長い長い夢を見ていた。

    それはもう夢とは呼べるものではないような、そんな夢。

    だが今わの際に見る夢にしては長すぎる。

    内容など全く覚えてはないけれど。


    (・・・だるい・・・。)


    四肢に力が入らない。

    指先を動かすことさえ億劫で、このまま目を閉じたまま眠っていたいぐらいだ。


    (ん・・・?なんだ?どうして私はこんな硬いところで眠っていたんだろう?)


    どうにもスッキリしない頭を何とか働かせて、今の状況を把握しようと瞼を上げる。

    とりあえず、ぐるりと辺りを見回してみるとやけに薄暗い。

    それから微かな潮の香り。


    「うみ・・・・・・海?・・・海底、海底洞窟!」


    ようやく頭の中のもやが晴れ、は事の次第を思い出した。

    リオンと別れた後、マリアンを探してこの部屋まで来たはいいが、ピアスの力で

    彼女に変化したヒューゴに斬り伏せられたのだった。


    「そうだ、どうして私は生きてるんだ・・・?」


    あの時、ヒューゴに胸を貫かれたはずなのに。

    その証拠に周りには自らの血痕が至るところに飛び散っているし、着物は赤黒い。

    が破けた服の上の手を当ててみると、傷口はほぼ塞がっていた。


    「なんで・・・?・・・ん?」


    ふと、地面にキラリと光る何かが目に入る。

    手に取って調べてみると、ヒューゴが踏みつぶした改造ピアス、そして砕けた自身の

    ピアスと一緒に小さな何かの破片。


    「これは・・・もしかしてリバースドール?まさか、私のこのピアスに?」


    このピアスにそんな機能があっただなんて今の今まで知らなかった。

    だがリバースドール本来の機能そのままというわけにもいかなかったらしく、傷はまだ

    ズキズキと痛む。

    致命傷は免れたものの、痕は残りそうだ。

    けれど、命があっただけまだマシだと言えよう。


    「よくヒューゴに見つからなかったなぁ・・・。」


    不思議なこともあるものだ、とは小さく呟いた。


    「と、のんびりしている場合じゃない。リオンを探さないと。」


    傷は痛むが、動けないという程ではない。

    刀を杖がわりにして立ち上がると、血が足りないせいか頭がクラクラする。

    それでもは力を振り絞って歩きだした。






    スタンなら、彼ならきっと何とかしてくれる。

    他力本願もいいところだが、今の自分にはこの状況を打破する力は残っていないのだ。


    "自分の無力さに打ちひしがれながら沈むがいい"



    (ああそうだよ、私は非力で憶病で無力だ。だけど・・・!)



    だからこそ仲間がいるのだ。

    一人の力ではどうにもならなくても、たくさんの仲間が、たとえそれがたった一人しか

    いなくとも、それは大きな力になる。


    彼女は覚束ない足取りでただ先へと進む。


    しばらく走ると、複数の誰かの声と、ぶつかりあう剣の音が耳に入ってきた。

    誰かが戦っている、いや、誰かなんて考えなくともわかる。

    音がする方へと急ぐと、少し開けた場所が遠くに見えた。


    「あそこか!」


    "止めろ"だなんてことは言わない。

    彼らは大切なもののために、自分の信じる道のために剣を交えているのだから。


    キィンと一際大きな音が聞こえた。

    の視線の先には、スタンにシャルティエを弾かれたリオン、その奥には

    それを見守るルーティたちの姿があった。


    「ぐっ・・・!」


    ぐらりとリオンの身体が揺らぐ。

    はもう何も考えずに彼の身体へと手を伸ばした。

    だがさすがに女の細腕で男の体重を支えられるわけもなく、そのままリオンと共に

    膝をついてしまう。


    「!」

    「さん!」

    「無事だったのか!」


    心底ホッとしたような表情で、仲間達は彼らのそばへと駆け寄る。


    「リオンが"は死んだ"なんて言うから・・・心配してたんだ・・・。」


    そう言ってスタンはに目線を合わせて、安心したように笑った。

    彼らの話によると、盗まれた神の眼の手がかり、ヒューゴとリオン、オベロン社の幹部を

    探していたらこの海底洞窟へと辿り着いたらしい。

    訳もわからないまま奥へと進めばリオンが立ち塞がり、一方的に襲いかかってきたという。

    衝撃の真実を知らされて。


    「ルーティ・・・。」

    「・・・バカよ、こいつは。」


    が気遣わしげに彼女を見ると、怒ったような、悲しそうな表情でそう呟く。


    「ああ、バカだ。」

    「え、スタンまで・・・。」

    「何もかも一人で背負ってさ・・・追い詰められて・・・大馬鹿だよ、ホントに。」

    「ホントよ。」

    「本当にね。」

    「本当に。」


    酷い言われようだ。


    「・・・ま、まぁ仕方ないよ。人質を・・・。」


    がかいつまんで人質を取られていること、マリアンのことを一通り説明すると

    スタンは再度ホッとしたように息をはいた。


    「そっか、そうだったんだ。そうだよな。リオンが理由もなくこんな事するわけないよな。」


    彼は色んなことを目の当たりにしながらも、リオンのことをずっと信じていたのだ。

    にはそれが心底嬉しかった。

    そうでなければ、リオンの居場所がまた一つ失われてしまうところだったから。


    「それじゃあ、上まで戻りましょ。詳しい話とお説教はそれから。」


    ルーティは意地の悪そうな笑みを浮かべて、いまだ気を失っているリオンを見遣る。

    けれど、どことなく表情が隠しきれていないところを見ると、少し無理をしているようにも見えた。


    リオンを運ぼうと、スタンが彼の肩へと手を置く。

    が、その瞬間は何かに気付いたように洞窟の天井を見上げた。


    「離れてスタン!」


    そう叫ぶが早いか、彼女はスタンの身体を突き飛ばし自分もリオンを守るように

    抱えてその場から離れる。

    それから数秒もしないうちに轟音とともに大量の水が滝のように地面に叩きつけられた。


    「な、なんだ!?」

    「海水だスタン!じきにここは崩れるぞ!」


    ウッドロウの声も、もう途切れ途切れにしか聞こえない。

    すでにスタンとの間にはどこから流れてきたか、川のようなものが

    大きな音をたてて流れていたからだ。


    「リオン!!」


    完全に分断されてしまった向こうから、悲痛な叫びが聞こえる。

    この流れで渡るのは自殺行為に等しい。

    は弾き飛ばされたシャルティエを手に取り、リオンの身体をしっかりと抱えなおしてから

    スタン達へ手を振った。


    「奥に脱出艇がある!君たちは先にここから出るんだ!急げ!」

    「けど・・・!」

    「大丈夫!それよりマリアンのこと、頼む。彼女が無事なら私たちも自由に動けるようになるから!」


    精一杯の笑顔をそう告げると、スタンはウッドロウに引きずられるようにして走っていった。


    濁流はどんどんと水かさを増して、尋常ではない速さで流れていく。

    あんなものに飲み込まれてしまえばひとたまりもないだろう。

    はリオンを抱え、来た道を引き返すしかなかった。


    リオンはまだ目を覚まさない。

    身体的なダメージはもちろん、彼の場合は精神的な疲労の方が大きいのかもしれない。


    『本当に脱出艇なんてあるの?』


    今まで黙っていたシャルティエが静かにこぼす。


    「あったよ。遠目からしか見てないけど、確かにあった。」


    いや、あるはずだ。

    あの周到な男がそう簡単にリオンを手放すとはにはどうしても思えなかった。

    マリアンさせ手中に収めていれば、リオンを操ることなど容易いものだし

    何よりソーディアンの使い手だ。

    利用価値はいくらでもある。


    だから必ず―――。


    「・・・あった。」


    思った通り、奥にはぽつんと一隻の脱出艇が小さな湖のようなところに浮いていた。

    とにかく時間がない、とは急いで扉をこじ開けて抱えていたリオンを先に乗せる。

    辺りを確認してから彼女も中へと入るが、少し狭い。


    『・・・、見てよこの端末・・・。』

    「ん?」


    シャルティエの声で初めて操作パネルの端末に気付いた。

    満足に動けない状態で、キョロキョロと起動スイッチを探すのだが、それらしきものは

    どこにも見当たらない。

    あるのは操作方法のわからない端末と、奇妙な差し込み口だけだ。


    「シャルティエ、これ分かる?」

    『・・・・・・。』

    「シャルティエ?」

    『そこに、僕を差し込むんだ。この脱出艇はレンズの力を動力源にされてる。けど・・・。』

    「けど?」

    『ただ差し込むだけじゃ駄目なんだ。晶術を放つ要領でエネルギーを注ぎ込まなきゃならない・・・。』

    「・・・・・・。」


    脳裏にヒューゴの言葉が繰り返される。


    "己の無力さを思い知るがいい"


    万が一にでもが一命を取りとめたとしても、この脱出艇は一人用でリオンにしか使えないため

    彼女が地上へと戻るには道も知らない洞窟を抜けていくしかない。

    ヒューゴは最初からを殺すつもりで連れて来た。

    わざわざ客員剣士などという地位を与えてまで、リオンと接触させ近付けて。

    彼が心を開かなければただの駒として利用しても良し、逃亡すれば処分すれば良し。

    そしてリオンが心を開けば、その最期を利用すれば良し。


    「どこまでも周到な男だ。」


    リオンだけは助かるように、そう張り巡らされている。


    「けど、奴の思惑通り進んでたまるか。何が何でも生き延びてやる。」


    こんなところで果てたりはしない、リオンもシャルティエも、3人で生き残ってやろう。

    はシャルティエを端末へと差し込んだ。


    『無理だよ!マスターでない人間がソーディアンを・・・!』

    「地上までもてばそれでいい!声が聞こえるんだ、私でも少しぐらいなら使えるはず。」


    そうこうしている間にも、水はどんどんと流れ込んできている。

    壁は崩れ、天井の岩も次第に崩れ始めており、洞窟が海に飲み込まれるのは

    もはや時間の問題であった。














    意識が薄れていくなか、聞こえたのは誰の声だったのか。

    どこか心地の良い声だったけれど、マリアンの声ではなかった。

    ルーティでもない、とすれば――。


    リオンはぼんやりと考えながら、重い瞼を上げる。


    「・・・?」


    視線の先には今まで見たこともない天井があった。

    ゆっくりと目だけで辺りを見回してみても、全く覚えのない部屋だとわかる。


    (ここは・・・?僕はどうして・・・。)


    「おや、気が付いたかい少年。長いこと眠っていたね。」


    ふいに聞こえてきた声に、リオンは咄嗟に身構える。

    少し傷が痛んだが、そんなことを気にしている余裕など今の彼にはない。


    「何者だ。」

    「浜に打ちあげられてた君たちをここまで運んだ本人さ。何者か、だなんてあたしが

     聞きたいんだけどねぇ。」


    部屋の扉にもたれかけて立っていたのは、30代から40代ぐらいだろうか

    少し歳のいった女だった。


    「浜?」

    「そ。放っておくわけにもいかんでしょ。ああ、もう一人はあっちの部屋に寝かせてあるよ。」

    「もう一人・・・。」


    まだ思考のはっきりしないリオンは、ただ彼女の言葉をオウムのように返すことしか出来ない。


    今まで何をしていた?

    どこにいた?


    一つずつ順番に記憶を整理していくと、次第に自分が置かれている状況を理解し始める。

    彼はかけられているシーツをまくり、もう一人が寝かされているという部屋へ向かうため

    ベッドから降りた。

    すると、その勢いで彼の懐から何かが音をたててバラバラと床に落ちていく。


    「なんだ?」


    それを拾い上げて調べてみると、粉々に砕けたピアスの破片だった。


    「これは・・・あいつのピアス?どうして僕がこれを・・・?」

    「あら・・・リバースドールの破片が混じってるね、それ。あー。」

    「リバースドール・・・。」


    道理で傷が浅いわけだ、とリオンは納得した。

    スタンの剣はもっと深く身体に入っていたはずなのだ、この傷の浅さはあり得ない。

    リオンは殺すつもりで戦っていたし、そんな相手に手加減をするほどスタンは器用ではない。


    「あのこに見せてもらったことがあるわ、そのピアス。ま、本人はそんな機能があるだなんて

     知らなかったみたいだけど。」


    まるで彼女を知っているかのような口ぶりであったため、思わず女の顔を

    警戒心に満ちた目でじっと眺めてしまう。

    けれど、そんな視線も、ものともせずに女は涼しい顔でもう一人が寝かされている

    扉をそっと開けた。


    「ホラ、行くんだろ。」

    「・・・・・・。」

    「ああそうそう、あっちに高そうな剣も置いてある。あれは少年、君の剣だろ?」


    高そうな剣とは十中八九シャルティエのことだろう。


    「いいのか?不審な人間に武器を渡しても。」

    「ふふん、なめるなよ少年。人は見かけによらないってこと、思い知らされるだけだ。」


    今までの雰囲気とは打って変わって、女は鋭い瞳でニヤリと笑う。

    あまりの冷たい笑みにほんの一瞬背筋が寒くなったが、そこはさすがの王都の客員剣士

    すぐに普段の冷静さを取り戻す。

    しばらくの間、両者は睨み合っていたが。


    「なぁんて、ね!やだやだ、もう現役じゃないんだからこういうのは嫌だわ。」


    さきほどの鋭さは一体どこへやら、女の纏う空気はすでに柔らかくなっている。


    「あたしは何か食べるものでも用意するとしましょう。ぐっすり寝てるから静かにね。」


    そう言い残して、女は家の奥の方へと歩いて行った。











    『坊ちゃん!もう起きて大丈夫なんですか?』

    「シャル・・・。」


    女に促されて入った部屋には、想像していた通りシャルティエが置かれていた。

    彼の声を聞いた瞬間、ついホッとしてしまう。

    そして窓際のベッドには、彼女が寝かされている。

    リオンは静かに歩み寄ってその顔を心配そうに覗き込むが、途端に彼の顔色がサッと変わった。


    『坊ちゃん・・・。』

    「シャル、あれから一体何が起こった?」

    『・・・・・・。』

    「どうしてこんなに衰弱しているんだ!?」


    ベッドに寝かされているの顔色は、とても良いものとは言えないものだった。


    マスターでもない人間が晶術を使えば、いくらソーディアンの声が聞こえマスターの素質が

    あったとしても、体への負担はより大きなものになってしまう。

    だが脱出艇を動かすには、どうしても晶術を使う必要があった、助かるために。


    『本来ならダメージはソーディアンに受けるはずなんですが・・・全てに

     吸収されてしまったんです。』

    「なぜだ!」

    『そ、それは僕にも・・・わかりません・・・。』

    「く・・・っ!」


    わかっている、これ以上はただの八つ当たりだ。

    リオンはそれ以上の言葉はぐっと呑み込んで、ベッドのそばにあったイスに腰を下ろす。


    「・・・僕は・・・。」


    彼女に守られてばかりだ。

    身体的にも、精神的にも。


    「本当にお前はバカだ・・・。」


    痛いくらいにシーツを握りしめて、絞り出すように呟く。

    何も返してやれない自分が情けなくて仕方がなかった。



    「・・・少年、何か食べな。」


    家主の女の暢気な声で、リオンはふっと顔を上げてそちらを見ると彼女は食事をテーブルに置いた。


    「空に出た変なものと関係があるんだろうけどね・・・何も聞かないけどさ。」

    「空?」

    「・・・見な。」


    リオンが動く前に、家主は一番近い窓のカーテンを勢いよく開ける。

    窓の外は薄暗く、天候は曇天のようだったが空にあったのは分厚い雲などではなかった。」


    「あれは・・・ダイクロフトか・・・!」


    とうとう始まってしまった、心の中でそう呻くようにこぼす。

    恐らくあそこにヒューゴ達がいる、人質となっているマリアンも。

    そしてもうすぐスタン達もあそこに足を踏み入れることになるのだろう、いや既に

    辿り着いているのかもしれない。


    (マリアン・・・!)



    ―――助けに行きたい―――




    もしも許されるのであれば、スタン達と共に彼女を救出したい。

    けれど。


    (こんな状態のを放って行ってもいいのか?)


    以前のリオンなら、マリアンのためなら即行動に移っていたのに。

    だが彼はどうしても動けなかった。











    「・・・・・・リオン・・・・・・?」


    よく耳を澄まさなければ聞こえないほどの、か細い声が微かに耳に入る。


    「気が付いたかい、よく寝てたねぇ。」

    「ベルせんせい・・・?」

    「待ってな。何か温かいもの持ってきてやるから。」


    ベルと呼ばれた家主はホッと息を吐いて再び奥へと行ってしまった。

    パタンと扉が閉められると、は気だるそうに瞼を下ろす。


    「。」

    「大丈夫、ちょっとねむいだけ・・・。」


    そうは言うが、どこからどう見ても大丈夫そうには見えない。

    彼女はどこかぼんやりとした顔で、視線だけであたりを見回している。


    「シャルティエは、・・・ぶじなの?」

    『僕は大丈夫だから自分の事を考えなよ。』

    「シャルの言う通りだ。お前はどうしてそう・・・!・・・僕は、お前に・・・何も・・・!」


    苦しそうに、辛そうに俯いてまたシーツを握りしめる。

    そんなリオンをしばらく不思議そうに見つめていただったが、やがて苦笑を

    浮かべながら、自分の手をそっと彼の手の上に乗せた。


    「リオンはバカだなぁ・・・わたしは、ただ自分のこころに従っただけなのに。

     どうしてきみが気に病む必要がある?」


    彼の手を優しく撫でながら、続ける。


    「わたしはただ、きみとマリアンに笑っていてほしいだけ。・・・そうすれば・・・。」

    「そう、すれば・・・?」


    「わたしのなかにいるエレノアや両親がわらってくれるから。」


    だから、結局は自分のためなんだよ、と彼女は力なく笑った。


    「行きたいんでしょう、スタンたちのところへ。一緒にマリアンを助けに行きたいんでしょう?」

    「だが・・・!」

    「わたしはベルせんせいがいるから大丈夫。きみはマリアンの事だけ考えればいい。」

    「・・・っ、僕はっ!」


    どこか悲痛さが混じった声で、の言葉を遮る。

    リオンは重ねられた彼女の手に、もう片方の手を重ねてぎゅっときつく握った。

    言いたいことがたくさんあるのに、なぜか言葉が喉に詰まって出てこない。

    何も言わなくともすべて伝えられる術があれば良いのに、と柄にもなく切に願う。

    感謝の言葉も謝罪の言葉も、ありきたりな言葉は勿論のこと、言葉にはとても言い表せないたくさんの事。

    マリアンのことは当然一番だけれど、彼女も大切なものの内にすっぽりと入ってしまっている事を。


    「僕は・・・マリアンも、お前も。」




    大切なんだ。



    そう続けたいのにどうしても口に出すことが出来ない。

    けれど、目の前にいる彼女にはすべてとは言わずとも多少は伝わったらしく

    それはも嬉しそうに微笑んでくれた。


    「それだけで、いい・・・―――・・・ごめん、ちょっと眠ってもいいかな。なんだか

     すごく・・・ねむい・・・。」


    リオンの手に添えられていた手から、ふっと力が抜ける。


    「な、・・・待て!!」

    『坊ちゃん!落ち着いて!』

    「いくな!・・・っ・・・!・・・・・・。・・・。・・・・・・?」


    瞳を閉じだの顔をまじまじと見つめれば、微かに息をしているのがわかる。

    リオンは自分が見当違いな勘違いをしていたことに気付いて、羞恥で顔を赤く染めた。


    「何だい騒がしい。・・・ってあら、また寝ちゃったの?せーっかくココア淹れてあげたのに。」


    家主、別はわざとらしく肩をすくめて持っていたトレイをテーブルに置いた。

    それをリオンにと勧めたのだが首を横に振られたので仕方なくベルがぐいっと飲み干す。


    彼女が視線を向けると、彼は座ったまま微動だにしない。

    苦悩しているのだ、行くべきなのか、行かざるべきか。

    そんなリオンを見て、ベルは呆れたように溜息をつく。

    このままここで悩んでいても何の意味もないのに。

    彼女の言葉が届かなかったのだろうか、無駄になってしまうのだろうか。


    だがベルが口を開く前に、リオンはすっと立ち上がりベルの方へ向き直る。


    「僕の服はどこに?」

    「へっ?あ、あー・・・君が寝ていた部屋に・・・。」

    「・・・ありがとう。」


    彼はシャルティエを手い取り、呆気に取られるベルを残して部屋に戻っていった。




    家の外で待っていると、浜に打ち上げられたときと同じ格好のリオンが足早に

    中から歩いてくる。

    ベルは銜えていた煙草を持っていた灰皿へと捨てて、海辺の方へと指さした。


    「小さい船で悪いけど、使えるのはアレしかこの島にはないんでね。」

    「・・・まさか島だったとはな・・・。」


    家の中にいるとわからなかったが、こうやって外へ出てみて初めてここが島だと分かる。

    それもただの島ではない。

    家の周りにはほかに民家などどこにも見当たらない、あるのはどこまでも続く青い海だけだ。


    「無人島か。」

    「ちょっと、人一人住んでんだから無人とは言わないでよ。」


    しかしベルの主張もむなしく、リオンは気にも留めずに船へと乗り込んだ。


    「・・・こっからだとクレスタが一番近いね。ホラ、南に陸がうっすら見えるでしょ。」

    「クレスタか・・・王都から近いところで助かった。」

    「今なら海も荒れてない、早く行っておしまい。」

    「・・・最後に、一つ聞かせてくれ。あいつとはどういう・・・、うわっ!?」


    ガコン!と突然の衝撃に、つい体勢を崩して転倒してしまう。

    しかも見える空がゆらゆらと一方向へと動いていた、船が進んでいるのだ。

    起き上がって慌てて辺りを見てみると、既にベルのいる島からどんどんと離されていた。


    「次に来た時にでも教えてやるよ!きみは何も心配しないで自分のやるべきことを済ませてきな!

     ――――――リオン・マグナスくん!」


    なぜ名前を知っているのかと詰問しようにも、もう彼女はこちらに背を向けていたためそれも叶わない。





    『なんか・・・豪快な人ですね・・・。』

    「・・・・・・。」


    結局、ベルがの一体何なのか、聞くことは出来なかった。

    だが彼女がにとって無害であることだけはリオンにも分かる。


    「次に来るとき、か・・・。」


    ベルの言葉の意味はすぐさま理解することが出来た。


    『ゆっくりしてられませんね、坊ちゃん。』

    「ああ。」


    だからその時まで―――。





    「あいつを、頼みます。」





    もう遠くなってしまった島に向かって、一礼するリオン。

    必ず吉報を持って迎えに来てやる。

    そう彼は固く決意して、まっすぐに前を見据えた。










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    ―――――――――――――――


    彼には生きていてほしかったんです。

    ようやくここまで来たぜ・・・。