離れていたのは、たった少しの間だけだったはずなのに

      何故かこのセインガルドの風景がとても懐かしい。

      達が発ったあの時と、何も変わっていなかった。



      飛行竜を降りて真っ先にやらなければならない事は、セインガルド王への報告だ。

      またあの堅苦しい空気の中で過ごす事になるのかと思うと、少し憂鬱になる。

      多分、「少しぐらい我慢しろ。」だのと言われてしまうのだろうが。



      (・・・めんどくさい。)



      謁見の間へ向かう途中、は後列の方へと下がるとさりげなく横の道へ入って行った。

      自分がいなくても報告ぐらい問題なく済ませられるだろう。

      多分、この後は言うまでもなく長い長い説教が待っているのだけど。


      は一人、城門前にて待つことにした。

      元々団体行動というのが、どちらかというと苦手な方なので

      こうして一人でいる時の方が気持ちが落ち着く。

      ここで煙草でもあれば絵になるのかもしれないが、生憎と煙草は好きじゃない。

      もし吸う事があるとすれば、苛ついている時ぐらいだろうか。

      最近はそれほど苛つく事もないので、煙草も必要ないのだけど。


      「・・・まぁいいか。先に屋敷に戻るかな。」

      「またそんな事を言っているのかお前は。」

      「・・・・・・。」

      「・・・・・・。」

      「はァ・・・足音も聞こえない程ボーっとしてたなんて・・・。」

      「修行が足らん証拠だ。」

      「そうですか。」


      どこか勝ち誇ったようなリオンの表情を見ると、自然に笑いがこみ上げてきた。

      ここら辺は歳相応の少年だなぁ、と。


      リオンの後ろには、晴れ晴れとしたスタン達の姿がある。

      どうやら、頭のティアラが外されたおかげで、やっと自由になれたようだ。

      特にルーティはもうルンルン気分だった。


      「やっっっっと解放されたわ!もうあたしは自由よー!」

      「・・・余程嬉しいらしいね・・・。」

      「そうみたいだ・・・。」


      これで仲間ともお別れか、と思うと、少々寂しい気もするが

      彼らには彼らの生活もある。

      それに、これが今生の別れというわけでもない。

      会おうと思えば会えるのだから、そう悲観する事もないのだ。




      ふと、は一人立ち止まる。


      「最初はちゃんと見送ろうと思ってたんだけど、どうも湿っぽいのは苦手だ。」

      「何よ、見送りもしてくれないわけ?」

      「もう会えないってわけじゃないんだから、軽い別れでいいじゃないか。」


      二度と会えないというわけではない。

      縁があれば、またきっとどこかで会えるはずだ。



      「息災でいてくれ、ウッドロウ。」

      「ありがとう。機会があれば、ファンダリアへ遊びに来るといい。君ならば歓迎するよ。」


      「さん、お元気で・・・。」

      「フィリアも。何かと忙しいかもしれないが・・・君ならきっと大丈夫。」

      「はい、もう以前の私ではありませんから。」


      「さっきの約束、守ってくれよな。」

      「ま、そのうち果たしてあげるよ。」




      「ルーティ、がめついのも程ほどに・・・って、聞いてる?」




      スタン達は軽い別れだとしても、それはそれで納得しているようだったが

      ルーティだけはどうしても納得がいかないのか、の目の前までずかずかと歩み寄ってくる。

      もしかして引っ叩かれるのかもしれない、と思って覚悟していたのだが

      それらしき衝撃は一向に襲ってこない。


      「・・・ルーティ?」

      「アンタもアイツも、相当な頑固者だもんね・・・。」

      「う・・・。」


      はどこかバツが悪そうに目を逸らした。

      どうもルーティには一生勝てないような気がする。

      そんな様子のを見て、ルーティはくすりと笑った。


      「そうね、お説教は次に会った時にたっぷりしてあげるわ。」

      「出来ればそれはご遠慮したい・・・。」









      邪魔にならないようにと、少し離れたところでスタンがポツリと呟いた。


      「仲良いよなあの二人・・・何話してんだろ。」

      「ふふっ、さんの方が年上なはずなのに、何だかルーティさんの方が

       お姉さんのようですわ。」



















      「まぁいいわ。・・・またね、。」

      「ああ。また・・・会おう。」



















      スタン達のところへ歩いていくルーティの背中を眺めながら

      は姿が見えなくなるまで、ずっとその場から動かなかった。


















      ヒューゴ邸へと戻り、は真っ先に自室へ戻りベッドへ倒れこんだ。

      こうやってゆっくり出来たのは、一体何ヶ月振りだろう。

      面倒な報告は、リオンが適当に済ませてくれるので

      彼女は、睡魔が襲ってくる前にマリアンには挨拶をしておこうと、重い体を起こし部屋を出る。


      もう外は暗くなりはじめている。

      この時間帯であれば、マリアンも休憩時間に入っているはずだ。

      はメイドの一人から彼女の居場所を聞き、休憩室へ向かった。


      「マリアン?」


      コンコンとノックをすると、中から勢いよく扉が開けられる。


      「わっ、びっくりした。」

      「・・・?」

      「そーです。です。えーと・・・ただいま戻りました。」


      最初は突然の来訪に戸惑う様子だったが、やがてマリアンは優しく微笑んだ。


      「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです。」

      「・・・なんかわざとらしいねソレ。」

      「そう?」


      おかしそうに笑うと、彼女は部屋に招き入れてくれた。

      ちょうど今は一人でいるらしく、気兼ねなくゆっくり出来るということで。


      「待って、今お茶を煎れるわね。」

      「あ、どうぞお構いなく。疲れてるみたいだし。」


      しかしそうは言っても、も久しぶりにマリアンが煎れてくれるお茶が

      飲みたかったので、それ以上は何も言わない事にした。


      (・・・顔とかじゃなくて、纏う空気が似てるんだなー・・・エレノアと・・・。)


      アクアヴェイルにいた頃もこうやって、エレノアが煎れてくれたお茶を

      飲んでいた事を思い出す。

      マリアンの後姿を見て、ふと気付いた事がある。

      前に誕生日の時にリオンが贈った髪飾りをいつも付けているという事だ。

      何故いつも付けているという事がわかるかと言うと、それは汚れや傷。

      たまにしか付けないのであれば、どんなに注意深く使用していると言っても

      必ず傷や汚れはついてしまう。


      「ちょっと待ってね、お茶の残りが少ないみたい・・・。」

      「忙しかったんだ?なんか疲れた顔してる。」

      「そう見える?今日はいつもより少し忙しかったから・・・。お客様がいらしていたからかしら。」

      「お客様?」

      「ええ。バルック・ソングラム様とイレーヌ・レンブラント様が。」

      「へー・・・幹部達を呼び寄せて・・・。」


      一体何を企んでいるのやら。

      ろくでもない事を考えているのは間違いないだろう。

      はどうしても、あのヒューゴという男が信用する事が出来なかった。

      彼はセインガルド王の絶対の信頼を得ているのだが、その忠誠心も本物なのかどうか。


      先ほど、やっと情報屋からの報告書に目を通す事が出来た。

      ヒューゴ・ジルクリストという男の素性を依頼した、その報告書だ。




      『昔の彼を知る者は口を揃えてこう言う。

       ある日を境に彼は変貌した、と。

       あの温厚で生真面目なヒューゴが、と。』




      (温厚で生真面目、か・・・。確かに表向きはそう見えるが・・・。)




















      「?どうかしたの?」

      「えっ・・・。」


      コト、とソーサーを置く音では我に返った。

      どうも考え事をしている時は、周りが見えなくなってしまうらしい。


      「ごめん、聞いてなかった。」

      「リオン様が外でお待ちですよ。」


      まさかまた説教か?と思ったが、マリアンが近くにいるのでそれはないだろう。


      (そういえば何か話があるとか言ってたっけな・・・。)


      ずっと聞く機会がなかったものだから、大事な話は今の今までずっと引き延ばされていたのだ。

      もう神の眼の件も終わったし、ここら辺がいい時期なのだろう。

      それにこちらからも聞きたい事がいくつかある。


      「そんなところに突っ立ってないで、君も中に入ればいいのに。」

      「・・・いや、僕はいい。今、時間はあるか?」

      「あるけど。」

      「そうか・・・。・・・少し付き合ってくれ。」

      「わかった。」


      どこへ行くのかと聞こうと思ったのだが、リオンの様子が少し変だったので

      敢えて聞くことはしかなかった。

      リオンを取り巻く空気は何となく余裕がないというか、そんな空気だ。

      そのまま彼の後を付いていくと、月が見える広いテラスに出る。


      「おー、いい月夜だなぁ・・・。」

      「・・・・・・。」

      「・・・で?何か話があるんじゃないの?」


      多分、今は見られたくないだろうから、は天を仰いだままそう言ってみた。

      彼女は近くにある柵に腰をかけて、ゆっくりと待つ。


      静かな夜だ。


      ざわざわと聞こえてくる風と木々の音、そして天には見事な月。

      好きな人に告白されるなら絶対このシチュエーションだと、はぼんやり考える。


      ふと、視線に気付いてはリオンの方を向いた。


      「整理は出来た?」

      「・・・いや。いざとなると何から話せばいいのかわからない。」


      ずるっ


      と柵から落ちそうになった。

      だが考えてみれば、普段自らの事を話したがらない彼がすんなりと

      話せるものではないのかもしれない。

      ここは一つ方向を変更して、リオンへ質問を投げてみた方がいいのかもしれないとは思った。


      「えーと・・・じゃ、とりあえず・・・総帥と君の関係とか。」

      「・・・親子だ。」

      「お、親子?え、ちょっと待って、ヒューゴと君が親子って事は・・・ルーティは・・・。」

      「な・・・お前、何故・・・?」


      「あーそうか、これ読んでもらった方が早いか・・・。」


      は懐からあの報告書を取り出し、リオンに手渡した。







      『ヒューゴ・ジルクリストについての報告。

       経歴 − 不明

       家族構成 − 妻 クリス・カトレット

              子 不明(死産の可能性有り)』







      「どーも謎が多い人物だったんで、知り合いに頼んで調べてもらっていたんだ。

       最近は忙しかったから読む暇がなかったし、ついさっき読んだところなんだけど。」

      「・・・・・・・。」

      「なんか、いきなり核心に行っちゃったみたいだね・・・ゴメン。」

      「いや、事細かに説明する手間が省けて丁度いい。」




      暗くて表情は見えないが、リオンの声は落ち着いているようで、実はそうではなかったりする。

      まさか彼女がヒューゴの事を調べているとは思わなかった。

      普段はのほほんとした雰囲気をまとっているというのに、こういう事には抜け目がない。

      誰かを容易く信用出来ないところは、何となく自分に少し似ているような気がした。


      がヒューゴを信用出来ない事をリオンはすんなりと納得できた。

      息子の彼でさえ、あの男を信用する事は出来ないからだ。


      ましてや――――。


      リオンはそこまで考えて、ハッと気付いた。

      彼女なら。

      なら、この自分の置かれている状況を打破する事が出来るかもしれない。


      「、お前に頼みがある。」


      ぼんやりと月を眺めていたは、突然のリオンの焦った声に驚いた。

      つい先ほどまではそんな様子はなかったというのに。


      「な、なんだ突然頼みとか言われてもだな・・・。」


      どうにも事が把握できないが、ここまで焦っている彼を今まで見た事がなかったので

      は困惑しながらも、リオンの頼みを聞いてみることにした。


      「まぁ私に出来ることなら・・・。んで、その頼みってのは・・・?」






      「マリアンを連れて、どこか遠くへ逃げてくれ。」






      あまりの突拍子な頼みに、は思わず目を白黒させた。

      リオンの表情を見る限りは、とても冗談とは思えない。

      もしこれが演技だとしたら土下座して意味もなく謝る。


      「説明している暇はない!お前にしか頼めない事なんだ!」


      がっしりと肩を押さえられ、悲痛な面持ちでそう訴えられた。

      しかし理由がわからないはただ困惑するばかりだ。


      「とりあえず落ち着け。いきなりそんな事言われてもわけがわからんだろうに。」


      リオンの手を、両手で包み込むように握る。

      こんな事をしても少しの慰めにもならないかもしれないが、彼を落ち着かせるには

      このぐらいの事しか思い浮かばなかった。


      「大丈夫だから。」


      何が彼を追い詰めているのかは知らない。

      だからこんな無責任な言葉が出てきたのかもしれないが、言わずにはいられなかった。


      「・・・・・・・・。」

      「これから、何が起こる?」

      「・・・・・・・・。」


      しばらくの沈黙の後、リオンは静かに言った。












      「”神の眼”がもうすぐ奪われる。・・・・・・・ヒューゴ・ジルクリストによって。」














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      ――――――――――――――――――――

      最近月イチ更新になってきてるなぁ・・・。
      ようやく最初の山場まで漕ぎ着けました。
      まぁちょっと展開が早いですが・・・。
      私結構マリアン好きなんで、なんか良い位置に
      いてもらってます。(笑)
      ゲームじゃちょっとこの人・・・ってなカンジですが。
      まぁリオンが好きになるぐらいだから、ちょっとぐらい
      ルーティに似てるとこがあってもいいんじゃないかなーと
      思ってしまったり。