「あ、そういえばさ・・・恋人同士なんだよね、あの二人。」
ソーディアンの仕上げがあるということで、ハロルドをここ、物資保管所まで送り届けると
彼女は唐突に口を開く。
「あの二人って・・・?」
突然の言葉だったので、カイルの反応は鈍い。
「勿論、ディムロスとアトワイト。」
ハロルドから告げられた新事実に、カイルだけでなくその場にいつ全員が言葉を失った。
薄々はそういう空気が流れていることに気付いていた者もいたのだが
恋人同士だとはっきり知らされると、どうしても面食らってしまうのは何故だろう。
しばらくの沈黙の後、カイルが声を張り上げた。
「だったら・・・どうしてディムロスさんはあんな・・・!」
大切な人の命が危険にさらされているというのに、どうしてあんな平気でいられるのか。
自分なら、たとえ軍の規律を破ってでも飛んで行くのに。
カイルはちらりとリアラを見遣る。
彼女が一人でエルレインの元へ赴いたとき、彼は文字通りすっ飛んで行った。
英雄だからだとか、聖女だからだとか、そんな理由ではない。
ただリアラを失いたくはなかったからだ。
なのに、どうしてディムロスには自分と同じことが出来ないのだろう。
「・・・ディムロスさんには、責任があるからだと思う。」
ほんの小さなか細い声で、リアラは絞り出すように呟いた。
「すごく重い責任を前にしたら・・・自分の想いを、貫けなくなるから・・・。」
小さな手をぎゅっと握り締める。
聖女としての使命を背負うリアラには、それが痛いほどにわかった。
「しかし今更なぜそのことを僕たちに告げた?」
「触媒。」
「触媒?」
「内的要因に見込みがないなら外的要因によって変化をうながす。たとえそれが毒であってもね。」
「それはつまり・・・。」
「あ、でも、あんたたちは薬だと思ってるから安心して。あーあー
実験結果が観測できないのが残念ねぇ・・・。」
何やらぶつぶつと文句を言いつつ、ハロルドは保管所へと入っていってしまった。
「で、どうすんだカイル?おまえのことだしな、このままほっておく気はないんだろ?」
「ああ、もう一度だけディムロスさんを説得してみるよ。それでもダメなら、そのときは・・・。」
これから一体どうなるのか、ハロルドにはもうわかっているんだろう。
カイルがどういう行動を起こすのか、そしてそれがどういう変化をもたらすのか。
「よし、地上軍拠点に戻ろう。」
恐らく、バルバトスはすぐにでもアトワイトをどうこうしようというわけではない。
ディムロスを痛めつけるのを目的とするなら、何が一番効果的かと言うと
(中将の目の前でアトワイトを傷つけた上での殺害、そして絶望の中でディムロスを殺害する・・・。)
どうしようもなく悪趣味で残酷な方法だ。
拠点に到着するなり、カイルはディムロスの部屋へと駈けて行く。
ロニ達もそれに続くのだが、ここでふと気にかかることがあった。
カイルはディムロスの部屋を知っているのだろうか。
周りが不思議に思っているところへ、案の定、カイルがピタリと足を止めた。
「・・・ディムロスさんの部屋って・・・ど、どこだっけ・・・?」
「カイル・・・。」
脱力したような、呆れたような表情をしている周りに、カイルはただ笑って誤魔化すしか出来なかった。
気を取り直して、カイル達はディムロスの説得へと向かう。
だが、ディムロスはどうしても首を縦に振ることはなかった。
後ろから見ていると、カイルの感情が段々と昂っていくのがわかる。
それほど付き合いの長くないでもわかるぐらいだ。
周りの誰もが、ああそろそろだな、と思った時だった。
「なら、軍を辞めます!」
爆発することはわかっていたが、まさかそんな言葉が出てくるとは
思っていなかったものだから、その場にいる全員が思わず言葉を失った。
「な・・・何を・・・!」
さすがのディムロスも予想だにしていなかった言葉だったらしく
何も言葉が出てこない。
「これから起こることはディムロスさんには関係ありません。
オレ達が勝手にやることです。」
カイルはそう言い放つと、部屋から出て行ってしまった。
その後をロニ達は慌てて追いかけるが、リアラとだけは
そのままディムロスの部屋に残っている。
「・・・やれやれ、慌しい子だな。」
「でも、カイルらしい。」
やや呆れ顔のと、眩しそうに彼の背中を眺めているリアラ。
しばらくの沈黙の後、ディムロスは口を開いた。
「ひとつだけ教えてほしい。・・・君たちにとって私はもとより
アトワイトも赤の他人のはずだ。・・・なのになぜ、そこまで・・・。」
カイルとはまだ知り合ってまだ間もない。
アトワイトともほんの少ししか言葉を交わしたこともない。
そんな人間のために何故そこまで一生懸命になれるのか。
「・・・カイルはディムロスさんが大切な人を失おうとするのを黙ってみていられないんだと思います。」
「大切な・・・人。」
「カイルは目の前で大切な人を奪われている。・・・あんな辛い思いを、誰かにしてほしくないんでしょう。」
「・・・・・・。」
たとえそれが赤の他人だとしても、誰かが誰かを失って泣くのは見たくないから。
「それがカイルなんです。まっすぐすぎるぐらいまっすぐな人・・・。
一緒にいて、そのまっすぐさがつらいときもあるけど・・・でも、だからこそ
信じられるんです。この人なら大丈夫って。」
リアラの声は、とても力強かった。
もう何があったとしても、揺るぎようのない決意がそこにあるような気がした。
「・・・行きましょう。」
「ああ。」
二人は一人苦悩するディムロスを残し、カイルの後を追いかける。
「辛くはない?」
ディムロスの部屋を出ても、そこにカイル達の姿はなかった。
どうやら勢いのままに走って行ってしまったらしい。
このまま沈黙していても仕方ないので、隣を歩いているリアラへそう問いかけた。
もうリアラからは以前の重苦しさを感じることはないが、今は別の意味での
重苦しさがある。
「知っていたのね。」
「そういうわけじゃないよ。少し考えればわかる事だし・・・。
・・・君だけじゃなく、自分の運命ももう理解している。」
「・・・そう・・・。」
けれど、二人の表情にも声にも、悲壮な色はない。
「自分でもとても不思議なの。怖くないと言えば嘘になるかもしれないけど・・・
でも、やっぱり怖くないの。」
「何だか綺麗になったねリアラは。」
「な、何言い出すのったら・・・。」
からかうつもりは決してなかったのだが、言われた本人はそうは思えなかったようだ。
頬を膨らませた姿がまた可愛らしい。
「やっぱり好きな人が出来ると、ガラっと変わってしまうんだなぁって。」
「・・・、何だかオジさんみたいよ。」
「・・・・・・そう言われてしまうと・・・さすがにショックだな・・・。」
真っ赤な顔で言われても全く痛くはないが、オジさんという言葉は正直いただけない。
二人が話し終えると、丁度前の方にカイル達の姿が見え始める。
彼らも二人を待っていたらしく、こちらの姿を確認すると大きく手を振って合図していた。
「あの、みんな・・・、その・・・。」
「勝手にアトワイトさんを助けるって決め手、よかったのかな?か?
バーカ、そんなの今になって始まったことじゃねぇだろうが。俺たちは
お前の暴走なんか承知でついて来てるんだからな。」
「へへっ、ありがとう、ロニ。」
カイル達と行動することになれていないは、ようやくここでカイルの暴走が
日常茶飯事な事なのだと理解した。
後先考えずに動いているのだから、いちいち腹を立てても仕方ないのだ。
「・・・やっと分かったのか?」
「・・・・・・はい。」
ジューダスに呆れたように言われ、はわざとらしく肩を落とす。
とりあえず心を切り換えて、彼らは駐屯地を出てスパイラルケイブへと向かう事にした。
(一度決めたことは、最後まで貫き通す、か・・・。)
"スパイラルケイブにて待つ"とだけ描かれた手紙と共に、アトワイトが付けていた
ブレスレットを巡回の兵士が見つけた事から、自体は良い方向へ進むかと思われていた。
が、それでもディムロスは動こうとはしなかった。
彼も軍の中将として、一度決めたことを決して曲げようとはしなかった。
だが、自分の意志を決して曲げないということは、必ずしも正しいことだとは限らない。
ディムロスにとっては、軍のために動かないことが正しいことであるし
カイルにとっては、一番大切な人を助けに行くことが正しいことであるし。
一体何が正しくて、何が悪い事なのか――――。
「おいそこの百面相。」
「誰が百面相だ誰が。」
「お前、いい加減にその癖をどうにかしろ。」
「ああうん・・・直したいとは思っているのだけど。」
またいつもの如く、カイル達より少し後からジューダスとが歩いている。
「さぁ、どんな罠が仕掛けられているのか・・・」
あの周到な男のことだから、とはボソリと嫌そうに呟いた。
手紙といいブレスレットといい、明らかにおびき寄せようとしているのがわかる。
バルバトスは見るからに力任せの戦闘をするようなタイプなのだが
その反面、周到な面も持ち合わせている。
そんな男が、何の策も持たずにディムロスやカイルを誘うだろうか。
「まぁ、僕とお前は大丈・・・。・・・いや、お前もカイルと同じようなものだからな・・・。
出来るだけ慎重に進んだ方がいいだろう。」
「どういう意味かなそれは。」
カイルと同じ、というのはさすがにカチンと来る。
「言葉どおりの意味だが。」
「一体何をどう見たらそういうことになるんだ?」
「ス、ストップ!何いきなり険悪ムードになってんだお前ら!?」
今にも凍りつきそうな空気にいち早く気付いたロニが、慌てて二人の間に割って入る。
「・・・別に、険悪というわけでは。」
「険悪ってわけじゃ・・・ないけど。」
二人揃って反論してみるものの、依然として空気は重いままだ。
ロニは一つ溜息をついて、困ったように頬をかく。
「あのなジューダス。そう回りくどい言い方しても伝わらねーぞ?」
「・・・・・・ふん。」
すっかり機嫌を損なってしまったジューダスは、一人で先に歩いて行ってしまう。
残されたロニとも、彼の後を追って歩き出すが当のは憮然とした面持ちのままだ。
彼女にはさっぱり意味がわからない。
一体ジューダスは何を伝えたかったというのか。
「・・・お前は、バルバトスのこととなると冷静じゃいられないだろ、って事じゃねぇのか?」
「・・・・・・。」
「前例があるだろうよ。一人で奴に挑んで返り討ちにされたじゃねーか。」
「う・・・。」
それを言われると、何も言い返せない。
「あいつはそれを心配してんだろ。素直に言い出せないみたいだけどな。
・・・あん時のジューダスの慌てようと言ったら・・・見せてやりたかったぐらいだっての。」
が知っているのは、もうだめだと思った時に目の前に広がったあの漆黒だけだ。
彼がどんな顔をして来てくれたのかだとか、どんな戦いをしたのだとか、他の事は何も知らない。
(そうか、心配・・・して、くれたのか。)
先ほどのあれは、ただの心配。
そう理解してしまうと、不満だとかそういうものが全て吹き飛んでしまった。
だが隣にロニがいることを思い出し、緩みそうになる顔をどうにか押し止める。
(少しは・・・。)
心を許してくれているのかもしれない。
ただそれが純粋に嬉しかった。
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毎回書いてるような気がしますがお久しぶりです。
だいぶ端折ってるとこありますが、そ、そこら辺は
大目に見ていただきたい・・・。