どれほどこの時を待ったことか。



        ずっと追っていた男を目の前にして、喜びさえ沸いてくる。

        まさかこんなところで遭遇するとは夢にも思わなかった。


        レアルタの住民にエルレインの居場所を聞き出した後

        光のほこらとかいう道を通り、何とかダイクロフトまで来ることが出来た。

        置いてきたカイル達のことを思うと、少し寂しい感じもしたのだが

        今はもうの頭には男を殺すことしかない。


        「ほう、性懲りもなくまた殺されに来たのか。」


        男―――――バルバトスは血に塗れたハルバードを掲げ、口元を歪める。

        バルバトスの足元には、エルレインの側近であるダンタリオンが横たわっていた。

        一目見ただけで、もう息絶えているということがわかる。


        何故ダンタリオンが殺されなければならないのか。

        理由は知りたくもなかった。

        この男のことだから、またつまらない理由で殺したのだろう。


        だが、にとっては最早どうでもいいことだ。

        彼女はゆっくりと刀を抜いて構え





        「八つ裂きにしてやる。」





        バルバトスへと斬りかかった。


        以前のようなヘマはしない。

        冷静さを失い、怒りのままに斬りかかったのは失敗だった。

        ほんの少しの隙をつかれ、致命傷を負ってしまった挙句に

        あのエルレインにこき使われる羽目になってしまったのだ。



        「ヌルいわァ!」



        バルバトスは突っ込んでくるめがけてハルバードを振り下ろす。

        あれだけの重量があるものを振り回しているにも関わらず、その動きは凄まじく速い。

        どぅん、という轟音が廊下で響き渡る。


        「手応えがないだと・・・!?」


        この男に力でかなうなんて事、微塵も思ってはいない。

        もしも自分が勝るところがあるのだとしたら、それは速さ。

        確かにこの図体の割には速い方だが、の方が体重が軽い分スピードは増す。


        「どんな屈強な男でも・・・弱いところは必ずあるものだ!」


        バルバトスの背後にまわったが狙うところはただ一つ、頭である。

        頭だけは鍛えようがないのだから、この男には何より効果的のはずだ。


        「あいつの仇、討たせてもらう!」


        この男だけは許せないと思った。

        スタンとルーティの幸せをぶち壊したこの男を心底許せない、許さない。

        自分が再び生を受けた理由は、この男を地獄へ突き落としてやるためだと思った。


        こんなこと、誰も喜ばないことなのかもしれないけど。

        復讐なんてものは、所詮本人のエゴでしかないのだけど。


        それでも、この男を殺さない限り前には進めない。




        バルバトスの頭に狙いを定め、は躊躇なく刺突で止めを刺そうとしたのだが――。



        「俺の背後に立つんじゃねぇ!」



        「っ、なっ、にっ・・・!」



        突然下から影の刃が飛び出して、そちらを避けることに集中してしまう。

        その隙を当然のごとく見逃すはずのないバルバトスは

        ハルバードの柄で力任せにの身体を壁へと叩きつけた。


        「・・・っが、!、かはっ・・・ッ!」


        あまりの衝撃に身体が耐え切れなかったのか、至るところで変な音がする。

        壁にもたれて何とか座れる体勢を保てるこの状況は、どう考えても絶望的だ。


        (アバラ・・・軽く2本はイったな・・・チィ・・・。)


        「運が悪かったなァ女。俺は使えないおもちゃは壊すタイプなんだ。」

        「・・・どーゆー・・・タイプなんだ、よ、そりゃぁ・・・。」


        バルバトスは口元を歪めながら、ハルバードを振り下ろした。



        (くそ、二度もこんな男に殺されるなんて・・・!)



        心の中で誰かに謝りながら、は目を閉じる。

        この暗闇の中で見えるのはやっぱり彼だった。


        (血まみれになったとこなんか、あんまり見られたくないなぁ。)


        そうは思っても、体は全く動かない。

        せいぜい指先が少し動くだけだ。


        どこかでエルレインの声が聞こえるような気がする。

        だがはそんな声を聞こうとは思わなかった。

        媒介のレンズもないし、それにもう彼女のところへ行く気は全くないから。

        精神を乗っ取られても最後まで抵抗して邪魔してやる。



        意外に最期というものは、考える時間があるものだなと思った。


        不審に思って、つい閉じていた目を好奇心で開けてみる。

        目の前にあったのは闇だ。

        うまく瞼が上がっていないのかと思ったが、よく見てみるとそうではなかった。


        考えなくともわかる。

        不思議とその闇が一体何なのか、一体誰なのかわかる。


        (そうだ、なんか前にも似たようなことがあったっけ。)


        以前も危機一髪のところで助けに来てくれたことを思い出した。



        そう、そんな感じの不機嫌そうな顔で。



        心の底から安心したのか、はそのまま意識を失った。
























        一番最初に命を落としたのは、あの海底洞窟。


        リオンと別れた後、は言った通りマリアンの姿を捜していた。

        彼女さえ救出することが出来れば、うまく事が運ぶような気がするのだ。


        それに、スタン達もこちらへ向かってきている。

        彼らが来るまでに、マリアンが救出して無事だということをリオンに伝えなければ。

        とにかく時間がない。

        は洞窟の奥へと進み、マリアンが捕らえられているであろう部屋に辿りついた。


        とりあえず、周りに人の気配はしない。


        部屋の中にいるのはマリアンただ一人だ。


        (チャンスか?それとも罠、か・・・?)


        彼女は警戒しながらゆっくりと扉を開けた。

        部屋の中は薄暗かったが、人の顔が判別出来ないということはない。

        目を凝らして部屋の隅を見てみると、間違いなくマリアンの姿がそこにあった。


        「・・・マリアン・・・?」


        が声をかけてみると、彼女はハッと顔を上げる。


        「マリアン!怪我とかは・・・してない?」

        「・・・ぅ・・・。」


        彼女の近くまで駆け寄ると、は心配そうに顔を覗き込む。

        少し虚ろというか無表情であったが、恐らく疲れているのだろうとは思った。

        こんな薄暗いところへ閉じ込められてしまえば、一般人なら正気ではいられない。


        「もうすぐスタン達が来るって言ってたんだ。だからもう・・・。」


        大丈夫、と言いかけたところで、は一つの違和感を覚える。

        姿形は変わらないというのに、この違和感は一体何なのだろう。

        が訝しげにマリアンを見ていると、すぐ近くからカチリという音が聞こえた。

        武器類の音ではなかったので何も思わなかったのだが

        ふと音がしたところを見てみると、マリアンがしているピアスの音だった。


        はそのピアスを見た瞬間、背筋が一気に冷えるような感覚に陥る。



        「そのピアスはっ・・・・・・!」








        「そう、君が落としたものと同じだよ。」







        マリアンの声ではない。

        既に海底洞窟から去ったはずの男、ヒューゴ・ジルクリストの声だった。


        「ああァっ!」


        の胸に、彼の剣が突き刺さる。

        反射的に身体をひねったものの、致命傷には変わりなかった。


        「ァっ、うっ・・・き、さま・・・!」


        ヒューゴはピアスを取り外し、ゆっくりと立ち上がる。

        そしてグシャリとピアスを踏み潰すと、口元を歪めながらを見下ろしていた。


        「さすがハロルド・ベルセリオスだ。改良すればするほど役に立つ。」


        時間がなくて一つしか出来なかったがね、と付け加え、次はの身体を踏みつける。

        既に辺りは血の海となっており、誰が見ても彼女はもう助からないと思うような場だった。


        「君がここに来ることはわかっていたよ。エミリオを自由にするのなら、と思ってね。

         ・・・馬鹿な子だ。これでエミリオはまた更に恐怖するのだから。」

        「な・・・ん、だと・・・!」

        「君がいなくなれば、もうあの子にはマリアンしかいない。より一層この私に協力的になってくれることだろう。

         "もう失いたくない"という気持ちからね・・・。そういう点では実に君は役に立ってくれたよ。」


        もう目も見えない。

        だが上から降ってくるこの嘲笑うかのような声だけは、はっきりと聞こえてくる。

        嫌な声だ、本当に。


        は悔しくて悔しくてたまらなかった。

        自分の不甲斐なさが心底悔しい。

        リオンにあれだけ偉そうなことを言っておいて、この様は何だろう。


        「君は自分の無力さに打ちひしがれて沈むがいい。」


        ヒューゴはそう言い捨てると、高らかに笑いながら部屋を出ていった。



        「・・・はァっ、はァっ・・・!」


        ずるっ、ずるっ、と身体を引きずりながら扉の方へと向かう。

        彼女が進んだ後にはおびただしい量の血痕が残されていった。





        そりゃー何で、って思ったさ。

        何で私がこんな目に遭うんだ、どうしてだ、って。

        エルレインが目の前に現れたとき、彼女は一言"憎め"と言った。

        彼女が私を再生させたのは、彼を消すためだ。

        脚本どおりに動かない彼を消すために、私を再生させたのだ。


        確かにいきさつだけを見れば、私が彼を憎んでいると思ったのだろう。


        馬鹿なことを、と思った。

        一瞬憎みたいとは思ったのは確かだが、そんなことが出来るわけないじゃないか。



        私は彼のことが好きなのだから。



        今ならはっきりと言える、私は彼のことが好きなのだ。

        だから彼には笑っていてほしいし、幸せであってほしい。

        そして、時々私を思い出してくれればそれでいい。





        「幻の世界よ、消えてしまえ。私は偽りの幸せなど求めはしない。」





        がそう言い放った瞬間、周りの景色がガラスのように砕け散っていった。

        砕けた破片の奥には、カイルとロニ、リアラやナナリーの姿がある。


        「・・・もしかして見てた?」


        苦笑しながらがカイル達に問いかけると、彼らは戸惑いながらも頷いた。


        「どこかで見たことがあると思ったら、あのとき俺とって会ってたんだな。」


        くい、とロニは今自分たちが見ていた夢の方を指差した。

        スタンが殺されたあの日、少し遅れてが孤児院に来ていたのだ。

        バルバトスを追って―――――。


        そしてまた夢が、記憶が呼び戻される。








        「スタンさん!ルーティさん!」


        バルバトスに傷つけられた二人のそばで、小さいロニが泣き叫んでいる。

        カイルはあまりのショックのため、気を失っているようだ。

        一体何がどうしてこんなことになってしまったのか、もうワケがわからなかった。

        それが幼い子供なら尚更だ。


        は倒れている二人を見て、最悪の事態を悟る。

        泣き叫ぶロニを後目にスタンとルーティの側へ駆け寄った。


        (・・・スタンは駄目だ・・・もう心臓も・・・!)


        次にルーティの方を診てみると、まだ微かに息がある。

        もしかすると今ならまだ助かるかもしれない。


        「きみ、医者を呼んで来なさい。」

        「スタンさんっ・・・ルーティさんっ・・・!オ、オレがっ・・・!!」


        がたがたと震えながら、幼いロニは目をきつく閉じ耳を塞ぎ全てを拒否している。

        どうかこれが悪夢でありますように、そしてこの悪夢から覚めますように。

        だがいくら耳を塞いでも、現実から逃げることは許されない。

        は少し乱暴に幼いロニの手を振り解き叫ぶ。


        「いつまでも目を逸らすんじゃない!お前が今動かなければルーティは死ぬんだぞ!」


        その声にビクっと肩を震わせて、彼は弾かれたように顔を上げる。


        「オレが・・・動かな・・・か・・・っ・・・。」

        「さっさと医者を呼んで来い!」

        「っ・・・!」


        恐怖でいっぱいの表情のまま、彼は孤児院から飛び出して行った。

        少しやりすぎたか、と内心で思うものの、あれぐらい言わないとずっと俯いたままだったかもしれない。


        「ルーティ・・・!」


        はとにかく血を止めようと応急手当を施した。

        助かるかどうかはわからないが、スタンよりはまだマシな傷だ。


        「何が聖女エルレインだ、こんな風に人を傷つけるのが聖女だと言うのか!?」


        絶対的な幸福を人に与えるためなら、どんな手段も厭わないというのか。

        目的のためならどんな犠牲も厭わないといのか。


        そんな事が――――――。















        「そして俺が医者連れて戻ったときにはもうはいなかった・・・。」


        どこか遠くを見るように、ロニは静かに呟いた。

        さきほど見ていた夢はもう跡形もなく消え去り、周りには何も無かった。


        「あの後、私はバルバトスを追ってアイグレッテへ向かった。あいつを殺すために。」


        エルレインのところへ行くのは癪だったが、あの男の手がかりを得るにはそれしかなかったのだ。

        だがその結果、バルバトスの返り討ちに遭った上、再びエルレインによって蘇生される。

        今度は意のままに動けないという何とも余計なオマケ付き。

        エルレインはこれ以上脚本どおりに動かない駒を増やしたくなかったのだろう。

        抵抗はしたものの、あの強大な力の前にはそれも何の役にも立たなかった。


        「後は知っての通りだ。今度こそ・・・刺し違えてでも、と思っていたのに。」

        「だめだそんなの!」

        「え?」


        ずっと黙っていたカイルが急に声を荒げたので、は驚いて顔を上げた。

        カイルはの手を取って、真剣な表情でこちらを見上げ訴えた。


        「オレ父さんの事あんまり覚えてないけど・・・皆に聞いたとおりの父さんなら

         絶対にを止めるよ。母さんだって!フィリアさんやウッドロウさんだって

         にそんな事するなって・・・言うよ。」


        誰も喜ばないことぐらい、わかってはいるけど。

        けど―――――。


        「オレは嬉しくない。大事な人が自分のために傷つく姿なんて見たくない。

         だからっ・・・だから、そんな簡単に命を捨てるようなことしないで。」



        憎むことを止めろと言うことは出来ないけど、もう一人で抱え込むことはしないで。



        カイルの真剣な表情に、は言葉を返すことが出来なかった。


        (・・・そういえばスタンは常に皆のことを考えていたっけな・・・。)


        誰かが怪我をした時、調子が悪い時、機嫌が悪い時、落ち込んでいる時

        挙げればキリがないぐらい皆のことを考えていた。



        一瞬、カイルの顔がスタンの顔が重なる。


        幻かと思い目を擦ってみると、次の瞬間にはもうカイルの顔しかない。



        「どうかした?」

        「んん、何でもない・・・。」



        何だろう今の幻は。

        何か伝えたいことでもあったのか、そんな昔と変わらない笑顔で出てきて。






        (嬉しくない、か・・・。)







        「・・・わかった。目標を変えよう、そうしよう。」



        突然雰囲気の変わったに、カイルはただ首を傾げるばかりだ。



        復讐を諦めたわけではない。

        目の前にあの男が現れたら、迷いなく斬りかかるだろう。


        だが、もう一人で挑むような真似はしない。


        ただ単に優先順位が変わっただけだ。



        「腹は固まったみたいだな。」



        周りを見てみると、ロニ達がやけにすっきりしたような表情でこちらを見ていた。

        カイルもロニもナナリーも、偽りの幸せに打ち勝ったのだ。


        そして、リアラもまた全てを受け入れたように凛としていた。


        彼女はの前まで来て、すっと手を差し出す。

        しばらく何なのかわからなかったが、ああ握手、と気付いて

        も手を差し出した。


        「改めてよろしく。」

        「こちらこそ。」


        そういうと、リアラは初めての前で笑った。

        あまりにも可愛い綺麗な笑顔だったので、ついこちらもつられて笑ってしまう。


        「あたしも忘れちゃいけないよ。」


        続いてナナリー。


        「んじゃ俺も。」


        ロニの場合、握手というよりも叩くと言った方が正しい。


        「次オレね!」


        ぎゅううと痛いぐらいに手を握るカイル。




        そして、あと一人。






        「さぁ、ジューダスを迎えに行こう。」






        カイルが言い終えると、彼らは光に包まれた。









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        ―――――――――――――――


        本当の意味で仲間になったのでした、みたいな。
        出来上がってから読み返してみると、なんだか
        急ぎ足というか・・・何度も言いますが、文章って難しいなと。
        何とか雰囲気だけ・・・いや駄目か、そうか。(笑)

        復讐っつーのは結局エゴなわけで。
        とりあえず本人だけ憎む分なら普通だと思うんですが
        それが友人や家族にまで被害が及んでしまうと
        迷惑以外の何でもないわけで。
        坊主憎けりゃ袈裟まで憎いっつーか何つーか。

        子孫にまで自分の憎しみを伝えようとするのは
        どうかと思うわけですよ。
        ・・・どこの誰とか何処だとは言いませんがね。
        私は子供にまで自分と同じ思いをさせたいとは思いませんよ。
        憎むなら当の本人だけを憎めばいい話です。