通された部屋は作戦会議室。
入った途端、冷たい視線がカイル達に注がれる。
だがハロルドだけは鼻歌まじりで、彼らの視線にも動じる事なく
おいでおいでと猫でも呼ぶようにカイルらを手招きした。
「ちょうど全員揃ってるみたいね。紹介しときましょーか。一番偉そうなのがリトラー、
あと順番にディムロス、シャルティエ、イクティノス、兄貴のカーレルよ。」
カイルの瞳は輝いていた。
御伽話でしかなかったソーディアンチームが、今自分の目の前にいるのだ。
千年前、悪の帝王ミクトランを倒した伝説の英雄たち。
そして、かつて自分の両親が使用したソーディアンのオリジナル。
「なんだハロルド?会議中だぞ。後にしろ。」
「すぐ済むからちょっと待ってディムロス。私の新しい部下を紹介するわ。よろしくね。」
ディムロスと呼ばれた男は恐縮しているカイルを一瞥すると眉をひそめる。
「見るからに一般の子供だ。許可できんな。」
その言葉に少々カチンと来るものの、言い返すことは出来ない。
「私のHRX-2型を倒したといえば、納得してくれるでしょ?」
「アレをですか!?そりゃすごい・・・。」
「・・・シャルティエ。」
「何でもありません。」
ギロリとディムロスに睨まれてしまったのは、シャルティエだ。
「・・・なんか変なカンジ。これってシャルティエが二人いるって事?」
は隣にいるジューダスにコッソリ話しかけた。
ジューダスが持っているソーディアン、シャルティエのオリジナルが目の前にいる
ピエール・ド・シャルティエ、彼は今確かに自分の足で立ち話している。
『僕はもう慣れたけどね。』
シャルティエだけではない、他のメンバーも最初は戸惑ったに違いない。
剣に自らの人格が投射されるということは、自分がもう一人増えるということなのだから。
「シャ・・・。」
「黙っていろ。」
「はいはいすみませんね。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
彼女のこういうところは嫌いだ。
ジューダスはいつにも増して不機嫌そうな顔になる。
自分を子供扱いしているのが目に見えるようで、それが気に入らなかった。
確かに歳は離れているが、あと2〜3年もすれば背も伸びるだろうし
声も今以上に低くなって体つきも変わっていく。
だが、彼はすぐに思考を止めた。
そんな時間は残されてはいないのだ。
自分たちがこのまま仮初の命で生きられる可能性は極めて低い。
「・・・ジューダス?」
彼の異変にいち早く気付いたはゆっくりと顔を覗き込む。
だがそれでも何かを考えているようで、何の反応もない。
「そうだ、自己紹介をしれくれないかね。」
いつの間にか話が進んでいたのか、総司令のリトラーがこちらを向いている。
どうやら工兵隊に所属することが決まったようだ。
が肘でジューダスを小突くと、彼は何事もなかったかのように自己紹介を終えた。
それにとナナリーも続く。
「うむ、よろしく 君たちはハロルド君の部下として工兵隊に配属される。」
「だが、勘違いしてもらっては困る。現場の指揮を取るのは私だ。
私の命令には必ず従ってもらう。」
「はいはい、わかってるって。それよりディムロス、作戦の説明してたんでしょ?
もう一回最初からしてくれる?」
軽く提案するハロルドに、頭痛を覚えながらも彼は最初から丁寧に
本作戦の説明をしてくれた。
まず、今回の目的は二つ。
一つは、地上軍に投降の意を示したベルクラント開発チームの救出。
そしてもう一つは、その任にあたり敵将ミクトランの策に落ちた
クレメンテとアトワイトの救出。
「なるほど。で、僕たちの任務は?」
「ダイクロフトまでの移動手段の確保よ。もう目星はついてるから、あとは人手がいるだけ。」
「人手って・・・あたしたちは機械なんかいじれないよ?」
この中で機械に精通している者は誰ひとりとしていない。
作業が早くなるどころか邪魔になる。
彼らの不安を感じ取ったのか、ハロルドはにっこり笑って
「ああ、だいじょうぶ、ただのゴミあさりだから。」
「ゴミ・・・あさり?」
何やら不吉な言葉に、リアラの表情が固まってしまった。
ゴミあさりというのは、その言葉どおりの意味なのだろうか。
それとも何かを喩えているのか。
意味がわからないまま、ハロルドに連れられて地上軍拠点を出る。
外はこれ以上ないというぐらい吹雪いていたのだが、そうも言っていられない。
何より地上軍には時間は残されていないのだ。
太陽の光を遮られてしまっては、食物が育つこともないし人間の体力も徐々に削られている。
「やっぱり太陽がなきゃ人間生きてけないよな。」
「今は一体いつ頃なんだろうね・・・。」
岩盤で閉ざされた空を見上げ、そう呟いた。
太陽がなければ、一日中が夜だ。
朝か昼か夜かは、時計で判断するしかない。
「ふむ、やっぱり気温が下がってきてるみたい。パッパと片付けちゃわないと〜。」
「そ、そうしてくれ・・・。」
ハロルドの言葉には他の意味も含まれていたが、それに気付いた者はごく少数だ。
しばらく歩いていると、ようやく建物の影が見え始める。
どうやらあれが目的地の物資保管所らしい。
保管所に到着したのはいいが、ハロルドが扉の前から動かない。
が不思議に思い近くまで寄ってみると、何やら不快な臭いが鼻を刺激した。
「ハロルドさん、この臭いは一体・・・?」
「あっちゃ〜、こりゃヤバイわね・・・有害物質が発生してるわ。」
「ゆうがいぶっしつって?」
カイルの今の表情はきょとーんという言葉がふさわしい。
説明するのも面倒なので、とりあえず放置することにした。
「・・・どうするのさ?」
いち早く嫌な胸騒ぎを覚えたナナリーが、恐る恐る聞いてみる。
返ってくる言葉はもう分かっていたのだけど、一縷の望みをかけて。
「10分ぐらいなら平気よん。途中で手足が痺れちゃったりするかもしれないけど。
ま、それ以上はどうなるかわかんないから、ちゃっちゃと終わらせましょっ。」
何もかも諦めたような周りの溜息は、吹雪でかき消された。
物資保管所ですることを、順序よく適当にハロルドは説明した。
まず3つのチップを探し出し、マスターキーを手に入れる。
そのマスターキーで、バイオキー、セルキーを手に入れた後
3つのキーで資材コンテナを開け部品を回収する。
ちなみにチップ、バイオキーとセルキーは外に出ると崩壊してしまうらしい。
「き、気持ち悪い・・・。」
一番最初にギブアップしたのはだった。
「アララ、素早い分毒の回りも速いのかしら〜。」
「毒とか言うな!・・・うっ、駄目だ、外に出る・・・。」
やけに楽しそうなハロルドとは対照的に、の顔色は悪くなるばかりだ。
「俺が付いてってやろーか?」
この物資保管所も外もモンスターが出現する。
さすがに一人では心配なのだが、彼女は首を横に振った。
少しフラつきながら外へと向かうの後ろで、ロニは慌てて肘でジューダスを小突く。
「・・・何だ。」
「わかってるくせにトボけんな。お前が一番適任だろうが。」
ジューダスがちらりと周りを見てみると、全員が同じ意見のようだ。
それはそれで問題なのだが、とりあえず何も言わずに彼女を追うことにした。
を追う途中、ジューダスも段々と気分が悪くなっていくのを感じ
思わず仮面を取り口元を押さえた。
とりあえず今は周囲に人はいないことだし、急いでそのまま外へと向かう。
途中、何匹かのモンスターの残骸を見かけたので彼は内心ホッとした。
(10分どころか5分で手遅れになるんじゃないのか・・・?)
ハロルドだけは平気で生きていそうだが。
少し吐きそうになりながらも、ジューダスはようやく外へ出ることが出来た。
とにかく今は新鮮な空気が欲しい。
「あれっ、誰かと思えば・・・君も出て来ちゃったんだ。」
ゴホゴホと咽ながら姿を現したのは、顔色の悪いだ。
といっても先ほどよりはだいぶマシになってはいるが。
「・・・大丈夫なのか?」
「今のところは。・・・まだちょっと痺れてるけど。」
外へ出てからはその痺れも段々と治まってきた。
ほんの数分であれだけ痺れてしまうのに、何故ハロルドだけが平気でいられるのか疑問に思う。
カイル達が保管所に入ってから大体7分ぐらい経っているが、大丈夫だろうか。
「早いとこ出てきてくれないかな・・・凍死しそうだ。」
「なら中に入るか?」
「ご冗談を。」
中へ入ればまた有害ガスの餌食となる。
もしかするとこれは究極の選択とやらではないだろうか、と
はがくりと肩を落とした。
「・・・ところで仮面は?」
「遅いぞお前。」
保管所から出て来た時には既に外していたというのに。
「いや、何だか視界がぼやけて・・・雪のせいかな。」
ごしごしと目を擦ってみるが相変わらず視界は定まらない。
何だか嫌な予感がして、自分の手を目の前にまで持ってきても
輪郭がボンヤリとしか見えなかった。
(こ、これはもしかしてものすごくやばいのでは・・・?)
「まさかお前・・・見えていないのか?」
「いやまさかそんなことは。」
何だかジューダスの声音が怖かったので、素直に言うことが出来なかった。
「ならこれは何本だ。」
うーんと悩んだ挙句、
「えーと・・・に、二本?」
黒っぽい物体があるということはわかるのだが、指が何本とまではよく見えない。
「三本だ!見えてないなら素直に言え!」
そう怒鳴った後、ジューダスは再び物資保管所の入り口へと早足で歩いていく。
仮面を付けることも忘れて。
「ちょっ・・・、何する気だ!?」
「ハロルドを連れて来る。」
「待った待った待った!3分で出てきた奴が何言ってるんだ!」
とりあえず黒っぽい物体を掴み止める。
だがそれでもジューダスは歩みを止めようとはしない。
「いやホラ、一時的なものかもしれないし!中に入るよりもハロルドが
出て来るのを待った方がいいと思うな私は!」
ずるずると引きずられながらもは諦めずにジューダスの腕を引っ張った。
今この保管所に入ったらどうなるか。
たった3分でギブアップした人間がまたあの有毒ガスを吸い込んでしまったら
更に症状が悪化するような気がする。
もしかすると視覚を奪われるだけでは済まないかもしれないのだ。
突然の異変に、は困惑することしか出来ない。
「・・・もし一時的なものではなかったら?」
「うん?」
「ずっと見えなかったらどうするんだ。」
ジューダスはそのまま振り向かず静かに呟いた。
「全く見えないって事はないんだから大丈夫だって。」
「・・・お前段々カイルに感化されてきたな。」
「前向きに考えることは良いことだよ。」
「・・・・・・。」
自分の世界が闇に包まれてしまうかもしれない。
目にするもの全てが闇になり、海も山も、人の顔も全てが見えなくなってしまう。
もしも彼女の視覚が奪われてしまったら――――。
そう考えると、やはり一刻も早くハロルドを連れてくるべきだろう。
ジューダスは一旦止めていた足を再び動かした。
当然、安心しきっていたの身体はそのまま引きずられていくことになる。
「待てって言ってんのに!」
何を言っても耳を貸さないジューダスに、業を煮やしたは
思いっきり彼の身体をタックルで倒す。
思いもよらない攻撃に、ジューダスは見事に顔から雪の中へ突っ込むしかなかった。
「と、突入阻止成功。」
「そこを退け!重い!」
「んなっ、し、失敬な!女の子に重いとか言うな!」
「・・・自分で女の子はないだろう。」
「冷静にツッコむな!」
この吹雪の中で言い争いをしている二人はどう見ても異様だ。
「お前は怖くないのか?自分の光を奪われるのが!」
この先、何もかも見えなくなってしまったら取り返しのつかないことになる。
だが当の本人は、他人の心配ばかりして自分の事などお構いなしだ。
相変わらず暢気なに段々と腹が立ってきたのか、ジューダスは押し倒されながらも
彼女の胸倉を掴む。
「・・・目が見えなくなるよりも、怖いことはたくさんある。」
冷たくなってしまった手で、はそっとジューダスの視界を塞いだ。
「自分と同じ境遇の人間を増やすことが、一番怖い・・・かな。」
彼の目が自分と同じようになってしまうことが怖い。
しばらくの沈黙の後、ジューダスは胸倉を掴んでいた手を離した。
もう保管所へ入ろうとはしないだろう、と判断したは
ジューダスの上から身体を退ける。
案の定、彼は自由になっても身体を起こすだけで何もしようとはしない。
「・・・冷たいな。」
自分の視界を塞いでいる彼女の手に触れると、痛いぐらいの冷たさだった。
「そりゃこの雪の中にいればねぇ・・・、っと、足音が聞こえてきた。」
入り口に近づいてくるカイル達の足音だ。
数が減っていないということは、誰も倒れたりはしていないということで
はホッと胸を撫で下ろした。
が、ジューダスの仮面が雪の上に放ってあることに気付き慌てて手を伸ばす。
(あ、もう皆知ってるんだし・・・慌てる必要なかったりする?)
仮面を手に取りながらも悩む。
「。」
ジューダスは彼女の手を少し強く握った。
冷たくなってしまった手を温めるように。
「お前の目が見えなくなったら、僕がお前の目になる。
目だけじゃない。手や足が動かなくなったら僕がお前の手足になる。」
こういうとき、一体どんな顔をして言葉を返せばいいのかわからなくて
はただ黙ることしか出来なかった。
目が見えなくて良かった。
はっきりと彼の表情を見てしまったら、今以上にどうすることも出来なかったから。
「・・・仮面を寄越せ。」
「え、あー・・・、・・・ハイ。」
でもやっぱり見えた方が良かったかもしれない。
照れる彼の顔が見てみたかったから。
しばらく経つと、カイル達が満身創痍で保管所から出て来た。
有毒ガス充満、モンスター出現、資材運びと、
もしかすると先にダウンしたこちらの方が良かったのかもしれないと思うぐらい
ハロルドに散々こき使われたようだ。
「アララ、視界がボンヤリする?ふむふむ、どうやら同じガスを吸っても
個人差ってものがあるみたいねー・・・は視覚異常、と・・・。」
「・・・私"は"・・・?」
「6分37秒、カイルは三半規管に異常発生。ホラ、フラフラしてるっしょ?」
ハロルドが指差した方向で、カイルが雪の上を不自由そうに歩いていた。
右へ行っては倒れ、左へ行っては倒れ、仕舞いには倒れたままでボーっと空を見上げている。
ぐるぐると回る世界が意外に楽しいらしい。
「8分19秒、ロニは聴覚に異常発生。リアラとナナリーは10分近くまで粘ってみたけど
異常なし。」
「ハ、ハロルドさん・・・。」
まさかワザと10分近くまで危険地帯をウロウロしていたのですか。
は早めにダウンして良かったと心底そう思うのだった。
「だ〜い丈夫。一時的なもんだからそのうち治るわよん。ま、アンタが一番
症状が重いみたいだから特別に治してあげましょ。キュア〜っ。」
淡い光に包まれたかと思うと、身体の冷えやだるさが瞬時に抜けていた。
「・・・ハイこれは何本?」
「い、一本。」
「上出来ね。・・・あ、でもジューダスにしてもらった方が良かった?」
しばらくハロルドの言葉を理解することが出来なかったが
彼女の表情からすると、先ほどの一部始終を見られていたのだと知る。
「え、な、なんっ・・・!?ハハハハロハロ、ハロルド!?」
「ふふふん、私にわからない事なんてないのよ〜ん。」
ハロルドは楽しげに飛び跳ねながら、の服の袖から何かを抜き取った。
「小型マイク!いつの間にー!」
「まっ、アンタ達がそーゆー事だろうとは思ってたけど〜。」
一人で勝手に納得して、彼女はスキップしながらその場を離れていく。
天才博士は人間関係の観察にも抜かりはなかった。
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長くお待たせした割には短くて申し訳ない。
ハロルド書くのは意外に楽しいです。