「本当にこっちでいいのかよ?」

      「んー・・・木の上から見たらドームが見えたし・・・合ってると思う。」


      何とかガルムを撒いたロニとは、紅蓮都市スペランツァへ向かっていた。

      だがどこを向いても木木木。

      一体どう歩けばいいのだとロニが悩んでいると、が突然木を登りだした。

      ポカン、とロニは呆気に取られていたが、よくよく考えてみると

      方向を確かめるにはその方法しかなかったのだ。


      だが彼女を信用してもいいものか、と彼は警戒していた。

      何と言ってもは18年前、自分が尊敬するスタンやルーティを

      裏切ったとされる人物だ。


      今進んでいる方向も正しいのかどうか・・・。


      「そこの百面相。あんまり考え込むと一気に老けるぞ。」

      「ふ、老けっ・・・!誰が老けるだとぅ!?」

      「そこの銀髪兄さん。」

      「バカ言うんじゃねぇ!この若々しい俺が・・・!」


      ロニはそこまで言って、ハッと我に返る。

      何を和やかに過ごしているんだ俺は!と頭を振り、気を取り直した。


      「単刀直入に聞くぞ。お前、どうしてスタンさんの事を知ってる?」


      彼の事を知っているのは、ルーティと自分しか知らないはずだ。

      それをどうして18年前の人間が、しかもエルレインに精神を

      乗っ取られていたが知っているのか。

      あの時の事は決して口外しないと、ルーティと約束したはずなのに。


      「銀髪兄さん、私が最初に言った事をよーく思い出してみるといい。

       勘のいい君ならわかるかもしれない。」

      「最初って・・・あー・・・仇がどうとか、ってやつか?」

      「・・・・・・・。」


      そうは言われても、ロニの頭の中では何一つ繋がる事がなかった。

      だがはそれ以上口を開こうとはしない。


      ロニは歩きながら、頭の中を整理する事にした。


      彼女と最初に対峙した時、何を言ったのか。


      ―――奴らは友人の仇だ―――


      それははっきりと覚えている。

      仇というのは、エルレイン達の事なのだろうと思う。

      クリア。

      だが問題は彼女の友人という言葉だ。

      ロニはの友人の事など知らないし、会ったこともない。

      とにかく彼女の友人がエルレイン達に殺されたという事なのだろうか。


      エルレイン達――――ということは彼女自身、あるいは側近達の誰かに。


      そこまで考えてロニは頭を抱えた。


      「・・・サッパリわかんねぇ!」

      「あっはっはっは。」

      「んなっ、てめっ、笑うなっ!」

      「いやー悩んでる時の百面相が面白くて。なんか考えるのが苦手みたいだねー。

       尊敬してるからってそこまで似なくとも。」

      「ほっとけっつーの。」


      「お、出口が見えてきたみたいだ。」


      方向がわかっていたせいか、意外に早く密林を抜ける事が出来たようだ。

      の視線の先には、あのドーム状の建物がある。

      だがカイル達の姿が見えないということは、まだ中で苦戦しているのだろうか。


      「銀髪兄さん、そんなに心配しなくてもカイル達は大丈・・・。」


      やけに静かなものだから、がふと後ろを振り返ってみると

      何やら真剣な表情をしているロニの姿があった。


      「お前・・・まさか。」

      「え?」







      「仇ってのは・・・まさか・・・・・・・!」







      特にヒントとなった言葉はなかった。

      だが、ロニの中で何かが引き金となって線が一つに繋がったのだ。


      「・・・正直言って気付くとは思ってなかった。いや凄い凄い。」


      適当に思わせぶりな事を言っておけば、混乱してそのうち諦めると思っていたのに。


      「けどなんでお前が!?お前は・・・あの人達を・・・!」

      「それは歴史書では、だろう?確かに歴史書というものが事実が記されているのかもしれないが

       都合よく塗り替えられている場合も多い。・・・ああ、正にこの世界のように。」

      「じゃあ何か?歴史に記されている事は全部嘘だって言うのかよ!」

      「考えが単純だね銀髪兄さん。全てが嘘だとは誰も言っていないよ。」

      「だあァっ!そういう事じゃねぇ!」


      すっかり熱くなってしまったロニを、少し呆れたような目つきで見遣る。

      だが彼にとっては不思議でたまらない事なのだろう。

      彼らを裏切ったが、その彼らのために行動しているのだという事が。


      「ロニ、歴史は事実ではあるが真実ではない。・・・そうだな、たまには

       "裏切らざるを得なかった側"の気持ちを考えてみるといい。」

      「裏切・・・おいちょっと待て!そりゃ一体どういう・・・!」















      「ロニーっ!」















      ロニがを問い詰めようとしたところへ、聞きなれた声が耳に入ってくる。

      声がした方向を見ると、手を振りながらこちらへ駆け寄ってくるカイルの姿があった。

      彼の後ろにはリアラやナナリー、ジューダスの姿も見える。


      「二人とも急にいなくなっちゃうから心配したんだよ!」

      「ガルムの数が多すぎてね。撒くのに手こずったんだ。なぁロニ?」

      「あ、ああ・・・。」



      "時間切れ"



      は口の動きだけでロニにそう言った。


      「ぐ・・・!やっぱりいけ好かねぇ・・・!」


      少しでも『良い奴かもしれない』と思った自分がバカだった。

      そういえば以前にも似たような気持ちになった事があったような、と

      妙な既視感を覚えて、ちょっと嫌になった。










      蒼天都市に続き、次は紅蓮都市スペランツァ。

      こちらも予想通り至れり尽くせりの街のようだ。

      ヴァンジェロと同じく、ドーム状の建物の中で暮らす人々。


      ナナリーは一言「作りものの街」と呟いた。

      ここに暮らす人々は今まで、そしてこれからもこのドームから出る事はない。

      自分の一生がこの街で終わる事になる。


      「箱庭、か・・・正にそうだな。このドーム内で世界が終わってしまっている。」

      「それでも、みんな穏やかな顔をしているわ・・・。」

      「・・・・・。」


      一歩外へ出てみれば、もっと大きな世界が広がっているというのに

      ここの人々は目を向けようともしない。

      そんな事も知らない方が幸せだというのだろうか。


      「"幸せ"を押し付ける事で聖女さまは満足するものらしいな。」

      「ああ・・・"幸せ"ってのは誰かに与えてもらうもんでもないってのになぁ。」


      何もはエルレインだけにに対して言っているのではなかった。

      今後ろにいるもう一人の聖女にも言っているようなものだ。


      彼女は今とても迷っているのだろう。


      ここに住む人々の穏やかな顔を見て、エルレインのしている事が

      正しいのではないのかと。


      「とにかく、情報を集めようよ。もっとこの世界の事を調べないと!」

      「カイルはいつも脳天気でいいなぁ・・・。よし、じゃあ分かれて調べてみるか。」


      ドーム内と言っても、中は街一つ分が入るぐらいの広さであるため

      手分けして調べた方が効率は良さそうだ。


      「そうだな、まず俺と。それから・・・。」

      「ちょっと待て。どうして私がロニと!」

      「お前は誰かが見てないと余計な事をやらかしてくれそうだからなー。

       ある意味カイルよりタチが悪ぃ。」


      私を15歳児と一緒にするなと抗議したかったのだが、そんな暇もなく

      首根っこを掴まれてずるずると引きずられて行ってしまった。


      「あっ、オレも行くよ!」


      カイルはその後を追って、走っていく。

      3人の後姿を見ながら、ナナリーは小さく笑う。


      「・・・あいつって根っからの兄貴なんだね。」


      一番に怒るかと思っていたナナリーが、呆れながらも笑っているのを

      リアラは心底不思議そうな顔で見上げる。

      いつもなら、ここで関節技を極めてもいいぐらいなのに。


      「心配なんだよ。ってずっと思いつめたような顔してるから・・・。」

      「思いつめたような・・・?」

      「うん・・・理由はわからないけどね。だから余計にロニは放っておけないんだと思うよ。」


      普段は喧嘩ばかりしているロニとナナリーだが、お互いの見るべきところはしっかりと見ている。

      本人達は気付いていないかもしれないが、こう見えても結構ウマが合うのだ。


      それを言ったら怒るだろうな、と思ってリアラは黙っていたけれど。






      (あいつが思いつめる理由、・・・か・・・。)


      一瞬あの日のことが思い浮かんだのだが、ジューダスにはもっと他の事に思えてならなかった。

      彼女は何を知り、そして何をしようとしているのか。

      自分が聞けば何か話してくれるのだろうか。

      二人になる機会があれば、思いきって聞いてみるのも良いかもしれない。












      一方―――――――。












      「ねぇ?これ何だろう?上に行ける装置かな・・・?」

      「オイコラ馬鹿カイル!やたらと勝手にその辺のものを触るんじゃねぇ!」


      最近、ロニと話す機会がやけに多いような気がする。

      は人知れず首を傾げた。

      監視されているだとか、そういう意味ではない。

      二人で話したあの時以来、少しだけ彼女に対する態度が軟化したのだ。

      スタンのことを話したのは、ただ単に聞かれたから話しただけであって

      特に深い意味はなかったのだが、彼はそう受け取らなかったようだ。

      それとなく話しかけてくれたりだとか、戦闘中に危なくなったら

      ヒールをかけてくれたりと。

      だがそれは何もロニだけではない。

      カイルやナナリーも、何かとのことを気にかけてくれていた。

      不思議な人達だ、とは思う。

      だがこんな彼らだからこそ、ジューダスもごく自然に馴染んでいるのだろう。


      ただ―――――――・・・。


      リアラだけは必要以上のことを話そうとはしなかった。

      だからもまた、彼女の名を呼ぶことはない。


      (聖女さんは意外と警戒心が強い。)


      だが警戒しているのはも同じだ。

      何といっても彼女もエルレインと同じ聖女なのだから。

      それにリアラ自身は気付いていないかもしれないが、リアラはエルレインと同じ匂いがする。


      「何だ?腹でも痛いのか?」

      「・・・人が考え込んでるときに何を言うか君は。」

      「ずっと俯いてるもんだからそう見えるんだよ。」


      そんな会話を交わしながら、転送装置を使って上がると細い通路がぐるりと一周している。

      ちょうどその中心には何かの装置が置いてあり、二人はそこへと近づいていく。

      誰かが使った形跡もないのだが、今この街で役に立ちそうなものと言えば

      これぐらいの物しかない。


      「何かの手がかりになるかもしれないな・・・。」

      「じゃあオレ皆を呼んでくる!」

      「あ、いや、・・・少し待ってりゃすぐ来るだろ。行き違いになっても困るしな。」


      ロニは妙にそわそわしている様子はとても怪しい。

      何だか嫌な予感がしてきたので、なるべくこの場から離れたかったのだけど。


      「・・・ロニ、もしかして私に何か聞きたいことでもある?」


      「お、さすが。ご名答。」


      気まずそうに笑い出すロニ。

      やっぱり、とは力なく項垂れた。

      無理やり引きずってきた事といい、呼びに行かせない事といいバレバレだ。


      オホン、と彼は気を取り直してこちらを向いた。


      「・・・一つだけ、その・・・聞かせてほしいことがあってな。」

      「何。」




      「もしかしてお前、スタンさんの事好きだったのか?」












      パキョっ












      辺りに鈍い音が響き渡った。


      「・・・わぁっ!ロニ!」

      「あ、ゴメン。」


      少し肩がぶつかったのと同じぐらいの声音で軽く謝罪する。

      本当に自然かつ無意識に足が出た自分自身にはちょっと驚いた。


      「テ、テメェ!何も蹴るこたねぇだろ蹴るこたァ!」

      「いや、あまりにも馬鹿なこと言うもんだから・・・つい手が出て・・・。」

      「足だろ足!」

      「あ、そうか。」

      「ああああムカつくー!」


      今にも地団駄を踏みそうなロニを、カイルがまぁまぁと諫める。


      「はぁ・・・とりあえず聞いておくけど、何でまたそんなことが浮かんだわけ?」


      何がどうしてそんな結果にたどり着いてしまったのか、彼女にしてみれば

      全く納得がいかない内容だった。

      蹴られたところをさすりながら、憮然とした様子でロニは口を開く。


      「・・・勘だ。」

      「そりゃまた当てにならん勘だね。」

      「ほっとけ。」


      しかし誤解されたままでは気分が悪いので、とりあえず訂正しておくことにする。


      「とにかく、スタンはただの・・・。」

      「ねぇ!父さん達とどんなこと話してたの!?」


      何故にこの子はやたらと話の途中で割り込んでくるのだろうか。

      しかも話題とは全く関係のないことを投げてくる。

      というか、いい加減しつこいとも思うのだが



      きらきらきら



      「うっ・・・。」


      カイルの純粋な瞳に勝てる者はそういない。

      そしても例外ではなかった。

      結局またもや根負けしてしまい、彼女は力なく項垂れる。

      しかし話すからには下手なことは言えないので、彼女は一体何を話そうかと迷う。


      「そ、そうだなぁ・・・周りによく怒られていたよ。」

      「母さんが先頭に立って、でしょ?」

      「正解。」

      「じゃあフィリアさんやウッドロウさんも怒ってたの?」

      「いや、あの二人は物静かな方だからなぁ・・・ルーティとあと一人・・・に。」


      彼の名前を出してもいいものか、と最後まで迷った末、結局出さなかった。

      だが、彼女の迷いも空しく無に帰すことになる。


      「じゃあその人がリオンって人?その人も怒りっぽい人だったんだ。」


      は驚いたように目を見開いた。

      何の疑問も持たずに話の続きを待っているカイルを、少し困ったように見つめる。

      ロニに視線で助け舟を出してみるが、彼はただ諦めたように溜息をつくだけだ。


      「・・・そうだね、とにかく沸点の低い奴だった。短気で無愛想でヒネてて

       根性悪くて皮肉屋で・・・。・・・、でも・・・。」

      「でも?」



      「・・・・・・嫌いじゃない。」



      頭に浮かぶ二つの顔が重なる。

      ふっと表情が変わった彼女を見て、カイルがポツリと言った。


      「・・・好きだったんだね。」


      その言葉を理解するまでに、しばらく時間がかかったのだけど

      カイルの言葉は心の中にストレートに落ちてきて、そのまま浸透していく。


      今までそんなことを考えたことはなかったけど。


      「そう、なのか・・・な、案外・・・そうかもしれない・・・。」


      特に否定する気にもなれなくて、至極素直に認める。

      が、ハッと我に返り慌てて辺りを見回して誰もいないことを確認すると

      幸いカイルとロニ以外の人間は見当たらなかったので、ホッと胸を撫で下ろした。


      「どうしたの?」

      「いや、何でも・・・ない・・・。」


      困った。

      は一体どんな顔をして彼と会えばいいのかわからなかった。

      だが仮面をしているのがせめてもの救いだと思うべきなのか

      どうにも色んな意味で複雑な気分だ。



      (・・・"好き"、・・・かぁ・・・。)



      ああ、そういえばずっと以前にもそんな気持ちを抱いたことがあった。

      まだ自分が便利屋というものをしていた時、それなりに経験はしたつもりだ。

      相手は様々で、時には依頼主であったりだとか、また道中での一夜の恋だとか。


      だけど、好きで好きでたまらないというような経験はまだ、ない。

      というかそんな恋は、そう誰もかれもが経験するものではないと思う。

      一生で一度あれば良い方なのだろう。


      一生で一度の恋かどうかはわからないが、恐らく今の自分はあのヒネ少年に

      そんな感じの気持ちを抱いているのだろう。

      何故だかわからないが、それは認める。



      特に胸が高鳴ったりはしなかったけれど。

      何か自分に出来ることはないかと思ったことは何度もある。

      どこか昔の自分と似たようなこのヒネ少年を何とかしてやりたいと思ったのが最初だっただろうか。



      ――――最初のひと目で恋を感じないなら、恋というものはないだろう――――



      は前に何かの本に書いてあったことを思い出した。




      (最初君に・・・。)




      はそこまで考えて、突然思考を止めた。

      自分たちが一体どんな存在なのかを思い出したのだ。


      この命はあくまで仮初の命であって、そしてこの時代には存在してはならない命。


      それに、今のの頭にはたった一つのことだけ。

      他の事を考えている時間は――――――ない。



      今一度得たこの命は、償いに生きるべきだ。

      きっと、彼も同じことを考えているのだろうと思う。


      だが、その方法というのは彼とは全く違うものだ。

      本当は彼が選んだ方法が一番良いのだとは思うけれども。










      たとえ誰もが望まないことであっても、私は自分を抑えることなど出来ない。








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      ―――――――――――――――

      文中に出てくるあの言葉は、誰の言葉だったか・・・。
      ・・・調べてみると、イギリスの詩人でした。
      どこかで聞いた言葉だったので使わせていただきました。

      彼女がしようとしていることは、大体の方が
      予想できることだと思います。

      つか最近マジで更新頻度が低くなっていて申し訳ないです。