再びこの世に生を受けた時、償いに生きるべきだと思った。

      今更あいつらに合わせる顔などないが、それでも―――。

      それでも、あいつらの大切なものを代わりに守る事が出来る。

      それが、今僕に出来る唯一の償いだ。





      そして、僕と同じく裏切り者の烙印を押されてしまった彼女。

      歴史書に記された事など信じてはいない。

      少しの間を過ごしただけだったが、彼女がそんな事をするような人間ではない事ぐらい知っている。









      だが―――。

























      「チィっ!硬ェなオイ!」


      凄まじい雄叫びをあげる合成生物グラシャラボラス。

      その皮膚は硬く、ロニのハルバードでやっと傷を負わせられる程度だ。


      「連携で奴の防御を崩せ!」


      ジューダスの号令に、カイルとロニが突撃し晶術の時間を稼ぐ。

      晶術を何度か食らわせれば、いくら合成生物の硬い皮膚であれ

      必ずダメージを与える事が出来るはずだ。



      ジューダスはちらりとここから離れた場所に立っている人物に視線を向ける。

      彼女は目を閉じて、全くこちらの方を気にしてはいない様子だ。

      だがその表情は硬く、まるでじっと何かに耐えているようだった。


      今のところ仕掛けてくる気配はない。

      ジューダスは軽く頭を振り、グラシャラボラスの方へと集中した。






      カイル達が時間を稼いでいる間に、リアラとナナリーが詠唱を終える。


      「くらいな!スプラッシュ!まだまだ!クラッシュガスト!」

      「アクアスパイク!・・・フリーズハンター!」


      グラシャラボラスは頭上からの水流を受け、その上リアラが放った

      水弾も避けきる事が出来なかった。

      凍結した追加晶術も全て命中し、グラシャラボラスの鉄壁の防御が崩れる。


      このチャンスを逃さずに連携を続けようとカイル達が再び突撃しようとした時

      グラシャラボラスから何かが弾けるような音が響き渡った。


      そして、ピタリと動きを止めるグラシャラボラス。


      「・・・や、やったのか?」

      「なんか変な音がしたけど・・・何だろう?」


      カイルは音がした方に近づき、きょろきょろと辺りを見回した。

      床に何か落ちている事に気付きそれを拾い上げると

      それは小さなレンズの欠片だった。


      「どうしたのカイル?」

      「うん、さっき変な音がしたと思って見てみたら、こんなのが落ちてたんだ。」

      「割れたレンズの欠片・・・?・・・!これって・・・!」

      「リアラ?」


      リアラが欠片を手に取った途端、彼女はカイルを引っ張って

      グラシャラボラスから離れる。


      「な、どうしたんだよ一体!」

      「このレンズからエルレインの声が聞こえるの。」

      「えっ?」

      「多分、レンズであのモンスターの制御をしていたのよ。でもそれが割れてしまった今・・・。」




      「あー、どうやら終わってみてぇ・・・。」



      そうとも知らず、ロニが力を抜きかけた瞬間、やはり異変は起きた。


      先ほどとは比べものにならないぐらいの咆哮が轟音となり辺りに響き

      グラシャラボラスは気が触れたように暴れだしたのだ。


      「何だ何だ!?何なんだよ!いきなり暴走しやがったぞコイツ!」

      「ロニ!早くこっちへ!目的は果たしたんだからさっさと逃げるよ!」

      「わーかってるっつーの!おいジューダス!お前も突っ立ってないでさっさと・・・!」


      ジューダスは一つの仮説を立てていた。

      可能性は極めて低いが先ほどのリアラの話が本当なら

      もしかすると彼女は―――。






      ――――レンズを使って操るって話を聞いた。――――







      「リアラ。エルレインの気配からレンズの場所を特定する事は出来るか。」

      「え?でも・・・少し時間がかかるかもしれないわ。」

      「構わない。」


      ジューダスは自分の仮説をリアラに手早く説明した。


      「・・・わかったわ。やってみる。」


      いつも以上に彼が真剣な表情をしていたので、リアラは断る事が出来なかった。

      今は一刻も早く飛行竜から脱出しなければならない状況ではあるが

      暴れていたグラシャラボラスも力尽きてたらしく、その身体は消滅していた。

      だが後一人、ここに残っている人物がいる。

      リアラはいつまで経っても空間転移をしない彼女が少し気になるのだ。


      そして、何故ジューダスがここまで彼女を気にかけるのか。


      リアラが気を集中させている間に、ジューダスはゆっくりと彼女へ近づいた。

      彼女ならこんな足音ぐらい聞き取る事など造作もない事だが

      何か一つの事に集中すると、それも聞こえなくなってしまう癖がある。


      (今思えば、僕はお前の事をよく知らなかった。)


      知ろうともしなかった

      あの時はただ一人の事を考えていられれば、それで良かったのだから。




      「おいマジでやべぇぞ!このままじゃ落っこちる!」


      先ほどのグラシャラボラスの暴走のおかげで、飛行竜の制御が

      効かなくなってしまっていた。

      後10分もすれば、飛行竜とともに海へと墜落してしまうだろう。

      一刻も早く飛行竜から脱出しイクシフォスラーへと戻らなければならない。

      だがジューダスの中には彼女を置いて脱出するという選択肢などなかった。


      「・・・お前たちは先に戻っていろ。」

      「でもジューダス!」

      「時間がないんだろう。さっさと行・・・!」


      突然の金属音に、ジューダスは一瞬対応に遅れてしまう。

      以前に何度も聞いた音、それは彼女が刀を抜いた音だった。


      「チィッ!」


      咄嗟にレイピアで応戦したものの、彼女に危害を加える気などない。

      しかし、このまま時間を潰していては全員が海へ落ちる。


      (こうなったら僕がレンズの場所を見つけ出すしかない・・・。)


      自分の仮説が正しければ、エルレインはレンズを媒介にして彼女の中へと侵入しているという事になる。

      となると、リアラが聞いたというエルレインの声を遮る事で

      彼女の動きを止める事が出来るかもしれない。

      要は彼女が身に付けているレンズを片っ端から破壊すればいいわけだ。



      彼女が身に付けていたレンズ――――。








      ――――かのハロルド・ベルセリオス博士が開発したらしい。――――








      頭の中に、前に彼女が言っていた事が浮かぶ。

      あのベルセリオス博士が開発したものなら、そして人間の容姿をある程度

      変化させられる物なら、必ずレンズは入っているはずだ。






      「・・・あのピアス!」



      ジューダスは一瞬の隙をついて彼女のピアスをレイピアで突き砕く。

      ピアスの中に入っていたレンズが粉々に砕け散ったと同時に

      彼女は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

      出来れば彼女の身体を受け止めたかったところだが、先ほどの戦闘で

      消耗していた為、思う通りに身体が動かなかった。

      ジューダスは彼女の息を確かめると、その身体を抱き上げる。


      「ジューダス、その人・・・。」

      「説明している時間はない。さっさと脱出するぞ。」


      ロニあたりは反対していたが、とにかく今は時間がないという事で

      彼女を連れていくことに同意した。

      だが納得がいかないのは、何もロニだけではない。

      リアラもまた、どこか複雑そうな表情をしていたのだった。

      何故自分にもわからなかったレンズの位置を、ジューダスにわかったのか。


      (知り合い・・・?)


      あのピアスにレンズが入っているというのは、ある程度の仲でなければ

      知る事もないだろうに。

      彼女の素性がわかれば、ジューダスの素性も明らかになるのかもしれないが

      相手はあのジューダスだ。

      聞いたところで答えが返ってくるわけでもない。

      やはり彼女が目を覚ますのを大人しく待つしかなさそうだ。

      しかし何よりも気になったのは、あの細腕でよく彼女を抱えていられるなという事だった。







      飛行竜に繋げてあったアンカーを外し、イクシフォスラーは無事に

      離れる事は出来たが、ウッドロウから言い渡された任務は遂行する事が出来なかった。

      奪還すべきレンズは飛行竜とともに海へ落ちてしまったのだ。


      「レンズ・・・沈んじゃったね。」

      「ま、しょーがねぇだろ。あれだけのレンズを運ぶっつっても無理だしな。」

      「エルレインの手には渡らなかった・・・ってだけでも良しとしないとね。」


      少し落胆しつつも、カイル達は脱出出来た事にホッと胸をなで下ろした。

      そして、改めて床に横たわっている異客を見遣る。


      「・・・大丈夫か?目が覚めたらいきなり襲ってくるなんてこた・・・。」

      「多分、大丈夫だと思う。もうエルレインの声は聞こえないもの。」

      「声?」

      「さっき・・・。」


      リアラは先ほどのグラシャラボラスの事、そしてレンズからエルレインの声が

      聞こえてきた事をカイル達に説明した。

      今ひとつ、カイルあたりはよくわからないといった様子であったが。


      「要は自分の意思ではなかったという事だ。」

      「そうなの!?じゃあいい人じゃん!ね、ロニ!」

      「いい人とは限らねぇだろ。そりゃー悪い奴とも限らねぇけど・・・。」

      「どうしたの?いつものロニなら"レッツナンパだー!"とか言ったりするのに。」

      「お前な、一体俺を何だと・・・、・・・ん?」


      ロニは何かに気付いたように、まじまじと彼女の顔を観察する。


      「どこかで見たような・・・見てないような・・・。」

      「わかった!ロニが前にナンパした人だったりして!」

      「オレを馬鹿にすんじゃねぇ!今までナンパしていきた女性の顔ぐらい覚えているぞ!」



      「へぇ――――――・・・・。」


      バキッ

      後ろから聞こえた不気味な音に、ロニは肩を震わせた。

      ギギギ、と首をゆっくりと回してみれば、そこには予想通り指を鳴らしている

      ナナリーの姿があった。


      「ナっ、ナナリーさん?一体ナニをする気・・・あああ間接をキメっ・・・!

       そ、その骨はそっちには曲がら・・・イイイイイイイ!」



      後ろで間接を極められているロニの声を聞きながら、ジューダスは

      ようやく安堵する事が出来た。

      レンズを奪回する事は出来なかったが、リアラの救出には成功したし

      何より彼女も取り戻す事が出来たのだから。

      媒介であるレンズを破壊してしまえば、きっと正気に戻ってくれる。

      カイルの事を話せば、彼女なら協力してくれるかもしれない。

      自分の事を話す事は出来ないが、事情を話せばきっと―――――。


      「ねぇ、なんか飛行竜の落ちたところがおかしくない?」

      「おかしいって?」


      最初に異変に気付いたのはカイルだった。

      彼が何気なく外を見ていると、飛行竜の落ちた周りで大きな黒い何かを見つけたのだ。

      それは次第に大きくなってゆき、こちらへと迫ってきているようにも見える。


      「空間が・・・歪んでる!?」

      「おいジューダス!もっとスピード出せねぇのかよ!」

      「無理だ!これが最高速度・・・!」


      「だめだ!飲み込まれる!」


      黒い塊は全速力で飛んでいたイクシフォスラーをすっぽりと飲み込み

      そして霧が晴れるように分散した。

      だが、飛んでいたはずのイクシフォスラーの姿はどこにも見つからなかった。








































      声が、止んだ。

      ずっと頭に響いていた声が。

      良かった、と彼女は思った。

      とても奇麗な声だったけれど

      とても耳障りな声だったからだ。


      これでやっと自分の目的を果たす事が出来る。










      「・・・冷たい。」


      とにかく、今寝ているところは床が冷たい。

      彼女はあまりの冷たさに、しばらく身体を動かす事が出来なかった。

      ふ、と大きく息を吐いて彼女は身体を起こす。

      辺りを見回してみると、どうやらここは洞窟らしい。

      一瞬あの海底洞窟なのかと思ったが、光が漏れている事

      さざ波の音が聞こえている事から、どこかの海岸なのだとわかった。

      傍に武器がある事を確かめ彼女はゆっくりと立ち上がる。


      「・・・?」


      先ほどは目が慣れていなかったせいか見えなかったが

      自分の他にも倒れている人間が数人いた。


      「生きて・・・るよな?」


      とりあえず、一番近くにいた少年を起こしてみる事にした。

      金髪の、まだ子供のようだ。

      頬を叩こうと顔をこちらへ向けた瞬間、彼女の動きが止まる。


      「・・・・・・・スタン・・・?」


      声に出して初めて自分の声が震えている事に気付く。

      この少年がスタン本人であるわけではない事は知っている。

      となると――――。


      (ああ、そうだ・・・この子は・・・。)




      名前を思い出す前に、彼女は刀の柄に手をかけた。

      殺気はない。

      だが、険悪な空気が流れている事は確かだ。


      「この子を傷つけるような真似はしない。」

      「どうだかな。さっきまでエルレイン側にいた人間だ。」


      ふぅ、と彼女は嘆息する。

      確かにエルレインの言いなりにはなっていたが、それは自分の本心ではない。

      だがそれを後ろの人間に伝えたところで、信用してもらえるとも思えない。


      「ロニ、話がややこしくなるからアンタはちょっと黙ってて。」


      ハルバードを構えているロニを後ろへ押し、ナナリーが前に出る。

      彼女はゆっくりと身体をロニ達の方へと向けた。

      ふと、ジューダスは視線を感じたが敢えて声を出す事はしなかった。

      彼女の事だから、きっと声を聞いてしまったら自分の正体を知られてしまうだろう。

      幸い、ジューダスに対して特に疑いを持つ事もなかったようなので

      彼は少しだけホッとした。

      ほんの少しだけ、残念な気持ちもあったけれど。


      「ねぇ、アンタはもうあたしらを襲う気なんて、もうないんだろ?」

      「何故そう思う?」

      「誰よりも早く目を覚ましたアンタなら、あたしらを殺す事ぐらい簡単に出来たはずだし。

       それに、そんな辛そうな顔してる人がカイルをどうこう出来るわけもないしね。」

      「・・・カイル・・・そうか、カイル・・・。」


      彼女はじっとカイルの寝顔を見つめた後、ロニの方を見つめる。

      だがすぐに目を伏せて、刀から手を放した。


      「あたしはナナリー・フレッチ。アンタは?」

      「・。」



      「・・・・・・・・・だと・・・?」


      「ん、失言だったか。」


      「てめぇ・・・18年前の人間なのか!しかも・・・スタンさんやルーティさんを

       裏切ったっていう・・・!」


      そういえば、とはポンと手を叩き


      「私達は裏切り者だと伝えられているんだっけ。あいつらも薄情だなぁ。

       少しはフォローしてくれてもいいのに。」


      その軽い言葉に、ロニは激昂して彼女の胸倉を掴もうとするが

      するりを避けられ横を通り過ぎられてしまった。


      「ここで君たちを構っている暇もないしな・・・早いとこエルレインを探さなければ。」

      「やっぱりエルレイン側の・・・!」

      「勘違いするな。奴らは友人の仇だ。」

      「仇・・・?」


      彼女には果たすべき目的がある。

      だがそんな自分だけの都合に彼らを巻き込みたくはなかった。

      一人で洞窟を出ようとした時、ぐいっと自分の腕が後ろへ引っ張られる。

      何事かと後ろを振り返ると、カイルが彼女の腕を掴んでいた。


      「ダメだよ、一人で行くなんて!」

      「・・・・・。」


      さっきまで寝ていたくせに、どうしてそんな事まで耳に入っているのか。


      「とりあえず離してくれる?でないと斬る。」


      口調はそれまで通り静かなものだったが、明らかに殺気がこめられていた。

      だが、カイルはまっすぐに彼女を見据えたまま手を離さない。


      「斬れない。オレを斬るなんて出来ないよ。」

      「・・・・・。」

      「父さんの仲間なんでしょ?」

      「・・・・・。」

      「オレを懐かしそうに見る君が、オレを斬るなんて事できっこない。」

      「・・・・・。」


      どこもかしこもスタンと姿が重なる。

      バカ正直なところだとかお寝坊さんなところだとか一つの事しか考えられないところだとか。

      時々核心をついてきたりするところだとか。

      無条件に他人を信用したりするところだとか。

      挙げてみるとキリがないのだが、とにかく何から何までそっくりだ。


      は再び嘆息した。


      「・・・で、カイル君は私にどうしてほしいのかな。」


      返ってくる答えはもうわかっていたのだが、敢えて聞く事にする。


      「オレ達と一緒に行こうよ。父さんの話とか聞きたいから!」

      (ああ、やっぱり・・・。)

      「カイル!そいつはそのスタンさん達を・・・!」

      「大丈夫だって!父さんも母さんも"裏切り者"だなんて言葉で呼ばなかったんだから。

       だからきっと良い人だよ!」

      「だからその根拠と自信は一体どこから来るんだお前はァー!」




      カイルを除く5人は呆れたような諦めたような溜息を漏らした。








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      ――――――――――――――――――――

      なんだかもうすっかり月一更新に・・・。

      やっぱりカイル達を書いていた方が
      楽しいのかもしれません。
      なんかこう、1は重苦しい空気がいつもあったけど
      2はまだおバカなところもあって、キャラ同士を
      絡めやすかったりします。
      ・・・その割にはジューダスとの会話が皆無なのですが。(笑)