語り継がれる伝説というのは、全てが大団円というわけではない。

      誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。

      総じておとぎ話というものは、都合の悪いことは記されない。


      伝説の天地戦争のあらすじも、その一つだ。


      悪の皇帝ミクトランを、ソーディアンという英雄が倒し、めでたしめでたし。


      多くの犠牲者を出したこと、天上人が過酷な地に追放されたことにも一切触れない。

      伝説の影となった部分を学ぶのは、大人になってからだ。



      憧れだった英雄が犠牲になったという事実を知るのは大人になってからのはずなのに。














      「カーレル・ベルセリオスはミクトランと刺し違えて死ぬ。」




      ダイクロフト突入の直前、ジューダスは静かにそう告げる。

      今まで何気なく話していた人間がいなくなる。

      カイルは何か硬いもので頭を殴られたような衝撃を受けた。


      彼がいなくなったら、ハロルドはどうなる?


      かつての自分のようにショックで記憶が抜け落ちてしまったりするかもしれない。


      「オレ、ハロルドに言ってくる!」


      そう言って部屋から出ようとするが、近くにいたロニに制された。

      振りほどこうにもロニの力は予想以上に強く、部屋を出ることは出来なかった。

      わかっている、自分が一体何をしようとしているのか。

      だけど、頭ではわかっていても感情がついていかない。


      カイル達はエルレインを止めるために過去へとやって来たのだ。

      この天地戦争の勝敗を元に戻すために。

      だがミクトランと刺し違えるというカーレルの運命を捻じ曲げることは

      歴史の改変となる。


      その行為はエルレインとどう違うというのか。


      ここで天地戦争の勝敗を戻さなければ、またあの箱庭の未来となってしまう。

      スタンやルーティ、ロニ、ナナリーにジューダスもも存在しない未来。


      「わかってる・・・!・・・、けど!そんなの!」

      「ま、確かに後味は悪ぃよな・・・。けど、それが俺達が知ってる歴史だ。」

      「ロニ!だけど、ハロルドには言った方が・・・!」



      「言ってどうする。」



      ずっと黙っていたジューダスが冷たく言い放つ。

      その瞳には微かな怒りの色も見られる。


      「カイル、まさか僕らがこの時代へやってきた理由を忘れているんじゃないだろうな。」

      「わかってる!だけど!黙って見てるだけなんて、オレには出来ないっ!」


      気持ちはわからなくもない、とその場にいる全員が思う。

      誰でも、近しい人間が死ぬ未来を知ってしまったら何とかしたいと思うだろう。


      「ならどうするんだ?カーレルを助けるというのか?そんな事になれば、お前も

       エルレインと同類になるぞ。」

      「ッ・・・!」


      歴史を修正するためにやって来た自分達が、歴史の改変を望む。

      どんな理由があったとしても、それはエルレインと変わらない。

      カイルは納得はしていなかったようだが、何とか自分を抑えようとしているようだ。

      多少は大人になったという事なのだろうか。

      以前の彼なら周りの制止の声も聞かずに飛び出していったかもしれない。


      けれど、どうしてもジューダスの言葉が突き刺さったまま抜けないのだ。


      今抑えなくては、この時代へ来た意味がなくなってしまう。





      「カイル、君は一体何のためにここへ来た?」


      ずっと黙って聞いていたが口を開く。


      「自分勝手に歴史をいじるために来たの?」

      「・・・は・・・何とも思わないのかよ・・・っ・・・。」


      あくまで淡々と話すに対して、カイルは声を震わせながら言葉を絞り出す。

      は呆れたように嘆息し、


      「そりゃ残念だとは思う。けれど、私達の目的はカーレルを助けることじゃない。」


      「カーレルさんはハロルドの・・・!」

      「・・・言い方を変えようか。ここで余計な事をすれば歴史にどんな作用が

       あるかもわからない。ここにいる全員、そしてスタンやルーティも

       存在しなくなってしまうかもしれない。」

      「・・・!」


      残酷な事なのかもしれないが、現実を突きつけてやるしかない。

      自分の両親や仲間の存在か、それともたった数日前に会ったカーレルか。

      まだ感情を制御できないカイルには酷な事なのかもしれないが、選ばせるしかないのだ。


      決して悲しくないわけではない。

      人の命を天秤にかけるなど、許される行為ではないが

      どちらがより大切なのかという事を考えると一方を選ぶしかない。


      彼女が、カーレルの命よりも大事なものを選んだように。


      唇を噛みしめているカイルの姿に少し心が痛んだが、は敢えて部屋を出た。

      頭を冷やしてくる、と一言告げて。


      「・・・とりあえず、今日は休んだ方がいいだろう。明日は・・・長い一日になりそうだからな。」


      そう言い残すと、ジューダスもまた部屋から出て行ってしまった。





      「・・・カイル、わかってんだろ?」


      ロニが苦笑を浮かべながらポンとカイルの頭に手を乗せる。

      いつものからかいの手ではなくて、カイルを心配しての事だ。


      「わかってる・・・うん、わかってるんだ。・・・オレ達がここに来た理由。

       今オレ達が何をしなきゃいけないかって・・・。・・・よし。

       オレ、もうちょっとと話してくる!」

      「バカ、今は止めとけって。」


      カイルの首根っこを掴んで制するロニ。


      「ふふ、カイルったら。こういう時はジューダスに任せておけばいいの。」

      「な、何だよリアラまで〜・・・。」
















      一方、頭を冷やすために一旦外へ出ただったが、あまりの寒さに1秒で踵を返した。

      防寒服も着ずに外へ出るなど自殺行為だ。

      一瞬のうちに体が冷えてしまったので、休憩所にてココアを入れてもらいその辺に腰掛ける。


      (少し感情的になりすぎた・・・。)


      カイルの気持ちはわからなくもない。

      近しい人の死をあらかじめ知っていたとしたら、何としても助けたいと思うだろう。

      自分も、もしあの時未来を知る事が出来ていたら、また違う方法を試みたいに違いない。


      「はぁ・・・。」


      もう少し冷静になったらカイルと話そう。

      は目を閉じて小さいため息をついた。




      「隣、いいかな。」

      「え、ああ、はい・・・。」


      ギッ、と木で作られた長椅子が音を立てる。

      ふとが隣を見てみると、そこには先ほどカイルとの口論の原因となった人が座っていた。


      「カ、カーレルさ・・・中将・・・。」

      「そんな畏まった呼び方をしなくても。」

      「いや、でも・・・。」


      よりによってどうしてカーレルと話す羽目になってしまうのか。

      は誰にともなく文句を言いたくなる。


      「君一人かい?」

      「カーレル・・・さんこそ、お一人ですか?」

      「ああ、意外に暇なんだ。作戦会議も終わったし、ソーディアンの調整も済んだ。

       後はのんびりと構えるだけさ。」

      「そう・・・ですか。」


      さて、どうやってこの場を抜け出そうか。

      ココアはまだまだ残っている。

      急いで飲もうにも熱すぎてとても飲めない、八方ふさがりだ。

      ちらりと隣を見ると、カーレルはのんきにコーヒーを飲んでいる。

      あまりにじっと見ても変に思われてしまうので、早々に視線を逸らした。


      「あまり固くなるといざという時に動けないよ。肩の力を抜いて。」

      「は、はい・・・。」


      どうやら明日の突入作戦の事で悩んでいるように見えたらしい。

      都合よく勘違いをしてくれたようなので、はそれに乗った。


      「あの・・・あなたに聞くのもどうかと思いますけど・・・

       ・・・怖くは、ありませんか?」

      「ああ・・・そうだね、怖くないと言えば嘘になる。でも私たちは

       やらなければならない。怖くても、行かなければ。」




      その先に死が待っているとしても?




      喉まで出かかった言葉を無理やり飲み込んだ。

      変な動きを誤魔化すためにココアを流し込むが、結局むせてしまう。


      「大丈夫かい?変なところに入ったのかな。」

      「い、いえ、だい、丈夫、です・・・。」


      気遣わしげな顔で、カーレルはの背をさすった。

      一瞬、自分の目が熱くなるのを感じたが何とか止める。


      (・・・あったかい・・・。)


      背中から伝わるカーレルの手の温度。

      たまらなくなって、もういいです、とは手で制す。

      これ以上この人に関わってしまうと厄介だ。


      何とかしてこの場から去らなければ。


      温くなったココアを飲みつつは悩む。


      「・・・さっきの続きだけれど。」

      「はい。」


      (声が上ずらなかった事を誰か褒めてくれ。)


      誰にともなく訴える。


      「死を恐れないというわけではないよ。私だけでなくディムロス達、ほかの兵達もね。」


      パッと顔を上げると、カーレルが苦笑しながらコーヒーを口につけている。

      は悪戯が見つかったような子供の気分になり、何となく目があわせ辛い。


      「死を恐れるからこそ必ず生きるんだと、思うのではないかな。」


      屁理屈のような気もするが、そういう考え方もありなのだろう。

      が、恐れは時に人を飲み込んでしまう。

      恐怖で足がすくんでは、立ち回りも状況判断も出来ない。


      「でも、敵前逃亡だってあり得ます。」

      「そうだね。本当は軍法会議ものだけれど・・・気持ちはわかる。

       逃げ出したいと思う気持ちは誰にだってある。」


      いともあっさり肯定するカーレル。

      軍師ともあろう人がそんな事を言うなんて思ってもみなかった。


      この人は今、逃げ出したい気持ちでいるのだろうか。


      (・・・いや違う。カーレルさんは・・・。)


      にはカーレルの次の言葉が何となくわかった。




      「私は逃げないけれどね。」



      カーレルは穏やかな表情で静かに言った。

      ああ、この人はもう覚悟をしているのだ。


      この戦争の末に何が待っていようとも、この人は最後まで突き進む。

      そう、命を散らすその最期まで。



      「・・・少し長く話しすぎたかな。あまりのんびりしているとディムロスがうるさいんだ。」

      「なるほど・・・。」


      その場面が鮮明に浮かぶのが不思議だ。


      「ああ、そうだ。肝心な事を忘れていた。」


      コーヒーを飲み干したカーレルは、わざとらしく手をポンと打つ。

      立ち上がったカーレルにつられて、もついつられて立ち上がる。





      「ハロルドと仲良くしてやってほしい。」





      「・・・え、っと・・・?」

      「・・・すまない、突然すぎたね。実はあの子が自分から紹介する"人間"と

       いうのは珍しくてつい・・・。」

      「に、"人間"・・・。」


      何となくひっかかる表現だが、敢えて聞かないでおく。

      それが身のためだ。


      「ああ見えて妹は繊細なところがあるんだ。・・・意外だろうけれど。」


      "繊細"という言葉につい噴出しそうになる。

      カーレルもそれをわかっているのか、ただ苦笑するばかりだ。


      「あの子は孤独だった。天才と呼ばれるが故に・・・。

       だから嬉しいんだ。あんな楽しそうな顔で君達を連れて来たということが。」

      「・・・・・・。」

      「少々・・・いや、かなりの変わり者だから扱いづらいかもしれないが・・・。

       どうか、仲良くしてやってほしい。

       悪い人間でないという事は兄の私が保障しよう。」


      「事ある毎に採血を迫られても・・・ですか?」


      くす、と悪戯っぽく笑いながら言うと、カーレルは少し驚きながらも優しく笑った。


      一瞬だけ、ジョニーの顔が頭に浮かんだ。

      兄のように接してくれていたあの人。

      まさかジョニーも自分の知らないところでカーレルと同じような事をしていたのだろうか。

      だが想像するだけで気恥ずかしくなるので、無理やりそれを消した。


      「ありがとう。・・・あ、くれぐれもハロルドには言わないように。

       追いかけられると大変だからね。」

      「やっぱりお兄さんでもあの採血は怖いんですね。」

      「それはそうだよ。何に使われるのかわかったものじゃない・・・。」


      いくら兄妹とはいえ、そこら辺は容赦はないようだ。

      ハロルドらしいと言えばハロルドらしいけれど。


      「カーレルさん、時間・・・。」

      「ああ、すまない。私は話し始めるとつい長くなってしまって・・・。

       カイル君たちにもよろしく伝えてくれ。それでは。」


      休憩所から出ていくカーレルの背中を、はずっと見つめる。


      普通の不器用なお兄さんだ。

      自分に話しかけた一番の理由はハロルドの事。

      一番最後のあれだけを伝えておきたかったのだろう。


      (あの人は明日の作戦の最後、死ぬんだ。)


      あんなに妹想いで優しい人なのに。



      マグカップを持つ手に力が入る。

      ココアはもう温くなっていた。

      さっさと飲んで休んでしまおうと、マグカップに口をつけ適量を流し込む。





      「つくづく運の悪い人間だな、お前は。」


      (・・・・・・・・・・・不覚。)




      勘が鈍ってきているのだろうか、最近他人の接近を許しすぎだ。


      ギッ、とジューダスが隣に腰をかける。

      仮面をとっていないところを見ると、何も飲む気はないようだ。


      「・・・何となく・・・ジョニーの事を思い出して。」

      「・・・そうか。」


      モリュウに帰るというと約束を果たすことができなかったせいで

      どうにも彼の事を思い出すと少し切ない。


      「どこの兄も一緒なんだな、って・・・思ってさ。」

      「助けたくなった、か?」

      「まさか。そんな余裕なんてない。」


      あの男を倒すまで、歴史を元に戻すまで

      迷っている余裕などないのだ、自分には。





      「・・・お前は目的を果たした後、どうする?」

      「え?」



      思ってもみなかった言葉に、思考が一旦止まる。


      その後。

      全てが終わった後。


      「・・・それは。」


      全てが終わったら、その時は―――――――。


      「いや、なんでもない。」

      「・・・・・・。」


      ああ、そうか。

      自分も、ジューダスも、そしてカーレルも同じだ。

      たとえ自分の未来に死が待っていようとも、必ず自分を貫き通す。


      (本当だ、少し怖いけど、・・・ひどく穏やかな気持ちになる・・・。)


      これも自分自身の覚悟のせいなのだろうか。

      それとも隣にジューダスがいてくれるからなのだろうか。

      すっかりさめてしまったココアを飲み干した後も

      二人はそのまましばらく何も言わずに座っていた。





      BACK TOP NEXT


      ――――――――――――――――――――――

      まずい、書き方を忘れている。
      あー・・・前に更新したの6月かぁ・・・。
      えー、もう11月です。
      半年近く経ってます。
      ・・・ごめんなさい。

      せっかくセリフ書き取ったのに、ほとんど使いませんでした。
      うわーなんだソレー。
      これから結構端折っていくかもしれません。
      えーと・・・次はもう突入作戦でしょうか。
      いきなりバルバトス戦だったらすみません。(笑)