「まだかハロルド!」

      「ンッフ〜♪フンフフ〜ン〜ン〜♪」

      「お、お前を守るこっちの身にもなれー!」


      と、ロニが叫んでも当の本人は相変わらず楽しそうに制御装置を操作している。





      ハロルドが開発したロケットにより、ダイクロフトへの突入は成功した。

      たった数時間だけであれほどのマシンを開発してしまう彼女は

      やはり天才という存在なのだろう。

      ただ問題なのは、飛び方も着陸の仕方も滅茶苦茶だったということだろうか。

      おかげで乗っていた数人からの苦情が殺到したのだが、その中でただ一人カーレルだけは

      涼しい顔をしていた。




      が、その涼しい顔が崩れたのはそれからしばらくしてからのことだ。


      アトワイトやクレメンテが捕らわれていると思われる扉の前で

      ディムロス達が立往生しているときの事だった。

      鍵が開かないのなら、扉ごと壊してしまえばいいという答えに

      行き着いたものの目の前にある扉は思ったより頑丈で、とても壊すどころの話ではない。


      「さ、ちゃっちゃと開けて帰るわよ〜。」

      「無理だハロルド、その扉はパスワード式になっていて

       恐らくミクトランにしか・・・。」


      いくら天才と言われる妹でも無理だ、とカーレルは半ば諦めていたのだが




      "ピー"




      ハロルドはまるでパズルを解くかのように、いともアッサリと扉の鍵を開けた。

      そして一言


      「何か言った?兄貴。」


      いつもの笑みを浮かべ、彼女は呆気にとられるカーレル達を置いて

      さっさと部屋の中へと入っていく。

      ディムロスはポン、とカーレルの肩を叩き


      「・・・常識というものは通用しないらしいな。お前の妹には。」

      「・・・・・・。」


      我が妹は、まだまだ計り知れない・・・と呟くと、カーレル達も部屋の中へと入っていった。









      ベルクラント開発チームを救出した後、ダイクロフトの機能を停止させるため

      今カイル達は制御室にいる。

      部屋の中は機械の音なのか何なのか、色んな音が混ざり合ってとてもうるさい。


      ハロルドは部屋の奥にある制御装置の前に立つと、物凄いスピードで

      パネルを操作していく。


      彼女がメインコンピューターにハッキングしている間、セキュリティとして

      置かれているモンスターを排除し続けなければならない。

      5分。

      それだけあれば十分だとハロルドは言う。


      たかが5分、されど5分。


      ペース配分がきっちり出来ていないと、早々に戦線離脱せざるを得なくなる。

      カイル以外の全員が思っていたはずなのだが、どうしても体力の限界というものは

      誰にでもある。


      「まだかいハロルド!そろそろあたしらも限界だよ!」


      矢をつがえようとするナナリーだったが、補充すべき矢がもう残り少ない。

      制御室に来るまでにも、警備のモンスターに散々襲われたため

      他の皆の体力も段々と底をついてきている。

      当のハロルドはといえば、鼻歌交じりでキーボードを叩いていた。

      タンタンタン、とリズムよく制御盤のボタンを押していく後姿は今にも踊りだしそうだ。



      「そういえば、さ。」

      「何だ、この忙しい時に。」


      トン、とがジューダスの背に自分の背を預ける。


      「前にもこんな状況になった事ない?」


      そう言われて、彼はふとリオンであった時のことを思い出す。

      と会って間もない頃、任務でモンスター狩りをしていた事があった。

      倒しても倒してもキリがないモンスター、疲労困憊の。


      「なるほど、確かに似ているな。お前がへばっている所なんかが特に。」

      「だから一言多いんだよ君は・・・。」


      と言いつつも、はどこか嬉しそうだった。

      まさか彼が覚えていてくれるとは思っていなかったから。






      「3、2、1・・・0!」


      一際大きく、タン!という音がしたかと思うと、今まで制御室で鳴っていた音が一瞬で無くなった。


      「これで脱出用ポッド以外の全ての機能が停止したわ。ベルクラントもお休み中よ。」

      「よし、オレ達も脱出だ!格納庫まで一気に行くぞ!」

      「・・・カイル、なんでお前そんなに元気なんだ・・・。」


      どうしてペース配分のペの字も知らないカイルが、こんなにピンピンしているのか。

      何だか考えるだけ無駄のような気がして、それ以上は誰もツッコまなかった。








      格納庫へ向かう途中、何度かモンスターに襲われたものの

      一人元気なカイルが頑張ってくれたおかげで、それほど苦戦することはなかった。


      初めてカイルと出会ったときからは想像できないほどに、彼は強くなったと思う。


      カイルだけではなくロニだって逞しくなったな、とは後ろから感慨深げに

      二人の背中を眺めている。


      (大きくなったなぁ・・・ルーティも同じような気持ちなんだろうなぁ。)


      子供たちの成長を喜ぶ大人のようだ。

      今の時点ではカイルやロニとは歳が近いままだが、よく考えてみなくとも

      彼らは友人の息子達であって、同じ時代を生きている人間ではない。

      はそこまで考えて、ふと一つの疑問が頭に浮かんだ。


      今の自分は、生きているとはっきり言えるのだろうかと。


      だが幽霊というわけではないし、肉体もある、自由に身体を動かす事も出来る。

      少なくとも死んではいない。

      なら、生きているというのは一体どういうことなんだろう。

      そんな哲学的なことが、浮かんでは消え浮かんでは消え。


      (・・・まぁいいか。今やれることをやれば、それでいいんだ。)


      自分の心に忠実となること、ただそれだけだ。









      走りに走ってようやく格納庫へと到着したカイル達は、脱出ポッドのある場所へと急ぐ。

      ポッドの前ではディムロスと、先ほど救出したアトワイトが彼らを待っていた。

      二人はこちらの姿を確認すると、ホッとしたような表情で


      「良かった、無事だったのね貴方達・・・。」


      ディムロスの隣で、アトワイトは柔らかく微笑んだ。


      「話している暇はない。急げ!」


      急いで脱出ポッドに乗り込もうとするカイル達に、ディムロスとアトワイトも続く。


      だが、それは一瞬の隙だった。


      アトワイトは突然、身体が宙に浮いたような感覚に襲われる。

      一体何が起こったのか、その場の誰もが理解出来なかった。


      「クックッ・・・遅かったな、カイル=デュナミス。」


      聞き覚えのある声に、ディムロスとカイルはようやく何が起こったのかようやく理解する。



      「「バルバトス=ゲーティア!」」



      二人の声が見事に揃う。

      ディムロスは信じられない、といったような顔でバルバトスを睨みつけた。


      「ほう、地上軍のディムロス中将閣下が小官ごときを覚えておいでとは・・・

       まこと光栄の極みですな。」


      嫌味なほどに恭しくそう言いバルバトスはアトワイトを掴んでいる手に力を込める。


      「うっ・・・!」

      「アトワイトを放せ!バルバトス!」


      素早く剣を抜き、ディムロスはバルバトスへと斬りかかった。

      勝てる。

      彼の中には何の揺るぎもない確信があった。


      どんな方法かは知らないが、甦ったのなら再び倒すまで。

      仲間を裏切り天上軍に寝返ろうとしたバルバトスを殺したのはディムロスだ。

      そんな男に負ける道理はどこにもない。


      だが――――。


      「くっ!馬鹿な、私の剣を片手で・・・!?」


      以前のバルバトスとは何もかもが違っていた。

      紙一重というところで避けられる、当たったとしても難なく受け止められる

      そして受ける力も比較にならないほど強くなっている。

      こんな短期間でここまで腕を磨くことなど不可能なはずなのに。

      ディムロスは内心で焦っていた。

      今ここでバルバトスを止められないということは――。


      キィン、という金属音が辺りに鳴り響く。


      しまったと思った時にはもう遅かった。

      ディムロスの喉に鋭い刃が突きつけられる。


      「つまらん・・・なんともつまらん結果だ。貴様も俺の乾きを癒せはしないというのか・・・。」

      「つまらんのは貴様だ!」


      のその声を合図に、カイル達が一斉にバルバトスへと斬りかかった。


      「止せ!」


      だがこの状況を理解していたジューダスだけは、それに加わらずに彼女らを制止する。

      今ここで一斉にかかったとしても、勝てる見込みはゼロに近い。

      バルバトスの強さもあるが、何といってもアトワイトを人質に取られてしまっては最早なす術はなかった。


      「ぞろぞろと鬱陶しいわァ!」


      彼の周囲が紫暗色に光ったかと思うと、何本もの影の刃がこちらへと向かってくる。

      あまりの詠唱スピードに、カイル達は避けることで精一杯な上、バルバトスの攻撃も避けなければならない。

      カイルとロニはどうにか受け止めることができたが、十分な力もなく体重の軽いは

      文字通り軽々と吹っ飛ばされてしまう。


      「!」


      彼女の身体が床部に叩きつけられる前に、ジューダスが受け止める。


      「うわ、ご、ごめん・・・!」

      「・・・っ・・・この馬鹿が!少しは考えろ!」


      は返す言葉もなく、肩を落とした。






      あれほどの動きをした後だというのに、バルバトスは息一つ切らせていない。

      そして用済みだと言わんばかりに、ハルバードをディムロスへと振り下ろす。

      が、それは途中でピタリと止まり、何を思ったのか武器を下ろし不敵に笑う。


      「・・・ふっ、あったぞ。貴様を最大限に苦しめる方法が・・・。」


      バルバトスは持っていたハルバードをアトワイトの首へゆっくりと動かした。


      「やめろバルバトス!おまえの相手は私のはずだ!アトワイトを放せ!」


      傷を負う事は、それほど苦痛ではない。

      だが大切な仲間の傷というのは、自分のものよりも遥かに苦痛なものだ。

      ディムロスが一番苦痛に感じることは、アトワイトを傷つけること。

      彼の表情が一変したのを満足そうに見遣ると、バルバトスは実に楽しそうに笑った。


      「クックック・・・残されたわずかの間、死をも上回る苦しみを味わうがいい!」


      高らかに笑いながら、その姿は段々と薄くなっていく。

      ディムロスが手を伸ばした頃には、既に跡形もなく消え去っていた。






      「・・・ジューダス、もう立てるんだけど。」


      カイル達がディムロスのところへ駆け寄った後、ようやくが口を開く。

      抱きとめられたままの状態であったため、ジューダスの腕が彼女の腰にまわされたままだった。


      「あ、ああ・・・。」


      言われるまで気付かなかったようで、彼は慌ててその手を離す。

      ロニやナナリーに気付かれなくて良かった、と心底思う。


      「どうするんだろうね、ディムロス中将・・・。」


      だが当の本人はさほど気にした様子もなく、ディムロスの方を見つめている。

      ほんの少し面白くない気分のまま、ジューダスはこれからの事を考えた。

      バルバトスを追うか、それともこのまま帰還するのか。

      二人はただ黙ってディムロスの決断を待った。



      「何言ってんだあんた!仲間が人質にされたんだぞ!それを見捨てて帰るっていうのか!?」



      ロニの声が格納庫に響き渡る。

      どうやらディムロスの答えは決まったようだった。


      「開発メンバーの救出は成功した。これ以上の犠牲を増やさないためにも一刻も早く退却すべきだ。

       ・・・彼女とて軍人だ。死を伴う危険も常に覚悟していたはず・・・あえてそれに甘えさせてもらう。」


      そうキッパリと言われても、カイルは諦めようとしなかった。

      業を煮やした彼は、ディムロスの制止も聞かずに再びダイクロフトの中へ

      バルバトスを追おうと走るが、ハロルドの杖に引っ掛けられ見事にコケる。


      「はいはーい、帰るったら帰るのー。とっとと乗る!」


      そのままずるずるとハロルドに脱出ポッドまで引きずられていく。


      「ラディスロウに帰還する。急げ!」


      ディムロスは、いまだ動けないでいるロニ達の背中を押す。

      渋々ながら彼らが脱出ポッドへと入って行った後、ハロルドはポッドの扉を一旦閉め

      ディムロスの方へと歩み寄った。


      「すまん、ハロルド。」

      「正直、私も納得できないけどね。ホラ、アンタも早く乗って乗って。」

      「・・・・・・。」


      ハロルドの言葉がディムロスの心に深く突き刺さる。

      だが、この選択は間違ってはいないはずだ。


      彼女がここにいても、きっとそう言うはずだ。


      返事はないとわかってはいるが、そう問わずにはいられなかった。
























      「腰抜け、かぁ・・・。あれはちょっと酷いよね。」


      雪の中を歩きつつ、は数分前のカイルのセリフを思い出す。


      ダイクロフトから帰還した後、総司令リトラーへの報告をしていた時だ。

      バルバトスに攫われたアトワイトの捜索は、上層部での会議次第だという。

      勿論、それに納得できないのはカイルだ。

      どうしてだと、彼は叫んだ。

      仲間が危険に晒されている、ならばどうして今すぐ助けに行かないのかと。


      "彼女ひとりを助けるために、他の人間を危険にさらすことはできない。組織とは軍隊とはそういうものだ。"


      これが、ディムロスの中将としての選択だった。

      彼にとって、これは今までで一番辛く苦しい選択だったはずだ。

      大切な人を失ってしまうかもしれない。

      そんな恐怖と戦いながら出した結論。

      だが、そんな苦しさも理解できずに、カイルはただディムロスを責めた。


      何度か途中で止めようと思ったのだが、ジューダスに制されてしまい結局何も言うことが出来なかった。

      彼はカイルの好きなようにさせると決めていたのだろう。


      そして、カイルの口から出てしまった"腰抜け"という言葉。



      (ちょっと殴ってやろうかと思った。)



      ディムロスは決して腰抜けではない。

      は今でも彼は史実どおりの英雄だと思っている。


      もしあのまま何もかも放り出してバルバトスを追っていたら、どうなっていたか。

      天上軍に追いつかれ、救出した開発チームの中から犠牲者が出ていたかもしれない。

      万が一、バルバトスを見つけたとして一戦交えたとしても、全員が無事でいられたかどうか。

      何せディムロスでさえ軽くあしらわれていた程だ。


      恐らく彼は、カイル達がいなかったら迷わずバルバトスを追っただろう。

      だが、中将として彼らの命を預かる身のため、断念せざるを得なかった。


      (あの人だって、今すぐ飛んでいきたいんだろうに。)


      ディムロスは正しかった。

      もし自分がアトワイトの立場なら、そう思うだろう。

      自分のせいで大切な人達が危険に晒される――それはアトワイトも同じだ。

      大勢の命よりも、自分を選んでほしいという気持ちは勿論あるだろうけれど

      それ以上に、立場というものを考えなければならない。

      中将という言葉は飾りではない。

      ハロルドが言ったように、ディムロスは地上軍全兵士の命を預かっているのだ。


      (あの決断は、私達のことを考えての決断だというのにな・・・。)



      「まだ考えているのかお前は。」

      「いやー・・・やっぱり腰抜けはないだろう腰抜けは。」


      いつもはカイル達から離れて歩く。

      そして彼女の隣には必ずといっていいほどジューダスが陣取っているので、必然的に話す相手は彼だけになる。


      「やっぱり一発ぐらい殴っておけば良かったかなと。」

      「・・・止めておけ。それで気付くような奴か?」

      「いいや。」


      いくら周りが注意しても、自分で気付かない限り納得は出来ないだろう。

      そう思っているからこそジューダスは敢えて何も言わないのだ。


      はふっとジューダスの方を見遣る。

      そういえば、彼も同じような経験をしているのだった。

      結局彼は、大切な人の命を選んだわけだけれど。


      (もし私がアトワイトの立場だったら、君はどうするんだろう?)


      どうせ聞いても言葉は返ってこないだろうから、は視線を元に戻した。

      返ってきたとしても「この馬鹿」としか返ってこない、きっと。



      「・・・カイルは。」

      「?」

      「もしそうなったら、どうするんだろうね。」


      「・・・・・・・さぁな。」





      (一人の人間の命と、その他大勢の命、か。)


      どちらを選ぶと問われれば、当然どちらもと答えるだろう。

      だが絶対に片方しか選べないとしたら。


      そして、カイルがその選択に迫られたとしたら。


      彼は一体どちらを選ぶのだろう。

      迷わずに一人の命を選ぶのだろうか?


      恐らくその選択はもうすぐそこまで迫ってきている。




      ディムロスと同じ、辛く苦しい選択が。








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      えー一体何ヶ月ぶりですか。
      なんか三ヶ月近く経ってるんですが!
      ちょっと目眩がしました。
      なんか書き方とか色々忘れててどうしようかと思いました。

      待っていて下さった方、申し訳ありません。
      そしてありがとう。