゃない。
が知っているエレノアという女性はそんな人間ではないのだ。
ジョニーが復讐というものから解放された事が何よりの供養だと思う。
(エレノアは・・・そういう人だよ。)
だけど、それをジョニーに言う事は出来なかった。
ファンダリアへは、アクアヴェイルが誇る黒十字軍の艦隊で送ってもらう事となった。
飛行竜が去ってから、だいぶ時間が経っているため
どう事が進んでいるのかわからない。
「どこにいるかと思ったら、甲板に出てたのか。」
が後ろを振り返ると、見送りだけで済ますはずだったジョニーが立っていた。
彼は結局スタン達と一緒に行くことなく、アクアヴェイルに残るということになっているというのに。
「こんなとこにまで来て、どーすんの。」
「・・・ちょっと話したいことがあってな。お前さんや、あの・・・いやまぁ色々だ。」
ジョニーは意味ありげに笑うと、懐から出したある物をは手渡す。
「なっ!こっ、これっ・・・!」
それは、が探していた『黒いしおり』。
あの情報屋から買ったものが記されている大事な手紙だ。
「いくら何でもやっていい事と悪い事があるだろ!」
「まぁそう怒りなさんなって。」
「でも読んだんだろ!」
「そりゃまぁ。」
「ジョニー!」
今にも暴れだしそうな勢いだが、少しもたじろぐ様子もないジョニーの態度が
更にの感情を逆撫でする。
彼は口に人差し指を当て、もう一方の手での口を塞いだ。
「お前、そろそろ危ない事やめて帰って来い。」
「むガっ!?」
「なんで、じゃない。心配してるんだよ、幼馴染みとしては。」
むガ、でどうして言葉が理解出来るんだという疑問は置いておいて
は自分の口を塞いでいる手を振り払った。
いつになくジョニーが真剣な表情をしているので、こちらも真面目に答える。
「・・・エレノアと良く似た人がいるんだ。」
アクアヴェイルに戻ってきて、色んな事を思い出した。
一人で生きていくために剣を覚えた事、シデン家の人たちによくしてもらった事
エレノアが優しく厳しく接してくれた事。
どうして自分がマリアン達と一緒にいて安心するのか、わかったような気がした。
故郷で過ごした時間を、再び感じていられるからだ。
セインガルドでマリアン達と過ごしていると、自分がどれだけジョニーやエレノアを
大切に想っているのかを思い出してしまった。
それと同時に、アクアヴェイルに帰ってきてマリアンやリオンに対する気持ちが
とても深いものなのだと実感したのを覚えている。
「何と言うかその・・・あの人達が笑っていられるといいな、と・・・思って。」
そんなに長い時間を過ごしたわけではないけれど。
リオンとマリアンが笑っているのを見ているのが、とても心地良いのだと。
「・・・わかった。」
大きな溜息が聞こえてきたものだからが慌てて顔を上げると
ジョニーの諦めたような笑顔があった。
「えーと・・・仕事が一段落ついたら、休暇取って帰って来るから。」
ポンポンとジョニーはの頭を優しく叩いた。
「わかったわかった。最後まで見届けて来い。」
「うん。」
ちょうど、会話が終わった頃にファンダリアが遠目に見えてきた。
「それじゃ。」
「ああ、またな。」
一通りの挨拶を済ませると、は降りる準備をしているスタン達のところへ走っていった。
彼女の後姿を眺めていると、何故か一抹の不安を感じる。
この先もう会えないかもしれないというような、そんな不安。
(いや、まさかな・・・。また会えるさ、この一件が終われば。)
そんな不安を消し去るかのように、ジョニーは軽く首を振った。
ファンダリアの港、スノーフリアに到着すると突き刺すような寒さが一行を襲う。
今まで寒い地域になど行ったことがなかったは思わず身を震わせた。
先ほど、ファンダリア王国が所有する船を見かけたのだが
明らかに人以外のものが乗っていたので、既にグレバムの手に落ちていると
考えても良い。
何だか事がどんどんと悪い方向へ進行しているような気がする。
神の眼を取り戻したとしても、またそれを悪用する人間が出てくるのではないだろうか。
は仕事柄、そんな人間を何度も見てきた。
だが、だからと言ってこのままグレバムを放っておく事など出来るはずもない。
(要は扱う人間が肝心なんだよね・・・。)
毛皮のコートを羽織り、は天を仰ぐ。
しんしんと降り積もる雪が冷たくとても寒い。
スノーフリアを出て、しばらく歩いていくと森の中へ道が続いている。
地図には『ティルソの森』と記してあった。
「さ、さむぅ・・・!コート着ても寒いってどういう寒さなんだ・・・!」
「手がかじかんできたー。」
「うう、フィ、フィアフルフレ・・・。」
『待てスタン!どさくさにまぎれて何しようとしている!』
こんな森で火属性の晶術をぶっ放そうとしているスタンを、ディムロスとルーティが何とか止める。
リオンはと言えば、最早電撃を食らわせる事も面倒になるほど呆れ返っているらしく
敢えて放って置いた。
「ディムロスも大変だ・・・。」
「マスターがあれだけ馬鹿だとな。」
「なんかスタンには厳しいよねリオンって。」
「馬鹿が好きじゃないだけだ。」
「・・・そうですか。」
単に認めたくないだけなのだ、彼は。
同じソーディアン使いとして少しはスタンを認め始めているのは
も何となく気付いている。
(認めてしまえば楽になれるのに。)
そんな事を言ってしまえば烈火如く、いや絶対零度の視線を投げられるのだろう。
はリオンに気付かれないように苦笑する。
だが、そんな時間はそう長くは続かない。
「待て、止まれ。」
遠くから聞こえてくる音にいち早く気付いたが、皆の歩みを制する。
「・・・敵か?」
「わからない。けど・・・多分、誰か追われてる・・・?」
そうこう話しているうちに、足音は段々と近づいてきた。
雪の中を走っている男が4人。
そのうちの一人が、3人の兵士に追われているようだ。
「さて、どうす
「ウッドロウさん!」
の言葉を遮って前へ出たのはスタン。
彼は3人と1人の間に入り、剣を構える。
毎度の事だが、何か面倒ごとが起こるたびにスタンが暴走していると思うのは
気のせいだろうか。
だが周りは既に諦めているようで、もう何も言う者はなく
リオンもまた例外ではなかった。
「ルーティに負けず劣らずトラブルメイカーなスタン。」
「あたしがどうかした?」
「い、いえ何でもありませんルーティさん。」
「アンタ最近一言多いわよ。・・・似てきたんじゃないの?」
「誰に?」
「あの素直じゃないクソガキに。」
最後の方は本人に聞こえないように小さな声で呟いた。
「・・・ってさ、あいつ・・・リオンの事どう思ってんの?」
「何だいやぶからぼうに。」
唐突な質問だった。
だが、ルーティはどうしてもそれが気になるのだ。
そんな彼女の様子に少々戸惑いながらも、は軽く答える。
「上司みたいな同僚みたいな。そのうち友人に昇格させてもらえたらなぁと思っているけど。」
「何言ってんのよ。アンタ達はもう・・・。」
友人以上の関係じゃない、と言いたかったのだが風の音で聞こえなかったのか
はただ曖昧に笑うだけだった。
「ルーティ、怪我人の手当てをしないと。」
「え、ええ。」
スタンの方へ駆けてゆくの後を追いながら、ルーティは嫌な胸騒ぎを覚える。
(・・・ね、気付いてないの?あいつがどんな目でアンタを見てるかって事。)
(時々だけど、あいつすごく苦しそうな顔でアンタを見てるのよ。)
(すごく、辛そうに・・・。)
それからずっと、ルーティの胸騒ぎは収まることはなかった。
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今思えば、もっと早くに伏線はっとけば良かったと。(笑)
私はリオンの事が書きたいので、他のキャラはあまり出てこないと思います。
なんつーかこう、リオンとさんの事が書きたいのです。
もっと色々スタンの事とかルーティの事とか、パーティ全体の事も
書きたいのですが、頭が追いつきません。(笑)
まぁあくまで二人のお話なんだよ、と・・・。
あの場面まで行けばやっと2に入れるのですが・・・なげぇー!
もうしばらくお付き合いください。