「おい!一体何があった!」
物凄い剣幕で、ダーゼンに詰め寄るリオン。
ようやくグレバムを倒し、ハイデルベルグの地下へと戻ってきたスタン達の目に
真っ先に飛び込んできたのは、ダリスの隣でぐったりと横たわっているの姿だった。
医者でもないダーゼンにその原因がわかるわけもなく、彼は困ったように
首を傾げるしか出来ない。
それが更にリオンの神経を逆撫でする事になったのだが、慌ててスタンとウッドロウが間に入る。
ルーティはその横をスッと通り抜けると、の傍に座っているマリーの隣に腰を下ろした。
「外傷はないみたいだし・・・そう心配する事もないと思うんだけど。」
「ああ。多分、緊張の糸が切れてしまっただけだと思う。揺れが落ち着いてから
倒れてしまったと聞いたからな。」
「今までだいぶ気を張り詰めていたみたいだしね・・・全くもう、少しは
気を抜けば良かったのに。」
ぺし、との額を軽く叩くと彼女は少し身じろぎする。
そのあまりの暢気な仕草に、ルーティは苦笑した。
「んで、今はセインガルドへ戻る途中ってわけ。」
「そうか・・・この揺れは飛行竜だったのか。
内装が豪華であったため、どこかの城で休んでいるのかと思っていた。
身体の方はもう何ともないようで、手足を動かしても何の痛みもない。
「他の皆は?」
「各自好きに過ごしてるみたいよ。」
「そうなんだ。」
神の眼を無事に届け終われば、それぞれ元の生活に戻る。
感傷にひたるということもあるのだろう。
ここに来るまでの間、長いようで短かったような、やっぱり長かったような。
グレバムが逃げ回っていたおかげで、こっちはそれにどれだけ振り回されたことか。
しかし、やっとこれで元の生活に戻れるのかと思うと
ホッとするようで、少し寂しい気もする。
何と言ってもこれだけ信頼できる仲間はそう簡単には見つからない。
「ルーティはこれからどうするの。」
「・・・とりあえず帰るわ。」
「そっか。私もジョニーに一度帰って来いって言われてるんだけどなー。」
「うるさいわよ、きっと。」
「うわぁ、鮮明に思い浮かぶよ。」
どちらともなく笑い出す様子は、とても微笑ましいものに見えた。
そのくすぐったい空気にまだ少し包まれていたい気持ちを堪えはベッドを出る。
「暇になったらでいいけど、たまにはダリルシェイドまで会いに来てほしいな。
スタンとかフィリアとか連れてさ。あーウッドロウとマリーは無理かもしれないけど。」
「アンタ1人ならともかく、あのクソガキにも会うと思うと憂鬱だわ。
いつも一緒にいるみたいだから。」
「別に2人だけって事じゃないよ。大体3人だ。」
「3人?」
「ヒューゴ邸にいるメイドさん。私はメイドさんなんか雇ったことないから
お友達だと思いたいけども。」
コキコキと音が鳴る首や肩をまわしながら、はあの優しい笑顔を思い浮かべる。
それほど離れていたわけでもないのに何だかとても懐かしいような気がして、少し不思議に思った。
「あのリオンが一緒に時間を過ごすって事は・・・その人もホントに大事に
想われてるって事ね、きっと・・・。」
「ルーティ?どうしたのブツブツ言って。」
「・・・何でもないわ。ホラ、さっさと行きなさい。」
最近独り言多くない?と苦笑しながら、は部屋を出た。
とりあえず、他の皆の顔を見ておこう。
挨拶等はセインガルドに到着してからでも遅くはないだろうけれど
身体が何ともないという事ぐらいは伝えておかなければ、と。
まずは飛行竜の操縦を任されているウッドロウ。
「身体はもういいのかい、くん。」
「ああ、もう大丈夫だ・・・ってもう少し畏まった言葉の方がいいのかな。」
「構わないよ。私もどちらかと言うと堅苦しい空気は苦手だからね。」
「そりゃ助かる。」
それほど気にした様子もなく、双方が静かに笑う。
放浪癖のある王子様というのは、こういうものなのだろう。
「しかし、貴方までセインガルドに来て良かったのか?」
「ファンダリアの民はそれほど弱くはない。それに、私は王子として
確かめなければならない事もある・・・。」
「・・・神の眼か。」
「あれを悪用するような王なら黙っているわけにもいかない。
自分自身で確かめなければならないのだよ。」
「ただの杞憂であればいいな。」
「そう願うよ。」
セインガルドに到着すれば、神の眼はセインガルド王の管理下に置かれる。
それなれば、簡単には近づくことさせ出来なくなるというのに
この纏わり付くような不安感は何なのだろう。
それは敢えてウッドロウに告げることはなかったけれど。
先ほどの言葉は、どこか自分に言い聞かせていたのもあるかもしれない。
「ああ、リオン君なら部屋にいると思うよ。」
「・・・そりゃご丁寧にどうも。」
操縦室を出て、は首を傾げた。
どうして誰もがリオンと一緒にいる事を望んでいるのだろうかと。
不思議だ。
次に部屋で静かにしているフィリア。
「さん。お元気そうで何よりですわ。」
「おかげさまでね。なんか心配かけたみたいで。」
「いいえ、そんな事。・・・リオンさんなら部屋にいらっしゃいますよ。」
いや、ですからね。
首を傾げるのは、これで一体何度目だろうか。
既にそれを数える気力も何か言う気力もなくなっていた。
「・・・なんか疲れたな・・・。」
「きっとまだ万全ではないのでは?無理なさらないでくださいね。」
「そ、それは・・・どうも・・・ありがとう・・・。」
寝起きに天然はキツイ。
ここで一つの教訓を得たが、この事がこの先役に立つのかどうかは謎だ。
少し疲れた表情でフィリアの部屋を出ると、自然と溜息が出る。
と、和んでいるところに、近くでガタっという音がするのが聞こえた。
それほど大きな音でもないが、放っておくほどの音でもない。
何事かと思い、は念のため物音を立てずにその方向へと近づいてみる。
「・・・スタン?」
見覚えのある金髪の少年がスタンだとわかり、少しホッとした。
彼はまだこちらに気付いていないのか、どこかボーっとしているように見える。
頭を押さえているところを見ると、電撃でも食らわされたのだろうか。
「君が電撃を受けるのは珍しいな・・・。」
「え、あ?!」
「そんな大声出さなくても聞こえてるよ。」
「もう起きて大丈夫なのか?皆心配してたんだぞ。」
「ああ、ごめんね。もう大丈夫だから。さっき皆にも顔見せてきたし。」
「そっか、ならいいんだ。」
人懐こい笑顔でそう言うスタンは、少し成長しているように見えた。
出会った当初は、まだ少年といった雰囲気だったのだが
今改めて見てみると、青年と言った方が正しいのかもしれない。
年齢的に言えばとっくに青年と言ってもおかしくはないのだけれど。
「な、何だよ?俺の顔に何かついてるか?」
じっと見られているという事に気付き、スタンは変に照れたような表情で目を逸らした。
「いや別に。ただ何言って電撃食らったのかなと思っただけだよ。」
「・・・・・。」
「・・・スタン?」
いつもと様子が違う彼に、今度はの方が戸惑った。
少し俯いていたスタンだったが、やがてどこか真剣な表情でを見つめる。
「・・・俺さ、最初はあんな出会いだったけど・・・今はみんな良い仲間だって思ってるんだ。
けどリオンに『信じれば裏切られる』って言われて・・・なんか腹が立つっていうか
悲しいっていうか・・・なんて言っていいかよくわからないけど・・・。」
―――それに、人間なんていつかは裏切られるんだ。お前だっていつ僕に裏切られるか・・・!―――
「変かな?そんな事言われても、それでも・・・リオンを信じる俺って、変かな?」
彼も自分も似たようなものなのかもしれない。
普通なら、そんな事を言われてしまえばそれっきりの仲になってしまうだろうに。
だがそれでも、それでもリオンを大事な仲間だと思っているから信じたい。
これまで共に時間を過ごしてきた中で、リオンが垣間見せた優しさは決して偽りではない。
きっと。
「・・・変じゃないよ。私も・・・君と同じでリオンが好きだから。」
「なんかそうはっきり言われるとすごく照れるんだけど・・・。
・・・ああ、そうだよな。」
どちらともなく吹き出すと、どちらともなく手を差し出し握手を交わした。
「あ、そうだ。リオンの奴飛行竜酔いだってさ。大丈夫かって聞いたら
『僕に構うな』って電撃流されちゃって・・・仕方ないから部屋から出たら
が来たってわけなんだけど。」
彼もまた微妙に誤解をしているようだったが、もう既に訂正する気力もない。
勘違いされたままでも困るが、よく考えてみると
いつも一緒、というところまでは行かないが
確かにリオンと一緒にいた時間は他の皆よりも多いような気がする。
「そのうちリーネにも遊びに行くよ。」
「ああ!勿論リオンも一緒に連れて来いよ。」
「首根っこ掴んで引きずってくるさ。」
約束だな、と人懐っこく笑うスタンは小指をずいっと差し出した。
しばらく何をするのか理解出来なかったのだが、指きりをするのだと気付き
も小指を差し出す。
本当は約束などしなくても、事が片付けば一通り皆のところを回ろうと思っていたのだけど。
内心、少しルーティに悪いなと思いつつ。
「・・・そういえばルーティならさっき私の部屋にいたよ。今はどこにいるかわからないけど。」
「あれ、何で俺がルーティを探してるってわかったんだ?」
「勘だ。」
前に『女の』というのが入るが。
どこかしっくり来ないような表情で、スタンはルーティを探しに行った。
(あの様子じゃあ道のりは長いなあ・・・。)
ルーティの方は認めたくないといったところかもしれない。
何せ彼女も素直じゃない方だから。
ふう、と小さく溜息をつくと、飛行竜酔いをしているというリオンの部屋へ向かう。
そういえば、ここ最近ゆっくり話なんてする事もなかったような気がする。
まともに言葉を交わしたのは、いつだったか・・・それさえも忘れてしまうほど
慌しい日々だったのか。
(・・・なんかやけに緊張してきた。)
リオンの部屋の扉の前で、は何故かとても悩んでいた。
一体今までどうやって話していたのだったか。
ごきげんよう!とか。
やぁ元気かい!とか。
しかしいくら考えても、まともな挨拶が思い浮かばなかったので
とりあえずノックをしてみる。
「・・・・・・・だけど。」
しばらく待っていたのだが、返事はない。
無断で入ってしまえば、後で怒られると分かっていながらもは扉を開けた。
部屋の中を見回してみると、リオンはベッドに横たわっているようだ。
余程気分が悪いのだろう、どうやら彼はに気付いていないらしい。
(酔い止めの薬なんて持ってたかなー・・・ちょっと探してくるか。)
が無言で部屋を出ようとした時、後ろでシーツが擦れる音が聞こえた。
やばい、と思った時にはもう遅い。
「・・・・・・?」
普段のリオンとは思えないぐらいの小さな声だ。
は諦めたように嘆息すると、きびすを返してベッドの脇まで移動する。
「飛行竜酔いだって聞いたからさ。様子を見に来たんだけど、あまりにも気分が悪そうだったんで
酔い止めの薬がないか探しに行こうと思っていたところだ。」
「余計な事を・・・。」
「そんなか細い声で言われても何の迫力もありません。ああ、熱とかは?」
「うるさい、触るな。」
言葉は拒否していても、の手を振り払うような事はしなかった。
の方もそれが最初から分かっているのか、リオンの言葉に怯むこともなく
彼の額に手を置く。
「熱はない、と・・・。船は大丈夫だったのに、飛行竜はダメなんだ?」
「この飛行竜独特の揺れが苦手なだけだ・・・。」
「なるほど。まぁいいや、酔い止めの薬探してくる。」
「だから余計な事はするなと言っているだろう!」
「残念。私はティアラつけてないからスタンのようにはいきませんよ。」
リオンはベッドから起き上がろうとするが、自分で思っていたよりも気分が悪かったのか
手をのばすだけで終わってしまった。
「しかしまぁホント・・・頑固だねぇ君は。」
諦めだとかそういう感情はなく、ただ『しょうがないなぁこいつは。』というような
どこか優しげな、そして寂しげな表情ではそう呟いた。
パタン、と閉じられる扉をリオンは苛つきながら眺めていた。
何故これほどまでに苛々するのだろう。
だが理由はとうにわかっている。
ただそれをどうしても認めたくないだけだ。
――マリアンだけでいいのに――
彼女以外に大切な存在は必要ない。
今までずっとそうやって過ごしてきたのだから。
期待をすればするほど、裏切られた時の衝撃は大きい。
だからもう、余計な期待はしたくない。
父親の事も自分は心のどこかで期待していたのだ。
いつかきっと、一人の人間として認めてくれる日が来るという事を。
だがそれも空しく砕け散っている。
今、僕が求めるものは何だろう。
たくさんありすぎてわからない。
だけど、どれもこれも不可能な事だ。
どうしてだろう。
どうして、父は母や姉と一緒に安らげる場所を与えてくれなかったのだろう。
それさえあれば、僕はもっと―――――――。
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やっとここまで来ることが出来ました。
WEB拍手とかで一言書いてくださった方
どうもお待たせしてすみません。
恐らく、次あたりで2に入れるかと思います。
ウムゥ・・・最後の最後だけは決まっているのに
間がボンヤリとしか浮かんでないのってどうだろう・・・。
さて、頑張ろう。