「何度同じ選択を迫られても、僕が選ぶのは一つだけだ。」




      リオン・マグナスは頑なに偽りを拒否し続けた。

      聖女エルレインには、どうしても彼の行動が理解出来ない。


      何故だ?


      その言葉ばかりが頭に浮かぶ。

      望めば裏切り者としてではなく、英雄として名を残すことが出来るのに。

      名誉も、愛する人も、自分が望むもの全てが。

      過去を変えたいと願えば、全てが手に入るというのに。
















      ジューダスは自分が、かつてリオンであった時命を落とした場所である海底洞窟にいた。

      彼にとってここは懐かしい場所でなく、忌まわしい場所だ。

      スタン達に敗れ冷たい水に沈んだ、自分の墓場。

      あのときの光景を、何度夢に見たことだろう。


      彼はエルレインの偽りを受け入れることはなかったため

      ただこの海底洞窟で、いつ終わるとも知れない時間を過ごしている。

      カイル達の夢はこちらにまで筒抜けだった。

      そして彼女の記憶も。


      彼女の記憶をわざわざジューダスに見せたのは他でもないエルレインだ。

      何故そんな真似をしたのか、考えずともわかる。

      彼女の真実を知れば、ジューダスが自分の行動を後悔すると思っていたのだろう。


      「僕は一度も後悔などした事はない。マリアンの幸せが僕の全てだ。

       あいつらを裏切ったことも、見捨てたことも後悔していない。」


      彼は、はっきりと言った。

      マリアンの命を優先させる事など、彼女は最初から承知の上であった。

      彼はそれをわかっているから、後悔などしていないのだ。


      リオン・マグナスは、どんなに憎まれようとも

      マリアンが生きて、笑顔で、幸せでいてくれればそれで良いのだから。


      「この悪夢を永遠に繰り返すと言うのだな、リオン・マグナス。」


      エルレインの声が低く冷たく響いた。



      それで構わない、と彼は目を閉じる。

      幸せな夢を見ることさえ許されはしないのだ、自分は。


      犯した過ちを繰り返し味わうこと、自分にはきっとそれがお似合いだ。

















      「ご機嫌いかがですか、ジューダス君。」

















      どこかで聞いた声に、ジューダスは思わず顔を上げる。

      だが思った以上に距離が近いらしく、ふわりと彼女の香りが漂ってきていた。


      「君は本当に面白いぐらいに自虐的だよね。」


      差し伸べられた手を少し戸惑い気味に取って、彼は立ち上がる。

      意外に細くて、柔らかい彼女の手。


      「・・・うるさい。」


      何となく気恥ずかしくなったのか、すぐに手を離してしまった。

      しまった、もう少し触れていたかった、と思ったときにはもう遅い。

      の目線はすぐ側にいるエルレインへと向けられている。


      「何故・・・お前はこの男を憎んでいるはずなのに・・・。」


      心底わからない、といったような表情でエルレインは困惑していた。


      マリアンを助けようとして命を落としたというのに。

      そしてそれをリオン・マグナスは止めようとしなかったというのに。


      リオン・マグナスはを見捨てたというのに。


      「もうすぐカイル達が来る。お前の悪趣味な夢を破って。」

      「わからない。何故自ら幸せを手放すようなことをする?何故自ら傷つこうとする?」



      「アンタには一生わからないよ、きっと。」



      少し離れたところから、ナナリーが強い口調で言い放った。

      それから次々と小さな光の中から仲間達が現れる。

      誰もがすっきりとしたような、けれど何処か悲しみの色が混ざった表情だった。


      「何故・・・何故だ。裏切り者であるこの男を何故そこまで庇い立てする?

       いつお前たちを裏切る事があるやも知れぬというのに・・・。」


      「18年前がどうとか!リオンがどうとか!そんなこと・・・関係ない!

       オレは今までずっと一緒に過ごしてきたジューダスっていう仲間を迎えに来たんだから!」




      ――ジューダスが何歳だろうとだれだろうと関係ない。オレはジューダスを信じてる!―――




      カイルの考えは、以前と全く変わっていない。

      ジューダスが一体誰であろうと、彼のことが好きだから信じられるとそう言ったのだ。


      「、お前は本当に憎んでいないというのか。お前が命を落としたのは・・・。」

      「私が死んだのは自分自身の責任だ。そのことで彼を責めようとは

       これっぽっちも思っちゃいない。」

      「・・・何故だ・・・?わからない・・・。」


      わからない、理解出来ない。

      エルレインはただそれしか言えなかった。



      「・・・誰かを深く愛したこともないお前には・・・わからないだろうな。」



      誰かを信じられることも。

      誰かを赦すことも。


      誰かを愛することで、こんなにも胸が苦しいことも。



      痛みを伴ってこそ、それが本当の人の幸せだと―――――。



      それを知ることが出来たなら、理解しあえたかもしれないが。





      「行きましょう、そして続けましょう。私たちの歴史を。」





      歴史を無理に捻じ曲げたのなら、元に戻せば良いだけの話だ。

      行き先は言わずもがな、天地戦争時代。




      「・・・愚かな・・・その愛ゆえにまた苦しむことになる・・・。」




      カイル達が光に包まれた後、エルレインはただ静かにその場で漂っていた。

















      何となく肌寒いような気がする、と思ったときには

      突き刺すような風が襲い掛かってくる。

      この寒さは一体なんだ、何なんだ。


      「このまま凍死する気か。」


      上から呆れたような声が降ってくる。

      どうにか身体を起こそうとするのだが、すっかり寒さにやられて

      思うように動かない。


      「う、動け・・・な、ぃ・・・。」

      「・・・・・・。」


      本当のことを正直に言っただけなのに、その呆れっぷりは何なのか。

      文句の一つでも言ってやろうと口を開こうとしても、それも無理だった。


      「うぉっ、お前何ボーっと見てんだよジューダス!大丈夫か!」


      この吹雪の中、ずんずんとが雪に埋もれていく様を黙って見ている

      ジューダスに痺れを切らし、ロニが慌てて毛皮のマントをに着せる。


      「あったかー・・・。」

      「歩けねぇならおぶってやんぜ、ホラ。」

      「いや、もう大丈夫・・・だと思う。」


      少しフラつきながらもはカイル達の方へ歩いて行った。



      「・・・なに遠慮してんだよ、ジューダス。」



      ロニは呆れたように肩をすくめ、ジューダスを見遣る。


      (エルレインが言った事、気にしてんじゃねーだろーな。)


      そう言ってやりたいのだが、自分たちにはわからない彼らだけの問題と

      いうものがあるかもしれないと思うと、ロニもそれ以上何も言うことが出来なかった。


      その場に沈黙が流れ、どうすりゃいいんだと途方に暮れていると

      少し離れた場所から何か大きな音が響いた。


      「あいつらがいる方向じゃねーか!」


      二人はとにかく騒がしい中心へ向かって走る。













      「本当に壊しちゃっていいんだね。」


      念を押すように、カイルは後ろにいる人物へと確認した。

      ピンクの髪の、まだ年端のいかない少女だ。


      「いいから早く止めなさいってば!」


      カイルの目線の先には、変な音をたてて暴走している奇妙な機械があった。


      目が覚めるといつのまにかこの雪の中で倒れていて

      周りを見渡してみれば、以前イクシフォスラーを発見した地上軍拠点とよく似た

      建物が並んでいて。

      だが自分たちが見たものよりも、しっかりしていたので

      時間移動に成功したのだと理解するのは容易だった。


      カイルがロニ達を捜していると、この機械を追って少女が現れた。

      話を聞いていると、機械が暴走してしまったらしく

      少女の手に負えなくなってしまったという、そんなカンジの内容だ。


      そして、今に至る。


      カイルは思いっきり奇妙な機械を剣で切りつけたが、全くビクともしない。


      「か、堅いぃ〜・・・!」

      「任せろカイル!うぉりゃァ!」


      駆けつけたロニが、ハルバードで力任せに叩きつける。

      変な金属音が辺りに響き、しばらくその場は沈黙した。

      恐る恐る機械を見てみると一部から煙を出しているところを見ると

      もう壊れてしまっているようだった。


      「やっと止まったね・・・ねぇ、これ一体なに・・・。」

      「とうっ!」


      ナナリーが言い終わる前に、少女はロニに飛び蹴りをかましていた。

      一瞬、何が起きたのかもわからずにうずくまるロニ。


      「よくも私のHRX−2型を壊してくれたわね。とりあえずこれぐらいで

       許してあげるけど。」


      少女はさらりと言ってのけた。

      呆気に取られているカイル達をよそに、彼女はHRX−2型とやらを回収する。



      「あのさ、とりあえず情報収集した方がよくない?」

      「見るからに軍とは関係なさそうだけど・・・。」

      「いや、あれほどのロボットを操る人間だ。もしかするとハロルド博士と

       関係があるかもしれ・・・。」


      ジューダスの声が途切れかと思うと、彼は咄嗟にその場から離れた。

      だが妙に背中が軽い、と感じたときにはもう遅く少女の手にはある剣が握られている。


      「これはシャルティエね。どうしてアンタがこんな物持ってるの?」


      あまりの出来事に、ジューダスは言葉が出ない。

      まだ開発されていないはずのソーディアンを、何故この少女が知っているのか。

      いや、開発されているとしても、ソーディアンの開発は軍事機密だというのに

      何故こんな少女が知っているのか。


      「もう一本は私の研究室にあるし、この世に2本も存在しないはずなんだけど。」

      「"私の"研究室・・・って?」


      全員の頭の上に、?マークが浮かぶ。

      ソーディアンを開発したのは、ハロルド・ベルセリオス博士だ。

      名前からもわかるように、性別は男。


      しかし目の前にいるのは女性だ、しかもまだ子供。


      「ちょっと待て、ハロルド博士は男だろ!?神殿内の本にだって・・・!」

      「なになに、やっぱりそういうことになってる?ぐふふっ、思ったとおりだわ〜。」


      「おいロニ、あまり不用意なことを口走るな。」

      「い、いやけどよ・・・!」



      「あの、もしかして貴方がハロルド・ベルセリオス博士?」



      モメている二人を放って、リアラが少女に話しかける。

      少女はアッサリと頷くと手に持っているシャルティエを前に出し


      「細身の曲刀で刃渡り67.3センチ。柄も含めた全長は81.7センチ。

       重さは2.64キログラム。柄はシャルティエ自身の手に合わせて若干ふくらみを持たせてる。

       レリーフに刻まれてるのはジェルベ模様。属性は地。主に石や岩などを用いた晶術を使用。

       あ、初期状態で使える晶術も聞きたい?」


      止めと言わんばかりにスラスラと説明した。

      設計者でなければ、これほど詳細な情報を知っているわけがない。


      カイル達はこの少女がハロルドなのだと認めるしかなかった。


      ハロルドは繁々とこちらを観察すると、ニヤリと笑う。




      「・・・で、未来の人間が私に何の用?」

      「どうしてわかったの!?」

      「ものの見事にひっかかんなバカカイル!」

      「え、だ、だってつい・・・。」


      天然のカイルを責めても仕方がない。


      「あら、当たってた?一番可能性のないものを言ってみたんだけど。」


      そう言いながらも、ハロルドの表情は何も変わっていなかった。


      「・・・何故僕たちが未来人だと分かった?」

      「そうね、根拠は時空間の歪みから生ずる大気中の成分の変化からあくびの仕方まで
       
       三十六通りほどあるけど ま、イッチバン大きかったのは"カン"ね。」


      カンかよ!

      その場にいる全員が心の中でツッコんだ。



      彼女がハロルド博士だということはわかった。

      問題は、これからどうやってエルレインの歴史介入を防ぐかだ。

      まさか事細かに説明するわけにもいかないし、それは十分に歴史改変になる。

      だが、そうも言っていられないかもしれない。


      「ハロルド博士、オレ達実は・・・。」

      「ちょーっと待った!最初に答えを聞いちゃったら面白くないじゃない。

       あ、それと博士なんてつけないでくれる?響きが可愛くないから。」

      「か、可愛くないって・・・。」

      「いい?私が考えてる最中は答えを絶対に言っちゃダメよ!」


      先に釘を刺されてしまい、彼らはそれ以上何も言えなかった。

      性別は間違っていたものの、変わり者だということは本当のようだ。


      ハロルドはしばらく考えた後、カイル達を軍事拠点内へと案内する。


      「上には新しい私の部下って話すわ。ちょうど人材が不足してたとこだし

       アンタたちにとっても都合がいいでしょ?」

      「ハロルドはどうしてオレ達を信じてくれたの?」

      「面白そうだからに決まってるじゃない。私の基準はそれだけよ。」

      「お、面白そう・・・?」

      「うん、それだけ。」


      キッパリ。

      まさにその表現がふさわしい返事だった。


      は周りを興味深げに観察している。

      まさか天地戦争時代を体験することになろうとは、夢にも思わなかった。

      たまにすれ違う兵士に会釈しつつ、また観察に戻る。


      「・・・あまりきょろきょろするな。」

      「千年前だよ千年前。なんかそう考えると凄いよね。今まで本でしか

       読んだことのない世界なんだここは。」

      「だからはしゃぐな。怪しまれたらどうするんだ。」

      「既に怪しいと思うけどなぁ。」


      というか、先頭を歩いている人物が一番あやしい。


      「んー・・・。」

      「・・・何だ。」


      今度は、じーっとジューダスを見つめる。

      苦笑しつつ、彼女は


      「なんか・・・やっと普通に話せたなと思って。」


      ついさっきからが感じていたことだが

      どうにも避けられているような気がしてならなかった。


      「何を気にしてるかは大体見当つくんだけどさ・・・あの、ちょっとは

       信用してほしいな。私は・・・。」

      「別に気にしているわけじゃない。・・・ただ・・・その。」

      「ただ?」


      ジューダスは気まずそうに目を逸らす。


      「ちょっと、早く来なさいよお二人さん。」


      向こうからハロルドが痺れをきらしたように二人を呼んでいる。

      ジューダスは小さく「なんでもない。」と呟くと、に部屋に入るよう促した。


      彼の頭に、あの言葉がぐるぐる回る。

      別に気にするようなことでもないのだが、どうしても気になってしまうものは仕方がない。







      ――――"誰かを深く愛したこともないお前には・・・"――――







      それが一体誰のことなのか、だなんて聞けるわけがなかった。






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      ―――――――――――――――


      最後はラブコメちっくにオチましたがいかがでしょうか。
      エルレインのとこはゲーム通りに書いてしまうと
      セリフばっかりになりそうだったので、敢えて省略しました。
      ここら辺に力量不足が響いてきてます。うーむ。