神とは一体どんな存在だろう。

    人々の願いを叶える存在をそう呼ぶのか、絶対的な力を持った存在をそう呼ぶのか。

    けれどいくら助けを請うても必ず手を差し伸べてもらえるわけではない。

    どちらかと言えば助けてもらえない方が多いものだ。


    は信仰心を持ってはいるが、何もかも縋ろうとは思わない。

    神とは傍観者なのだから。




    「カイル・・・ごめんなさい、今まで言えなくて・・・。」


    エルレインの居場所を突き止めたはいいが、結局彼女を止めることは出来なかった。

    いや、それ以前に戦意さえ失われてしまったのである。

    現代へ戻ってきても、カイルは茫然自失の状態だ。

    そんな彼の様子に、周りの仲間は何一つ言葉を発することが出来ない。


    「お願いだリアラ、ウソだって言ってくれ・・・君が、君が神だなんて!」


    懇願するかのように、縋るようにカイルは言葉を絞り出す。

    けれどリアラは何も言わない。

    その沈黙が全てを物語っていた。




    二人の聖女は神より生み出されし、いわば神の化身。

    彗星の衝突を利用し、神フォルトゥナの降臨を目論むエルレインにカイルは言った。


    エルレインが二度と再生しないように、神であるフォルトゥナを倒すと。


    だがそれは同じく聖女であるリアラの存在さえも消してしまうということだ。


    世界の命運か、それとも愛する人の存在か。

    カイルがどんなに嘆いても、彼はどちらかを選ばなければならない。



    「いくら悩んだところで事実は変えようがない。お前は決断しなければならないんだ。」

    「・・・ジューダス。」

    「この世界をどうするのか、リアラをどうするのかをな。」

    「おい、お前・・・!」


    ストレートで残酷な言葉に、カイルではなくロニが今にも掴みかかりそうな勢いで

    ジューダスを制する。

    本音はロニとて分かっているのだ、これからカイルが何をするべきなのか。

    何よりリアラ自身がその選択を望んでいるのだから。

    だが。


    「どうすれば、・・・いい・・・?」


    カイルの姿は今までの勇ましさは消え失せ、何とも頼りない子供のようになっていた。

    無理もないと言えば無理もない。

    いくら世界のためだとは言え、自分の愛する人をその手にかけなければならないのだから。

    ジューダスはそんなカイルを敢えて突き放すように、首を横に振る。


    「言ったはずだ。どうするかはお前が、リアラの英雄であるお前にしか決められないんだ。」

    「えい、ゆう・・・英雄、そうか、英雄だ!」


    突然何かをひらめいたのか、カイルはポンと手を叩いた。


    「この世界には英雄と呼ばれる人がたくさんいる!ウッドロウさん、フィリアさん、

     それに母さん・・・どうするべきなのか、何か知っているかもしれない!」

    「なるほど。英雄の先輩たちにアドバイスをもらうってわけか。悪くないぜ!」

    「いいね、行こう!ここでじっとしてたって何にもならないしさ!」


    ロニとナナリーもその案に賛同する。





    「あの、ハロルド。」


    彼らの輪から外れていたが、少し遠慮がちにハロルドに声をかけた。


    「どしたの?」

    「寄ってほしいところがあるんだ。」


    歳を取って大人になった仲間たちを誤魔化せる自信はない。

    そう言って彼女は困ったように笑った。













    「もうっ、どうしてあの子は直前まで何も言わないんだい!」

    「そうだよなぁ・・・ってオイ!何でナナリーさなんはオレの身体に巻きッ・・・つい・・・

     だから曲がら、ねーってそっちにわあぁぁぁぁ!」


    イクシフォスラーに乗り込み、いざハイデルベルグへと意気込んだのだが

    何故か方向が違っていたのだ。

    不思議に思いハロルドに聞いてみるのだが、彼女の代わりにがこう答えた。

    アクアヴェイルで降ろしてもらいたい、と。

    理由を聞いてみれば、


    ・昔の仲間には会えない 

    ・故郷を見ておきたい


    それを降下直前に告げたものだから、止めるに止められなかったのである。


    「どうして言ってくれなかったのさハロルド。」


    関節技を終えたナナリーが不満げに言うが、ハロルドはあっけらかんと


    「聞かれなかったから〜。」


    と何とも気の抜ける返事が返ってくる。


    「だってってその四英雄ってヤツと関わりがあるんでしょ。待ってる間も退屈だろうし。

     一段落したら迎えに行くって事でオッケーじゃないの。」

    「そりゃそうだけどさ・・・。」

    「ま、たまには一人で考えることも大事なんじゃない?」


    気持ちの整理もしたいだろうし、とハロルドは心の中で付け加える。

    このパーティにいるとゆっくり考え事をするのは少し難しい。

    その上カイルとリアラがあの調子では、自分一人で悩んでいられない、というのが

    の本音だろう。

    もちろんジューダスの事やシャルティエの事もあるだろうけれど。


    (まあでも本音の本音は・・・。)


    ちらりとカイルの方を見遣る。

    他人の気持ちまで分かってしまうこの天才っぷりも考えものだ、とハロルドは嘆息した。













    もう踏むこともないと思っていたふるさとの土。

    イクシフォスラーから降りたは感慨深げに辺りを見回している。

    念のため、大きめの衣をすっぽりと被って。

    モリュウ、シデン、トウケイ、と領が分かれていたこの地は、今はシデン領のあった場所に

    アクアヴェイルという名前で統一されているらしい。

    人口もほぼすべてがアイグレッテやそちらに流れており、以前のモリュウやトウケイに住んでいる者は

    ごく少数とのことだ。


    「そりゃ18年も経てばいろいろ変わって当然か・・・。」


    18年、何もかもが変わるには十分すぎる時間だ。


    「18・・・うわ、44歳か。良いオジサンだ。」


    ジョニーに会う気は毛頭ないけれど、良い歳になった姿は少し見てみたい気もする。


    「44歳のジョニー、か。見るだけで色々を思い知らされそうだ。」


    が知っているのは、あくまで26歳のジョニーであって、齢を重ねた

    ジョニーは見知らぬ人間と言っても過言ではないのだ。

    彼女は小さく深呼吸して、アクアヴェイルの街へと入っていった。













    クレスタの孤児院の外で、ロニたちはカイルを待っている。

    英雄であるハイデルベルグのウッドロウ王、ストレイライズのフィリア、残るは

    カイルの母親でもあるルーティ。

    彼らとの話でカイルがどんな風に決意を固めていくかは彼次第だ。


    「ロニ、ちょっとこっち持ってて。」

    「おう。」


    待っている間、何故かハロルドにイクシフォスラーの改良を手伝わされているロニとジューダス。

    理由は考えてはいけない、ハロルドなのだから。

    ナナリーとリアラは話しながら静かにカイルを待っているようだ。


    「なぁジューダス、アイツ何しにアクアヴェイルに行ったんだ?」

    「僕が知るわけないだろう。」

    「何で知らないんだよ・・・あいつのことなら分かんだろ。」

    「・・・知らないと言っている。」


    ジューダスが隠しているのではなく、本当に知らないのだと分かったロニは

    意外そうな視線を彼に向ける。

    あれだけ一緒にいる仲なのに何も聞かされていないのか、不思議でたまらない。


    (・・・ん?最近はそうでもないか・・・?)


    ジューダスとはいつも一緒にいるというイメージが定着しすぎてロニは

    今の今まで気付かなかった。

    そういえば、ここ最近彼らが話しているところを見たのはあまりない。

    いつからだ?と思い返してみる。

    天地戦争のころは普通に話していたのを目撃しているし、18年前の騒乱の時にも

    少しだけ見たことがあった気がする。


    (いや待てよ・・・。)


    今思えば18年前は何かと慌ただしく動いていたため、はっきりとは見てはいなかったように思う。

    そして現代に戻ってきてからは、少なくともロニは一度も二人が一緒にいるのを見ていなかった。

    心当たりがあるとすれば、自分がナナリーと街に出ていた時、それぐらいだ。

    そういえば、その後あたりからはあまり話さなくなったかもしれない。

    正直、ロニの頭の中はカイルのことやエルレインのことで頭が一杯だったため

    のことまで心配する余裕がなかったのだ。


    「なんだよ、何かあったのかお前ら。・・・痴話ゲンカ?」

    「な・・・僕とあいつはそういう仲じゃない!」

    「ハイハイそこまで〜。アンタ達がケンカしてどうすんのよ。ロニ、馬に蹴られたいの?」

    「おっと、俺とした事が・・・。」

    「貴様ら・・・!」

    「いや真面目な話、お前らはどうなってんだ?」

    「どうとは何だ!」

    「いやいや、どっからどう見ても相思相愛じゃねーかよ。」

    「何を言っている!」


    からかわれているのなら無視でもすればそのうち諦めてくれるだろうと思ったが

    ロニの表情からして本当に真面目な話らしく、ジューダスは口を噤む。

    チラリとハロルドの方を見てみると、彼女はわれ関せずと言った顔で作業を続けている。


    「で、結局のところお前はどう思ってんだよ。」

    「・・・・・・。」

    「好きなんだろ?」

    「・・・あいつが好きなのは僕じゃない。」

    「はァ?」

    「スタンだ。」

    「はァァっっっ!?」


    どこからツッコめばいいのやら。

    ロニはジューダスのあまりの勘違いっぷりに頭を抱える。

    何をどう解釈すればそんな結論に達してしまうのか、と呆れてしまうが

    そういえば自分も勘違いしたことがあった。

    とりあえずそれは置いておいて。


    「あいつにそれ言ったら蹴られたぞ俺・・・ンなわけあるか。お前って案外鈍いんだな・・・。」


    道理で進展しないはずだ、とやけに納得してしまう。


    確かにはスタンのことが好きだとは思うが、それはあくまで仲間としてのことだ。

    それぐらいはとっくに理解しているだろうと思っていたのに。

    仇を討つと必死になっていたのも仲間であるが故だ。


    (どうしたもんかねー・・・。)


    はっきり言ってロニもこの二人を見ていていい加減イライラしていたのだった。

    いや、ロニだけではなく他の仲間たちもそう思っている。

    早くうまくまとまってくれと。

    しかしどこまで手を出してやればいいのか、そのさじ加減がロニにはいまいち分からない。

    余計なことをして仲がこじれるのは避けたい、かと言ってこのまま放っておいたら

    進展などまずあり得ない。

    うんうんと考え込むそんなロニの後ろから、ハロルドがジューダスに来い来いと手招きをする。


    「・・・何だ。」


    少し警戒しながら近寄る彼に苦笑しつつ、ハロルドは手に持っていた何かをひょいと手渡した。


    「カイルの方はまだかかりそうだし行ってきて頂戴な。緊急時はそれで呼び出すから。」

    「おいハロルド・・・。」

    「まだ直すところはあるんだけどね。試運転も必要なのよぅ。」

    「・・・・・・。」


    全てを見透かされているようで、何となく気に入らない。


    「オートパイロットにしてあるから5分以内に降りてね。」

    「・・・分かった。」


    気に入らないが、今はハロルドの思惑に乗ってやるしかなさそうだ。

    それに、出来ればルーティのいるこの孤児院からは離れたい。

    ジューダスはハロルドを一瞥してからイクシフォスラーへと乗り込む。



    「要するにお前らさっさと・・・!・・・、・・・あれ?ジューダスどこ行った?」

    「古典的ねぇ。」










    コックピットの端末にはアクアヴェイルの座標がセットされてある。

    ジューダスは操縦席に座り、ぼんやりと流れていく景色を眺めている。

    到着予定時間は今から一時間ほど。

    考え事をするには丁度良い時間だ。




    "どっからどう見ても相思相愛だろ"




    「・・・何を馬鹿なことを。」


    どこをどう見ればそんな風に見えるというのだ。

    彼女が好きなのはスタンだ、だからこそあんなに命を賭けてまでバルバトスを追っていたというのに。

    自分に対しては仲間という意識はあるだろうが、恋愛感情などかけらも持っていない。

    ――――はずだ。


    "あいつにそれ言ったら蹴られたぞ、ンなわけあるか"


    「照れ隠しじゃないのか?」


    返事がないと分かっていても、声に出さずにはいられない。

    本人に聞いてしまえば一番早いのかもしれないが、それは実行出来そうにないのだ。

    もしも本当にスタンの事が好きなのだと直接知らされたらどうするのか、スタンではなく

    他の名前が挙げられたとしたら―――。


    "で、結局のところお前はどう思ってんだよ"


    好きか嫌いの次元の話ではないと思う。

    もちろんどちらかと問われれば好きの部類に入るのだろうけれど。

    彼女はいつだって味方でいてくれたし、何度冷たくあしらっても、それでもただ傍にいてくれた。


    大切な存在ということはまず間違いない。

    だがそこに恋愛感情が含まれるのかというと、それは正直自分でも分からない。


    「僕、は・・・。」


    彼女のことをどう思っているのだろう。

    いくら考えても答えは出てこなかった。






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    ロニとハロルドいいとこどり。
    そして鈍すぎる坊ちゃん。
    シャルもため息の嵐でしょう、きっと。(笑)