後頭部が痛い。

      どこかで頭を打ったのだろうか。

      痛いところを手で押さえようとするが、何故か腕が動かなかった。

      寝ている間に痺れてしまったのか、と考えたのだが

      ベッドに入った記憶はない。

      何とかして思考を整理しようと思ったその時、ようやく人の声が微かに耳に入ってきた。


      (誰だ?リオン?マリアン?それとも総帥・・・ヒューゴか?)


      知っている人物を一通り頭に浮かべてみる。

      だが、どうしても思考が定まらないようで何も考える事が出来ない。


      「リオン君、ヒューゴ様からの命令を伝えるわ。」

      「・・・・・・。」

      「もうじきここにスタン君達がやって来る。貴方はそれを排除する事。

       早々に済ませなければ、貴方もあの人も海の底よ。」

      「・・・姑息だな。」

      「・・・・・・。」


      聞き覚えのある声だ。

      一人は言わずもがな、リオン。

      そしてもう一人はノイシュタットで会ったイレーヌ・レンブラント。


      (・・・そうだ、あの夜・・・。)


      おぼろげながら、は自分に何が起こったのかを思い出し始めた。



























      ―――”神の眼”がもうすぐ奪われる。・・・・・・・ヒューゴ・ジルクリストによって―――






      リオンの口から告げられた事実に、は言葉を失う事しか出来なかった。

      グレバムから取り戻した神の眼をまた奪う?

      それもセインガルド王からの信頼を得ているオベロン社総帥、ヒューゴ・ジルクリストが?


      「ちょっ・・・一体どういう事だ?一体何のためにそんなものを・・・!」


      はそこまで言いかけたが、突然何かの気配を感じて後ろを振り返った。

      ヒュン、と風を切る音が鳴ると同時に刀を抜いて剣らしきものを受け止める。

      思った以上に強い衝撃であったが仕込んであった手甲が衝撃を和らいでくれた。


      「ほう。さすがに便利屋だけあって色々と仕込んであるようだな。」

      「ま、色々とあるもんでね。」


      何とか剣を弾いて、はその人物と距離と取った。

      思った通り、彼女を背後から襲ってきた人物はヒューゴ・ジルクリストだ。


      「・・・駄目じゃないかエミリオ。」


      ヒューゴの静かな呟きに、リオンはビクリと肩を震わせる。

      彼は顔も上げずに、ただ俯いているばかりだ。

      それほどまでにこのヒューゴという男が恐ろしいのか、それとも

      ただ単に父親だから、なのか。


      「何か良からぬ事を考えておられるようだな総帥。」

      「いいや、とても良い事だよ。君もすぐに理解出来るようになる。」

      「何を・・・。」


      馬鹿な事を、と言葉を続けたかったのだが

      ヒューゴの後ろから現れた人の姿が目に入った途端、は言葉を失った。





      彼女の視線の先には、後ろ手に縛られたマリアンの姿。





      それを見た瞬間、は全てを理解する事が出来た。

      リオンが何故あれほどまでに怯えているのか

      何故ただ黙ってヒューゴの言いなりになっているのか。


      彼女の命を盾に取られてしまっては、抗えるはずがない。

      それも、リオンが慕っているマリアンなら尚更だ。

      ヒューゴはそれを知っていて、彼らを利用しているのだろう。



      「なんて卑劣な・・・!」



      は刀を構えるが、このまま逆らってしまえば間違いなくマリアンの命はない。

      それに、今従わなければこのヒューゴという男は

      自分の始末をリオンに押し付けるに違いない。


      一体どうすれば良いのだろう。


      ヒューゴに従えば、おそらく多くの人が命を落とす事になるだろうと思う。

      その中には勿論スタンやルーティも入っている。

      だが、ここで彼に従えばどうなるか。




      リオンに始末をさせるだろう。




      彼にそんな事をさせてしまってもいいのか。

      この先、その罪に苛まれて生きていかなければならない。

      最悪の場合、マリアンと共に始末されてしまう可能性もある。


      ならば今―――――・・・。


      今、自分にできる事とは一体なんだろう。



      選択肢は一つしかなかった。


      (どう足掻いても道は一つか・・・。)


      は目を閉じて、静かに刀を鞘に収めた。

      どうあってもマリアンを犠牲にするわけにはいかない。

      事の顛末を知れば、彼女はきっと悲しむだろうけれど。






      記憶はちょうどそこで途切れている。

      この後頭部の痛みを考えると、後ろから殴打でもされたのだろう。

      ようやく思考がはっきりしてきたのか、今は鮮明に思いだす事が出来る。

      が何とか起き上がろうとすると、腕を縛っていた縄を誰かが解いてくれた。

      先ほどまでイレーヌと話していたリオンだ。

      今は彼一人らしく、周りには人っ子一人いない。


      「・・・どのくらい寝てた?」

      「5日程だ。薬も飲まされていたからな。」

      「5日・・・道理で腹が減っているわけだ・・・。」


      周りを見渡してみると、どうやらここは洞窟のようだ。

      壁にもたれてもゴツゴツして背中が痛いし、寝心地も最悪だった。


      「とりあえず今の状況を説・・・って、リオン?」

      「・・・・・・・。」


      リオンはこちらと目を合わせようとしない。


      「・・・あのさ、少しでも悪いと思ってんなら説明ぐらいしてくれ。」

      「・・・・・・・。」


      それでも反応しないリオンに、は深い溜息をついた。

      これはどうやって話を聞き出そうか悩む。

      話を聞かない限りはどうしようもない。

      さりげなくシャルティエの方へ視線を投げてみるが、こちらも主人と同じく反応がない。


      とりあえず、は自分が知っている事を頭の中で簡潔に整理し始めた。



      ・ヒューゴが神の眼を奪った。

      ・それは以前から計画されていたと思われる。

      ・加担しているのは、今のところオベロン社幹部のバルック、イレーヌ、そしてリオン。

      ・ただし、リオンはマリアンを人質に取られており無理やり加担させられている。(と思う)

      ・スタン達がこちらに向かっていて、彼らを早く始末しないと海の底。



      (・・・海の底という事は、ここは海底洞窟ってとこか・・・。)



      海底ということは、必ずどこかに脱出艇があるはずだ。

      隙をみて脱出ルートを確保しておかなければならない。

      は懐に入れてあったアップルグミを口に入れ立ち上がる。

      だが思った以上に身体が言う事を聞いてくれなかった。


      「そんな身体で何をする気だ?大人しくしていろ。」

      「私にはやる事があるんでね。」


      傍に置いてあった刀を手に取る。

      武器を取り上げられなかった事に疑問がわいたが、気にしている暇はない。


      まずは、マリアンを救出しなければ。


      先ほどイレーヌが言っていた事が本当ならば、少しだけ希望の光が見えてきたのだ。

      このまま大人しくヒューゴの手先に成り下がるのは自分の信条に反していたが

      マリアンの命がかかっているとなると、従わざるを得なかった。


      (けど・・・彼らが来るのなら・・・。スタン達が来てくれるのなら。)


      もしかすると、最悪の事態だけは避けることが出来るのかもしれない。

      確かな保証はないが、僅かな可能性でも賭けてみる価値はある。

















      「・・・・・・何故だ。」

















      が一歩を踏み出そうとすると、後ろから絞り出すような声が聞こえた。

      だが彼女は振り返るような事はしなかった。


      「何故だ!何故そこまで出来る!僕はお前にっ・・・何も・・・っ・・・!」


      シャルティエを抜く金属音が響く。

      それでもは振り返らない。

      彼女は前を向いたまま、静かに口を開いた。



      「・・・私の二の舞にはさせたくない・・・ってところかな。」


      「二の、舞・・・だと?」

      「エレノアは知っているよね?」

      「・・・ジョニーが言っていた・・・?」



      「そう。私にとって姉のような存在だ。」





      "だった"とはまだ言えない。

      これから先もずっと、エレノアはたった一人の姉だ。


      「エレノアがティベリウスに殺される様を・・・ただ見ている事しか出来なかった・・・。

       ・・・恐怖で足が動かなかったんだ。」


      はその恐怖を克服する事が出来なかった。

      ジョニーのように、復讐に生きる事も出来なかった。

      フェイトのように、過去を受け止め前に進む事も出来なかった。


      「結果的にはティベリウスを倒す事が出来たけど、それは私が為した事じゃない。」


      あの時偶然ヒューゴと出会っていなければ。

      リオンやマリアンに出会っていなければ。

      スタンやルーティに出会っていなければ。


      彼らに会わなければ、アクアヴェイルに戻ろうとは思わなかっただろう。

      何故なら、ジョニーに会うのが怖かったから。

      ティベリウスからも、そしてエレノアからも逃げてしまった自分を

      どう思っているのだろうと考えると、とても怖かった。


      「誰かを失ってしまったこの痛みを、もう味わわせてはいけない・・・。

       君にはそんな思いをさせたくないから。」


      誰かを守ることが出来たなら・・・愛する人達をこの手で守ることが出来たなら

      ジョニーもエレノアも許してくれるだろうか。


      「それに自分に決着をつけたい。マリアンを助けられたら・・・本当の意味で

       前へ進めそうな気がする。・・・ま、そんなところだ。」


      自分でも不思議に思うが、今はとても穏やかな気持ちだ。

      誰かのためにありたいと思う時は、恐怖など微塵も感じないのだと。

      昔は、どこか現実を甘く見ているところがあったせいか

      エレノアを助けたいという気持ちよりも、ティベリウスへの恐怖の方が勝ってしまっていたから。


      (あの時は、きっと帰ってきてくれると思ってた・・・。何の確証もないってのに。)


      だけど。

      今は自分から動かなければマリアンは帰ってこない。






      「マリアンは必ず助ける。」






      はそう言い残して、洞窟の奥へと進んで行った。









      後に残されたリオンは、しばらくそこから動く事が出来なかった。


      「・・・シャル、僕は最低なのかもしれない。」

      『坊ちゃん?』


      リオンは背中を壁に預け、ずるずると力無く座り込んでしまう。


      「僕は、あいつの命よりもマリアンの命を優先してしまった。」

      『・・・・・・・。』

      「を止めようとも・・・思わなかった・・・。」


      下手をすれば彼女は何事にも抜かりのないヒューゴに殺されてしまうというのに。

      だが、今の自分が守れるものはただ一つでしかない。


      ヒューゴに従えば、少なくともマリアンの命だけは助かるのだ。


      リオンが守りたいものはただ一人。

      マリアンさえ生きていてくれるのなら。



      たとえ、実の姉や仲間だと呼んでくれた者達、そして最後まで信じてくれた彼女が

      犠牲になったのだとしても――――。






      「僕に出来る事は、こうやって逃げる事だけなんだ・・・。」

































      歴史書にはただ四英雄を裏切ったとしか記されていない二人。




      リオン・マグナス−四英雄に倒され、海底洞窟と共に海へ沈む

      ・−四英雄を裏切りながらヒューゴにも従わなかった人間

                 ヒューゴが隠し持っていた宝石等を盗み逃げ去ったとされる

                 現在行方不明




      行方不明とされながらも、今まで彼女の姿を見た者は誰一人としていない。





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      だいぶ端折ってますが、とりあえずプレイした
      方のみわかっていただければそれで・・・。(笑)
      しかし長かった・・・。
      1話からもう1年近く経ってるんですね。
      まだ半年かそれぐらいだと思っていました。
      この話が終わるのは一体いつの事なのかと
      今から考えるとちょっと怖いです。
      2をまた最初からやり直さないとなー。