「駄目だ、どこにも見当たらないよ!」


      一番最後に戻ってきたカイルは、汗だくになりながらも周りを見渡して

      何かを探している。

      カイルだけではなく、ロニやナナリーも辺りを周囲深く見回していた。


      「どうしちゃったんだろう・・・。」


      ここ、黄昏都市レアルタに入ってしばらくするといつの間にかの姿が見えなくなっていた。

      もしかすると、この世界の資料を見ている間にいなくなったのかもしれない。

      資料室は薄暗かったし、誰もが目の前にある映像に釘付けで

      多少の物音がしても何も聞こえなかったから。

      街を捜し歩いて見ても、彼女の姿はどこにも見当たらない。

      まさかエルレインの元へ行ったのでは、と考えるが

      精神を解放された彼女がそんなことをする理由はない。


      周りが心配そうに彼女を捜している中、リアラは一人俯いている。



      (やっぱりあれは・・・。)




      「ねぇ、カイル――――・・・。」













      ――2時間前――









      「近くで見ると、圧倒的に大きいんだね・・・。」


      黄昏都市レアルタの中まで入ると、嫌でも頭上にあるダイクロフトが目に入る。

      バランスを崩しながらもカイルは物珍しそうに空を見上げながら歩いていた。


      「エルレインがいるとすると、ダイクロフトに間違いないだろうな。」

      「煙と何とやらは高いところが好きだって言うしね。」


      カイル達が歩いているだいぶ後ろの方をジューダスとが静かに歩く。

      とは言っても、ほとんど言葉を交わすことはない。

      何故ならこの二人の周辺だけ、張り詰めた空気が流れているからだ。


      ジューダスは出来ることならが隠しているであろうと思われる目的を聞き出したい。

      だが、当の本人からは聞くな話しかけるなという無言の意思表示が

      ピリピリと伝わってくるものだから、どうしても聞き出せないのだ。



      (・・・すっかり立場が逆転してしまったな。)



      以前は何も考えずに問い詰めることが出来たけれど。

      何だか昔の自分を見ているようで、複雑な心境だった。


      「何も聞けないということが、これほど苛々することだとは思わなかった。」

      「・・・・・・・。」


      少し歩調を速め、ジューダスは振り返りもせずにそう言ったのだが

      当のは彼の言葉に表情一つ変えることはない。

      彼は元から返事には期待していなかったかのように、そのまま先に歩いていってしまった。





      「・・・それでいい。」





      誰にも聞こえない声で、はポツリと呟く。


      「君は前だけ向いていればいいんだから。」














      「でも、後ろに誰かがいないと不安だと思うわ。」



      突然の声に、は文字通り飛び上がった。

      恐る恐る後ろを振り返ると、こちらをじっと見上げるリアラの姿があった。


      「わ、私は後ろに誰かがいるとまず驚くけどね。」

      「そうね。」


      精一杯の嫌味を言ったつもりなのだが、リアラは全く意に介さない。











      初めてジューダスと会ったときみたい。







      この人は一体何者なんだろうと、いつも疑っていた。

      でも、彼は彼で本当はとても優しく厳しい人なんだと知ったから

      今では良い仲間だと思っている。


      だけどこの人は・・・。


      今の今までエルレインの側にいた人だから、やっぱりわたしはすんなりと受け入れることは出来ない。


      ロニも最初はあからさまに敵対心を抱いていたのに、あのはぐれたときから

      少し態度が軟化してしまったような気がする。

      カイルとナナリーは最初からあの人を疑ってなんかいないみたい。

      そしてジューダス・・・彼は知らないと言っているけど、わたしにはそう見えなかった。


      でも、わたしは詮索しないことにする。

      ジューダスのことは何も聞かないって、カイル達もそう思っているだろうから。







      「でも、あなたは違う。」


      じっとこちらを見据えてそう言うリアラに、はつい苦笑する。


      この二人は仲良しとはお世辞にも言えないような二人である。

      カイルあたりは全く気付いていないだろうが、普段この二人が話すことは皆無だ。


      そんな二人が話していたら、本人たちが何も思わなくても周りは気になって仕方がないだろう。

      それぐらいリアラとの間には会話がない。





      「そりゃそうだよ。彼は私と違って君たちとずっと一緒に過ごしてきたんだろう?」

      「・・・やけにあっさりしているのね。」

      「そんなことは特に問題じゃないよ。・・・で、君は私と何を話したい?」



      まさかそんな事を言うために話しかけてきたわけではないだろう。

      リアラのことだから、何か他に理由があるはずだ。

      彼女は少し迷った後、窺うような顔で話を切り出した。



      「・・・・・・・・・この世界が・・・どうして受け入れられないのか・・・。」





      こんなこと、カイル達には聞けない。


      (カイルに嫌われたら・・・。)


      カイルはこの改変された世界が、どうしても受け入れることが出来ないと言った。

      彼だけではなく、ロニやナナリー、ジューダスもそうだろう。

      だがリアラは人々が穏やかな顔をして過ごしているのなら構わないと思っている。


      全く反対の事を考えている自分を、カイルは受け入れてくれるのだろうか。


      「なるほど。私になら遠慮なく疑問をぶつける事が出来るというわけだね。」

      「・・・・・・。」

      「あ、別に嫌味を言っているわけじゃないんだけど。」


      リアラはどちらかと言えば、エルレインの考えに近い。

      彼女らの考える幸せというのは、誰かに与えられる幸せ。

      カイル達が考える幸せというのは、自分で手に入れる幸せ。

      必ずしもどちらが良いということは言えないが、どちらかと言えば

      後者を選ぶ人が多いのかもしれない。


      「そうだなぁ、確かに何もしなくても生活できるっていうのは

       この上なく楽なんだろうけど・・・結局自分の力じゃないからなぁ。」

      「でも、その方が効率が良いわ。結果的にそれで幸せだって言うなら・・・。」



      「ああソレ。私が気に入らないのはその"効率が良い"って言葉だ。」



      人の生活にそういう言葉を用いること自体、どこかおかしいように感じる。

      それはエルレインに都合よく管理されているというだけであって

      結局ここの住人たちは彼女の手の上で良いように操られているだけだ。


      「出産にしたって、自分の子供のために命もかけられなくて何が母親だ。

       想像を絶する痛みを超えるからこそ、そこに喜びがあるというのに。」


      かつて、の母親は命をかけて彼女を産んだ。

      だからこそ母に感謝しているし、今でも顔も知らない母を忘れてはいない。

      そしてそれを許した父も誇りに思う。

      それだけ自分をそして母親を愛してくれているということだから。


      「誰かのために全力を尽くすってことを知らないここの住人たちは

       可哀想だと思うよ。これ以上の至福を味わうことが出来ないのだから・・・。」

      「・・・・・・。」

      「・・・リアラ、君はさっき言ったね。ここの住人たちは十分幸せだと。」

      「ええ・・・。」


      「ならば、元の世界の住人たちの幸せはどうなる?」


      「・・・・、それ、は・・・。」


      リアラは何も言うことが出来なかった。

      まだはっきりしたわけではないが、この世界は元の世界の歴史を捻じ曲げて

      存在しているものだ。

      ならば、元の世界の人々は一体どうなったのか。

      考えなくともわかる、全て消滅したのだ。

      世界に二つの未来はない。


      「私は見ず知らずの人間の幸せよりも、大事な人が幸せであった方が断然良い。」

      「・・・・・・。」


      自分が生まれ育った街も、大事な幼馴染みも、一緒に旅をした仲間も

      守りたかった人も、誰もこの世界に存在しない。


      「・・・リアラ、君はカイルがいない世界なんてもう考えられないだろう?

       好きな人が最初から存在しなかっただなんて、哀しいとは思わない?」

      「カイルが・・・いない世界・・・。」


      カイルがいない世界。


      彼がいなくなってしまったら、もう声も聞けない、顔も見られない、話せない

      触れることだって出来ない。

      いつも当たり前のように側にいてくれるカイル。

      もしも彼が存在していなかったとしたら、自分は一体どうしていたのだろう。

      誰かを愛することなく、エルレインと同化していたかもしれない。



      リアラは頭の中で想像するだけで、涙が溢れ出しそうだった。



      そんな彼女に驚いたのはだ。

      まさか"聖女さま"が泣くとは思わなかったものだから、対処に困ってしまった。

      だがこの涙で、はリアラに対する気持ちを改め直すことになる。


      「・・・ごめんね、泣かせるつもりはなかったんだけど・・・。」


      ポンとリアラの頭を優しく撫でて、じっと彼女の顔を見つめる。



      ただの女の子だ。



      ほんの少し、特殊な星の元に生まれただけのことだ。














      リアラが落ち着いたのを待って、レアルタに入る。

      案の定、街の入り口でカイル達が待っていた。


      「あっ、今オレが行こうと思ってたんだ!」


      リアラは駆け寄ってくるカイルを見て、ホッとしたように微笑んだ。

      余程さっきの話が堪えたのだろう、また泣きそうな顔をしている。


      「どうしたんだいリアラ?何だか目が赤いけど・・・。」

      「う、ううん、何でもないの。」


      ぎゅむ


      「あいたっ!なんでほっぺつねるですかナナリーさん!」

      「まさかアンタが泣かせたのかい!」

      「ち、ちがうのナナリー、ただ・・・モ、モンスターに襲われて、つい・・・!」


      矛先がに向いたことに驚きリアラは慌ててナナリーを制止した。


      「・・・ホントかい?」

      「ほ、ほんろれふ・・・らはらはらひれふらひゃい。」

      「何だい、それを早く言ってくれなくちゃ。」


      ようやくほっぺを解放されたものの、まだ痛みは残っている。

      何だか既視感があったのだが、気のせいだろうか。


      「ごめんごめん。ホラ、いつまでも痛がってないで行くよ。」

      「わかってるって・・・。」


      誰かさんに似ている、と思いつつは頬をさすりながらナナリー達の後を追う。





      このレアルタには資料室というものが存在するらしい。

      だがその部屋に入るものは皆無に近いようで、誰もその場所を知っているものがいなかった。


      「誰も知らないなんて・・・やっぱりなんか変だね。」

      「ここの人間が歴史というものをどう捉えているのか、よくわかるな。」

      「あっ、あの人に聞いてみよう。」


      カイルは道でひなたぼっこをしていな老婆のところへ駆け寄って行った。


      「あの、資料室ってどこにあるか知りませんか?」

      「資料・・・?さぁ・・・聞いたことはあるけれど、どこにあるかは

       知りませんね・・・。」


      長く住んでいれば、それなりに知っているかもしれないと思ったのだが

      期待が大きかった分、一同はがくりと肩を落とした。


      「じゃあ英雄は?あの、ウッドロウっていう英雄を聞いたことありませんか?」

      「さぁ・・・そんな名前は聞いたことがありませんね・・・。

       ・・・でも、英雄と言えばエルレインさまと共にこの世界を救ってくださった

       バルバトス様でしょう。」


      彼らは一瞬自分の耳を疑った。

      バルバトスと言えば、頭に浮かぶのはただ一人。


      「バッ、バルバトスが英雄!?そんな・・・!」

      「どうかしましたか?」

      「あ、何でもないよ、ありがとうお婆さん。」


      今にも老婆に食ってかかりそうなカイルをナナリーが無理やり引っ張っていく。

      人が少ない場所まで移動して、やっとナナリーはカイルから手を放した。


      「どうして!どうしてバルバトスが英雄なのさ!おかしいよ!」

      「おい、ちょっと落ち着けカイル!」

      「ロニだって見ただろ!?バルバトスはフィリアさんやウッドロウさんを

       傷つけたりしたのに!どうしてそんな奴が英雄なの!?」

      「だから歴史を調べるんだろ。俺だって納得いかねぇけど、とにかく今は

       資料室を探すんだ。」


      ロニは慣れたようにカイルをなだめると、一つ溜息を吐いた。

      カイルがこの調子では、の心境は一体どんなものなのか。

      勿論、ロニだってバルバトスが英雄などと聞かされては心中は穏やかではない。

      ちらりと横目での方を見てみるが、それほど変わった様子はないようだ。


      だが、近くにいたリアラは彼女のただならぬ雰囲気に気付いていた。


      (・・・手が、・・・。)


      表情は普段と全く変わらないが、の手は微かに震えている。

      そんな彼女の異変に周りの皆は気付いていないようだ。

      リアラが次にの手を見たときには、既に震えは止まっていて

      不思議に思いながらも、リアラは何も聞くことは出来なかった。
















      「―――――・・・の手が、震えていたの。」


      リアラは自分が感じたの異変を全て話した。

      異変の理由はわからないが、彼女が向かったところと言えば恐らくただ一つだけだろう。


      「まずいぞ、早いとこ追いかけねぇと!」


      リアラの言葉でロニはハッと思い出す。


      仇だと言ったときの、彼女のあの顔を。

      あれはかつて自分が抱いた気持ちと同じものだ。



      ―――あの人を殺したアイツを絶対に許さない―――



      「確かにエルレインも目的の一つかもしれねぇ、だけどあいつの本当の目的は・・・!」

      「・・・っ、どういう事だ?」


      ジューダスは何か嫌な予感がして、ロニを問い詰める。

      珍しく激昂する彼の様子に驚きながらも、ロニは絞り出すような声で言った。




      「あいつの目的はバルバトスだ・・・!」




      ロニが言い終えると同時に、ジューダスは駆け出した。

      後ろで自分の名を叫んでいるのが聞こえたが、今更止まることなど出来ない。


      こんなことなら無理にでも聞き出せばよかったのかもしれない。



      すぐ頭上にあるというのに、あの場所へすぐに行けないことが煩わしい。



      (あの馬鹿が・・・!一時間二時間の説教では済まさないぞ。)



      説教にはロニやナナリーにも加わってもらうことにしよう。


      そんなどうでも良いことを考えながら、ジューダスはダイクロフトへと急ぐ。








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      切羽詰ったときって、やけにどうでも
      良いことを考えたりしませんか。(笑)
      ちなみに私は事故った時一番に思った事は
      MDを止めなきゃーでした。