世の中何が起こるかわからないものだ。

    今自分が置かれている状況に軽くめまいを覚えながら、は米神を押さえる。


    「ごめんなー、いやホントにオレの初恋の相手に似てたもんだからさー。」

    「あ、そう・・・。」


    の隣には男が一人座っていた。

    健康的に焼けた肌、きれいな若葉色の髪、とても笑顔が爽やかな青年だ。

    アクアヴェイルの街を歩いていたに、血相を変えて話しかけてきた。

    いつもなら放っておくのだが、あまりの慌てっぷりに何事かと彼の話を聞いてみると

    小さい頃に出会った女性に瓜二つだという。

    それだけなら適当にあしらって撒いてしまうのだが、が彼に付き合った最大の理由は―――。


    「あ、オレの名前トッシューって言うんだ。間違っちゃったお詫びに何か奢るよ。」


    彼が、18年前カルバレイスでモンスターに襲われていた少年だと知ってしまったからだ。



    今、アクアヴェイルでは祭りが催されている。

    街中では地域特有の衣装をまとった人で一杯で、店もたくさん出ており

    を青年トッシューはヤキソバを買って近くにあったベンチへと腰かけた。

    ちらりと気付かれないように隣で美味しそうに食べている青年を観察する。

    モンスターに襲われて泣いていた面影はなく、顔つきも身体つきも立派な青年に

    成長しているようだ。


    (大きくなったなぁ・・・。)


    昔会った時はもっと背が低くて本当に子供だったのに。


    「そういや花火もあるらしいよ。一緒にどう?」

    「・・・いや、いい。宿探さなきゃならないから。」

    「ちぇ。残念。」


    出来ればこれ以上の接触は避けたい。

    でなければ、何のためにクレスタから遙々こんな遠いところへ来たのかわからなくなる。


    「でもホントに似てるな〜・・・一瞬本人かと思ったよ。んなワケないのにな。」


    あれから18年も経ってるんだし、と彼は困ったように、そして寂しそうに笑って頭をかく。

    ズキンと何かがの中で痛んだが、こればかりはどうしようもない。


    もしも、姿かたちは変わっていないけれど、その彼女は自分だと言ったら彼はどうするだろう。

    嬉しいと思うのか、馬鹿な話だと笑うのか。


    「・・・奢ってくれてありがとう。」

    「いいんだ、詫びだからさ。ごめんな、引き止めちゃって。」


    そう言って人懐こい笑みを浮かべトッシュー。


    (素直に育ってる・・・。)


    小さいころは生意気でイタズラ好きそうな典型的な悪ガキだったのに。

    ―――18年、人が変わるにも大人になるにも十分な時間だということに

    今更ながら改めて気付かされた。


    「あ、忘れてた。名前・・・聞かせてよ。」

    「え・・・。・・・、・・・・・・。・・・・・・シデン。」


    あまり言い淀んでは怪しまれると思い、咄嗟に出た名前が幼馴染のファミリーネームだ。

    アクアヴェイルではそれなりに有名な家名であったが、さすがに今となってはそれほど

    知られてはいないようだ。

    トッシューが特に気にも留めず笑顔で右手を差し出したので、もホッとして

    その手を握る。




    「・・・さよならオレの初恋。」




    そっと彼女の手がもう一つの彼の手に包まれたかと思うと、額に柔らかい感触。

    何が起こったかわからないに、トッシューは切なげな笑みを浮かべ

    もう一度、さよなら、と呟いて身体を離した。


    「ゴメン、もう少しだけオレの過去に付き合って。」

    「え?」

    「オレ、アンタを好きになったこと後悔なんかしてないよ。世間がどう言おうが思おうが

     ・・・オレの初恋はアンタだ。」


    とても真剣な瞳で言うものだから、は何も言葉が出てこない。


    「・・・アンタが本当のなら良かったのに、・・・な・・・。」

    「・・・・・・。」


    18年前に会ったときには容姿を誤魔化すためのピアスを付けていたし、今は着ているものも

    若干違うため、彼には正体は分からない。


    「ごめんね、本人じゃなくて。」

    「いや、シデンさんが謝ることじゃないよ。こっちこそゴメンな。付き合わせちゃってさ。

     ・・・ありがとな。」


    いくらかすっきりしたような表情で、また彼は笑う。

    そしてそばにあった荷物を手に取り、「じゃあまた!」と言って雑踏の中へと消えていった。


    その後姿をは複雑な想いで見送る。

    彼はずっとこの18年間、心の奥底に気持ちを秘めていたのだろうか。

    幼いころに抱いた淡い恋心を。


    「・・・ごめんね。」


    本当のことを打ち明けられないことを彼女は心の底から、もう見えなくなった彼の背中に

    向かって、静かに詫びた。
















    陽が落ちようとしている。

    リアラはカイルと共にラグナ遺跡へと訪れていた。

    二人が初めて出会った場所、すべてが始まった大切な場所。

    大きな幹に守られるようにしてあったレンズから降り立ったとき、リアラの眼の前には

    カイルはまだ幼さが残る、どこか頼りなさげな少年だった。


    過去に来たのは自分だけの英雄を探すため、自らに課せられた使命を果たすため。

    その時は使命を果たすことだけを考えていたため、軽々しく英雄だと名乗る子供など

    本当に視界にも入っていなかった。

    それなのに。

    彼はいつの間にか、たくましく、強くなっていた。

    頼りない子供ではない、リアラが求める英雄へと成長していたのだ。

    他の誰でもない、リアラにとってたった一人の英雄に。



    リアラは懐かしそうに辺りを見回して、わあ、と感嘆の声を上げる。


    「ほら見てカイル!みんな、あの時と同じ、この花も、この泉も、あの鳥も、あの空も・・・!」


    遺跡内は二人が出会ったときのまま、何も変わっていない。

    まるでその場所だけ時間が止まったままのように。


    「あ、でも考えてみれば当たり前か。あれからほとんど時間が経ってないんだっけ。

     何だか不思議・・・時の流れから見たら、ほんのわずかな時間なのに。

     変な気分だね!」


    嬉しさからきているのか、いつのも彼女よりも饒舌だ。

    だがそんな楽しそうなリアラとは対照的に、カイルの表情はとても暗い。

    世界中の不幸を背負ったかのような、絶望の色が見える。

    その瞳には依然のような輝きは、ない。


    「・・・なぜだ?」

    「?」

    「どうしてリアラはそんなに笑っていられるんだ?君は・・・死ぬかもしれないんだぞ!?

     それなのに・・・どうして、どうしてそんな平気な顔してられるんだ!?」


    神を倒せばリアラも消滅する。

    リアラを生かせば今の世界は消え失せる。

    どちらの選択が正しいかなんて分からない、分かりたくない。


    「どうしてそんな笑顔を見せるんだ!君の、そんな顔見たら・・・オレ・・・!」


    リアラはその真実を目の当たりにしてもなお笑っている。

    穏やかに。

    けれどカイルは知らない、その笑顔にはたくさんの感情が込められていること

    その笑顔の裏にあるものを。


    「カイル・・・。」


    「なんで、なんでオレなんだよ・・・どうして君を殺すのは、オレじゃなくちゃいけないんだよ!」


    堰を切ったかのように、溜まりに溜まった不安が一気に溢れ出す。

    頭の片隅でもう一人の自分が"止めなければ"と叫ぶが、一度流れ出た感情はそう簡単には

    止まらない。

    そして彼は一番言ってはならない言葉を口に出してしまう。



    「もうたくさんだ!オレはこれ以上戦いたくない!

     ―――――英雄なんてやめてやる!」





    "英雄なんてやめてやる"





    それはリアラが一番聞きたくない言葉だった。


    ――・・・違う。


    今のカイルがリアラが信じた英雄とは程遠い、まるで初めて出会った頃の子供だ。

    リアラはぎゅっと手を握りしめて、カイルの方へと近づく。

    彼女の表情は怒り悲しみが入り混じったような色を帯びていた。

    パァン!という乾いた音があたりに響き渡る。


    「しっかりしなさい、カイル=デュナミス!あなたにしか出来ない・・・いいえ、

     あなただからこそ出来ることが今目の前にある!」


    凛とした声で叱咤するリアラ。

    だがカイルは頬を打たれても顔を上げようともしない。

    今の彼には絶望感と無力感、大きな二つの感情がずっしりと圧し掛かっているのだ。

    リアラとてそれは痛いほどわかっているつもりだけれど、早くいつものカイルに戻ってほしかった。

    そうでなければ――――・・・。


    「わたしの好きなカイルは決して逃げたりなんかしない。わたし・・・信じてる。

     だって、それがカイルだもの。」


    いつも一緒に、多くの時間を過ごしてきたからこそ分かる。

    悩んで、途中でつまずいたとしても後ろを振り返ることがあっても、彼は必ず

    立ち上がって歩きだしてくれる。

    まっすぐに進んでくれる。


    「わかってるんでしょう、カイルにも。・・・そうよ、その答えは間違ってない。」


    どちらを選ぶべきなのか、本当は最初から決まっていたようなものだ。

    けれど、頭では近いしていても、感情はそう簡単にはいかない。


    「オレがその道を選んだら・・・リアラはどうなる・・・?」


    そんな道を選びたくなどないのだ、世界がどうなってしまおうとも。

    カイルはずっと聞けなかった問いをリアラへとぶつける。


    「消えるんでしょうね。あらゆる時空間から・・・。」


    まるで他人事のようにリアラは答えた。


    「怖くないの、消えちゃうってことが!?」

    「怖くないわ。」


    何の迷いもなくきっぱりと言う。

    あまりの潔さにカイルは一瞬言葉を失った。


    「だって、カイルが教えてくれたんだよ。たとえその先にどんな不幸が待っていたとしても・・・

     自分の意思で歩くことが大切なんだって。そうやって歩いていって、はじめて本当n幸せを

     手にすることが出来るって・・・。」

    「・・・リア、ラ・・・。」

    「カイルが人の手で歴史を取り戻す道を選んだように、わたしも選んだの。

     愛する人と・・・カイルと共に歩むという道を。」


    たとえその先にどんな結末が待っていようとも、歩みを止めない。

    リアラはそっと自分の胸に手を当てて、穏やかに、そしてきれいに微笑む。


    「だって、カイルと一緒に進む道にこそ、わたしの幸せがあるんだもの・・・。」


    だから、たとえ消えてしまっても不幸じゃない。


    (眩しい・・・。)


    覚悟を決めたリアラの姿はとても眩しくて、つい目を逸らしてしまう。

    カイルは木の根が伸びた階段に腰を下ろし力なく項垂れる。

    心の中では、こんな事ではいけないと思っているのに、頭も体もうまく動いてくれない。

    今ほど自分の情けなさを痛感したことなどない。


    「カイル・・・わたしと一緒に信じて。」


    肌身離さず首から下げていたペンダントに手を当てて、リアラはカイルの傍らに膝をつく。


    「今まで楽しいときも苦しいときもずっとカイルと共にいられたのは、このコのおかげ・・・。」


    カイルの視界の端で、キラリとペンダントが光る。

    リアラが必死でで泣きそうになりながら探していたあのペンダント。


    「だから信じてみたいの。このペンダントのわたしとカイルを・・・、ううん

     今まで結ばれたたくたんの絆を繋ぐ力を・・・。」


    首からペンダントを外し、ぎゅっと包み込む。


    「お願いカイル、わたしと一緒に信じて・・・!」


    消えゆくことは怖くない。

    リアラが本当に怖いのは、このまま何もせずにフォルトゥナに吸収され神として

    存在し続けなければならないことだ。

    もしそんな存在になってしまったら、もう誰とも共にすることも出来ない。

    カイルのいない世界で存在し続けることが何よりも怖い。





    リアラの手に、そっと温かい手がそえられる。

    彼女が顔を上げると、優しい、そして何かを決意したようなカイルの顔。


    「・・・信じるよ、リアラ。」

    「カイル・・・!」




    ウッドロウは考えて考えて、それでも分からなければまた考えて

    そしてその決断を下したことに決して後悔しないことだと言った。


    フィリアは自分の意思に従って生きること、そして問題から逃げないことだと言った。


    そして母ルーティは、答えはカイル自身の中にしかないと言った。




    "あんたが男の子だから、そしてあの子を好きになったから"




    英雄としてではなく、一人の男としてリアラを好きになったから。



    「きっとまた巡り会える、そんな奇跡を、オレも。」



    だからこそリアラが背負っているものを、共に背負うとカイルは覚悟を決めた。

    その証だと言うかわりに、リアラの手とペンダントを包む自分の手に力を込める。



    「・・・あ・・・ペンダントが・・・。」



    二人の手の中から、淡く眩しい光が零れ出した。

    そっと手を開くと、ペンダントは光を放ちながら空へと舞い上がっていく。

    その光はとても穏やかで、温かい。

    しばらくカイルとリアラの頭上高くをゆっくりと漂っていたが、やがて空の遠くへと

    消えていった。


    「きっと・・・また会える・・・。」

    「ああ・・・。」


    リアラが身をそっと寄せると、カイルは優しく彼女をその手で抱きしめた。


















    アクアヴェイルの祭りはそろそろメインイベントの時間へと突入しようとしている。

    人でごった返しになっていた通りが、今はもう手を広げても邪魔にならないぐらいにまで

    少なくなっていた。

    は出店で買ったきつねのお面を中途半端につけながら、フラフラと歩いている。

    この祭りのおかげでそこの宿も満員であったため、途方に暮れているところだ。


    かと言って、モリュウには顔を知られているため帰れないし、トウケイに行くには

    距離がありすりる。

    それに、迎えのことを考えると、なるべくこの付近からは離れない方が良いだろう。


    (となるとやっぱり野宿かぁ・・・。・・・、と、その前に・・・。)


    だいぶ暗くなってきた。

    今回一番行きたかったところへ行くには丁度良い暗さだ。

    いまだ賑やかな街を後にして、は少し離れた林の中へと入っていく。

    手には色とりどりの花を持って。


    しばらく進めば、見慣れた場所へと出たので歩みを止める。


    「久しぶり。・・・父さん、母さん。」


    顔の知らない父と母の墓石に向かって穏やかに微笑んだ。

    もう18年も訪れていないというのに、墓石も花も、手入れが行き届いており

    は少し驚いだ。

    本来ならば、雑草や木に埋もれていても不思議はないのに。


    「ここを知ってるのは・・・ジョニーかフェイトか。手入れしてくれてたんだ・・・。」


    持っていた花を供えて手をあわせる。

    報告するのは、やはり今まであった色んな出来事、そしてこれから自分が辿るであろう運命のこと。

    しばらくの間手を合わせた後、気が済んだはすっと腰を上げた。

    これで思い残すことは何もない。

    あとは自分が決めた道をただ進むだけだ。












    「・・・。」


    静かな足音が聞こえたかと思うと同時に耳に入ってきた声。

    ビクリと肩を震わせただったが、声を発した当人を目にしてホッと胸を撫で下ろす。


    「ジューダス・・・驚かさないでくれないかな・・・。」


    一瞬ジョニーだと思ってしまった。


    「その墓、は・・・。」

    「ん?ああ、両親のだよ。来ておきたかったんだ。」

    「・・・・・・。」

    「ところでどうして君がここに?進展があった?」

    「・・・・・・。」

    「ジューダス?」


    話しかけても彼はどこか上の空で、様子が少しおかしい。

    彼の視線を追ってみると、それはの両親の墓へとじっとそそがれている。


    「・・・あー・・・もう何十年も経ってるんだから。君が気にすることじゃない。」


    生まれる前の話だ、なにも気にすることなどない。

    彼女が大丈夫だと何でもないように笑うと、ジューダスは何かに気付いたように顔を上げた。


    (そう、・・・か・・・あの時・・・。)



    "心配してもらわなくとも僕は大丈夫だ"



    似たような状況に置かれて初めて彼はあの時のが何を考えていたのか、少しだけ

    わかったような気がした。




    彼女は頼ってほしかったのだ。




    さらけ出すとまではいかないものの、悲しいこと、つらいことを吐き出して少しでも

    楽になってほしかったのだ。

    だから、何も言わないことで逆に悲しませてしまった。

    大切な人に頼りにされないというのは悲しいもので、大丈夫だと言われた時

    何だかとても心が痛んだ。



    (僕は・・・。)






    のことがすきだ。






    認めよう。

    自分はマリアンへの想いとはまた別の、それでいて似たような感情を彼女に抱いている。

    気付いたのはほんの数時間前のことだけれど。

    彼女が見知らぬ男を楽しげに話をしているのを見て、とても不快な気分になったのをきっかけに

    色んな感情が自分の内から溢れ出た。


    他の男に笑いかけるな、そばにいてほしい、見てほしい、笑いかけてほしい、頼りにしてほしい。


    挙げればキリがないぐらいの想いが。



    「ジューダス、どうかした?」


    ずっと黙ったままの彼をは訝しげに見つめる。



    「・・・花火。」

    「ん?」

    「いや、その・・・花火がある、らしい、な。」

    「ああ・・・海岸の方はもう人でいっぱいじゃないかな。」

    「ハロルドからの連絡もないし・・・、い、行かないか。」

    「・・・・・・。」


    驚いた。

    まさか彼がこういう誘いをしてくるとは思っていなかったものだから、は

    きょとんと目を丸くしたまま固まってしまった。

    けれど、純粋に嬉しい。

    宿のことなどすっかり頭から抜けおちてしまった彼女は、二つ返事で頷いた。


    「もうすぐ陽も落ちるし、丁度良い時間かもしれない。行・・・。」


    行こうか、とは言いかけたが、言葉は最後までは続かない。

    ぐいっと手を引っ張られたかと思うと、そのまま彼の手を繋がれたからだ。


    (え、えっ、な、なにごと!?)


    困惑するをよそに、ジューダスは海岸を目指して歩き出す。


    彼女といられる時間は僅かしか残されていないだろう。

    ならば今だけは二人だけで時間を過ごしたい。

    全てが消えてしまうのなら、せめて思い出だけでも自分の心の中に留めておきたい。


    「いやっ、ちょっと待、人混みはマズイんじゃないかな!誰がいるかわからないんだから!」

    「だがああいうのは近くで見た方が・・・。」

    「と、遠くから見ても良いと思うな!・・・うん・・・。」


    さすがに手を繋いだままあの人混みに入る勇気などは持ち合わせてはいなかった。

    あの花火大会は地元ではデートスポットとして割と有名なのだ。

    そんな場所へ平気な顔ではとても行けそうにない。

    ただでさえ今の状態は心臓に悪いのに。


    (夕日が赤くて良かった、本当に良かった・・・!)


    夕焼けで仄かに赤いおかげで、顔の赤さが目立たなくて済んでいる。

    は今ほど自然というものに感謝したことはない。



    元はと言えば、彼がこんなところにいるからいけないのだ。

    と思うと同時に、なぜ彼がここにいるのか今になって気付いた。

    余程動転していたらしい。


    「ところで、どうしてここに・・・。」


    アクアヴェイルにまで来た理由を聞こうとするが、ひゅるるという音、花火が始まる音に

    彼女の声はかき消されてしまった。

    一発、二発、とそれは徐々に増えていって、あっという間に空は花火の光で明るくなった。


    「まだ陽は沈みきっていないのに・・・せっかちに職人だなぁ。」


    花火の音とともに、観客の歓声も聞こえてきている。


    「・・・綺麗だな。」


    ポツリとジューダスがそうこぼす。


    「これで見納めかと思うとちょっと寂しい気もするけど・・・。」

    「そうだな・・・。」


    たとえ消えゆく運命だとしても、二人の心中はとても穏やかなものだった。

    確かに怖いという気持ちもあるが、それよりも優先すべきことは破滅への道を閉ざすことだ。

    神のたまごによって彗星がこの星に衝突してしまえば、大切な人たちが皆滅びてしまう。

    マリアンも、ルーティも、ウッドロウもフィリアも、マリー、ジョニーやフェイト

    リアーナ、トッシューまでも。

    彼らの笑顔が失われるようなことは決してさせてはならない。


    もしそんなことを許してしまったら、隣にいる彼も二度と笑ってはんくれないだろう。

    大切な人には笑っていてほしい。

    あの花火のように、明るい笑顔を咲かせてほしい。

    それだけで、良い。



    「。」


    「ん・・・?」



    がジューダスの方へと顔を向けると、彼は今まで見たことがないぐらい優しい笑みを浮かべていた。



    「お前に言いたいことがたくさんある。・・・が、今は敢えて何も言わない。」

    「・・・・・・。」

    「お前はどうだ?僕に言いたいことは・・・あるか?」

    「・・・私、は・・・。」



    言いたいこと、伝えたいこと。

    勿論たくさんあるけれど。



    「・・・いや、何も言わないよ。君と同じくたくさんあるけれどね。」



    ほんの少し困ったように笑うと、彼もまた困ったように笑う。

    二人は自然と理解した。

    まるで繋いだ手から想いが伝わったかのように。



    (僕らは)

    (私たちは)



    このままで良いのだ。

    近すぎず遠すぎず、この距離を保っているのが今の自分たちには一番良いのかもしれないと

    そう思う。

    どちらにしろ全てを終わらせた後は、行くところは一つ。

    恐らく同じところへ辿り着くことになるだろう、そんな気がする。

    伝えたいことがあるのなら、今この場で言わずとも、落ち着いてから話せば良い。


    もしも、――――・・・もしも。


    再び会えることが出来たのなら。

    そんな奇跡が起きたその時は、この胸の内にある想いをすべて伝えよう。



    それからでもきっと遅くはない。










    ハロルドから連絡が入ったのはそれから少し時間が経ってからのことだった。

    イクシフォスラーに乗り込む際、何やら嫌な笑みを浮かべながら二人を凝視していたが

    とりあえず気にしないように目を合わせないようにする。


    「ふぅん、どいつもこいつも吹っ切れたカオしちゃってまぁ。」


    ハロルドが肩をすくめながら、けれどどこかホッとしたような様子でそう言う。


    「・・・カイルも?」

    「あら、意外そうねぇ。」

    「いやそういうわけじゃ・・・。」


    はバツが悪そうに窓の外へと視線を逸らす。


    「わからなくもないけどね。でもまだ子供なんだから、矛盾してたり挫折したりすることだって

     あるわよ。アンタだってそうでしょ。」

    「う・・・わ、わかってるよ。」


    だから戻るんでしょうが、と心の中でそう付け加えた。

    彼女は、もしもカイルがいつまでも膝を折ったままであったなら、彼を見限る覚悟をしていた。

    カイルを信頼していなかったわけではない。

    けれど、彼はそれほどまでに打ちひしがれていたのだ。

    だからもしもの事があれば、手遅れにならないうちに、独りで決着をつける覚悟をしていた。

    自分勝手な覚悟だったけれど。



    「・・・もう陽が落ちるな。」



    二人とは少し離れた場所で外を見ていたジューダスが静かにこぼす。

    夕日の紅と花火の色があわさって、何とも言えない光が暗い空を鮮やかに照らしていた。


    「赤、青、紫、緑、・・・。・・・・・・あれ、何だろ。」


    一番最初に、それに気付いたのはだ。

    花火、夕日、それともう一つ、淡い光を放っているものがあった。

    花火ならたった一瞬の光、夕日は紅の仄暗い光、けれどその光はふんわりとした白い

    どこか温かい光。


    「星・・・にしてはデカすぎるし、そもそも星は動かないし。」

    「段々小さくなっていく・・・。」


    やがてその光が小さくなり、天へと消えていった。


    (なんだったんだろう、あれ・・・。)


    見ているだけで心が安らぐような、そんな光だってような気がする。



    そう、まるで道しるべのない未来を明るく照らしてくれるような、そんな温かな光だった。







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    ―――――――――――――――


    とりあえずここで一旦おしまいです。
    予定通り・・・ですよ!?いやホントに!(笑)

    これから先は・・・ええと、伏線回収へ。
    回収忘れがなければいいんだけども・・・。
    そんなわけで次はあの場面からです。

    あと一話か二話で終わる・・・はず・・・。